ヤラセフィーバー

皇太子妃報道の読み方
(亀井淳 岩波ブックレット300 1993年)

ヤラセフィーバー
情報の少なさを補い、「おめでた」の気分を盛り上げるためにこんな手段が使われました。
たとえば夜ふけの繁華街へレポーターが飛び出して行く。
そして新年会やデートの帰りらしい通行人に
「皇太子妃が決まったのをご存知ですか」と問いかけて、知らなかったから教え、
「どう思いますか」とたたみかける。たいていの人は釣り込まれるように
「いやあ、それはおめでとございます」と答えるという寸法です。
こういう場合、とっさにそれ以外の答えはしにくいものです。

しかし、今回、市民の反応にはなかなかクールな部分もありました。
「おめでとう」「けっこうなことです」という紋切り型の返事にまざって、
「へえ、もったいない」という若い女性や、「雅子さん?知らないわ」と言った上、
スキャンダルで一時有名になった別の女性の名を挙げてまぜっ返すOL風の声まであったのです。

なんとか相愛のロマンス仕立てにしたい、そういう思いはメディア全体のものでした。

だが、今回の結びつきは、途中5年間の空白が示すように、
相思相愛が貫かれたというような甘い物語を描くには、だいぶ無理があるようです。

1月19日の“ツーショット会見”以後、マスコミの皇太子妃熱はスーッと冷めます。
「ラブストーリー」を完成できなかったからです。

女性週刊誌の表紙は1週目は雅子さんの写真が中央に大きく載せられましたが、
しだいに他のスターと共存するようになり、
片隅に押しやられ、やがて消えて行く週もふえます。
1月27日には、新大関に昇格した貴ノ花関(20)とタレント宮沢りえさん(19)との
「破局会見」がそれぞれに行われました。(中略)
ワイドショーと週刊誌のスペースは、再び「貴・りえ」に占領されることになります。

「ご成婚特需」も見込めないし、緊急出版として何点も出た
“祝賀記念別冊”“保存版写真集”のたぐいも売れ行きがパッとしません。

すると『週刊文春』(3月11日号)がこんなトップ特集を組みました。
タイトルは<皇太子御成婚、なぜこんなに盛り上がらないのか>。

PRのために真珠の業界が小和田家にネックレスを贈ったことをスキャンダルとして扱っています。
ブームをつくろうとするマスコミ、
便乗商業主義と、一般市民の感覚との差は開く一方のようです。



週刊文春 1993年3月11日号
<皇太子御成婚 なぜこんなに盛り上がらないのか>
http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1244099167751.jpg



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


〜ある声〜
雅子さまブームはなかったけど、紀子さまブームもこの時終わった。
紀子さまブームを演出していた女性誌が紀子さまのことを書かなくなったし
それまで紀子さまの公務を常に報道していたテレビにもあまり出なくなった。
皇太子妃が誕生したからには「強制終了」させられたということか。
それほど紀子さまブームは凄かった。

自然に盛り上がっていた紀子さまブームの時と比べ、
マスコミが必死で盛り上げようとしていたが結局盛り上がらなかった。




週刊読売1993年6月27日
皇太子さまご結婚記念号
「田園調布雙葉」同級生メッセージ
37ページ
編集部では、一人でも多くの同窓生から、お祝いのメッセージを集めるべく、アプローチした。
ご婚約内定前後のあわただしい時とは違うので、かなりの祝福が寄せられると予想したが、
思うような結果は得られなかった。


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