フラッシュバック

文藝春秋2007年3月
友納尚子
核心リポート「雅子妃、その回復を阻むもの」
オランダでのご静養以来、泊りがけ公務や奉仕団への会釈など、
雅子妃は着実に公務復帰に向けて歩んできた。
東宮職は1月27日の冬季国会出席に期待を寄せていたが、直前にご欠席に。
その理由は
「雅子さまのご病気にとっては、”冬の寒いところ”というキーワード”を
乗りこえられることが大きな課題だったのです」(宮内庁関係者)
よみがえる過去の記憶
皇族の国体への行啓日程が過密。そのため今回の冬季国体は雅子妃出席を考慮して
「午後に出発、その日は泊まるだけ。翌日は開会式に臨席、夕方には東宮御所に戻る」という
きわめてゆったりなスケジュールが組まれていた。
関係者はもちろん、雅子妃自身がぎりぎりまで出席を希望していた。
残るは、数日前から心の中をよぎるようになっていた”冬の寒いところ”に
まつわる記憶と直面することだけだった。
その過去の記憶は何かというと
「お世継ぎ問題の頃、皇太子とスキーに行かれた際に、寒いところは身体が冷えてよくない、
遊んでばかりでお世継ぎのことを考えようとしない、と宮内庁から酷くとがめられたことがあったようなのです。(中略)
当時の苦しまれたときの状況や言われた言葉に、無意識のうちに襲われてしまい
そのため眠れなかったり、お疲れがのこったりするので、朝、起き上がれない日もあるようです。
これは心の病になった人でなければわからないような辛さだといいます。
公務を嫌がっているなどということでは決してないのです」(宮内庁関係者)

一昨年の長野県の静養のときは愛子さまとスキーをしたり、
ご一家が雪の中で遊ぶ映像が公開された。
それだけ見るとご体調が悪いようには見えないかもしれない。
そのためマスコミで批判もされた。
だが、このときも出発まで同じような”冬の寒いところ”にまつわる
フラッシュバックの症状が出ていたのだ。
ご家族と一緒の静養と公務とでは緊張感の度合いがまったくちがう。
冬季国体を前に、いまだに取れないストレス因子は雅子妃の心に大きくのしかかっていた。

雅子妃のフラッシュバックとの戦いはオランダ静養の前にも見られた。
だがオランダに到着してからはフラッシュバックとの戦いを「乗り切った」という
自信とオランダ王室の配慮から充実した時間を過ごされたという。
天皇陛下の誕生日会見の愛子になかなか会えない発言以後、
雅子妃の治療体制や愛子さまの子育てについて批判的な記事が増えてきた。
この理由については、主治医の大野医師が説明責任を果たしていないことから、
雅子妃の私的な活動ばかりが目立ち理解がえられないから
批判が高まっているともいうが、本当にそうなのだろうか。
しかし、ある宮内庁関係者は批判についてこう発言。
「雅子妃のご病気の性質を根本的に理解しようとしないのです。ご病気だと知っていても
『私的行為優先でわがままを通してばかりいる。天皇皇后がお許しになっているからと
いっていつまでこんな状態をつづけるのか』といいたいのでしょう。
ます、『雅子妃が悪い』という前提ありきなのです。しかし妃殿下を責めてどうしようと
いうのか、理由がわからない。皇室を去れというのでしょうか……。
心の病気など、雅子妃のご自覚次第で早く治るものだ。治すことが皇族の自覚というものだと
考えているのかもしれません。」
あらためていうが、適応障害は雅子妃の自覚だけでは治らない。
大野医師は治療について口外しないからこそ信頼関係が成り立っている。

「行動」することで現実を知って、悲観的な思考パターンを改善していく方法がある。
乗馬などの運動もそうだが、買い物や展覧会、音楽鑑賞などにも治療的な意味があるのだ。
公務で最大の問題は主催者側への返事のタイミング。
雅子妃の状況を見ながら公務を選別しないといけないので重大な公務ほど欠席が多くなる。

「愛子さまに関して『挨拶をしない』『風邪を引きすぎる』などとバッシングがあり、
皇太子夫妻も心を痛めている。

皇太子について
マスコミは皇太子を雅子妃・愛子さまばかりでとりあげるが
その影で先端産業の視察や、浄水場見学などもしている。
誕生日会見の内容は東宮大夫の意見も反映されたといわれている。
会見後のオフレコ歓談は和やか。
終了後も記者に「あたたかく見守ってください」と言うなど気を使っていた。

皇太子のジョギング
白い息を吐きながら黙々と走られるご様子を見て『一日一日を大切にしながら、
皇太子として、今行うべき仕事にまい進していく所存です』と述べられた皇太子の
揺るぎない覚悟を見る思いがした。