静養スタート

2003年(平成15年)
11月22日(土) 皇太子同妃両殿下 第5回「朝日のびのび教育賞」祝賀会(朝日新聞東京本社)
これが平成15年最後の公務で、翌23日には風邪をひいたため、公務を休むと発表されている。
翌月12月2日に発疹が出て、3日に帯状疱疹のため2〜3週間静養するとの発表


2003年(平成15年)12月
雅子さま帯状疱疹−公務控え2〜3週間治療
宮内庁は3日、皇太子妃雅子さま(39)が帯状疱疹(ほうしん)と診断されたと発表した。
当面公務を取りやめ、治療に専念する。9日に40歳の誕生日を迎えるが、祝賀行事はすべて中止する。
2日夕、頭の後ろと下あごに痛みを伴う発疹(はっしん)が出たため東宮侍医の診察を受け、
3日午前、外部の皮膚科医が正式に診断した。
同日午後から住まいの東宮御所(東京・元赤坂)で点滴治療を開始。
今後2、3週間は1日3回の点滴が必要という。
治療に万全を期すため、宮内庁病院に入院する可能性もあるとしている。
帯状疱疹は水ぼうそうウイルスで発症することから、
東宮御所では長女愛子さま(2)との接触を避けているという。
雅子さまは11月23日、のどの痛みやせき、微熱を訴え、風邪と診断されていた。
愛子さま2歳の誕生日だった今月1日は、ご一家で皇居・御所に天皇、皇后両陛下を訪問。
側近は「この時は元気な様子だった」としている。
発疹が出た2日は公務や行事はなく、1週間後に控えた自身の誕生日に向けた準備をしていたという。
側近トップの林田英樹東宮大夫は夏ごろから、雅子さまについて
「皇太子妃としての重責と、第一子の養育で、疲労が蓄積している」と記者会見でたびたび言明。
地方訪問などは皇太子さまだけで出掛けることが増えていた。
http://www.sanspo.com/shakai/masakosama/2003/sha2003120406.html
2003年12月

雅子さま帯状疱疹 公務控え2−3週間治療
宮内庁は3日、皇太子妃雅子さま(39)が帯状疱疹(ほうしん)と診断されたと発表した。
当面公務を取りやめ、治療に専念する。9日に40歳の誕生日を迎えるが、祝賀行事はすべて中止する。  
2日夕、頭の後ろと下あごに痛みを伴う発疹(はっしん)が出たため東宮侍医の診察を受け、
3日午前、外部の皮膚科医が正式に診断した。  
同日午後から住まいの東宮御所(東京・元赤坂)で点滴治療を開始。
今後2、3週間は1日3回の点滴が必要という。治療に万全を期すため、
宮内庁病院に入院する可能性もあるとしている。  
帯状疱疹は水ぼうそうウイルスで発症することから、
東宮御所では長女愛子さま(2つ)との接触を避けているという。  
雅子さまは11月23日、のどの痛みやせき、微熱を訴え、風邪と診断されていた。
2003/12/03 11:26 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200312/CN2003120301000419.html


<雅子さま>「心身の疲労が蓄積」休養の所感発表
宮内庁は9日、体調がすぐれずに休養中の皇太子妃雅子さまが、
宮内記者会の求めに応じて記した所感を発表した。
雅子さまは昨年12月に帯状疱疹(たいじょうほうしん)で宮内庁病院に入院したことについて、
「十年余前の結婚以来、慣れない環境の中での大きなプレッシャーのもとで、
これまで、私なりに一所懸命努力してきたつもりでございましたが、
その間の心身の疲労が蓄積されていたことの結果であったのではないかと感じています」と心情を吐露した。
そのうえで、「敬宮(としのみや)の誕生以来、公務と育児を両立させるよう努力してまいりましたが、
昨年の春以降、体調がすぐれず、最近は公務を十全に果たせないような状況になってきておりました」と振り返った。
また、「公務などを休まなければならないことは、心苦しいこと」として、
「体力と気力を充実させ、もとの元気な自分を取り戻した上で、
なるべく早く公務に復帰して務めを果たすことができるように努力したいと思います」と心境をつづっている。
雅子さまは先月4日から8日まで宮内庁病院に入院し、退院後も新年の祝賀行事などへの出席を取りやめている。
同庁によると、今年春ごろまで公務を休むという。
(毎日新聞)2004/1/9

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引き金?

湯浅利夫宮内庁長官は11日の定例記者会見で、
帯状疱疹(ほうしん)で療養中の皇太子妃雅子さま(40)が
今年に入り、養育との両立で負担があるため公務を軽減してきたことに触れ、
「(ご負担が)病気にどう影響したかは分からないが、
公務に支障がある状況が続いたのは、我々にも責任がある」と述べた。
長官は、この1年、雅子さまの様子に改善が見られなかった原因を把握しきれていないとした上で、
「今後はご夫妻の考えを伝えてもらって、必要な態勢を取っていきたい」とした。
一方、長官は、秋篠宮ご夫妻のお子さまについて考えを問われ、
「皇室の繁栄を考えた場合、3人目のお子さまを強く希望したい。
多くの国民は歓迎してくれるのではないか」と期待を表明した。
宮内庁によると、出産後も続けた公務が負担になったとみられる。
子育て面でも、敬宮愛子さまを近くの公園に連れて行った際、
周囲が騒いで自然に遊ばせられなかったことなど、皇族としての制約の大きさに直面しているという。
(時事通信)
2003年12月12日

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噂の真相2003年3月号
雅子妃は結婚当初から、世継ぎ世継ぎという当時の宮内庁長官鎌倉節と東宮大夫古川清を毛嫌いしていた。
皇太子を使って古川に「私どもはあなた方を信頼申し上げてはおりません。」と言わせたこともある(全国紙社会部記者)
その後、最初の懐妊のスクープで立腹。古川大夫の「夏バテのようなもの」発言に立腹。

籠の鳥のような生活のプレッシャーから拘禁性ストレス障害に陥ってアトピーを悪化させていた。
中でも結婚から三年後の96年は最悪で、皇太子との関係もギクシャクし、
東大の教授を東宮御所に呼んでラテン語や政治学を習ったり、
愛犬を飼い始めたりと、ストレス発散に必死だった。
雅子妃が口と心を閉ざして貝になり、複数の外国メディアが
『悲しみの皇太子妃』『姿を消したプリンセス』などと報じたのもちょうどこのころです。

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皇后さまがおひとりで皇太子ご夫妻の住む赤坂の東宮御所を訪ねられる
皇后さまが17日午後、療養中の雅子さまのお見舞いのため、
おひとりで皇太子ご夫妻の住む赤坂の東宮御所を訪ねられた。
皇后さまおひとりでの訪問は極めて異例なこととなる。
皇后さまは17日午後3時ごろ、赤坂御用地にある東宮御所に向かわれ、
療養中の雅子さまをお見舞いし、およそ40分間の滞在のあと、皇居に戻られた。
宮内庁は16日、皇太子ご夫妻あてに、9月にブルネイで行われる皇太子の結婚式の招待が届き、
ご夫妻の出席を検討していると発表したが、それに先立ち、13日の午後には、皇太子さまが御所で
両陛下と懇談されたという。両陛下は7月10日、テニス大会の際に東宮御所に寄られているが、
皇后さまおひとりでの訪問は極めて異例なこととなる(2004/8/17)
http://fnn.fujitv.co.jp/headlines/CONN00055726.html


宮内庁 ブルネイ皇太子の結婚式に雅子さまのご出席を見送る方針
来月に行われるブルネイ皇太子結婚式への、雅子さまのご出席は見送られることになりそうだ。
宮内庁は、来月9日に行われるブルネイ皇太子の結婚式への招待状が
皇太子さまご夫妻に届いている件について、
ご夫妻おそろいでの出席が可能かどうか、雅子さまの健康状態を慎重に検討してきたが、
今回は雅子さまのご出席は見送る方針を固めた。(2004/8/19)
http://www.nnn24.com/22279.html

テーミス2004年10月号
考えてみれば、ブルネイのビラ皇太子の結婚式に関する問題でも、
宮内庁は意図的とも思える先走りをしていた。
そもそもこの結婚式の知らせは7月7日に天皇・皇后両陛下に対して寄せられたものだ。
日程の都合で皇族の他の者を出席させる用意があることをブルネイ側に伝えたところ、
8月11日「皇太子ご夫妻に出席して欲しい」との招待状が届いたという。
しかし、この時点で、結婚式(9月9日)まで1か月しか猶予がない。
昨年の11月から公務を休んでいる雅子さまにとって、結婚式への出席は初めからまず無理だった。
外務省事情通が解説する。
「ブルネイ結婚式問題を仕掛けたのは、湯浅利夫宮内庁長官と渡邉允侍従長、それに川島裕式部官長だ。
渡邉氏と川島氏は外務省出身で、ブルネイに事前に根回しすることができた。
これに自治省出身で、トップの湯浅長官が乗ったのだ。
川島氏は外務省総合外交政策局長や事務次官などを歴任したが、
駐韓国公使時代、韓国人ホステスとの親密な仲が問題視されるなど、とかく噂の多い人物。
一時は北朝鮮の核査察問題にあたる仕事への話もあったが、昨年7月宮内庁にやってきた」
川島式部官長は8月16日、皇太子ご夫妻のブルネイ行き「検討中」を前提にして、記者会見を開いたほどである。
このとき、川島氏は(結婚式まで)1か月を切って時間もないので
(記者の)皆さんにお知らせする」と、意味不明のことをいっていたが、
この時点で本当に雅子さまをブルネイに行かせようとしていたかどうかはきわめて怪しい。
翌8月17日、さらに不可解なことが起こる。皇后・美智子さまが1人で東宮御所を突如訪問し、
雅子さまを見舞ったというのである。ただこの「お見舞い」については、
皇室関係者の間で意見が分かれている。
皇室ジャーナリストがいう。
「発表があった8月16日の時点で、雅子さまのブルネイ行きがないことは初めからわかっていたはず。
しかし、宮内庁は対外的に”検討中”としたために、美智子さまが最後の説得で
雅子さまにブルネイ行きをやめるようにいいにいったとする見方が出ている。
つまり、公務復帰はまず国内から始めるべきもので、
海外からというのはおかしいのではないかということだ。
東宮御所では、美智子さまと皇太子さま側が激しく口論になったという話まで出ている。
少なくともせっかくいい方向に向かっている雅子さまにとっては、あまりに急な話。
こんな混乱を招いたのも、宮内庁の一貫性のない、場当たり的な対応に起因している」
宮内庁としては、雅子さまをできるだけ早く復帰させたい。
その思惑が大慌てで「ブルネイ結婚式問題」に反映されたと考えていい。
結局、8月20日、林田英樹東宮大夫は「皇太子さまが単独で参列し、雅子さまは同行なさらない」と発表した。
これでは、結果的に美智子さまも雅子さまも苦しめることになってしまう。


2004年12月14日
14日雅子さまの風邪のために当初予定の10日から延期になっていた新年用のご一家のビデオ撮影
天皇、皇后両陛下と紀宮さま、皇太子ご一家、秋篠宮ご一家は14日夕、
皇居・御所で新年用の写真撮影に臨まれた。
撮影は恒例で、静養中の皇太子妃雅子さまも同日午後5時10分すぎ、
皇太子さま、長女敬宮愛子さまと皇居に到着。
車の窓を開け、報道陣に笑顔で手を振った。撮影後の夕食会には体調を考慮して欠席した。
時事通信



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