今ひとつ掴みどころがない皇太子

平成16年皇太子お誕生日に際しての会見
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h16az.html

問  殿下のご回答を伺っていて思ったことで伺いたくなって失礼します。私が思ったのは,44歳は昭和天皇が終戦の年,御前会議を開いた歳になられたんだなという感慨があります。それからその後天皇,皇族の位置付けもがらりと変わり,時代が随分変わりました。それで私が昭和の時代には,必ずしも私も全面的にそのとおりだと思ったわけではないんですけれども,よく天皇,皇族に「私(わたくし)」なしとか,あるいは「公(おおやけ)」を先にし「私(わたくし)」は後にと,そういうのが一つのモラールとしてあって,それは私自身もそれなりに感服するところがあったわけですけども,その後時代,世代が変わる中で価値観も変わってきたし,国民の皇室に対する見方も多様化しましたけれども,そういう中で一つは殿下がそういうご年齢という,昭和天皇がそういう時期にご自身がなられたという比較の感慨みたいなものがおありかどうかと,それから今言いました「私(わたくし)と公(おおやけ)」の考え方について今現在どういうふうにお考えなのかということを伺えればと思うんですけども。


皇太子殿下 そうですね44歳ということで,私も本当にいつの間にか40,不惑の年を迎えて,そして今44歳になったという気がいたします。
昭和天皇は本当にいろいろご苦労もおありだったと思いますし,本当にその激動の時代を生きられたと思います。本当にそういう面で大変なご苦労がおありになったと思います。その当時の世界の情勢,そして日本の情勢というものを考えてみますと,今私が置かれている状況とは本当に比べものにならない,ある意味で今そういう時代でないということが一つ幸せなことであるわけですけれども,そういう意味で本当に昭和天皇がご苦労されたということを私もよく身にしみて感じますし, 今改めてこの44歳でそういうことをなさっておられたという事実にやはり深い感慨を覚えます。
それから,「公(おおやけ)と私(わたくし)」という問題ですけれども,やはりこれについては時代というものも変わってきていますし,「公(おおやけ)」というもののとらえ方,そして「私(わたくし)」というもののとらえ方というものはその時代時代で変わってきているわけですけれども,いずれにしても国民の幸福を一番誰よりも先に,自分たちのことよりも先に願って,国民の幸福を祈りながら仕事をするというこれが皇族の一番大切なことではないかというふうに思っています。直接の答えにはならないかもしれないのですけれども,私は今,「公(こう)と私(し)」ということについてそのようにとらえています。

同じ会見で

二人目の子供については,今は何はともあれ,雅子が回復することを最優先に考えるべきではないでしょうか。今後の教育については,現在いろいろと検討しているところです。いずれにせよ、子供にとって後になって振り返ってこの学校で学んで本当に良かったというふうにしてあげたいですね。



文藝春秋2008年4月
岩井克巳記者
皇太子さまの歴史観や、戦争体験の継承は、史学研究をされているのに今ひとつ掴みどころがありません。
四十四歳の誕生日会見のときに、
「昭和天皇が終戦の御前会議をされたときと同じ年齢になられた。感慨をお聞かせください」
と質問したところ、一生懸命に答えてくださったのですが、つまるところ
「昭和天皇は大変なご苦労をなさったと思います」ということに尽きてしまったのは残念です。

保坂正康
皇太子のことばには歴史回顧がない。
皇太子の言葉はまさにそのとおりだし、うそはないと思うのですが、
言葉が平板すぎて、引っかかる所がどこにもありません。


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