オランダ静養

皇太子ご一家オランダ旅行(2006年8月17日〜31日)

テレビ朝日
向こうのテレビ討論番組で
「オランダに来た目的は皇位継承者問題などが大きい。」
「静養じゃない。 堅苦しいのが嫌で逃げた」元東京駐在記者

新潮
オランダ地方紙「レーワルデル・クーラント」は
「公式には雅子妃の静養だが 実は逃避行であるように思われる」
ドイツの代表的週刊誌「シュテルン」は「最善の解決策は離婚との説」
離婚の可能性について言及する。
「離婚すれば皇太子殿下はより若い女性と結婚しご自身の男子皇位継承者を得ることに支障がなくなる。
皇位継承問題を解決する方法としては、これがベストではないか」
オランダ地方紙「BN/ドステム」も同様に
「醒めた宮内庁の役人は、皇太子は別れるか、側室をとるしかないと早くから仄めかしていた」

8月23日
小和田家の方々(妹渋谷節子さんご夫妻も含む)アウデロー城に集結
8月24日も皆さんで滞在。

滞在中、水族館や動物園に行った。
水族館滞在予定の一時間半を、大幅に伸ばして三時間半。


2006年(平成18年) 8月30日
小和田さん夫妻宅を訪問 オランダで皇太子ご一家
宮内庁の野村一成東宮大夫は30日、記者会見し、オランダで静養中の皇太子ご一家の様子を発表した。
ご一家は滞在先のヘット・アウデ・ロー城や周辺の森林で、散策や乗馬、サイクリングなどをして過ごし、
現地に在住している雅子さまの父小和田恒さん夫妻宅を訪ねたほか、
オランダをはじめとする各国王族との夕食を楽しんだという。
発表によると、ご一家は現地時間の25日はハーグ市に向かい、ご夫妻で国際司法裁判所がある平和宮や、
フェルメールの作品で有名なマウリッツハウス美術館を訪問。
その間、愛子さまは小和田夫妻宅で過ごした。その後ご一家は夕食を共にした。
23日にも、滞在しているアペルドールンのヘット・アウデ・ロー城に、小和田さん夫妻、
雅子さまの妹でスイス在住の渋谷節子さん夫妻を招いた。
28日には、ベアトリックス女王主催の夕食会が催され、ウィレム・アレキサンダー皇太子一家に加え、
ベルギーのフィリップ皇太子一家、ルクセンブルクのアンリ大公夫妻と親交を深めた。

WiLL2006年11月号
オランダ女王を袖にした雅子妃 
王室担当オランダ人記者匿名座談会 (A、B、Cはオランダの雑誌記者)
C 今回の日本の皇太子一家滞在でも女王の力の入れようはすごかった。
彼女は「緑の竜」という木製ヨットを持っています。
(中略)王女時代の国民からの贈り物なのですが、
彼女はとても大切にしていて、よほど親しい人物でないと乗せません。
今回はこれを自ら操縦して、皇太子とマキシマ妃にアマリア、
そして日本の皇太子を乗せ、 6時間近くアムステルダム沖を帆走しました。
船内はダイニングキッチンに寝室、シャワー、トイレが ある程度の狭い空間だから、
昼食なんかも本当に家族的雰囲気でしょうね。
女王は雅子妃たちに、とてもリラックスした時間をプレゼントしたかったのでしょう。
A ところが肝心の雅子妃とプリンセス愛子は招かれていたけれど来なかった。
多分、当日朝、とても体調が悪かったのじゃないですか。
B うわぁ、それは知らなかった。女王のヨット招待を休んじゃったの・・・。
(皆、複雑な表情になり口をつぐむ)
A それは・・・、やっぱり女王には堪(こた)えたでしょうね・・・。
雅子妃は一人で古城に残っていたのかな。
C 前夜は三殿下は小和田邸でディナーでしたね。

雅子妃は個人的な戦略を間違えている。オランダでも男女差別はある、皇室というのは伝統的な世界。 
皇后もとても苦労されたと聞いている。雅子妃が一人この障壁を取り除こうとしても無理
雅子妃はこの戦いには勝てない。はっきり言って雅子妃は皇太子と結婚するべきではなかった。
オランダ王室でもあまり国民感情に離れた事をやれば、王室なんていらない、という声が上がるだろう
日本の皇室の菊のカーテンは良いやり方だ。
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  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

【花田紀凱の週刊誌ウォッチング】
(408)文春が追う雅子妃の「深刻」
2013.4.20 12:00
〈小誌記者はオランダに飛び、当時の皇太子ご夫妻の足跡を改めて取材した〉
〈本誌記者はデンバーに飛んだ〉
日本の週刊誌も国際的になったものだ。何かあればすぐに「現地に飛ん」で取材している。
前者は『週刊文春』(4月25日号)、後者は『週刊ポスト』(4・26)。
まず『文春』。皇太子ご夫妻のオランダ新国王即位式(4月30日)への出席がやっと決まったが
「オランダ新国王の憂慮『雅子妃の精神状態は深刻だ』」。
実は2006年、皇太子ご一家がオランダに静養に行った時、
ご夫妻(ことに雅子妃)の振る舞いが波紋を広げ、
翌年訪日したアレクサンダー皇太子が両陛下にこう伝えたという。
〈「雅子妃の精神状態は不安定で驚きました。ご病状は深刻だと感じました」〉
 たとえばこんなことがあった。
ベアトリックス女王の案内でマウリッツハイス美術館を訪問、
当時はオランダが誇る名画の数々をゆったりとご覧になったと報じられたが、
〈実際には、皇太子ご夫妻はたった十五分でご鑑賞を切り上げられた〉。
アーネム市のブルヘルス動物園では「今日はレストランにVIPが来る」と連絡が入り
立食パーティーの準備をして待っていた。ところが−−
〈「いざ、レストランに入っていらしたご家族は、まず一目散に奥のトイレに向かわれた。(中略)
用を済ませられると、ご一家はそのまま出口に向かってお帰りになってしまったのです」(従業員)〉
『ポスト』は「米デンバー日本領事館『北朝鮮スパイ疑惑』」
既に産経新聞が一部報じたが、2010年頃、久保和朗(かずあき)総領事(既に退職)が
公邸に韓国情報当局に近い「韓国人フィクサー」らを招いて宴席を重ね、機密情報が漏洩、
不正経理の疑いもあるというもの。
〈「韓国の諜報員らと一緒に公邸に出入りしていた老紳士は彼らの協力者であると同時に、実は北朝鮮への
情報提供者である可能性が高い。つまり、ダブルエージェント(二重スパイ)だ」(米国防総省関係者A氏)〉
アメリカは北朝鮮への情報漏れを懸念しているという。
(『WiLL』編集長)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130420/bks13042012010006-n1.htm
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/print/books/breview/648092/


週刊文春2013年4月25日号
オランダ新国王の憂慮
「雅子妃の精神状態は深刻だ」
(千代田関係者)「あれは皇太子ご一家のオランダご静養から半年後、2007年3月のことです。
皇太子ご一家をもてなして下さったベアトリックス女王の息子ウィレム・アレクサンダー皇太子が、
とある国際公務の関係で来日していたのです。
そしてご滞在中、天皇皇后両陛下と御所でご夕餐をご一緒された。
その席でウィレム皇太子は、静養中の両殿下の様子をお話しになった。ウィレムは両陛下に
『雅子妃の精神状態は不安定で驚きました。ご病状は深刻だと感じました』と伝えられたそうです。
正直に申しますと、オランダご静養中の妃殿下の振る舞いは、あちらの王室でも波紋を広げていました。
東宮職医師団がいう"ご体調の波"によるものでしょうが、かなり先方に心配と迷惑をかけていたのです。
それはいろいろな筋からこちらの耳にも入ってきました。
しかし、それは妃殿下のご快復に水を差すようなことですから、みな殊更に言挙げをしなかったのです」
(略)
皇太子ご一家は女王が住むハウステンボス宮殿で食事をご一緒されたり、
ウィレム皇太子夫妻の案内でお出掛けになったり、様々なもてなしを受けられた。
だが、先週号で報じられたように、雅子さまはベアトリックス女王自らが操縦するヨットセイリングを
断られている。そしてその前々日、ハーグでも事件は起きていた。
皇太子夫妻はその日、ベアトリックス女王の案内でマウリッツハイス美術館をご訪問されている。
当時はオランダが誇る名画の数々をゆっくりとご覧になったとも報じられたが、
実際には、皇太子ご夫妻はたった十五分でご鑑賞を切り上げられていたのだ。
同美術館関係者の証言。
「私は皇太子ご夫妻と、ベアトリックス女王をご案内しました。ただお三方は、予想よりもだいぶ早く、
ものの十五分もしないうちにお帰りになってしまいました。スタッフは準備万端でしたから、
みな不服そうだったのを覚えています。50分も楽しまれた?
いえいえ、十五分と聞き違いしているのではないですか」
また、アーネム市にあるブルヘルス動物園でも同じようなことがあった。
従業員はこう振り返る。
「その日、『今日はレストランにVIPが来る』という連絡が入りました。
我々が立食パーティの用意をして待っていると、到着したのは日本の皇太子ご一家でした。
そして、いざレストランに入っていらしたご家族は、まず一目散に奥のトイレに向かわれた。
はじめは食事の前に愛子さまがトイレに行かれるのかと思いました。
しかし、用を済ませられると、ご一家はそのまま出口に向かってお帰りになってしまったのです。
お待ちしていた我々には何の挨拶もなく、非常にがっかりしました」
関係者は朝令暮改に翻弄された。
皇太子ご一家の接遇にも関係したオランダ王宮府職員が真っ先に思い出したのは、
随行員たちの疲労、そして苛立ちだった。
「日本の御一行がお帰りになった出発のその日です。小雨が降っていて、空気はもう秋でした。
皇太子ご一家のお泊りになっていたヘット・アウデ・ロー城の敷地の反対側にあるホテルの前では、
日本の女官たち数人が忙しそうにホテル従業員と、ジュラルミン製のコンテナを
小型車の荷台に運び込んでいる最中でした。
みな一様にうつむき加減で表情が硬く、黙々と荷物を搬出していたのが印象的でした。
温厚だと聞いていた侍従長(末綱隆東宮侍従長・当時)がイライラした様子で、
声を荒げて、もたもたする運転手を叱っているのを見てビックリしたんですよ。
よほど神経をすり減らす、きつい滞在だったのだろう、と気の毒に思いました」
こういった“空気”を感じ取ったのか、現地メディアの中には、
日本の皇族の来訪を“奇異の目”で見るような報道もあった。
「なぜ女王陛下が雅子妃をわざわざ静養に招待したのか、なぜ他国の王族に離宮を貸すのか、
という懐疑的な報道が盛んにされていました。雅子妃のご病状を取り上げていたメディアも多かった。
『宮内庁やプリンセスの周囲の皇室関係者の接し方が、非常に不親切でマサコは安らげず、
ここへ逃げてくる』とか、『弟宮の妃殿下が出産することからの逃避行だ』といったものです。
国営放送の公開討論番組でも、『宮内庁が雅子さまをロボットにした』と言われていました」
そうしたオランダ国民の関心は、雅子さまのご病状の一点に向けられるように。
「雅子さまの病気のことは、王室のニュースに興味のあるオランダ人ならもちろん知っています。
今回の王位継承行事も、雅子さまの病気のことを知るベアトリックス女王が、雅子さまに休んでもらいたくて、
オランダで自由を感じてもらいたくて招待したのです」(在欧王室ジャーナリスト)
オランダ唯一の王室専門誌『royale』の元編集長コルネリス・デゥ・フォルデ氏はこう話す。
「オランダ国民は雅子さまに憐憫の情を抱いています。それは、ウィレムの父親、故クラウス殿下も、
うつ病だったことと無関係ではありません。私もクラウス殿下をお近くで拝見したことがありますが、
病気である彼がどれだけ自分を鼓舞して公務に参加しなければならないか、その苦しみが伝わってきました。
薬のせいか、公式行事の席でやたら陽気に振る舞われていたこともありました。
そういう王族をもった国民が、雅子妃に関心を抱かないわけがありません。
ウィレム皇太子も自分の父親がそういう事態に陥ったことを見て育っているので、
雅子妃の健康状態について、とても心配されているのだと思います」
クラウス公の妻であったベアトリックス女王はなおのこと病気に理解があるという。
(略)

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