親王さまご誕生2

2006年7月18日
紀子さま「前置胎盤」早産の恐れも
宮内庁の金沢一郎皇室医務主管は18日、記者会見し、懐妊中の秋篠宮妃紀子さまに、
胎盤の位置が低くずれ、出血の恐れがある「前置胎盤」の症状があると発表した。
会見には、主治医の愛育病院(東京都港区)の中林正雄院長も同席した。
前置胎盤は、早産の恐れなどがあり、帝王切開の処置を取ることも多い。

 
2006年8月16日
紀子さま 東京・港区の愛育病院に入院
秋篠宮妃紀子さまが16日夕方、東京都内の病院に入院された。
紀子さまは16日午後5時12分、車で東京・港区の愛育病院に到着された。
秋篠宮さまも一緒に付き添われて入院された。
今回の入院は、今後の「早期出血の予防」と「出産に備えるため」と宮内庁は説明している。
この病院には、「母体・胎児集中治療室」と「新生児集中治療室」が完備され、
妊娠・出産に24時間対応できるようになっている。
紀子さまは、4階の個室で来月6日に予定されている出産まで安静にされる。


秋篠宮妃紀子さま:6日午前、東京・愛育病院で出産
秋篠宮妃紀子さま(39)は6日午前、東京都港区の愛育病院で帝王切開手術を受け、出産される。
皇族で帝王切開を受けるのは初めて。
誕生したお子さまは秋篠宮ご夫妻の第3子で、天皇、皇后両陛下にとっては4人目の孫に当たる。
皇族の誕生は、皇太子ご夫妻の長女愛子さま(4)以来約5年ぶりとなる。
手術は午前8時半ごろに始まり約1時間で終わる見通し。
主治医で同病院の中林正雄院長が執刀する。
中林院長は、紀子さまが長女眞子さま(14)、二女佳子さま(11)を出産した際も担当医や主治医を務めた。
医療スタッフには、同病院のほか東京大や帝京大の医師も加わっている。
紀子さまは、胎盤の一部が子宮口にかかる「部分前置胎盤」との診断を受け8月16日に入院。
妊娠37週で、早期出血を防ぐため子宮の収縮を抑えるなどの治療を受けている。
食事を十分に取るなど安定した状態で、胎児もよく動き元気という。
天皇、皇后両陛下は5日から9日までの日程で公務のため北海道を訪れており、
出産の報告は札幌市で聞くことになる。
男児であれば65年11月生まれの秋篠宮さま(40)以来の皇位継承資格者の誕生。
女児ならば、皇室で10人連続の女子誕生となる。
性別について秋篠宮ご夫妻は「生まれてくるまでは知りたくない」と医師団に伝えているという。
【桐野耕一】 毎日新聞 2006年9月5日 19時37分


読売新聞朝刊
宮内庁によると紀子様の手術日と時間は、退治が十分に育つ妊娠37週目を待ち
入院患者に迷惑がかからないことを優先して決められた。
両陛下の北海道訪問はすでに固まっており、
両陛下は「自分たちのことは気にしないで」と望まれたという。
両陛下はまた、出発を前に、紀子様の両親、川嶋辰彦さん、和代さん夫妻が
両陛下の不在に遠慮して病院に行かないことがないよう伝えられ、
秋篠宮様にもうながされたが、川嶋夫妻は眞子様、佳子様の時と同様、
両陛下の前に見舞うことを遠慮したという。


紀子さま、男児ご出産
秋篠宮妃紀子さま(39)は6日午前8時27分、入院先の総合母子保健センター
「愛育病院」(東京・南麻布)で帝王切開手術を受け、男のお子さまを出産された。
皇位継承順位は皇太子さま、秋篠宮さまに次いで第3位。
男子の誕生は1965年11月の秋篠宮さま以来41年ぶりとなる。
宮内庁によると、お子さまはお健やかで、体重は2558グラムという。
紀子さまは胎盤が子宮口の一部を覆う「部分前置胎盤」で、早期出血が心配されたことから
8月16日にご入院。胎児が十分に発育する妊娠37週目を待って、
この日に帝王切開手術を受けられた。 手術は主治医の中林正雄・同病院院長が執刀し、
麻酔科や小児科の医師ら12人体制で行われた。
(読売新聞) - 9月6日9時27分更新


紀子さま「命授かったことに感謝」
皇后さまも秘話打ち明け
新しい命を授かったことに感謝したい―。
秋篠宮妃紀子さまは、2月に判明した懐妊について親しい人にこう漏らされたという。
初めて経験する帝王切開、皇室典範改正にからみ男子を期待される重圧。
心に浮かんでは消える不安や苦悩を、いつものほほ笑みに隠し、
紀子さまは6日、元気な男の子を出産した。
「帝王切開することになりました」。部分前置胎盤の診断を受けた7月、紀子さまは自ら皇后さまに報告された。
「大変なことなのに、あんまりおおらかに話すものだから、そのことの方が驚いてしまいましたよ」。
皇后さまは後日、笑って友人に明かされた。
正常な状態に比べて、なかなか増えない胎児の体重。時折起きる心拍数の低下。
出血の危険性と闘いながら「神経質になり、いらいらしていることもあった」と関係者は話す。
状況を説明する金沢一郎・皇室医務主管に、皇后さまは「紀宮だって小さかったのよ」と話し、
紀子さまの不安を振り払われた。
長女黒田清子さんが誕生した時は、低出生体重児とされる2250グラムだった。
皇太子さまは2540グラム。一方、3000グラムを超えた二男秋篠宮さまの際はお産に時間がかかり、
医師は帝王切開を検討。
手術台の上で、昭和天皇や天皇陛下の許可を待っている間に、自然に生まれたのだという。
「私も帝王切開を受けたことがあり得たのでは」。そんな秘話を打ち明けた皇后さまは、
自らかごに詰めた花を用意し、入院中の紀子さまをお見舞いした。
紀子さまの第3子出産に至る過程も、すべてが順調だったわけではない。
二女佳子さまは、皇太子ご夫妻が結婚しまだ子供が授からない中での誕生だった。「兄宮の立場も考えずに」。
身内であるはずの皇族からさえ批判を受け、紀子さまは深く傷ついたという。
「自分は兄と妹の3人で育った。できれば3人目の子供がほしい」と
機会あるごとに周囲に話していた秋篠宮さまの願いも、実現には12年の歳月が必要だった。
「性別は生まれるまで知らせないでほしい」。
皇位継承という皇室の根本にかかわる問題。
それでもご夫妻は「男であれ女であれ、生まれてくる子が元気であればいい」
「どんな障害があっても自分たちの手で育てる」と周囲に話していた。
親としての自然な思いを胸に、紀子さまは病室で産着を縫いながら、誰よりもこの日を待ち望んだ。
(2006年9月6日09時58分 スポーツ報知)


午前8時27分、体重2558g、48.8cm
皇族では実に41年ぶりのご親王が誕生された
前置胎盤、実は重い状態…万全を期した医師チーム
紀子さまが診断を受けられた「部分前置胎盤」は、実際には重い状態だったことから、
医師団は画像診断や血液循環などの専門家を集め、万全の態勢で出産に臨んだ。
紀子さまは今年7月、胎児の出口となる子宮口の一部を胎盤が覆う部分前置胎盤と診断された。
部分前置胎盤でも、陣痛が始まると胎盤が上部にずれて自然分娩(ぶんべん)が可能になることはあるが、
紀子さまの場合、子宮口がほぼ覆われる全前置胎盤に近い状態だった。
このため、主治医で妊婦のリスク評価に詳しい中林正雄・愛育病院院長ら医師団は、
「自然分娩は難しい」と判断。設備や人員の手厚い愛育病院で帝王切開する方針を決め、準備を進めた。
特に注意を払ったのは、出血への対応だ。出産が近づくと、胎盤がはがれ、
陣痛の際に大量出血する恐れもある。陣痛が起きる前に帝王切開することが望ましいが、
早産になれば胎児の成長が不十分になるジレンマがある。
医師団は「(胎児が十分に発育する)37週に入った時点が最良」と判断、この日の帝王切開となった。
紀子さまは大事をとって3週間入院、手術時の輸血に備え、3度にわたり計数百cc採血し冷蔵保存した。
画像診断は、上妻志郎・東大産婦人科助教授が担当。
手術の際、胎盤を切り込み大量出血しないよう、事前に超音波診断で胎盤の位置を慎重に確認した。
麻酔は大量出血に備え、循環管理が専門の森田茂穂・帝京大教授が担当した。
幸い大量出血もなく、輸血も必要なかった。お子さまは、生後すぐ行われた検査では正常で、
午後は一時、新生児室から出て紀子さまと元気に過ごされた。
(2006年9月7日3時16分 読売新聞)


宮内庁は天皇、皇后両陛下のご感想を発表した。
秋篠宮より、無事出産の報(しら)せを受け、母子ともに元気であることを知り、
安堵(あんど)しました。様々な心労を重ねた十カ月であったと思いますが、
秋篠宮夫妻が、その全(すべ)てを静かに耐え、この日を迎えたことを喜び、
心からのお祝いの気持ちを伝えたく思います。二人の内親王も、この困難な時期を、
一生懸命両親に協力して過ごしてきましたので、今は、さぞ安心し、
喜んでいることと思います。医療関係者を始め、出産に携わった人々の労をねぎらい、
この度の秋篠宮家の慶事に心を寄せ、安産を祈願された内外の多くの人々に、
深く感謝の意を表します。

紀子さまご出産:ご両親川嶋夫妻の談話「心に重なる感慨」
紀子さまの両親である川嶋辰彦、和代夫妻は、
「誠におめでとう存じます。『清流に臨みて詩を賦す』
(陶淵明の韻文『帰去来兮辞(ききょらいのじ)』から引用)
心に重なる感慨を覚えます。お健やかな御成長を謹んでお祈り申し上げます」
というコメントを発表した。
漢詩の専門家によると、
「この詩に俗世の濁りなく、自分の身を大自然に任せたような
晴れやかな心情を託したのではないか」と言う。


朝日
紀子様、入院前に家族写真をとる。なみなみならぬご決意がうかがえる。

新潮
紀子様の入院はいわばドクターストップだった(宮内庁幹部)
雅子様は療養中、紀宮様が嫁いだ今、女性皇族の公務は紀子様が一身に担ってきた。
それに加えて育児や家事もあり、公務と主婦業で安静どころではなかった。
そこで医師団が早期入院を進言した。

週刊朝日2006年9月15日号
秋篠宮家の子育て
「うそ、ごまかしはしない」
「課題には全力で取り組む」
「人にはきちんと挨拶をする」
「他者を思うように心がける」
久保田先生が学習院構内で紀子さま、まだ幼い日の眞子さまとお会いになったときのエピソードから。
「紀子さまはこちらに気付かれて待っておられましたが、
眞子さまは何か足元の虫のようなものに夢中だったにもかかわらず、 
紀子さまがちょっとお声をかけられるとすくっとお立ちになって、
お辞儀をされました。そのご様子のお見事なこと」
秋篠宮家は個性を大切にする両陛下の教育を受け継ぎ、眞子さま生後1ヶ月から紀子さまは
公務に復帰、5ヶ月で泊まり公務にも。超多忙な中、育児メモをつけられて育児に励まれた。
秋篠宮さまは伝統や文化に関心があり、公務などの折に伊勢神宮に10回訪問。
眞子さまもお木曳きを体験された。
川嶋家と正田家には共通点が多い。夫婦仲がよいこと、質素倹約を旨とすること、
教育には熱心なこと・・・。
渡辺みどり「子育ては母から娘に伝わっていく。和代さんは料理が上手で、パーティが開けるほど。
美智子さま、和代さんから受け継いだ生活技術が、いまの秋篠宮家の品格、家風につながっている」
山科鳥類研究所の職員によれば、秋篠宮さまが 
「子どもたちが『下の子がほしい』といっていた」と話した。それが第三子を望んだ本当の理由では。(副所長)
愛育病院の警備も厳重。 
紀子さまが検査などのため移動されるときには特にピリピリ。
「転ばないように、お倒れになってもいいように、前後ろ、横も周囲が取り囲み」
出産の手術室にも女性の護衛官が付き添うことに。
「しかし、手術を凝視するわけに行かないので、紀子さまを背にして、直立不動で、衛生服を着て、その下に拳銃」
「開腹前、病院は産婦人科、小児科と麻酔科など少なくとも20人の医師からなる専門の医療チームを組み、
秋篠宮の女官とともに全行程で紀子妃と胎児を守る。
さらに私服警官が最高クラスのフロアを護衛しており、保安は通常でない厳重さである。」

New York Times
「一方、雅子は保守的なメディアによるターゲットとなることが増え、
自己中心的な考え方と常識の欠如を日常的に批判されている。」

ドイツのDPA通信
「日本の将来の天皇が誕生した」

フランスのAFP通信
「40年以上ぶりに皇室に男児が生まれ、長く続いていた皇位継承問題に終止符が打たれた」と東京発で報じた。

英国のロイター通信
「今回の男児の誕生により皇室典範改正の議論は頓挫するだろう」


上毛新聞 ≪ 男子誕生 ≫  
■ご懐妊「陛下の心 理解し決断」
「一人で悩んでいらっしゃる天皇陛下の苦しい胸の内を、二人が理解して決断してくれたのだと思います」
二月に秋篠宮妃紀子さまの懐妊が分かった直後、皇后さまは親しい友人にこう話されたという。
当時は女性、女系天皇を容認する皇室典範改正案が、国会に提出されようとする直前。
保守系議員を中心に反対論に火が付き、国論を二分しかねない様相を呈していた。
皇太子妃雅子さまも、皇族という特殊な立場が原因で体調を崩し、先が見えない状況のまま。
「責任感の強い陛下が、皇室の将来に何も感じていないはずがない。
最も心労が重なっていた時期」(側近)だった。
状況を打ち破る朗報は「やんちゃな弟」の印象が強かった秋篠宮さまが、
いつしか父・陛下の大きな支えになっていることを強く印象づけた。
■潤滑油に
毎年11月。秋篠宮さまの誕生日に合わせ記者会見が開かれる。
陛下が前立腺がんの手術を受けた2003年以降、
秋篠宮さまは皇族の在り方について語ることが多くなった。
「陛下を助けることが大切」「大事な役割は陛下のサポート」
皇太子さまが雅子さまの「人格否定」があったと話した04年
秋篠宮さまは「せめて陛下と内容について話をした上での話であるべきだった」とあえて苦言を呈した。
「今や秋篠宮さまのご一家は、皇室の潤滑油になっている」(陛下の側近)サポートは、言葉だけではない。
御用邸で静養する両陛下に一家で合流し、機会を見つけては宮邸に招いて食事をともにする。
二人の娘が気軽に御所を訪れて、両陛下と卓球に興ずることも。
「天皇という立場は孤独。日々の気遣いがどれだけ励みになっているか」と宮内庁幹部は語る。
■陰の努力
05年9月、栃木県の千振開拓地。中国の旧満州から引き揚げてきたお年寄り達に
ねぎらいの声を掛ける両陛下の傍らに、中学生になった長女の眞子さまがいた。
「何かを感じとってくれていれば」秋篠宮さまは、陛下が伝えようとする皇室の姿を、
娘の目に焼きつけさせた。両陛下が気に掛けていた末娘に、親友を紹介し
結婚をとりもったのも秋篠宮さまだった。
6月、親しい友人と赤坂御用地で開いたソフトボール大会には、黒田慶樹さんと清子さんが顔を見せた。
「陰の努力は外に見せないのが秋篠宮流」と側近。
出産の報を受けた両陛下は6日朝、文書による感想で「さまざまな心労を重ねた10ヶ月
だったと思うが、秋篠宮夫妻はそのすべてを静かに耐えた」とねぎらった。
秋篠宮家に生まれた命は、皇室に新たなページを開いた。

朝日新聞 社説  2006年9月9日
「皇族方の心に思いはせ」 編集委員 岩井克巳
皇太子さまの「人格否定」発言に関して
「天皇陛下に事前に内容について話があってしかるべきではなかったか」と発言した秋篠宮さまだが、
それで兄弟仲が悪化したようには見えない。
「宮さまの本意は、自身は一歩引いても、親子、兄弟などご家族がそれぞれの持ち味を生かしながら
相和する皇室の姿を望んでのことだったようだ」(側近)という。
それだけに「紀子さま懐妊は雅子さまにプレッシャー」などとされることに紀子さまは苦しんでいたと聞く。
新たな命の誕生はこうしたわだかまりや暗雲を吹き払うような明るい話題となった。
皇后さまは、紀子さまが前置胎盤と聞いた時には大変驚き、紀子さまが早めに入院した際には
「本当に安堵しました」と周辺に語っていた。母体と新しい命を気遣う家族の姿だった。

産経新聞 平成18年9月7日号
親王ご誕生    陛下ご心痛 宮さま決意
今年7月。両陛下は紀子さまが前置胎盤と診断されたことをお聞きになった。
このとき、皇后さまは大変動揺されたという。以前は多くの母子が生命の危険に
さらされた胎盤の異常であるとお知りになっていたからだ。
だが紀子さまのご入院後、金沢一郎皇室医務主管から「胎児は体重がやや軽いが問題ない」との
説明を受けると、皇后さまはほっとされ、2250cだった黒田清子さんについて
「紀宮(清子さん)だって小さかったのよ」。
そして、清子さんや2540cだった皇太子さまと違い、
3000cを超えていた秋篠宮さまを出産したときのことを陛下とともに思いだされ、
次のようなお話をされたという。
「帝王切開を、私も危うく受ける可能性があったのよ」
両陛下によると、やや大きめだった宮さまは頭部がなかなか出てこずに時間がかかった。
医師団は自然分娩は困難と考え、帝王切開の許可を得に、分娩台に皇后さまを残したまま、
昭和天皇や天皇陛下(当時は皇太子)のもとへ向かった。1
時間以上してから戻り、帝王切開の準備を始めたところ、宮さまがお生まれになったという。
その話をされたのは、陛下のご心痛を理解し、高齢出産を決断された紀子さまへのお心遣いでもあった。



<秋篠宮妃紀子さま>40歳の誕生日、愛育病院で祝う
男児を出産した秋篠宮妃紀子さまの40歳の誕生日となった11日、
入院先の愛育病院(東京都港区)では、病院が用意した手作りのケーキでお子さまの誕生とともに祝った。
また、公務で北海道に出かけていた天皇、皇后両陛下が10日に、
皇太子ご一家は11日にそれぞれ病院を訪れ、紀子さまとお子さまを見舞った。
病院関係者によると、ケーキは栄養士が作り、
昼食後に中林正雄院長をはじめ医師や看護師らも病室に集まって祝った。
紀子さまは「こういうことも一生に一回しかないでしょうから、
大変記念になると思います」と喜んでいたという。
10日に見舞った両陛下は、4人目の孫となるお子さまとこの日が初めての対面。
皇后さまは白いベビー靴と花かごを紀子さまに贈った。約30分の見舞いを終えて
病院玄関に姿を見せた両陛下に、報道陣がお子さまの様子を尋ねると、
天皇陛下は「元気です。ありがとう」と笑顔で答えた。【桐野耕一】
(毎日新聞) - 9月11日20時19分更新

皇太子一家が男の子と対面 紀子さまケーキでお祝いも
皇太子ご夫妻と長女の愛子さまは11日夕、東京都港区の愛育病院を訪問。
入院中の秋篠宮妃紀子さまを見舞い、6日に誕生した男の子と初めて対面された。  
皇太子ご一家は、直前に到着していた秋篠宮さま、二女佳子さまと一緒に過ごし、
約20分で病院を後にした。 この日は紀子さまの40回目の誕生日。
中林正雄院長によると、栄養士たちがケーキをつくり、誕生日とご出産のお祝いをした。
紀子さまもケーキを口にし、「こういうことは一生に1回しかないでしょうから、
大変記念になると思います。ありがとう」と話したという。  
また皇太子ご夫妻は同日午後、東京都江東区の東京都現代美術館で開催中の
「ディズニー・アート展」を見学された。
2006/09/11 11:37 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200609/CN2006091101004243.html

<命名の儀>秋篠宮ご長男、悠仁(ひさひと)さまに
秋篠宮ご夫妻の3番目のお子さまの名前が「悠仁(ひさひと)」に決まり、
一般のお七夜にあたる12日午後、紀子さまとお子さまが入院する東京都港区の愛育病院で、
「命名の儀」が行われた。
皇室の慣例で、皇太子ご夫妻の長女愛子さまの「敬宮(としのみや)」のように、
天皇と皇太子の子どもに付く幼少時の称号はない。
紀子さまとお子さまの経過は順調で、今週末にも退院する見通し。
宮内庁によると、ご夫妻は「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでいくこと」
を願って付けたという。
7月ごろから考え始め、「ひさひと」という音に合う漢字を探して決めた。
天皇、皇后両陛下にも相談したが、直前まで迷ったという。
また、身の回りの物に名前代わりに付けるお印(しるし)は「高野槇(こうやまき)」に決まった。
常緑針葉高木で、高さ約30〜40メートル、幹の直径は1メートルにもなるという。
ご夫妻は「大きく、まっすぐ育ってほしい」との気持ちを表したという。
「命名の儀」は午後3時35分から、病院の個室で行われた。
秋篠宮さまからお子さまの名前が書かれた和紙を宮務官(秋篠宮家の世話をする担当職員)が受け取り、
白木の桐の箱に納めた。 さらに宮務官は、紀子さまからお印を記した和紙を受け取り
秋篠宮さまに見せて同じ箱に入れた。
その後、宮務官がお子さまの枕元に 箱を置いた。名前とお印は秋篠宮さまが筆でしたためた。
悠仁さまの名前は14日にも官報に掲載され、週明けに皇室の戸籍簿である「皇統譜」に登録される。
(毎日新聞) - 9月12日15時52分更新

1507161.jpg

<紀子さま>悠仁さまと一緒にご退院
秋篠宮妃紀子さまは15日午後、長男悠仁(ひさひと)さまと一緒に東京都港区の愛育病院を退院した。
6日に出産した紀子さまの経過は良く、悠仁さまも順調に発育しており、ほぼ予定通り退院の日を迎えた。
秋篠宮さまが付き添い、東京・元赤坂の宮邸に車で戻った。悠仁さまの姿を見ようと、
沿道には、約1800人(警視庁調べ)が繰り出した。
ご一家は、宮邸で家族5人での生活をスタートした。
白のスーツ姿の紀子さまは、純白のおくるみに包んだ悠仁さまをしっかりと抱いて、
午後0時25分ごろ病院の玄関前に姿を見せた。 悠仁さまはすやすやと寝ている様子。
報道陣が「お顔を見せて下さい」と声をかけると、秋篠宮さまが紀子さまに目配せをし、
紀子さまは、悠仁さまをカメラの方に向けた。また、ご夫妻のどちらに似ているかとの問いには、
秋篠宮さまが「まだわかりません」と笑顔で答えた。
宮邸に向かう車の後部座席には、新生児用のチャイルドシートが用意され、
悠仁さまは、秋篠宮さまと紀子さまの間に置かれたシートに寝かされた。
病院関係者の見送りを受けて午後0時半前に出発した車は、
沿道に出た人たちの祝福を受けながらゆっくりと進み、約4キロ離れた宮邸に
午後0時40分ごろ到着した。
宮邸では、悠仁さまのために6畳ほどの部屋を改装、安全性を考えて床をカーペット敷きにしたほか、
部屋のそばには冷蔵庫付きのキッチンも設けた。
また、養育のため看護師3人が新たに配置された。
紀子さまは部分前置胎盤の診断を受け、8月16日に入院。今月6日に帝王切開で悠仁さまを出産した。
翌7日には同室で過ごすようになった悠仁さまに初めて授乳した。【桐野耕一】
(毎日新聞) - 9月15日13時34分更新

秋篠宮妃紀子さま、長男悠仁さまの退院に当たり、
宮内庁は秋篠宮ご夫妻、主治医らの感想を明らかにした。
【中林正雄愛育病院院長】
紀子さまは、帝王切開のご手術のあとでありますので、宮邸にお帰りになった後も、
ゆったりとお過ごしいただきたいと思っております。少なくとも半年以上の間は、
お仕事をお控えいただき、その後もご様子をご覧になってから
お始めいただくのが望ましいと思っております。
悠仁さまは、新生児らしくよくおやすみになられておりますが、
安定した大変よいリズムで日々お過ごしになられております。
これからも順調にご成長になられることと存じます。
なお、お誕生の日の記者会見の席上で、10年ほど前のこととして、
紀子さまが男のお子さんを望んでおられるようなコメントを申しましたが、
当時の会話の場に同席していた複数の第三者から、
あの発言は紀子さまがおっしゃったのではなかったとの指摘がありました。
私のあいまいな記憶に基づく発言を取り消し、
このことによってご迷惑をおかけいたしました関係する皆さまにおわび申し上げます。
【金沢一郎皇室医務主管】
紀子さまは、帝王切開により悠仁さまを無事ご出産になり、
その後の経過も順調であるところから、本日愛育病院をご退院になりました。
悠仁さまのご成長も極めて順調ですので、予定通り紀子さまとともに宮邸にお帰りになりました。
ご懐妊時から今日まで、中林正雄院長、安達知子産婦人科部長、
加部一彦新生児科部長をはじめ、愛育病院の方々には大変お世話になりました。
心よりお礼申し上げます。また、愛育病院での妃殿下のご入院・ご出産に対して
ご協力くださいました恩賜財団母子愛育会の方々にも心よりお礼申し上げます。
【秋篠宮さま】
本日、母子ともに退院できることをうれしく思います。
今回の出産は、部分前置胎盤であったために帝王切開で、また入院期間もひと月近くにわたりました。
その間、医療関係者のご尽力により、安心して過ごすことができましたことをありがたく思うとともに、
心を寄せてくださった多くの方々に深く感謝申し上げます。
【秋篠宮妃紀子さま】
今年の2月以降、9月の出産に向けて、身体を大切にしながら過ごしてまいりました。
7月には部分前置胎盤との診断を受け、不安な気持ちを抱きましたが、
約1カ月にわたる入院生活を含め、両陛下があたたかくお見守りくださったことは
大きな支えとなりました。また医療関係者による手厚い看護を受けられたことを
大変心強く思いました。
さらに、無事の出産を願った人々、友人、家族に支えられながら出産でき、
大変ありがたく思っております。そして、子供の誕生を喜び、祝ってくださった
多くの方々に深く感謝するとともに、
本日、一緒に退院の日を迎えることができましたことをうれしく思います。

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