敬宮愛子さまご誕生

毎日新聞
平成13年8月、皇太子同妃両殿下が那須御用邸附属邸でご静養の間、
約2900万円をかけて東宮御所内に皇孫殿下のお部屋の工事が行われた。
昭和天皇ご在位当時、東宮御所には現在の天皇陛下ご一家がお住まいで、
お庭に面した1階の洋室は紀宮さま(現在の黒田清子さん)のお部屋であった。
今上陛下のご即位後、紀宮さまも両陛下とともに皇居に移られ、
東宮御所が皇太子同妃両殿下のお住まいとなったのちも空室のままとなっていたもので、
新宮様にお怪我がないよう床にコルクタイルを敷き詰める等の工事が行われた。
同9月からはご入院先となる皇居内の宮内庁病院2階の皇室専用(御料病室)の
御静養室・御分娩室について、同病院の現在の建物が竣工した昭和39年以来初めて、
天井と壁を塗り替えるなど約500万円をかけて改装工事が実施された。
同病院には、三次元(3D)超音波診断装置が導入され、
立体的にお顔やお手足が確認でき、誕生間近の皇孫殿下のご様子が念入りに診断できるという。


皇室ウイークリー(169)
2011.1.29 07:00 (3/5ページ)
宮内庁病院の知名度は高い。だが、どこにあるかはあまり知られていないのではないだろうか。
実は皇居内の大手門近く、一般公開されている三の丸尚蔵館のすぐ近くにあるのだが、
皇族方の入院、通院がない日でも周辺は一般の立ち入りができず、
外観すら近くで見ることができないという珍しい国立病院だ。
ただし、一般の人でも宮内庁関係者の紹介などがあれば利用できる。
宮内庁病院は大正15年、宮内省(当時)互助会の診療所として発足。
現在の建物が竣工(しゅんこう)された昭和39年からすでに50年近くが経過しているものの、
病院内には新型の医療機器が随時購入されている。
平成13年9月には、出産(同年12月)を控えられていた雅子さまがリラックスできるよう、
「住居型分娩(ぶんべん)室」(LDR)の考えを取り入れ、
「いかにも病室」という感じだった分娩室の内装が、約400万円かけて通常の居室風に改装されたという。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110129/imp11012907010001-n3.htm




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皇太子さま、分娩室で雅子さま励ます
皇太子妃雅子さまの出産について、主治医の堤治東大医学部教授と、川口政行東宮侍医長らが
1日午後7時39分から、宮内庁で会見した。
堤教授は「順調で、安産といってよいかと思います」と述べた。
堤教授によると、雅子さまは11月29日の宮内庁病院での診察で、子宮の収縮がかすかに見られ、
比較的短期間で分娩(ぶんべん)になるのでは、との兆候が見られた。
30日の診察で子宮の収縮が強くなり、兆候もはっきりしたので入院することになった。
入院後は徐々に収縮が頻繁になり、1日正午ごろから本格的に陣痛が始まり、午後2時43分に出産した。
皇太子さまは、分娩室で雅子さまとともにすごし、励ましていたという。
出産後、雅子さまはお子さまと対面した。「とてもお喜びで、表情は笑顔でいらっしゃった」という。
その後、お子さまを抱いた。皇太子さまもお子さまを抱いた。
(12/01)
http://www2.asahi.com/national/birth/K2001120101768.html

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緊張の東宮大夫=桐箱取り落とし一瞬ヒヤリ−賜剣の儀〔ご出産〕
(時事通信) 2001年12月1日(土)18時33分
天皇陛下から新宮に守り刀を贈る「賜剣の儀」は、 ご誕生から約2時間後の
1日午後4時半から、宮殿の表御座所で始まり、約30分間で滞りなく終了した。
伝達役の古川清東宮大夫は午後4時35分、授けられた刀の入った桐(きり)箱を恭しくささげ持ち、
宮殿西車寄の玄関前に姿を現した。緊張した面持ちで、ゆっくりした足取り。
箱は菊の紋が付いた紫色のふくさに覆われ、袴(はかま)の目録を持った宮内庁事務官が付き従った。
緊張のためか、古川大夫は箱を取り落とし、慌てた大夫が箱から飛び出した賜剣を
踏みつけてしまう場面も。
事務官が剣を拾い上げ、事なきを得たが見守るマスコミ関係者は一瞬あっけにとられた。
その後、事務官が代わりに皇太子ご一家の待つ宮内庁病院に入り、
刀は無事にお子さまのまくら元に安置された。
http://www.jiji.com/cgi-bin/content.cgi?content=011201183339X518&genre=soc


皇太子ご夫妻の赤ちゃんに七日、天皇陛下から贈られた「敬宮愛子」の称号と名前は、
ご夫妻が繰り返し相談して選び、陛下に伝えたものだった。
何事にも自然体で臨む二人の考え方がここでも貫かれた。
伝統にのっとり陛下から「賜る」という形は取ったものの
「普通のご家庭と同じように、お決めになったのはご両親」(古川清東宮大夫)。


北海道新聞
「あくまで自然に」。ご夫妻の心が結実した赤ちゃん誕生だった。
陣痛が始まって約3時間、元気な女の子が産声を上げた。
分娩(ぶんべん)室にまで入り雅子さまを励まされた皇太子さま。
出産直後にはすぐわが子と対面、自らの手で抱き上げた。
「2人で相談しながら、子どもの幸せを祈りつつ見守っていきたい」。
新しい皇室像を描くファミリーの物語が始まった。
予定日を間近にした11月、高年齢出産のリスクを考えた宮内庁や
警備にあたる警察サイドから「早めの入院を」との意向が伝えられた。計画出産を推す声も多かった。
だが、ご夫妻の意見は「ふつうに」で一貫。出産間近になるまで待ちたい
との希望も示され、その通り前日深夜になって宮内庁病院への入院となった。
いつもそばにいられるよう、皇太子さまの予定は11月26日からすっきりしたものに。
「一生全力でお守りします」という結婚の誓いは、2年前の流産などを経て純度を高めてきたようにも見える。
1993年6月の結婚時点で、ご夫妻は33歳と29歳。憲法で「皇位は世襲」 と定められていても
「自然な形で急がず」との気持ちだったという。
しかし世間の期待は過熱する。結婚8カ月後の記者会見。
「あまり周りで波風が立つと、コウノトリのご機嫌を損ねるのでは」と皇太子さまは述べられた。
ウイットに包んでいても、いら立ちがにじんでいた。
「お世継ぎ問題」。結婚から数年、こんな言葉が皇室周辺で流れ始めた。
高年齢出産とされる35歳になる98年初めには、複数の宮内庁幹部が「今年は勝負の年」と口にした。
天皇、皇后両陛下にとっても長年、頭を離れないことだった。
皇太子ご夫妻に近い人々を皇居内の御所に呼び、相談を持ちかけられることも度々。
万一の場合を想定し、秋篠宮家の長女眞子さまの教育に言及したこともあったという。
「皇太子さまはこの話題になると、決まって(帰宅のタイミングを探すように)時計を見る、
とご一家の方がこぼされたことがある」と関係者は明かす。
女性週刊誌では繰り返し「ご懐妊か」と根拠のない見出しが躍り、
目にした雅子さまが体調を崩したことも。重圧は明らかだった。
「医学的なことを含め、問題の重要性を最も理解していたのはお2人だ」と関係者は言い切る。
「皇太子殿下の姿が見えない」。宮内庁内からこんな言葉が出るほど公務は軽減され、
東宮御所を離れた「ご静養」が増えた。
http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/masakosama/08_fusai/index.html


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雅子さま出産とマスコミ/情報開示渋った宮内庁
東奥日報 2001年12月1日(土)
■マスコミも「外敵」
ところが一九九三年の結婚以降、記者とご夫妻との懇談の場はなくなった。
「マスコミから妃殿下を守らなければ、というお気持ちがあったのでしょう」と宮内庁幹部。
「一生全力でお守りします」。こう宣言して、雅子さまから結婚の決意を引き出した
皇太子さまの目には、早くからお妃候補として報じ、留学先まで追い掛けたマスコミも
「外敵」と映ったのかもしれない。
それでも、九六年から雅子さまの誕生日会見が実現、会見後の懇談も恒例化した。
ペットの犬を部屋に入れて記者団に紹介する「サービス」もあった。
しかし九九年十二月、「懐妊兆候」の報道があったことで再び暗転。
報道の三日後、検査のため宮内庁病院に向かうご夫妻の車は白いカーテンで後部座席を囲い、
カメラの並ぶ皇居・半蔵門を通過した。報道がもとで、外部を拒絶したように受け取られる行為は異例だった。
■聞きにくい雰囲気
今回の懐妊が五月に正式発表された後も、古川清・東宮大夫は「プライバシー」などを理由に
出産予定日はおろか、ご夫妻の育児に対する考えや準備、着帯の儀など儀式の詳細を
明らかにすることを拒み続けた。情報開示は四十一年前に比べて明らかに後退した。 
「二年前の情報漏れで側近に対する両殿下の信頼が崩れ、意思疎通ができなくなっている」と
指摘する宮内庁関係者は多い。古川大夫自身も「私生活について聞きにくい雰囲気がある」と認める。
今年夏の日本世論調査会の調査。天皇に対する印象を問う設問に、二十代で「何とも感じない」
との回答が64%に上った。若者層の皇室離れが際立つ。
「せっかくお子さまが生まれても、東宮職が扉を閉ざしていると国民との距離は大きくなるばかりだ」。
宮内庁の古参職員は不安を隠さなかった。
http://www.toonippo.co.jp/tokushuu/danmen/danmen2001/1201.html
  
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週刊新潮2001年12月13日号
雅子妃「ご出産」余聞
株価でわかったご出産「経済効果」
なまじ期待が大きかった分、ショックは相当なものなのである。
「ロイヤルベイビー誕生で14兆円の経済効果」とはやし立てられた週明けの株式市場。
さぞかしご祝儀相場で盛り上がるかと思ったら、逆に株価は急落してしまった。
「もう、年内で兜町から身をひくつもりです。なにしろ市場にとって唯一の明るい材料が
この惨憺たる有様なのですから、これ以上、証券界にいても仕方ありません」
こう嘆くのは、ある株式アナリストだが、それもそのはず。
ご出産後、初めて開かれた3日の東京株式市場では、午前中の前場からいきなり売り注文が殺到した。
「どの証券会社の営業マンも、予定日の11月下旬から12月上旬に標準を定め、
ロイヤル銘柄を投資家に薦めてきました。
2月は餅つき相場ですし、クリスマス・年末商戦も
ある。“これにご出産とくれば、まさしく鬼に金棒ですよ”と
決まり文句のように強気に薦めてきたわけです。
だが、市場が開いた途端、そのロイヤル銘柄の中で最も期待された
育児用品メーカーのビジョンに、いきなり10万株単位の売り注文が出たのです。
そのまま売られ、結局ビジョンはストップ安のまま商いが成立しないほどでした」(同)
ご出産で日本の個人金融資産1400兆円の1%が消費に回れば、それだけで14兆円の経済効果。
仮にそうなったら、真っ先にその恩恵に与るのがベビー用品メーカーなどのロイヤル銘柄、
とばかりに証券界が煽り立ててきた。
ところが、いざフタをあけてみると、その推奨銘柄の株価は軒並み急落。
証券マンがしょげ返るのは無理もないのだ。
「ロイヤル銘柄は、ビジョンの他、森永乳業、ベビー服の西松屋チェーンやキムラタン、
ベビーカーのコンビ、おもちゃのトミー、田崎真珠、学習教材のベネッセなど、
幅広かったのですが、当日の株価はみな下げ一色でした」(株式業界紙記者)
おかげで東証の株価全体も急落。ご出産直後だというのに、終値は前週末から326円も下げて
1万370円に落ち込んでしまったのだ。

週刊新潮2001年12月20日号
愛子さまご誕生「宴のあと」
・・・マスコミの中でそれよりも困惑を呼んだのは、皇室特番の意外な不人気だった。
民放が満を持してゴールデンタイム枠に放送したご出産特別番組。
これがいずれも予想もしない低視聴率で終わってしまうのである。
なんと半年以上かけて準備した特番が、日テレ9.9%、フジ7.9%、TBS7.3%、テレ朝4.9%と、
いずれも一ケタ台という惨敗に終わる。
しかも、テレビ関係者を絶句させたのが、断トツでトップをとったのが、
同じ時間帯のテレビ東京『日本全国!年越し旬のこだわり鍋料理特集』という番組だったことだ。
全国の鍋を食べ歩くこの番組が、なんと視聴率17.5%を弾き出したのだ。

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2002年2月8日
雅子妃出産後初公務
2002年2月8日
皇太子ご夫妻は8日午後、東京・丸の内の東京会館を訪れ、
第47回青少年読書感想文全国コンクールの表彰式に出席した。
宮内庁東宮職によると、昨年12月の出産後、雅子さまの初の公務。
(※出産後約70日後)

2002年4月20日
皇太子ご夫妻は20日午後、阪神大震災の経験と教訓を生かそうと設立された
「人と防災未来センター」の開館式出席のため、空路神戸市入りした。
出産後、雅子さまの泊まりがけの地方視察は、今回が初めて。
この日は、今春開館した兵庫県立美術館を訪れた。
(●出産後の初泊まりがけ地方公務4ヵ月と3週間後)

医師団見解2004
出産後間もなくから地方の ご公務が始まり、その後も地方行啓を含めた多くのご公務が続かれ、
それがご病気の引き金 になったものと考えられます。

●一般的に産休は2カ月
堤氏は「母子ともに順調。ただ、当分は赤ちゃんの保育に専念していただきたい。
一般的に産休は2カ月とされるように、公務には内容と体調にもよるが、
それくらいで復帰していただけると思う」と語った。

●海外には喜んで出かけた
雅子妃2002年12月のオーストラリア訪問の時の記者会見
今回,幸い子供はもう1歳の誕生日も迎えまして,1日の生活のリズムも大体できておりますし,
先ほど皇太子さまもおっしゃいましたように,これまで国内の旅行を何回か,
そういう形でのお留守番というのは何回か経験しておりまして,
いつも変わりなく元気に過ごしているようでございますので,
いつも職員の方で本当によく面倒を見てくれていますので,
その点本当に安心して預けて参りますことができますことは大変有り難く思っております。
そして,また,小児病院なども訪れることになっておりますけれども,
私たちの子供がまだ小さいということで,
というか,ちょうど子供が誕生してということで子供の施設というようなことで,
そういうプログラムを考えていただいたんだと思いますけれども,
そういう病院で入院している子供さんたちに,何らか励ましてあげることができたり,
ということで少しのお仕事ができればうれしく思います。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

孫愛子さまのこと…お誕生日のお祝い?秘中の秘です
さて小和田氏にとって初孫、愛子様は12月20日に1歳のお誕生日をお迎えになる。
お誕生日プレゼントの予定などは?  
「(困った様子で)本当はね、本当はそういう質問はお答えを拒否することになっているんですがね。
まあ差し障りのないところでお答えしましょう。
去年は日本におり ましたから、(お誕生の際には)病院にも訪ねましたが..。
今年は、お祝いは、ええ何かと思ってはおりますが、これは秘中の秘でございます(笑)。
写 真ですか?こうした短期旅行には持ってきませんね。
今年始めに6ヶ月イギリスのケンブリッジ大学に滞在した時は、
長い滞在だったので1枚持って行きました。
いろいろな人に聞かれるものですから…。
普段は、家内や自分自身の子供を含めて家族の写 真を入れて持ち歩くことはしません」
ただし奥様への電話は毎日欠かさないという愛妻家なのだ。
http://www.v-shinpo.com/02special/50special/special.html


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