もうしょうがないね

週刊文春2008年3月8日号

天皇陛下が不快感を示された愛子さま「写真撮影事件(皇太子会見のタブー)」

「残念なことは愛子と会う機会が少ないことです」。
昨年末、天皇がお嘆きになったその背景とは。
愛子さまの「教育方針」をめぐる千代田と東宮の深い溝――


昨年の新年用写真撮影の過程で、陛下は呆れたように「もうしょうがないね」と側近に洩らされた。
本来撮影現場に入ってはいけない「出仕」(福迫女史)が同行し、
愛子さまがおむずかりにならないようにあやし、
カメラマンの側で愛子さまに向かって手を振って注意を引いたりしており、この光景は異例。
実は前年度にも同じ事があり、そのときも陛下が
「愛子はもう大きいのだからと仰せられたにもかかわらず、
東宮側が「どうしても」と出仕を連れてきた。
今回は千代田側から東宮側へ「今年はダメだ」と事前にきつく伝えられていたのに
東宮側はやはり出仕を同行させた。
2月17日の土曜日にはお誕生日前にご挨拶を、ということで
皇太子一家が両陛下のもとを訪れ夕食をご一緒する予定があったが、
当日の昼になって愛子さまが急性扁桃炎で熱を出し、
「お母さんには側にいて欲しい」と愛子が懇願されたため雅子さまは東宮御所に残られ、
皇太子おひとりでの参内となった。誕生日午後に開かれた茶会は雅子さまの体調が悪く、
雅子さまと愛子さまは欠席。でも当日夜のお祝い御膳は三殿下で出席。

福迫女史は女官より下の身分だが東宮では意見を常に通す。
愛子さまは食事をほとんど女史ととる。
雅子さまは「自分の」ペースでとるし皇太子は他の予定もあるため。
オランダ行機内も女官は髪を結っているのに福迫女史はラフな格好で髪を下ろしたまま。
東宮侍従はビジネスだが福迫女史ファーストクラス。
福迫女史は「出仕」という役職。
皇后や皇太子妃にお仕えする女性職員としては、女官の下に、衣類や清掃の担当をする
「女儒」や「雑仕」という役職があるが、大きな違いは「出仕」は内親王に直接お仕えするのに対し、
「女儒」や「雑仕」は皇族に直接はお目見えできないことだ。
序列としては、女官―女儒―雑仕となり、「出仕」は「雑仕」と同等の位だという。
「出仕」が両陛下に直接お目にかかるのを遠慮するために、
両陛下のご動静を予め頭に入れておいて、なるべくお目にかからないように行動したりもする。
格式ばっていると思われるかもしれないが、これが裏方でお仕えするもののけじめなのだ。

愛子さま、2月は6〜9日と19〜22日を欠席。
関係者「風邪だけではなくおむずかりが原因の欠席もあるのでは」
皇太子夫妻のしつけは「叱らないで諭す」が基本。
「愛子さまがむずかって泣けば幼稚園行かせないでしょう。」

陛下の誕生日発言は当初もっときびしかった。あの表現でも東宮側はショック。
雅子さまは餅つきに出席など頑張っているつもりだった。
餅つきは二十八日、陛下の誕生日会見後。
遅れてやってきた雅子さまはただならぬ顔色で美智子皇后が屋内にすぐ連れて行き
しばらくして出て来たら顔色が戻っていた。

愛子さまが福迫女史になついている為、福迫女史の影響力が増している。
福迫女史と、子育て経験のあるベテラン女官の意見が食い違う事がある。
(福迫女史は独身。幼稚園教師のベテランではあるが、子育て経験はなし)
両殿下は福迫女史を高く評価。
東宮職はもう一人、愛子さまの養育係を採用する為の準備を進めている。

元宮内庁職員
「両陛下は、普段通りのごく自然な家族団欒の写真を国民に見せるのが望ましい、と言うお考えなので、
撮影の時は、お付の者がしゃしゃり出ることはありません。
侍従長や女官長も立会いを遠慮しますし、当日の職員も、なるべく目立たぬように、
隠れるようにしているくらいなのです。そうやってお任せしていると、
両陛下がいつも通りの雰囲気を作ってくださる。
例えば、秋篠宮家のお子様が緊張している時などは、両陛下が話し掛けられて、
リラックスするように導いてくださったりするのです。」

皇太子ご一家は、3月16日から20日まで、
奧志賀高原へスキーに行かれる予定だという。
実現すれば、オランダ以来のご静養。ご一家にとって、久しぶりの息抜きとなるだろう。