八幡和郎氏

2006.10.02
皇太子ご一家海外静養問題
週刊朝日に、雅子妃が再び海外へ静養に出かけたいとおっしゃっているという噂ありと
いう記事があり、それについて私のコメントが載っていた。
私はオランダでのご静養も暴挙だったと思う。そもそも、皇室はあまり贅沢をしない方がよいと思うのだ。
海外の王室は封建領主であり、私有財産をたくさん持っている。だから、それを何に使おうが
ある意味で自由なのだ。だから、「王侯貴族の生活」というような贅沢三昧をしてきたし、
いまも、「自分の金だから何が悪い」という態度である。
だが、皇室は封建領主でなく、日本国そのものなのだ。である以上は、国民とともにあるという
姿勢が不可欠であることは、仁徳天皇の竈の煙以来の伝統である。だから、大富豪のような
生活は似つかわしくないのだ。というより、それは権威と尊敬を危うくするのだ。
ひるがえって、メンタルな病気のための治療として、転地療法はありうる。
だが、海外へ多人数を引き連れてというのは、やりすぎだ。できれば国内で、と言う気がするが、
海外でも、たとえば、小和田家がハワイかスイスあたりのリゾートで過ごされるところに合流されて、
ゆっくりされるというくらいでいいのではないか。
巨額の国費を使うことも、もし、オランダ王室に滞在されて日蘭友好になるならいいが、「日本も気の毒に」とか「日本の皇室はひどいところだ」といった報道をされて国の評判を
落とすのだから、億単位の国民の税金の使い道として適切だろうか。
こういうことは、本来、小和田氏が、身を挺して遠慮し、阻止すべきことではないか。
だが、それを期待することは出来まい。なぜなら、雅子妃問題の根源は、外交官の論理と、
皇室の論理の齟齬にあるからだ。皇室の方々は、「好き嫌いは持ち込まず個人的な判断は
極力避け、贅沢はせず、謙虚で、公私混同は最も嫌われる」のだ。
ところが、外交官の論理は逆だ。
「少々独善的で好き嫌いに基づいても自分の判断で動き、王侯貴族のように贅沢な生活をし、
威張り、公私混同は当然」なのだ。というと一方的な外交官批判に聞こえるが、単純にそうではない。外交官にとっては、それなりの合理性があるのだ。
「昔は本国から離れ、公電といった細いパイプで繋がっていただけだから、
本国の指示を待たずに自分で動くことが必要だった。外交の世界は、ヨーロッパの上流社会の
延長であり続ける。だから、その流儀を身につけ、それに従って行動することは有益なこともある。
外国人相手には少々日本人の基準からは威張っていると見えるくらいでちょうどよい。
外交は家族ぐるみでするのであり親戚などの協力を求めなければならないことも多いので、
少々の公私混同は許される範囲だ。」
以上のような外交官の論理がいまでも通用するかどうかは人によって意見は違うだろうが、
まったく、荒唐無稽でけしからんとだけ片づけにくいところは皆無ではない。
だが、この論理を皇室に持ち込まれては困るのだ。それは、皇室が永くつづいてき国民から
崇敬されるために会得してきた知恵とまったく180度違うものだからなのだ。ところが、
小和田家も含めて外務省やそこからの出向者、OBなどは、そこが分かっていないのでないか。
だから、なんとも贅を尽くした桁外れの「療養」をしようという発想になるのだ。
ところで、雅子妃のお祖父様にあたる江頭豊氏が亡くなった。江頭氏は1964年にチッソ社長に迎えられているので、水俣病の発生についての責任はおおむね回避されるとされるが、
1964年以降にされたチッソの対応も、誠意と迅速を著しく欠いたもので、厳しい非難の
対象になるべきものだと誰もが考えている。そのことは、雅子妃のお祖父様であるからといって
大目にみられるべきものでないことはいうまでもない。
オランダでは、皇太子妃の父親がアルゼンチン軍事政権の農業大臣だったことが結婚の障害になった。
技術者であって直接に虐殺などに関与したのでないにもかかわらず、閣僚としての責任を問われたのだ。
結局は、皇太子妃が父親と政治信条を同じにしないと声明し、結婚式にも出席させないことで妥協が図られた。
今回は、皇太子ご夫妻でにぎにぎしく行われた葬儀に出席されたのだが、私はこのHPでも
「オランダでのご静養で世界の王室事情を学ばれるところがあるとすれば、江頭氏の問題について、いずれ雅子妃は語らねばならない日が来るだろうから皇太子妃の父親について、
オランダでとられた措置など勉強することは意味があるだろう」と書いたが、
海外療養の成果にはならなかったらしい。たとえば、 少なくとも皇太子殿下は弔問に訪れるに留められるといった少し引き気味の対応であるべきだったのでないかと感じる。弔事であるので、
あまり厳しいことを書きたくないが、東宮の侍従たちの目配りが、やや偏っているのでないかと
危惧するのである。


八幡和郎のニュース解説
http://www.yawata48.com/jiji/


紀子さまご懐妊と皇位継承
うわさ話でなく、履歴だけでも分かること
秋篠宮妃殿下のご懐妊と関連して、また雅子妃殿下についてあれやこれや議論されている。
保守的な人々からの批判もあるが、妃殿下に近い人々あるいは擁護派からの積極的な発言や
情報発信も盛んであり、これが状況を混迷させている面もある。 いずれにしても
皇太子妃殿下をめぐっては、いじめられて可哀想という同情論があり、一方で無責任だという批判がある。
だが、これらの議論はいずれも雅子妃が類い希な優秀で能力の高い人物であるということが
前提になっていることで共通している。 だが、このホームページでも書いたように
「典型的な帰国子女が旧家に嫁入りしてうまくいくことははじめから難しかったのであって、
その後の展開についてはどちらが悪いともいえない」というのが正しいと思うし、
この分析はそれなりに多くの方からもっともだと支持頂いている。
だが、ここではそれはともかくとして、霞ヶ関にいた人間としての眼でもう少し詳しく
雅子妃論を書いておきたい。 といっても、生々しい具体的な証言や私自身が見聞きしたことを使って
面白おかしく書くつもりはない。それは少々失礼だとも思うし、うわさ話について細かく裏を取る自信もない。
むしろ、雅子妃の経歴や御家族の状況から客観的にみて論ずれば、それだけでも世の中で
流布している雅子妃像がいかにいい加減かわかるのだ。そもそも履歴書はたいへん雄弁なものである。
それなりの知識をもって読んでいけば、その人がどういう人かが、かなりくっきり明らかになる。
ヨーロッパなどには「フーズ・フー」のような詳細な経歴を書いた公刊物があるし、
就職するにも履歴書がたいへん重要な意味を持つのだが、日本人はこうしたものを分析するのが
あまり得意でないようだ。

キャリアウーマンとしての虚像
雅子妃について多くの日本人が持っているイメージは、
「東大という日本一難しい大学の試験を通って、さらにこれも最難関の外交官試験にも合格し、
キャリアウーマンとしてばりばり仕事をされていたスーパーウーマン」ということであろう。
だがこれは少々眉唾である。まず、雅子妃は東大に学士入学で編入されているのであって、
世間の人が思い浮かべる「東大入試」に合格されたのではない。 次に、外交官試験は
ほかの省庁の試験と違って外務省独自の試験であったから、客観性にいささか乏しい。
ほかの省庁の事務次官の子女の場合でも、事務次官ないしその候補者の子供が受験した場合に
それを落とす勇気のある人事担当者はほとんどないと思うが、少なくとも人事院が主催する
公務員試験を通らないと各省庁の試験を受けられない。だが、外交官の場合はそうでない。
もちろんそれなりに客観性はあるというだろうが、合格者に外交官の子供が異常に多いことは
よく知られている通りであり、事務次官一歩手前だった小和田恒氏の娘がこれに合格したのが
実力だけによるものであったかは立証しようもない。
採用後については、皇太子妃候補だったという以上に、事務次官の娘として腫れ物にさわるような
扱いをされていたという面もあり、少なくとも「世間の荒波に揉まれながらばりばり仕事を
こなして大活躍した」といったものではない。
また、英国留学とか国際機関二課、北米二課勤務というのは誰しもがうらやむ最大限に
優遇された居心地のよい人事である。社長の娘が一般職で採用されてぴかぴかに美味しい
ポストばかりで働いているのと同じで、いささか特殊な環境である。
雅子妃の田園調布雙葉とか、海外の学校での勉学は、外務省に限らず霞ヶ関のスノッブな
エリート官僚の娘としてありふれたものである。また、雅子妃の世代なら多くのエリート官僚の娘が
キャリアウーマンとしてばりばり活躍しているのであって、これも珍しくない。

皇太子妃雅子さまにおける悲劇の本質と打開策
暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの
特殊なのは、父親が現役幹部である職場に就職したことである。外務省では雅子妃に先立って
別の幹部の娘が就職しているから雅子妃は第二号のはずだが、いずれにしても 雅子妃は父親が
事務次官である役所で働く女性という霞ヶ関の歴史で初めての存在だったはずだ。
こうしたことを考えれば、小和田家は親子の関係が非常にウェットで、よくいえば
暖かいつながりがあるお家だと推測されるし、逆に公私混同の疑いを持たれることに対して
さほど神経質でないこと、雅子妃自身も独立心旺盛な人柄とはいえないことを伺わせる。
民間企業でも、サラリーマン社長が自分の子供を自社に就職させるのはあまり誉められないことが多い。
それ以上に社員の子弟の採用をしないところもある。なぜなら、公私混同につながりやすいからだ。
また、父親の会社に就職しようという女性も、自立心を持った強い性格でなく、利用できるものは
利用しようといった、ちゃっかりしたタイプか、それとも親に保護して欲しいという
やや甘えた性格と見るのが普通だろう。
こうしたことを考えれば、小和田家は親子の関係が非常にウェットで、
よくいえば暖かいつながりがあるお家だと推測されるし、逆に公私混同の疑いを持たれることに対して
さほど神経質でないこと、雅子妃自身も独立心旺盛な人柄とはいえないことを伺わせる。
全般的にいって、雅子妃はエリート官僚のごく普通の娘であり、特別に有能なわけでも
強い性格でもなく、経済的には超リッチでないが不自由のない暮らしをされ、
父親が有力者であることに甘えることにさほど躊躇してこられなかったのである。
こうした客観事実から組み立てた分析は世間一般で持たれている新しい時代を象徴する
自立した女性というイメージとはあまりにも違うものであろう。
そして、このギャップこそが雅子妃の悲劇の原因なのである。

皇室問題を論じるとき、妃殿下たちを何か特別の人柄なり育ち方をされた人たちだという
前提の議論が多すぎる。たしかに皇室に生まれたプリンセスたちは、特別の育てられ方を
されたがゆえに独特で貴重なキャラクターが醸成されている。
だが嫁いで妃殿下になられた方々は、それぞれの年代のごく普通の女性たちである。
それを踏まえないで、過度に厳しい要求をしたり、反対になんでもないお仕事ぶりや
家族との接触でしかないものをたねに、特別に立派な人格者だと感心してみたり、
トラブルがあれば周囲の人たちがきっと悪いのだ ろう、というのもまったく間違った議論なのである。
それでは、雅子さまはどうすればいいのか。あるいは国民としてどうしてあげればいいのだろうか。
このことについては、先週も少し書いたところだ。
また、「アエラ」のいま店頭に出ている号に私のコメントが載っているが、
少し舌足らずでもあるので、補足しておく。
「アエラ」には、
1. 公務を軽く、あるいはお好みのもの中心にして差し上げる
2. 妃殿下を辞めて単なる皇太子夫人にする
3. 皇太子が皇位継承をしないことによって妃殿下の負担も軽くする
4. 離婚、といった「四つの選択肢」が論理的にある
と書いている。これは、あくまでも論理的にあるということであって、
現実的に あるかどうかは別問題である。
私は、制度論としては「2」が好ましいと思う。
もはや、たまたま皇族と結婚したからと妃殿下に就職するというのはうまくいくはずがないからである。
そういうのは、皇族が妃殿下としてふさわしい女性を選んで、
自分の好みと関係なく結婚するのでなくてはなりたちえない。
だが、この案を実現するには制度改正が必要である。
「3」と「4」は、そういう可能性も選択肢として存在すべきだし、
道を閉ざすべきでないが最後の手段である。
となると、とりあえずは「1」しかないわけだが、これがすんなり受け入れらそうもないのは、
その周辺に「国民に申し訳ない」という姿勢がないからである。
ご本人の海外出張が少なすぎるという「不満」らしきご発言、殿下の「人格否定発言」、
医師団の「皇室という環境」診断書、ご実家の動きなど、およそ謙虚なものではない。
愛子さまの皇位継承を確実にしようという策謀も、誰が言い出したかはともかくいかにも間が悪い。
まずは、ご実家なども含めて公務を十分に果たせないことについて、申し訳ないという姿勢の明確化、
そして申し訳ないが治療上こうせざるを得ないのだ、という説明などがあれば
いま身勝手だといわれているようなことについての、世間の受け取り方も変わるのではないか。
ともかく、これは重大な病気の治療の問題である。医学的観点からの最善を尽くすことが何より必要だ。
ただし、たとえば、海外への転地療法とか、皇居での乗馬とか、たいへんな警備を伴う形での
レジャーといったものが、たとえ病気の回復のために有効だといっても皇室のあり方として
適切かは難しいところだろう。
それは、皇室がどの程度、税金でコストがかかる贅沢な生活をしてよいかの一般論からの
議論としての問題である。
また、そうした治療をしてもなお、将来ともに公務が十分にできないということになれば、
やはり制度的な問題も含めて議論が必要なのだろう。

yawata.htm


妃殿下の研究 八幡和郎 幻冬舎 2012年9月

私は、雅子さまと同時期に霞ヶ関(通産省。いまの経済産業省)にいましたから、
生々しく具体的なおはなしをいろいろと聞いております。
ですが、そんな風説に頼らなくても、雅子さまの経歴やご家族の状況という公開情報
を客観的に見ればそれだけで、世の中で流布している雅子さま像は、
現実とだいぶずれがあることがわかるのです。」

(有識者会議の)メンバーの選定もひどく疑問。
もっとも奇妙だったのは、いわば利害関係の当事者である小和田氏に近い人物が多かったことです。
実質的な中心人物・古川貞二郎氏は、小和田氏と事務次官会議のメンバーだった時期が重なり合っています。

しかし、これだけ多くの外務省関係者が、出会いからご婚約まで
手取り足取りで関与していることから考えると
外務省関係者グループのお膳立てと協力な後押しで実現した結婚と見るのが普通でしょう。
また、小和田家がみずから売り込んだのではなくとも、
婚約時に小和田恒氏は外務事務次官だったのですから、
組織をあげての売り込みが成功したという言い方をする人がいても見当はずれではありません。
雅子さまご自身も、最初の出会いのとき以降、お誘いをかなり積極的に受け入れられた
稀有の存在だったということもあります。
(中略)
しかし、雅子さまサイドが皇太子殿下の熱心さに負けて不安を残しつつ
お話をお受けしたというような見方にはなにか意図的歪曲が感じられるのです。 
そして、現在の厳しい状況からすれば、
外務省関係者が雅子さまを皇太子妃に最適だと思ったことは、やはりお眼鏡違いでした。
日本にとっても、皇室にとっても、雅子さまご自身にとっても不幸な選択だったと言わざるを得ません。

雅子さまが、東京ディズニーランドの一部を貸切状態にして池田礼子さん一家と遊んだこともあります。
ご自身だけでなく、結果的にせよ、実家の人間に、一般客の楽しみを制限してまで、
遊ぶ特権を受けさせるようなことは、正田家なら絶対にありえなかったことです。
そういうことを、雅子さまの病気治療のために好ましいということで、
なんでもありにしてはいけないと思います。
                                   
幸い、悠仁さまは、置かれた立場にまことにふさわしい立ち居振る舞いができる少年として
育っておられますが、将来の天皇にふさわしい充実したバックアップ体制を
用意してさし上げるべきでしょう。雅子さまの「治療」という名目のセレブ生活や
愛子さまの不登校問題に対処するために多くの公務員を動員したり
予算を使ったりするよりも、よほど大事なことだと思います。
東宮に人員が多く配置されているのは、公務が多忙なことを
前提にしているはずですので、実情に合わなくなっているのです。

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