終戦時の手紙

終戦時、昭和天皇・香淳皇后から皇太子(現天皇陛下)への手紙
明仁親王当時12歳

○皇太子(今上陛下)に宛てた『天皇の手紙』「新潮45」昭和61年5月号

今度のような決心をしなければならない事情を早く話せばよかつたけれど
先生とあまりにちがつたことをいふことになるので
ひかへて居つたことをゆるしてくれ
敗因について一言いはしてくれ
我が国人が あまりに皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである 
我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである
明治天皇の時には 山縣 大山 山本等の如き陸海軍の名勝があつたが 
今度の時はあたかも第一次世界大戦の独国の如く 
軍人がバツコして大局を考へず 進むを知つて
退くことを知らなかつたからです
戦争をつづければ 三種神器を守ることも出来ず 
国民をも殺さなければならなくなつたので
涙をのんで 国民の種をのこすべくつとめたのである
(昭和天皇より 昭和20年9月9日付け)



この度は天皇陛下のおみ声をおうかがひになつたことと思ひますが 
皆 国民一同 涙をながして伺ひ 恐れ入つたことと思ひます
おもうさま 日々 大そうご心配遊しましたが 残念なことでしたが 
これで 日本は 永遠に救はれたのです
二重橋には毎日 大勢の人が お礼やら おわびやら 涙をながしては 
大きな声で申し上げています 
東宮さんも・・・大詔に仰せになつたことをよくよく頭に入れて 
まちがひのないように しのぶべからざることを よくよくしのんで 
なほ一層 一生懸命に勉強をし 体を丈夫にして わざわひを福にかへて 
りつぱなりつぱな国家をつくりあげなければなりません
(香淳皇后より 昭和20年8月30日付け)

注)この記事で紹介されている「手紙」は、今上陛下に届けられたそのものではなくて、
届ける役割を担った当時の職員が書き写したものである

トップページ(目次)へ