秋篠宮両殿下 インドネシアご訪問

2008年18日〜25日
秋篠宮両殿下 インドネシアを公式訪問
妃殿下は昨年11月から左腕にしびれや痛みを訴えながらも、
インドネシアとのさらなる友好関係構築のためご同行。
国交樹立50周年を記念する式典など各種行事に積極的に出席し、国際親善に努められた。
秋篠宮殿下は、天皇陛下から過去50年間に両国が良好な関係を築いたことを喜ばれると
する大統領へのメッセージを伝えた。
大統領はご夫妻を歓迎する昼食会を開催。
元日本留学生を中心に設立されたダルマ・プルサダ大学を訪問。
キャンパス内での植樹。
また日本への元留学生と会われ歓談。
インドネシア結核予防会本部も視察。
インドネシアのニュースでは「天皇陛下の代理で」と伝えられた。
英雄墓地(日本兵も眠っている)に献花。
ろう学校の視察 妃殿下はインドネシア語の手話で。
(英語と日本語の手話は既にマスターしているが今回のために勉強されたという)
地震被災地視察 妃殿下はインドネシア語。


読売新聞記事
紀子様は頚椎の痛みは消えることがなく、行事の合間はホテルでお休みになられていたようだが、
蒸し暑い気候の中、22か所を車や飛行機で回るハードな日程を2か所を除いて秋篠宮さまと出席されたという。
『ご夫妻の動向は現地で連日大きく報じられ、行く先々で歓迎を受けられた。
身体の不調をおして訪問し、笑顔を絶やされることのなかった紀子さま。
親日的といわれるインドネシアの人々が、その姿から日本への親近感をさらに深めたのは確かだ。』


アエラ2008年2月25日号
〜秋篠宮ご夫妻はインドネシア訪問で慌ただしい日程をこなした。
 舞台裏をのぞくと、「東宮家」との格差が見えた〜

今回のご夫妻のインドネシア訪問(1月19日〜25日)は、両国の外交関係樹立50周年を記念する
「友好年」行事に参加するのが目的。
紀子さまは、悠仁さまの育児疲れなどがもとで、頸椎椎間板症による神経恨症(首や手首の痛み)を患い、
特別に整形外科医を別枠で随行させることにした。現地に夜到着し、翌日から重い公式行事が目白押し。
まだ痛みの残る紀子さまは、この初日の一部の公務のみ首にネックカラーをつけられた。
しかし翌日以降最終日まで、ずっとネックカラーを外して公務をこなした。

ジャカルタ市内のろう学校を訪れた際、日本語と英語の手話をマスターされている紀子さまは、
今回勉強されたインドネシア語の手話も披露された。(中略)

両陛下が外国訪問をされる場合、随行員は34人前後。美容師もいる。
皇太子夫妻の場合も、東宮職幹部ら16人前後が随行する。
今回の秋篠宮ご夫妻には、元フィンランド大使の近藤茂夫氏が首席随員を務め、
元大使夫人の沼田恭子(宮内庁宮務課嘱託)、宮内庁の女性式武官、
宮家の宮務官と侍女長補の計5人がついた。
今回は特別に、整形外科医と和服の着付けをする美容師が別途合流する配慮がされた。
しかし、いわゆる事務方といえるのは、式武官、宮務官、侍女長補の3人だけ。
両陛下や皇太子ご夫妻と比べると、雲泥の差がある。
側近らは日程管理や外務省のへの報告などに追われ、一睡も出来ない日もあったようだ。
留守の間、ご夫妻の気がかりだったのは幼い悠仁さまのことだったろう。

ふだん、宮邸では、職員はコックや運転手を除くと5人で、私的に雇用している侍女2人を合わせても7人。
皇太子家を支える東宮職は、大膳課員や運転手を除いても職員50人余の体制で、
他に敬宮愛子さまの養育係2人、看護師4人、小児科を含む侍医4人、
東宮女官長以下女官5人、東宮侍従長以下侍従5人、内舎人、東宮女嬬各4人、
事務官らがそれぞれ当直ローテーションを組んでお世話しているのとは大違いだ。
今回、宮邸の留守を守る職員は、事務官3人と私的に雇用している侍女2人だけ。
悠仁さまには3人の看護師が交代でついてはいるが、眞子さま、佳子様のお世話や
ご夫妻の帰国後の公務の準備などもありとても完全な当直体制を組めない。
元侍女長や元職員、紀子さまの母・川嶋和代さんも応援に駆けつけ、
また眞子さまや佳子様も離乳食をつくるなどして「人の和で乗り切った」(宮内庁幹部)という。

ところが、ようやく乗り切ってみんなほっとしたのか、
帰国翌日久しぶりに両親と再会し、庭で遊んでいた悠仁さまが、ちょっと目を離した隙に転んで唇の上を切り、
治療を受けるアクシデントがあった。幸い跡も残らないというが、ご夫妻は肝を冷やしたことだろう。(中略)
皇室の公式外国訪問はデリケートで重い。近年、天皇・皇族方も高齢となり、
皇太子家も雅子さまが療養中で国内外の公務が難しい。秋篠宮夫妻への負担が増えている。
そろそろ、体制の見直しがあってもよいのではないかと感じた。

岩井記者
「紀子さまは日本語と英語の手話をマスターしているが、今回の訪問前から、
インドネシア語の手話の勉強を始めた。現地入り後もホテルに専門家を招いて練習していた。」

読売ウィークリーの「皇室ダイアリー」
インドネシアでの両殿下のスケジュール
19日 
英雄墓地に献花、ユドヨノ大統領を表敬、大統領昼食会、副大統領表敬、
ダルマ・プルサダ大で日本語を学ぶ学生と懇談、結核予防会訪問
20日 
友好年の名誉委員長と懇談、日本の玩具展視察、在留邦人と面会、
友好年の式典に出席、レセプション
21日 
植物園、赤十字病院、農科大、国立科学院生物研究センター視察
22日 
保健所、聾学校視察、ジョクジャカルタへ移動し特別州知事のスルタンを表敬、
知事主催夕食会
23日 
ジャワ島中部地震で被災した中学校を視察、世界遺産の寺院見学、
ガジャマダ大で日本語学生と懇談、銀細工の工房視察、在留邦人と面会
24日 
世界遺産の寺院見学、市場、ろうけつ染め工房視察、
紀子さまも学生時代に参加したことがある東南アジア青年の船」の同窓生代表と面会、帰国へ