「瀬音」あとがきより

元女官長・松村淑子氏

東宮御所はゆかしさの中にも、明るい活気に満ちた御所でございました。
お三方のお子様方は、それぞれの個性をもってご成長になっており、
皇后様は限られたお時間の中で、一生懸命に宮様方をお育てでございました。
ご公務や宮中の祭祀は、全てに優先されておりましたから、お子様方には何度となく、
母宮さまにいらしてお頂きになれぬ卒業式や遠足、運動会などがおありになりました。
皇后様はこのような時、ご自身のお寂しさがお子様方のお悲しさを増幅しないよう、
いつも行き届いた配慮をなさっており、また、このような機会を捉え、
公人としての義務のあり方を、ごく自然にお子様方にお教えになっていらっしゃいました。
このように皇后様のお心が定まっていくご経験の一つとして、
昭和三十七年、熊本慈愛園訪問をお詠みになった、

 吾子遠く置き来し旅の母の日に母なき子らの歌ひくれし歌

を拝見することが出来るように存じます。陛下のご配偶、宮様方の母宮となさり、
皇后様のこれまでに遊ばしていらしたことは、実に地味なご努力の積み重ねであったと思われます。
豊かな天分に恵まれ、繊細さと共に、華ある大きな格を備えたお方でいらっしゃいましたが、
そのご日常を支えておりましたのは、全てを受け入れる謙虚な忍耐と、
何十年変わることなく国とご家族に向け続けられた深いご愛情であったと思われてなりません。

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