雅子妃 歌会始

■知恵おそき子 平成8年

雅子妃お歌  
もろ手もちてひたすら花の苗植うる知恵おそき子らまなこかがやく
http://www.kunaicho.go.jp/culture/utakai/pdf/utakai-h08.pdf

参考 「知恵おそき子」という表現は歌の世界では使われるということだが
適切ではなかったという意見も一部にあった。
雅子妃の施設訪問時の表情や態度からは、愛情はあまり感じられず、
それが、この歌に対する批判の元にもなっているという声もある。

週刊朝日2008年2月3日号
雅子さまはなぜ「私的」な歌ばかり詠むのか
平成8年の「もろ手もちてひたすら花の苗植うる知恵おそき子らまなこかがやく」
この表現をめぐって否定的な声がでた。
「反応を想定し、周りはこの歌を出すことに躊躇しました。ですが、妃殿下は表現への意思を強く示された」
案の定の反応に以後、一切公務の歌は詠まなくなった。

■抗議の乗馬 平成18年

平成皇室論 橋本明 2009年7月
歌会始を欠席した同じ日に宮内庁馬場で乗馬をする雅子妃という場面は、ニュース報道で国民に伝わった。
「週刊新潮」「AERA」「週刊朝日」が離婚説を紹介したのはこの時である。
にもかかわらず皇太子は2月21日の会見で
「雅子は皇族としての自身の役割と皇室の将来を真剣に考え、これまでも努力してきましたし、
現在もそのように考えて行動しており、私もそれに支えられています」と述べた。
とってつけたようなこのような解説は誤解を招く結果しかない。

週刊女性2006年2月14日号
「3年前の5月の愛子さま公園デビュー事件を思い出す」と語るのは、
皇室事情に詳しい旧宮家関係者。
「あのときは皇宮警察音楽隊の創立記念演奏会の日。
皇族方はそろって出席されたが、 皇太子ご一家は欠席された。
皇后などは、大変不満に思われたと聞いている。
なぜ、そういう行動をとられたか? 
「あれは一つの意思表示だったといわれているんです」
当時、愛子さまは1歳6ヶ月。第2子(男子)出産のプレッシャーが頂点にあったころのことだ。
じつは、あの日の皇太子ご夫妻の行動は、
それへの拒否の意思表示でもあったと指摘する関係者も少なくない。
「一見非常識とみられる行動には、常に深い意味がある。
あの日は、歌会始で子づくり宣言(?)とも思われるような歌を秋篠宮ご夫妻が詠まれた。
今回はたとえば、そんなことが関係しているのかもしれませんね」(同前)
そもそも雅子さまが乗馬を始められたのは、'99年の流産後、医師のすすめからだったといわれている。
そんな経緯を考えると、今回の乗馬事件は意味深なものがある。
雅子さまの、ある種の“抗議”の意思表示では……と、この関係者は推測する。

週刊ポスト2006年2月3日号
宮内庁が蒼くなった雅子妃皇居で乗馬事件
雅子妃のワガママに慣れっこになっている記者クラブと宮内庁。
しかし、歌会始のあった1月12日の午後、
雅子妃が皇居に来て1〜2時間も乗馬をしていた事実が発覚すると、さすがにお驚きの声が上がった。
体調に考慮するのなら、歌会始に出席して、午後から休養するべきではないのか。
それでも東宮大夫、侍従長に公式の場で質問が飛ぶことはなかった。
乗馬も治療の一環と回答が返ってくるのは、目に見えているからだ。
小和田恒氏は、オランダのハ−グへ赴任。
母親の優美子さんは、帰国すると東宮御所へ直行し、雅子さまの生活に関する要望を、細々と側近に訴える、
それで宮内庁VS小和田優美子さんの構図ができて、雅子妃の立場をますます悪くしていると思われる。
「雅子さまは、年頭に当たって我が国と国民全員の繁栄を祈る『元始祭』にも3年連続でご欠席されている。
天皇家の宮中祭祀であり皇族の義務ともいえるこうした行事より、
たとえ治療とはいえ自己都合を優先されるということなのでしょうか」(宮内庁関係者)
「明らかに天皇皇后両陛下と秋篠宮ご一家の仲は良いわけですから、
現在は皇太子ご夫妻だけが孤立している感が強い。
皇太子ご夫妻は、雅子さまの外国生活が長かったせいか、お友達やご相談相手が少ないんです。
(略)
東宮職も04年5月に皇太子が行った“人格否定”発言以来、
雅子さまに関しては腫れ物に触るような雰囲気になっており、誰もご進言できない。
現在の皇太子ご夫妻は、マスコミへの対応などを含めて、
ますますお立場を悪くされているのです」(皇室ジャーナリスト)

■提出が遅い 平成19年

週刊新潮2007年12月20日号
12月から新年にかけて行事が続くが、
元旦に紙面を飾る天皇ご一家の写真撮影の日程が 12月10日の段階で未定。
天皇皇后両陛下から候補日を挙げて頂いてそれに通常合わせるが、
学校行事との調整が大変な秋篠宮家がすぐに返事を出したのに
愛子さまが幼稚園で大したスケジュール調整も無いと思われる東宮から
まだ返事がなく宮内庁は非常に困っている。
おまけに年明けの歌会始の準備も皇族方は通常11月中旬までに
歌を提出しなければならないのに雅子さまだけは未提出。

■公の心がない

週刊朝日2011年12月30日号
毎年1月に、天皇陛下や皇族方が和歌を披講される歌会始の儀がありますが、
他の皇族方が世の情勢や平和など公的な内容を詠むなかで、
雅子さまは00年から09年まで一貫して、皇太子さまや愛子さまなどご家族のことを詠み続けた。
お側の人間が皇太子さまにやんわりとご注意申し上げたが、
皇太子さまは雅子さまにお伝えにならなかったようです。

■歌碑 平成25年

平成8年の訪問で平成24年に歌を詠む

皇太子妃の短歌の石碑除幕式 皇太子妃・雅子さまが去年の「歌会始」で、
福島市のミズバショウを題材に詠まれた短歌を記した石碑が完成しました。
石碑ができたのは福島市の土湯温泉にある熊野神社です。
4日は地元の住民や旅館業者などが出席して除幕式が行われました。
高さ2メートルほどの石碑には雅子さまが詠まれた
「春あさき林あゆめば仁田沼の岸辺に群れてみづばせう咲く」という短歌が記されています。
雅子さまは去年の「歌会始」で平成8年に皇太子さまとともに土湯温泉を訪れ、
10万本あまりのミズバショウが生育する仁田沼を散策した際の光景を題材にこの短歌を詠まれました。
4日は、石碑のそばに源泉かけ流しの温泉を使った足湯を楽しめる休憩所も完成しました。
土湯温泉は、原発事故の風評被害などで観光客は大きく落ち込んでいます。
土湯温泉観光協会の渡邉和裕会長は
「温泉街の復興に向けて、観光客を呼び込むきっかけにしたい」と話しています。
04月04日 19時37分 (2013)
http://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6053192641.html?t=1365078656872


2012年1月15日 たかじんのそこまで言って委員会
「新年早々ムカムカしている事は?」
勝谷「皇太子の歌」
それなりの覚悟で言います。歌会始めがありました。「岸」というお題です。
天皇陛下も皇后陛下も本当に被災地の方々に心を寄せた歌を詠んでくださいました。
他の皇族の方々、例えば秋篠宮妃など数人の方が被災地のことを思って詠んでくださいました。
当然、皇太子ご夫妻はせめてどちらかが被災地のことに心を寄せた歌を詠まれると、僕は思っていました。
(皇太子と雅子妃の御歌) これはヒドイと思いますよ。
物見遊山の歌を、これだけ他の皇族の方々がちゃんと・・・・・
皇統綿々二千年の中でも何回もない(ひどい)目に国民が遭っているわけですよ。
当然、そこに心を寄せてどちらかの方が歌を詠むのが当然でしょう。
しかも、雅子さんの仁田沼の水芭蕉がきれいだねっていう 仁田沼がどこにあるか、皆さん知ってますか?
福島県福島市ですよ。 今もっとも放射能汚染で苦しんでいる方々のところに遊びに行って※
水芭蕉が咲いているのを見ました、 きれいでしたね、と。
周囲が止めるべきでしょ、まず。 あと、共依存があるな、この二人は。
(歌の)冒頭は「あさまだき」と「はるあさき」なんですよ。似すぎてる。
僕は新年から非常にムカムカしました。

(※皇太子夫妻が仁田沼に行ったのは平成8年)

■平成26年 釜石
雅子さまの特別な思い ←大絶賛

だが、実際のご訪問では…
(女性セブン2013年11月28日号)
実はご夫妻が訪問された釜石市応急仮設住宅の団地関係者には、行政からいくつかの注意があったという。
「まず事前に経歴書の提出を求められました。それも行政から配られるわけではないので、
市販の履歴書を買って提出しました。それに皇太子さまがノーネクタイでいらっしゃるから、
それに合わせたラフな格好にしてくださいとか、
挨拶するときには自己紹介だけで、こちらからは絶対に質問するなとか…。
せっかく慰問に来ていただいたのに、息苦しくて大変でしたね…」(団地関係者)

■そもそも出席しない
平成29年現在、14年連続で欠席中

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