納采の儀

週刊新潮1993年3月25日
日延べ「納采の儀」から6月9日「結婚の儀」までの宮内庁

一般の結納にあたる納采の儀が3月17日に行われると最初に報じたのはNHKである。
2月18日午後7時のニュースで、
「皇太子さまと小和田雅子さんのご結婚に先立って結納をとりかわす納采の儀が
3月17日に執り行われることが今日までに固まりました」と報じたのだ。
翌朝の新聞各紙も一斉にこのニュースをフォロー。
3月17日の納采の儀は、いわばマスコミが先行する形で一般に周知された。
取材に当った宮内庁担当記者によると、「NHKのニュースが流れて各社ウラをとるべく
宮内庁長官、次長、東宮職幹部、侍従職幹部らに即座に取材に走りました。
すると当ったところがどこも“3月17日”を否定しない。明らかに違っていると、
さすが口が堅い宮内庁でも幹部らが否定してくる。
ああ、これは決まりだナということで、各紙翌日の一斉報道になったんです」
が、3月2日になってこの“決定事項”が突如覆される。
「この日、ご成婚についてのすべてが話しあわれる宮内庁長官を委員長とする“皇太子御婚儀委員会”の
第二回会議が開かれたんですが、宮尾盤・宮内庁次長と山下和夫・東宮侍従長が会議のあと会見に現れて、
いきなり“納采の儀は4月12日に行います”と切り出したんです。
記者の間からは“えっ、なぜだ”“延期になったのか”という驚きの声が上がりましたよ」
記者たちの矢継ぎ早の質問に対して、「3月17日は皇太后さまが葉山にご静養中ですので…」と
次長は答えたが、記者たちがさらに食い下がると、「まあ、他にもいろいろ理由がありまして…」と、
口を濁したのである。
別のベテラン宮内庁記者が言う。
「ああ、これはウラで何かあったナとすぐ思いました。というのも3月17日に皇太后さまが
葉山でご静養中なのは以前からわかっていたことだし、そんなのは理由にならない。
こりゃ小和田さんに何かスキャンダルが発覚して日取りを繰り延べざるを得なかったんじゃないかとか、
よほど大きな圧力がかかったんじゃないかとか、記者クラブの中でも一気に憶測が広がったんですよ」

皇族の怒り
皇室ジャーナリストの河原敏明氏もこの突然の延期に首を傾げた一人だ。
「日程を繰り上げるならともかく延期するなどというのは許されるものではありません」と、こう言うのだ。
「実は昭和天皇の納采の儀も、大正11年7月2日に予定されていたんですが、
直前の6月下旬に皇族最長老だった東伏見宮依仁親王が亡くなり、延期されています。
そして翌年11月に予定されていた結婚の儀は関東大震災によって延期され、
結局大正13年1月26日までズレ込んでしまった。
先例を俟つまでもなく、こういうおめでたいことが延期されてプラスになることはないんです。
まして雅子さんはこの納采の儀を経て初めて正式な婚約者となり、準皇族となられる。
一刻も早くそのお立場になっていただくのが当然なのに、あとに延ばすなどというのは考えられません」
いったい、“変更”のウラに何があったのか。
ある宮内庁関係者が明かす。
「実は3月17日という情報がマスコミで報道された時、まだ皇族方に宮内庁が報告する前段階だったのです。
天皇家もそうですが、自分に関わることが知らないうちに報道されることを皇族は極端に嫌がる。
納采の儀は告期の儀や結婚の儀といった国事行為とは違い、いわば天皇家の私事。
その日取りが身内でもある宮家になんの報告もなされていない段階でマスコミに一斉報道されてしまった。
きちんと報告されてさえいれば問題もなかったんですが、ここのところあまりに
宮家がないがしろにされているということで宮家が激怒したんです」
皇族を代表する形で不快感を示したのは皇族として唯一“雅子妃決定”の皇室会議に出席した
三笠宮だと伝えられるが、
「実は先日美智子妃が赤坂御所に正田家や川嶋家の人々を呼んで雅子さんを紹介する宴を開きましたが、
今回のことはこれとも無関係ではない」と言うのは別の事情通。
「あれはいかに雅子さんを大切にしているかを世間に知らしめる美智子皇后のパフォーマンスだった。
が、その席に主な宮家は全く呼ばれなかった。一応、1月19日の皇室会議当日、皇太子と雅子さんが
各宮家に挨拶されたからいいという思いだったんでしょうが、宮家にとっては
自分たちをないがしろにしたという思いがつのった。
これは長年にわたる美智子皇后と他の皇族との確執が根底にあるのですが、
“納采の儀”でも無視されたことで怒りが一気に噴き出したんでしょう」
明らかなのは“根回し”を怠った宮内庁だが、「かつてはいわゆる“奥”のことをすべて牛耳った
入江侍従長のような重鎮がいて、皇族への“根回し”も完璧でした。それがいまの宮内庁ときたら、
かつての重鎮がいなくなり、単なる官僚ばかり。今回のように基本的なことさえできないんです」(同)
「そればかりか」と、先のベテラン記者氏もこう言う。
「ご成婚は文字通り30年に一度のビッグイベント。言いかえれば30年に一度宮内庁が大きな顔が
できる時なんです。結婚の儀の日取りをめぐっても多くの関係者がイライラしているのを
宮内庁はむしろ楽しんでいるフシさえあった。今回、その日取りが“6月9日”と日刊スポーツに
スクープされましたが、これはオフレコで宮内庁が記者クラブにしゃべっていたこと。
それが結局こんな形で漏れてしまった。宮内庁の失態は大きいですよ」
平成最大の慶事を前に、“迷走しているのは宮内庁ということらしい。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

サンデー毎日1993年6月13日号
ご結婚直前に“菊のカーテン”の向こうから漏れてきた雅子さんへのブーイング

浜尾氏は自分の耳を疑った。
「(殿下は)とても人間ができた方でいらっしゃる」雅子さんが皇太子さまについて語った言葉だった。
目下の者に対するような雅子さんの言葉に、浜尾氏は違和感を感じたのだろう。さらに
「基本的には殿下と一緒ですが、私の言葉で一言付け加えさせていただければ…」
という役所的答弁の表現も浜尾氏は気になった。

===============================
ちょっと生意気な女だなって感じはしますよね。とにかく、しゃべりすぎですね。
聞かないことまで、話している。
===============================

確かに、雅子さんはよく話した。この会見で、皇太子さまが話した時間は9分9秒、
これに対し、雅子さんは9分37秒。浜尾氏の指摘はまだ続く。

===============================
東宮仮御所におふたりでいらっしゃって、車を降りたところで、カメラに向かって
会釈なさった。ここまではいいんですが、それが終わって玄関に入られる時、
雅子さんのほうが先を歩いて、さっさといってしまった。これは、やはり殿下の後ろを
歩かなきゃいけないでしょ。
===============================

もうひとりの関係者は、お妃教育を語ることで、雅子さんを批判する。
「お妃教育は相手に恥をかかせないことを、ポイントとして教え込まれます。
知っていても知らぬふり。これはインテリの雅子さんには、難しいかもしれませんね。
例えば、掛け軸を見ても、七字か、五字かを見て、「ああ絶句ですね」くらいに
ぼかして聞くんですね。おじぎの仕方なんかもね、おあがり(ご結婚)になる前と後では
違うんですよ。おあがり後にあまり深々とおじぎされては周囲が困ってしまいますしね。
雅子さんもそういうことは、いろいろお聞きになっていらっしゃるでしょ」
上流社会の方の話はどうもオブラートに包んだようなものの言い方でわかりにくいのだが、
要するにこの関係者は、雅子さんは「知らぬふり」ができないし、礼儀がなっていないと言いたいようだ。
(中略)
今年1月、皇太子妃内定の報道協定が解除された際、最も驚いたのは、他の宮家だった。
宮内庁は解除が決まった時点で、次々に宮家に連絡を入れたが、一部の宮家には間に合わなかった。
宮家が知る前に、テレビのニュースが流れてしまった。これに激怒したのが三笠宮寛仁さまだったという。
「私が言わなければ、誰がいう」というお気持ちからかなり激しい口調で宮内庁に抗議されたと、
宮内庁関係者が明かす。
そうした皇族の不満が如実に表れたエピソードもある。2月8日夜、赤坂御所で開かれた
天皇、皇后両陛下主催の晩餐会は、雅子さんを親類一同に紹介するお披露目だった。
天皇陛下の一番上の姉の故東久邇成子さんの子供、三番目の姉の池田厚子さん、妹の島津貴子さん、
皇后さまの兄妹、川嶋家、小和田家、天皇ご一家の方々が出席した。この時、天皇、皇后両陛下は
全皇族と民間妃の親族を招待しようとしたが、秋篠宮さまを除き、皇族方は欠席された。
これも、お妃内定時のしこりが尾を引いていたのだろうか。そして皇族方の反発にさらに拍車をかけたのが、
「納采の儀は3月17日」というNHKの報道だった。宮内庁は一旦は、この日を内定していたのだが、
その時も皇族方が、「われわれへの連絡がないうちに」と反発。
それが元で、「納采の儀」は4月12日に延期されたという。
(中略)
宮内庁関係者は、雅子さんが結婚時に、比較的高齢であることを最大の心配事として挙げる。
「紀子さまのように、とにかく、若くて順応性のあるうちに、お妃になったほうがいいんです。
ところが、雅子さんは、いい大人で、人格形成がされてしまっている方でしょ。
こちらに合わせるのではなくて、自分の考えを貫くということなら大変ですよ。
皇室外交で、なにかしようなんて考えていたら、とんでもない。
天皇家というのは、ひたすら国民の幸せを祈る。それだけなんです。
皇太子さまがどれだけ雅子さんをリードできるか、ですね」
浜尾氏も、雅子さんの外交官としてはプラスに評価された積極性が裏目にでないか、という点を心配する。

===============================
宮中では、慎み深すぎるぐらいで、ちょうどいいんです。ただでさえ、目立つ存在ですからね。
なるべく皇太子さまをお立てすること。皇太子さまの前を歩いてはいけないとか。
記者会見では、皇太子さまが三言おっしゃったら、雅子さんは一言ぐらいと。控えめ、控えめに
やってほしいですね。
===============================



http://www.youtube.com/watch?v=ZSClxf-8kbA

納采の儀は4月
しかし着物の文様が、季節外れの秋をあらわす「菊と露芝」
皇后陛下の紹介とは別の店で誂えている。(しかもHPで広告利用されている。)
帯は皇后陛下から復刻新調品を譲り受けたもの。

三方を受け取る時に、あわてて扇を帯にさす(母、優美子さんが促している)
下の台足部分を間違った持ち方
受け取った三方を置く時、一度斜めから置こうとしてできなかったため
腰をかがめたまま横歩きで正面に立ち、ヒザを折らずにお尻を突き出して置く
置いた後、扇を帯から引き抜きながらお辞儀


結納の品として80cmの鯛2匹
自宅ではさばけないということで、商店街の魚屋へ頼む
そのうち一匹を下げ渡し(さばき賃として)、
魚屋は店頭で一口ずつ配る


http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1239626520961.jpg
http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1235609501410.jpg


トップページ(目次)へ