燃えないゴミの日

山口文憲著 平凡社刊 (1993.3)

「マサコさんの場合」 抜粋
よく考えてみていただきたい。マサコさまは外務省にお勤めだが、
だいたい、自分の父親がいる職場、しかもおやじがそのトッフに君臨しているような職場へ
平気で就職してしまうというあたりの感覚はどうみてもふつうとはいえない。
まあたいていの子どもだったら、そういう職場はまずいちばんにパスしたくなるもんだと思いませんか。
彼女のおやじさんは毎朝黒塗りの公用車が自宅まで迎えに来る霞ヶ関の高級官僚なのである。
こういうエライ父親をもった子どもというのは、ふつう、父親に反発こそすれ、
私もああいう仕事がしてみたいなどとは考えないものだと思うのだがどうだろうか。
あの方のパパというのは、ようするに福田内閣のときの首相秘書官だった人物である。
あんな自民党の親玉の小汚いじじいの家来になっている自分の父親の姿を見たら、
(あー恥ずかしい。やだやだ、おやじのばかやろーしんじまえ)と思うのが、
まあひと並の感受性を持った、ふつうの子どもというものではあるまいか。
しかし、マサコさまは、どうやらそうではなかったらしい。
よくわからないが、もともとそういう変わったおひとなのである。
だから、キャリアにさしたる執着も持たないし、学歴社会の常識と秩序をくつがえす
スキャンダラスな結婚も平気でおできになるのではあるまいか。 

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