皇太子ご夫妻の宮城訪問

産経皇室ウイークリー(182)
2011.6.4 07:00
皇太子ご夫妻はきょう4日、宮城県を訪問される。ご夫妻が東日本大震災の被災地に入られるのは初めて。
自衛隊機で仙台空港に入り、岩沼市で被災状況を視察し、山元町で被災者を見舞われる。
岩沼市は空港に近い場所にあり、両陛下が視察された南三陸町などと比べると被害は少ない地域。
宮内庁の野村一成東宮大夫の3日の定例会見では、
「県、地元からの提案に沿って私どもが対応したということに尽きます」と、
被災地側の主導で訪問先が設定されたことを説明した。
また野村氏は、過去2回の避難所ご訪問が、4月6日(春休み)、5月7日(土曜日)と、
いずれもご夫妻の長女、敬宮愛子さまの学校がなかった日だったのに続き、
今回も休日の土曜日となったことについても同様の説明をした。
すると記者側から「県によると、宮内庁側から訪問日の指定があったとしている。どうなのか?」
という質問が出た。
これに対し野村氏は「やり取りの詳細は控える。ポイントは現地の事情を一番考慮したことで、
その上で私どもの都合に合わせて決めさせていただいた」と述べた。
宮城県まで新幹線ではなく自衛隊機で入られることになったのも、
警備の負担が少ない点などが考慮されたとのことだ。
宮内庁は、当日の体調によっては、雅子さまが同行されない可能性があるとしている。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110604/imp11060407000001-n1.htm


皇太子ご夫妻の宮城訪問
※週刊ポスト2011年6月24日
雅子妃に被災者「お体と愛子さまは大丈夫ですか?」と気遣い 
2011.06.13 16:00
http://www.news-postseven.com/archives/20110613_23010.html

6月4日、皇太子殿下と雅子妃が宮城県山元町の被災地を訪れた。被災者にとって、
雅子妃が「ご病気なのにわざわざ来てくださって、私たちを励ましてくれた」(60代女性)ことが、
何より嬉しかったようだ。震災で息子を失ったという80歳の女性がいう。
「私が『息子に先立たれましたが、殿下、雅子さまにお会いできて嬉しゅうございます』というと、
殿下から『頑張ってください』と温かいお言葉をいただきました。雅子さまはその横で黙って
頷かれていましたが、その目には涙があふれていたようでした」
そして雅子妃は女性の手を握り、「どうぞ、お体を大切にしてください。頑張ってください」
と声をかけられたという。
「その手はとても温かかったです」(80歳女性)
こうして多くの被災者に感動と勇気を与えたお二人のご訪問。しかし一方では、
被災者が雅子妃の病状を心配し「ご病気はいかがですか?」「愛子さまはどうですか?」と
質問する場面も数多く見られた。山下小の体育館に避難している40代女性は、雅子妃の様子に、
つい「どうぞお体を大切になさってください」と声をかけてしまったという。
「まだご病気であることは報道で知っていましたし、私たちも見ていて“大丈夫なのかな、
お辛いのではないかな”と思えたんです。雅子さまのお声が蚊の鳴くような小さな声で、
全く聞こえなかったもので……」
78歳女性は、雅子妃に謝意を表わしたうえでこう尋ねたという。「雅子さま、お体大丈夫ですか?
そして愛子さまも大丈夫ですか?」
雅子妃が「はい、私も愛子も大丈夫です。ありがとうございます」と答えると、女性が続けた。
「ぜひともお元気になってください。そして二人のお母さんを大切になさってください」。
女性曰く、「二人のお母さん」とは、美智子皇后と実母の小和田優美子さんのことだそうだ。

宮内庁「ご病気なので」と被災地訪問の雅子妃の正面撮影禁ず
2011.06.14 07:00
http://www.news-postseven.com/archives/20110614_23012.html

6月4日、皇太子殿下と雅子妃が宮城県の被災地を訪問。
しかし、雅子妃が被災者からお体を心配される光景も見られた。
被災者が雅子妃を気づかったのは、周囲の過敏な対応もひとつの要因だったようだ。
「お付きの人なのかしら、年配の男性が時間のことばかり気にしてイライラしている様子でした。
両殿下はもっと話をしたい、聞きたいという感じだったのに、
被災者側の話を途中でストップをかけたりするような行動もあって、いい気分はしなかったですね。
あれでは雅子さまもかわいそう。だって24時間監視されているようなものでしょう? 
雅子さまをがんじがらめにしているのは宮内庁なんだなと感じましたね。
あれでは雅子さまの体調が悪くなるのも無理はないと思いました」(50代女性)
仙台空港から最初に向かった被災地では、宮内庁職員が同行のマスコミ陣に対し、
「妃殿下はご病気なので」と繰り返しながら、雅子妃の正面からカメラを向けないように
撮影場所を指示。この職員曰く
「ご病気の妃殿下にとって、カメラのレンズを向けられると、ご負担になるから」というのだが、
そうした特段の配慮は避難所でもみられた。
警備上の理由によるのか、避難所となっている体育館は両殿下がいらっしゃる間、
窓も全て閉じられ、カーテンが引かれていた。そのため被災者の間からは、
「蒸し風呂のようになっていて暑くてたまらなかった。私らは薄着だからまだいいけど、
皇太子さまと雅子さまは汗びっしょりになっていた」という声も漏れていた。

被災地訪問した皇太子夫妻の日程に地元民から不満の声出る
2011.06.15 07:00
http://www.news-postseven.com/archives/20110615_23095.html

皇太子殿下と雅子妃が6月4日に被災地を訪問したが、この日程について、
地元の一部住民からは不満が上がっていた。実はこの日は山下小学校の運動会の日。
例年なら子供たちは父母と一緒にお昼御飯を食べ、午後の競技も楽しめるはずだった。
ところが――「皇太子さまと雅子さまがいらっしゃるからということで、
午前中だけでアッという間に終わっちゃった」(小5男子)
「教室に帰るともう警察の人が廊下に立っていた。
先生に“皇太子さまと雅子さまをお出迎えしたい”といったけど、“早く帰りなさい”っていわれた」(小6女子)
と、子供たちも残念がっていた。午後になって学校に忘れ物を取りにいき、
警備の人間にストップをかけられた児童もいたという。
そもそも被災地訪問がこの土曜日になったのはなぜなのか。東宮大夫は記者会見で
「地元からの提案に沿って対応した」と説明したが、ある宮内庁関係者はこう証言する。
「過去2回、東京と埼玉県の避難所をご訪問されたときも、愛子さまがお休みの日だった。
いまも愛子さまに付き添って登校する日が続いている雅子さまを慮ってのことです」
実際、訪問先となった地元関係者はこんな事情を明かした。
「宮城県から地元の方に皇太子ご夫妻のご訪問受け入れの打診があったのは1か月ほど前で、
宮内庁からは6月4日にお願いしたいと依頼されたという話だった。
ちょうど小学校の運動会の日だったので、正直、調整が大変だった」
山下小学校の教頭は「元々こういう震災下でのことだったので午前中で終了することになっていました。
プログラムを変更したということはありません」というが、
子供や保護者たちにはきちんと伝わっていなかったようだ。

週刊ポスト2011年6月24日号
雅子妃相手に独演5分間 避難所ばあちゃん“お説教”の中身
…こうして多くの被災者に感動と勇気を与えたお二人のご訪問。しかし一方では、
被災者が雅子妃の病状を心配し「ご病気はいかがですか?」「愛子さまはどうですか?」と
質問する場面も数多く見られた。
山下小の体育館に避難している40代女性は、雅子妃の様子に、つい「どうぞお体を
大切になさってください」と声をかけてしまったという。
「まだご病気であることは報道で知っていましたし、私たちも見ていて“大丈夫なのかな、
お辛いのではないのかな”と思えたんです。雅子さまのお声が蚊の鳴くような小さな声で、
全く聞こえなかったもので…」
78歳女性は、雅子妃に謝意を表わしたうえでこう尋ねたという。
「雅子さま、お体大丈夫ですか?そして愛子さまも大丈夫ですか?」
雅子妃が「はい、私も愛子も大丈夫です。ありがとうございます」と答えると、女性が続けた。
「ぜひともお元気になってください。そして二人のお母さんを大切になさってください」
二人のお母さんとは、美智子皇后と実母の小和田優美子さんのこと。
女性に言葉の意図を問うと、笑ってこう答えた。
「お説教するつもりではありませんよ。親を大切にすること、母親を大切にすることは
大事だと率直に思っただけです。やっぱり女同士だもん、通じるものがあったの」
さらには、5分以上にもわたってご夫妻に話しかけた68歳女性もいた。その内容は―
「今回被災して、国の恩、親の恩、先生の恩、土地の恩の4つの恩を痛感しました。
雅子さまもこの4つの恩を感じることがこの先おありだと思うし、いままでもあったと思います。
いつも4つの恩に感謝して、日々をお暮しください」
というもの。そしてご夫妻にこうも語りかけた。
「愛子さまの愛というのはいいお名前ですね。たくさんの人から愛をもらうことのできるお名前です。
人間は他人から愛を受けたら決してそのことを忘れないものです。“ありがとうございます”
“ご苦労さまです”この2つの言葉をいつも心がけていたら、人さまから愛をたくさん
いただけると思います」
雅子妃はこの女性の話を、笑顔を絶やさず相槌を打ちながら聞き入っていたというが、
この女性に話を聞くと、先の女性同様、満足げにこう答えたのである。
「最後に、雅子さまに『ご病気なのに来てくださってありがとうございます。お加減はいかがですか?
大丈夫ですか』と申し上げると、雅子さまは『ありがとうございます。元気ですよ』と
おっしゃいました。『会えて幸せです』と申し上げたら、雅子さまは微笑んでいらっしゃいました」
  
  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇
週刊朝日2011年6月24日号
震災後初の被災地入りにも 皇太子ご夫妻への微妙な空気
6月4日、皇太子夫妻は午後一時半過ぎに自衛隊機で仙台空港に到着。宮城県岩沼市下野郷を視察、犠牲者に黙礼
その後、被災者を見舞うため避難所の山下小学校、山下中学校へ
夫妻は気さくに被災者に声をかけ、励ましたが、逆に被災者から雅子妃を気遣う声が
「疲れてきたのか雅子様の顔色が白っぽくなった。ご病気なのに来てもらって悪かったかねえ」80代女性
「雅子様に『私達はなんとか頑張ります。愛子様が心配な状況だから無理しないで』
とつい申し上げてしまった」50代女性
一方、両陛下と秋篠宮ご夫妻・悠仁さまはご静養のためこの日葉山へ
両陛下が初めて被災地入りされたのは4月27日、秋篠宮ご夫妻は5月10日。
皇太子ご夫妻の被災地入りはなぜ3カ月近くかかったのか
「皇太子ご夫妻のお見舞いはいずれも愛子様が休みの土曜。雅子様にとって愛子様の付き添いが最優先。
両陛下のご静養と初の被災地入りが重なれば、皇太子ご夫妻が出遅れた、と思われてしまいますね」宮内庁関係者
「意図的に組まれた日程ではなくても、結果的に皇太子ご夫妻と両陛下・秋篠宮家の距離感が浮き彫りに」松崎敏弥
皇太子ご夫妻の次回の被災地訪問は、愛子様が夏休みに入ってからなのだろうか。

週刊文春2011年6月16日
雅子さま−初の被災地ご訪問「完全密着」
自衛隊機から降りた雅子妃の表情は硬いようだった。
その後ろを女官・東宮職がバッグを三つ重そうに運んでいく。
山元町は今上陛下が立太子礼を行ったときに使った馬を献上するなど皇室とは隠れた繋がりがある町。
宮内庁と自治体との間で訪問先が二転三転。
「歓迎」の段ボール看板を持った人など多数が集まったが、
関係者を乗せたマイクロバスは窓を閉め切ったまま、あっという間に通過。
「スピードを落としてくれなかったから」と警備に苦情を言う人もいた。
帰りは集まった住民に数十秒ゆっくりと手を振り、バスも速度を落として窓を開けてお手振り。

女性セブン2011年6月23日
雅子さまへ、避難所おばあちゃん「遠慮なしの人生指南」
被災者一人一人に声かけしていく雅子妃だったが段々声が小さくなって聞き取りにくなっていった。
被災者の方が雅子さんを頑張って下さいと激励した。
「9歳なんだよ」
「愛子と同じね」
「今日は運動会だったんだよ」
「あら、そうだったの?」
「…普通のリレーではね、…ビリの4位だったの」
「あらあら、大丈夫よ〜。一生懸命に頑張ったわよ」
2匹の猫と逃げてきて避難所の外にテントをはって暮らしている女性
「猫たちはかけがえのない宝物なんです」
「うちにも猫はいますよ。猫ちゃんたちはストレスを感じてませんか?」
少々耳が遠くなった80歳の女性に雅子さまが「被害はどうでしたか?」と何度か質問。
女性「大きな津波がきてね…」と言った後、 「そんなこと聞かれるとまたこわくなるのよ〜」
雅子さまはちょっと戸惑われたが、その女性「助かったんだから、しっかり生きなきゃね」とフォロー
「こんな田舎まで来てくださってありがとうございます。80才になって会えて幸せです」と
被災者から気遣って貰い雅子さまは涙ぐまれた。
「今回被災して、国、親、先生、土地、それぞれへの恩を痛感いたしました。
自衛隊に助けてもらい本当に感謝しています。
雅子さまも、これらの恩を感じることがこの先おありだと思うし、今までもあったと思います。
いつも4つの恩に感謝して、日々をお暮らしください」




参考
両陛下の宮城県へのご訪問は平成23年4月27日

宮城県では皇太子ご夫妻への風当たりが強い

■テーミス2011年6月号
(両陛下仙台ご訪問時)
仙台の避難所では、「陛下が高齢でもハードなスケジュールをこなしているのに、
皇太子さまと雅子さまはなんとも思っていないのだろうか」
といった厳しい意見を口にした被災者が複数いたことも事実である。

■当時の書き込み
>避難所近くでお出迎え
>家は流されず無事だったので被災者とは言えないかもしれないけれどひとめ見たくて。
>お優しい表情で手を振ってくださいました。
>一緒に並んでいたおば様方
>「こんな遠くまで来てくださってありがたい」
>「もうご高齢なのに、上の息子は何やってんだ」の声あり

■雅子さまと愛子さまはどうなるのか?
草思社 (2012/3/17) 佐藤あさ子著
仙台宮城野体育館の70代女性の言葉
「ご高齢の両陛下が、いち早く私達に会いにきて下さった。
でも皇太子さんと雅子さんは愛子さんの学校問題に夢中なんでしょう?。
私達はもう先が短いから、両陛下のいい思い出だけを胸に人生をおしまいにできるけど
記者さんたちは大変だね。新しい天皇皇后がどんな皇室を作るかわかんないもんね。
誰だって自分の子供は一番に可愛いもんなんだよね。
それが分からない人たちが天皇皇后になったらどうなっちゃうんだろうね。心配になっちゃうよ」

■文藝春秋2013年5月号
皇太子ご夫妻平成23年6月4日宮城県山元町訪問。
雅子さまは、80歳の女性に話しかけた中で「被害はどうでしたか?」と尋ねると、女性答えて曰く
「津波で家は流されました。そう言われると怖かったことを思い出します。
でもね、雅子さま、着の身着のまま逃げたけど、生きれいればなんとかなりますがね」。
その言葉を聞いた雅子さまは ハンカチで目頭押さえる。
最後に女性はご夫妻と握手、雅子さまの方が大きな手だった。
別の60代の女性の話
「(ご夫妻に)今回被災して、国の恩、親の恩、先生の恩、土地の恩を痛感しました。
雅子さまもこうした恩を感じることがこの先おありだと思うし、今までもあったと思います。
いつもこうした恩に感謝して、日々をお暮らしください。」
雅子さまは、ただ微笑むだけだった。
「(雅子さまに)お加減はいかがですか。大丈夫ですか」
雅子さま「ありがとうございます。元気です」