天皇家の食事

昭和天皇のお食事 渡辺誠著・文春文庫より

そうそう、サンドイッチのサイズで思い出したことがあります。
後に美智子皇后から、もう少しサイズを小さくしてほしいというご要望がありました。
お客様とお話をしているときに、口の中に食べ物を入れてお話をするわけにはいかないので、
うんと小さくすればさりげなく食べることができるということで、それまでの九つ切りから十二切りにしました。
しかし、これにはかなりのテクニックを必要としました。切りづらいため、つい力が入り
パンの表面に指のあとがついたりしたら、作り直しということになります。
大膳のサンドイッチへのこだわりは、当然ことながら箱に詰めたときの美しさにもあります。
切り口を見せずに真平らになるよう、切り口が横を向くように詰め込みます。
表面がデコボコになってはいけない。
切られていない一枚の白いパンがそこにあるように見せなければいけないといった具合です。
ということは、サンドイッチの中身によって厚さがそれぞれ違いますから、それを全部調整するわけです。
例えば、ジャムを他の具と同じ厚さに挟むと甘すぎることになるますから、パンの厚みで調整します。
そして、大高檀紙の紙箱に、隙間がないように、きれいに詰めます。
この箱から取り分けるのが主膳の役目ですが、新人がこのサンドイッチを初めて見たときは、
パンとパンの境目がわからないように、あまりにびっしりときれいに入っているので
「本当に切れているんでしょうか」と聞くのが定番の質問でした。
このサンドイッチで、昭和天皇をますます敬愛することになったエピソードがあります。
大膳にはいりたての若い頃の話です。先輩がサンドイッチを作り、
私はそのサンドイッチを持って初めて陛下のお供をして那須の山をほかの皆さんと歩きました。
主膳さんが侍従に「そろそろお時間でございます」と伝え、
侍従が陛下に「そろそろお時間でございます。いかがでございましょう」と申し上げると、
陛下は「じゃあお昼にしようか」というようなことをおっしゃいます。
そこで私たちはすぐにテーブルを出してセッティングします。
旅先のことですから、ごくごく簡単なテーブルです。
そのときに、生まれて初めて陛下のもとにサンドイッチをお持ちしました。
本来は主膳さんがするべきことですが、主膳さんはテーブル・セッティングをしていて、
旅先ということもあり、「渡辺さん、あなた自分で持っていきなさい」と言われ、
そのときは私が主膳さんのかわりに、女官さんのもとへ運びました。
おそばで女官さんとのやりとりをうかがっていると、陛下は、「イチゴジャムを」とおっしゃいました。
「他にはいかがでしょうか」
「イチゴジャム」とまたおっしゃる。
生まれて初めて陛下のおそばにいたので、私はブルブル震えるぐらい大変に緊張していましたが、
そういう雰囲気の中でも、陛下はジャムだけをとおっしゃるので、
陛下はイチゴジャムがよほどお気にいりなのだと思った記憶があります。
そうして、イチゴジャムのサンドイッチを三切れほど、陛下のお皿にお箸でお取りしたら、
「あとは、皆に」とおっしゃるのです。残ったものを皆で分けるようにというのではありません。
陛下はまだお食事の前です。私は聞き間違いかと思い、きょとんとしていたら、
女官さんから「皆さんに回してあげてください」と指示がありました。
サンドイッチの箱には結構な数が入っているとはいえ、随員が三十人ぐらいいるわけですから、
一切れずつ分けたら、陛下が召し上がる分がなくなってしまうわけです。
職員には弁当の用意があることは、陛下はよくご存じのはずです。
しかし、女官さんからの申しつけですから、私はそのサンドイッチを皆さんにお持ちし、
一切れずつお取りいただきました。そして、「皆さんにお取りいただきました」と女官さんに伝えました。
女官さんが陛下に「みんなの手元にいったようです」といった意味あいのことを
お伝えになったのではないでしょうか。「あ、そう」というお声が聞こえました。
「じゃあ、食べようね」とおっしゃって、
陛下がご自分の好きなイチゴジャムのサンドイッチをお口に入れられた瞬間に
「美味しいね」というお声が耳に入りました。私が作ったわけではありませんが、
自分に言われたことのようにうれしくなりました。
たぶんそのときは、私の記憶に間違いがなければ、皇后陛下のほうを向いて
おっしゃっておられたように思います。
私はそのとき、陛下が残りものをみんなで分けるという発想ではなく、
ご自分が召し上がるときに、ご自分のものを一口ずつでも分け与えて、
同じものを食べようという、まるで家族のようなお気持ちの温かさに心を打たれたのです。
これがきっかけで、昭和天皇のことをとても身近に感じると同時に、憧れが尊敬に変わり、
陛下にお仕えする臣下としての誇りをさらに強く持つようになりました。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

天皇家の食事 1日1800kcal、化学調味料使わず塩分10g以内
ともに78才というご高齢で、さらにご病気も抱え、体調も万全でないなか、ほとんど休みもなく
“国民のために”と激務を続けられている天皇皇后両陛下。
お体の健康を維持するため、日々、細心の注意を払われ、ケアしてこられたが、
日々、どのようなお食事を召し上がっているのだろうか。
「陛下は高校生の頃の体形をいまも維持されているんですよ。スーツなどの寸法はほとんど変わっていない。
それほど健康のために食事には気を使われているんです」
こう話すのは、陛下の学習院初等科時代からのご学友でジャーナリストの橋本明氏だ。
天皇家の食生活は、医食同源として食で健康を目指す“食養学”に基づいている。
両陛下の食事を実際に作るのは、宮内庁大膳課の職員。大膳課は5つの係に分かれ、
第1係は和食、第2係は洋食、第3係は和菓子、第4係はパンと洋菓子、
そして第5係が東宮御所担当となっており約50人が勤務している。
メニューは主厨長と副厨長が2週間分を考える。
基本的に朝は毎日、トーストやオートミールなど軽めの洋食で、
昼食と夕食は和食と洋食が交互に出される。
昭和天皇時代に約5年にわたって宮内庁大膳課に勤め、現在は東京・江古田で
『ビストロ サンジャック』を開いている工藤極氏はこう語る。
「大膳課の職員は陛下のことを“聖上”とお呼びしていました。私が大膳課に入って、
まず言われたのが“聖上には糖分・脂分は控えるように”ということでした。
素材が本来持っている淡い味を引き出すような調理を心がけました。
それととにかく食材を使い切れということを口酸っぱく言われました」
侍医から“1日1800kcal”という指示があり、市販の化学調味料は一切使わず、塩分も1日10g以内だったという。
そして調理の基本とされたのが「一物全体食」という食材を余すことなく使い切るという考えだったという。
「それが栄養のバランスが偏らないようにする大膳課に伝わる伝統なんです。例えば、野菜の皮は、
後でスープの具にしたり、葉物なら後日漬け物にします。鶏肉も、胸肉、もも肉は主菜に使い、
手羽は後日、スープの具に。骨はスープのだしを取るのに使い
、ぼんじりは軽く揚げてつけ合わせにするといったようにです」(前出・工藤氏)
材料は厳選されたものを使うのだが、新鮮な肉、野菜、乳製品といった食材のほとんどが
栃木県高根沢町にある御料牧場で生産されている。
広さは約252ヘクタール(東京ドーム約54個分)と広大な敷地ながら、
“天皇家の台所”である場所だけに周囲の至るところには“関係者以外立ち入り禁止”の
看板が設置される徹底ぶり。それだけ安全・安心な食材を細心の注意を払って天皇家の食卓に届けている。
前出の工藤氏がもうひとつ叩き込まれた基本が「明治の料理の三大原則」だった。
「“焦がすな”“捨てるな”“腐らすな”と非常にシンプルなことでした。
つまり商品にならないものを作らない、余った食材は捨てる前に何か使えないか考えろ、
在庫を把握して常に鮮度を見ろというものでした」
そんな徹底した“食養学”の下、食卓に並ぶ料理。昭和天皇は絶大なる信頼を置き、召し上がっていたという。
「聖上はいつも腹八分目で終え、おかわりをされることは一度もありませんでした。
食事に対してリクエストや好き嫌いを言われることはなく、出されたものだけを召し上がり、
食後のお菓子以外は間食もしない。アルコールも一切口にされませんでした。
ちなみに好物はバナナのベーコン巻きや鰻茶漬けでしたよ」(前出・工藤氏)
※女性セブン2012年11月29日・12月6日号
http://getnews.jp/archives/274511

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