山中湖校外学習同行事件

<愛子さま>山梨県で校外学習 雅子さま3日間同行
毎日新聞 9月14日(水)15時2分配信
宮内庁東宮職は14日、皇太子ご夫妻の長女、愛子さま(9)=学習院初等科4年=が校外学習のため、
同日午前から山梨県に向かったと発表した。16日まで山中湖近くのホテルに宿泊する。
雅子さまも同じホテルに泊まり2泊3日の間、愛子さまを見守り続けるという。
東宮職などによると、愛子さまは初等科をクラスメートらとバスで出発。
富士山のふもとでハイキングをしたり、気象観測施設を見学したりする。
雅子さまは愛子さまが行く先々にすべて赴き、活動を見守るという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110914-00000046-mai-soci

産経皇室ウイークリー(197)
軽装、カメラ…陛下迎える議員の礼儀は? 愛子さま校外学習、雅子さまと別室
2011.9.17 07:00
(略)
学習院初等科に通う皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは14日、
2泊3日の校外学習に参加するため、山梨県の山中湖へ向け出発された。
愛子さまは同級生らとともにバスに乗られ、出発の際には皇太子さまが見送られたという。
皇太子妃雅子さまも、児童らのバスと別の車で山中湖に向かわれた。
宮内庁の小町恭士東宮大夫は16日の定例会見で、校外学習中の愛子さまのご様子について
「大変お元気で行事に参加されていると聞いております」と話すにとどめ、
詳しい内容については「学校行事なので差し控えたい」と言及を避けた。
雅子さまは児童らと同じホテルに泊まられているが、小町氏によると、
愛子さまはほかの児童と一緒の部屋に宿泊されているという。
初等科では3年生で初の宿泊行事が行われるが、愛子さまは昨年、通学不安のため欠席されている。
今回は雅子さまのお付き添いのもととはいえ、愛子さまは初めて宿泊行事に参加されたことになり、
小町氏はご通学をめぐる状況は改善しているという認識を示した。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110917/imp11091707010001-n1.htm

愛子さま行事への雅子さま付き添い「心配」 宮内庁長官
皇太子ご夫妻の長女の愛子さま(9)が、通学する学習院初等科4年約120人による
「校外学習」に2泊3日で参加した際、
雅子さまが全日程に付き添ったことについて、宮内庁の羽毛田信吾長官は22日の定例記者会見で
「通常の形でないことは心配している」と述べた。
皇太子家を担当する小町恭士・東宮大夫も、同日の会見で「正常な状態とは思っていない」との認識を示した。
小町氏によると、愛子さまは14〜16日の校外学習で同級生と一緒のバスに乗って山梨県へ行き、
山中湖村のホテルに滞在した。
雅子さまは別の車で現地に入り、同じホテルに宿泊。ハイキングや富士山レーダードーム館見学など、
児童の訪問先すべてに同行し、距離を置いて見守った。
愛子さまは同級生と同じ部屋に泊まり、全行事に「友だちと元気に、楽しそうに参加した」という。
宿泊行事に参加しなかった昨年までと比べ「よくなっている」と小町氏は述べた。
2011年9月22日21時10分
http://www.asahi.com/national/update/0922/TKY201109220563.html

産経皇室ウイークリー(198)
会われたのは3日間で1回…雅子さま校外学習同行の「真相」 
2011.9.23 07:00
皇太子ご夫妻の長女で、小学4年生の敬宮愛子さまが14日から16日までの日程で、
山中湖(山梨県)近くで行われた学習院初等科の校外学習に参加された。
泊まりがけの学校行事への参加は初めてで、夜は宿舎となっているホテルで、
数人の児童たちだけの部屋に泊まられた。
宮内庁の小町恭士東宮大夫は22日の定例会見で、「富士山レーダードーム館見学、
青木ケ原樹海ハイキング、山中湖キャンプ場でのネイチャーラリーなど、
すべての行事にお友達とお元気に楽しそうに参加され、
思い出に残る有意義な校外学習になられたと拝察します」と、3日間のご様子を明らかにした。
また、登校問題をふまえて「実現してよかったと考えている」と感想を述べた。
先週の【皇室ウイークリー(197)】では、別の車に乗り、
校外学習の場に皇太子妃雅子さまも向かわれたことを書いた。
この「同行」をめぐっては、週刊誌の報道が相次いでいるが、
この日の会見でも記者側からさまざまな質問が相次いだ。
そこで明らかにされたのは、雅子さまが愛子さまの訪問先を、別の車で遅れて訪問しながら、
各所で「距離をおいて見守られた」(小町氏)ということだった。
雅子さまは愛子さまに接触しようとはせず、「偶然に、出合い頭に」(同)
現地で顔を合わされたことが3日間で1回あっただけという。
娘の近くにいながらも、極力会わないようにされる、という変わった状況だったわけだ。
この「見守る方針」は当初から決まっていたわけではなく、
現地で愛子さまがお元気な様子を見て決められたようだという。
記者側からは、学校行事にこのような形で雅子さまが同行されたことについて説明を求める質問だけでなく、
東宮職の説明が足りないとする意見、非難も相次いだ。
なお、一部の週刊誌で雅子さまが「インペリアルスイート」と呼ばれる
高級な部屋に宿泊されたと伝えられたことについては、
小町氏は「すごいたくさんの部屋があるって印象を与えるかもしれませんが、
そうではない。そこだけ念のため申し上げます」と反論した。
宮内庁の羽毛田信吾長官は22日の定例会見でこの校外学習の感想を問われ、
「通常の校外学習でない姿になっていることは心配している」と述べた。
(略)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110923/imp11092307000001-n1.htm


宮内庁長官、雅子さま付き添い「心配している」
宮内庁の羽毛田信吾長官は22日の定例記者会見で、
皇太子ご夫妻の長女で学習院初等科4年生の愛子さま(9)が今月半ば、
初めて泊まりがけの校外学習に参加されたことについて「非常によいことだ」とする一方、
雅子さまが現地に出向き、様子を見守られたことについて「通常の形ではなく心配している」と述べた。
愛子さまは、昨年2月に通学への不安を訴えてから、皇太子さまや雅子さまに付き添われての登校が続いており、
発言はこうした状況が長期間続いていることも含め懸念を示したものと見られる。
小町恭士・東宮大夫は22日の定例記者会見で、雅子さまは距離をとりながら校外学習を見守られたとした上で
「(愛子さまは)全ての行事に参加され、よい方向に向かっていると思うが、
今の状況が正常だとは思っていない」と説明した。
(2011年9月22日19時46分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110922-OYT1T01099.htm?from=main6


女性自身2011年10月4日号
雅子さま、愛子さまを車両10台、警官80人で掟破りの大追走3日間!
9月14日、3時間掛けて富士山5合目に到着した雅子妃。
ちょうど10分前には4年生児童を乗せたバスが到着していた。
担当記者たちへの発表は14日午前中、雅子妃が出発後
職員からは、皇太子一家はどうなっているのかと疑問の声も少なくなかった。(宮内庁関係者)
児童は5合目付近の公園を散策後、雲上閣で食事。
軽装だった児童に比べて妃や東宮女官がしっかりした登山スタイルだったことが印象的。
交通規制が頻繁に行われるなど、地元住民も(約40人の)その一行を不審がる。(山梨県警関係者)
児童は5人一組で宿泊。愛子様はクラスメートと相部屋。雅子妃はスイートルーム。
雅子妃宿泊を前提に選ばれたそのホテルは運営企業の社長が院OB。
雅子様は、愛子様が見学された場所はくまなく"時間差"でご覧になった。現場の周辺の警官は80人。
"立ち入り禁止"のロープも張られるなど異様な雰囲気。観光客も好奇の目を児童たちに向ける。
小学生の授業付き添いに大勢の警官が割かれたことは"掟破り"と言われても仕方ない(松崎敏弥氏)
雅子妃にとって、自身と愛子様との境目がはっきりしていない状態にあると言うこと。
必要以上に付き添いに取り組んでいるのは、無意識に公務復帰から逃避したいと思っているのでは。(香山リカ氏)
皇太子(浩宮)が校外学習に行ったときは、浜尾侍従はついてはいったが、別の宿で待機して万一に備えただけ(松崎敏弥氏)
出発から終始緊迫ムードの学習院サイド。
通常なら貼りだされる「学習院初等科ご一行」の用紙もバスのフロントガラスに無し。
「記者が現場の東宮職員に取材を試みると、『憮然としたように「・・・見てのとおりです。」と答えるのみ
ホテル周辺の警備は厳しくホテルへと続く道にはワンボックスタイプのパトカーがしっかり検問した。
地元では頻繁に交通規制。交差点では一般車両を止めて雅子さんの車列を優先して通す。
黒塗りの車が8台、それに続いて白バイ2台。

週刊文春2011年9月29日号
■雅子さま、2泊3日の「皇外学習」−愛子さまをつかず離れず大追跡!?
「児童の写真を撮ってるんだろ。家宅捜索するぞ」
九月十五日、正午過ぎの山梨県・山中湖近く。小誌記者を恫喝したのは、ベテラン東宮侍従だった。
記者は、デジタルカメラを手にしていただけである。一方、小誌カメラマンが待機する車の周りでも、
異様な光景が広がっていた。写真を撮らせまいと、カメラの動きに合わせて数人の男たちが
車の窓の前を移動しているのだ。
まるでインベーダーゲームである。たまたま近くにいた老夫婦が、「異常な雰囲気だな」とつぶやいた。
東宮侍従が激昂し、男たちがカメラマンを包囲してまで隠そうとしたもの。それは、皇太子妃雅子さまの姿であった。
山中湖に雅子さまがいらしたのは、二泊三日で初めての校外学習に行かれた愛子さまを追いかけていったからである。
白バイ二台、護衛車八台を引き連れた雅子さまのワンボックスカーが、生徒たちのバスに続く。
愛子さまと同じハイキングコースを巡り、愛子さまと同じお食事処に赴き、
愛子さまと同じホテルに宿泊されたのである。
■愛子さま「校外学習」山中湖2泊3日、雅子妃密着に学習院保護者が激怒!
9月上旬にはすでに雅子妃同行の噂が流れ始めていた。三浦初等科長は困り切った顔で、
通常授業はもちろん校外学習も(雅子妃の付き添いを)認めているということではない、
過去の事例を最大限『拡大解釈』と漏らしたという。
過去、怪我や病気の児童の迎えや近くの宿で待機、ということはあったが、
今回のように行く先々まで付き添うのは初めて。
今回の付き添いは東宮職を通じて申し出があったが、
「付き添ってもいいですか?」ではなく「付き添います」という意思として。(学習院関係者)
9月14日、8時前、皇太子に付き添われ愛子様登校。
他の父兄は正門前で児童と別れ門外で待機したが、皇太子は愛子さまと一緒に校舎へ。
現地では雅子妃の乗るアルファードが長い車列を作って移動。仰々しい車列に沿道の人は驚く。(地元関係者)
2日目の昼食、児童は「富士緑の休暇村」
「献立はポークカレー。ちょっと驚いたのは、愛子さまがスプーンを左手で持って
召し上がっていたことですね。」(休暇村関係者)
食事中、愛子さまはとても元気で笑顔を見せられ、はしゃぎ気味なほどだったという。
「何かご心配だったのか、『雅子さまが愛子さまの食事の様子を見に行くかもしれない』と事前に連絡があったが結局は来なかった(休暇村関係者)
愛子さまは普段学校では、給食を食堂で取らずに別室で雅子妃と召し上がっているという。
一時は御所でテーブルの下にシートを敷いて食事をされていたそうだから、
(食堂で他の児童たちと一緒に食事をした時に)ご飯をこぼしたりしたのを
他の児童にからかわれたりしたのかもしれない」(宮内庁関係者)
宿泊先となったホテル
「全客室の中で最も富士山を堪能できる部屋で、富士連作で知られる洋画家・林武が
アトリエとして利用したこともある部屋です。富士山が見えない日がほとんどなく、
多くの芸術家・政治家に愛されてきました。」(ホテル関係者)
「雅子さまがいらっしゃるということで、インペリアルスィート(1泊12万円)のお部屋の壁紙を
ベージュから白地にグリーンに替えました。お食事も、児童と一緒というわけにはいきませんので、
食材にこだわった雅子さまのための『特別懐石料理』を召し上がっていただきました」(同前)
つつがなく終了した校外学習だが、一連の運びに憤りを隠せない保護者の声が取材で明らかに。
他の児童が落ち着いて参加できなかったのではないかと可哀想。
『毎日が参観日』に子どもたちも萎縮しているはず。
日々の付き添い登校も含め、今後付き添いが本当に必要かどうか、夫妻と学校で話し合っていただきたい。(保護者)
4年生が校外学習に行っている間は初等科は平和だった、と複数の保護者が冗談交じりに語る。
『つ離れ』という言葉があるように、十歳は反抗期の入口。
校外学習は新しい交友が生まれる絶好の機会。(学習院関係者)
ある東宮職幹部は、愛子様のご要望だから仕方ない、と雅子妃をかばうような話しぶりだが、
07年の徳島公務に遡るほど(2泊3日の)地方公務を控えている身。東宮職には説明責任がある。(宮内庁担当記者)
本来なら東宮大夫が諫言すべきだが、雅子妃の体調に障ったら大変なので出来ない。
もちろん学習を責められない、と嘆息を漏らす千代田関係者。
校外学習最終日、帰路に着く小町氏を直撃取材したが終始無言。野村氏も現職に聞いて、の一点張り。
「愛子さまのご要望だから」
「ある幹部は『これは愛子さまのご要望だから仕方がない』と洩らしていた。
まるで雅子さまを庇うような話ぶりです、ですが妃殿下は泊りがけの地方公務を控えられている状態。
東宮職には、説明責任があるはずです」(宮内庁担当記者)
大追跡を締めくくられた雅子さま
郷土料理の店でほうとうを食べ、ほうっと一息?
雅子妃も、部屋からの絶景をさぞ楽しまれたことだろう。


週刊新潮2011年9月29日号
「樹海洞穴」行き違いで心配される不和の芽
14日8時過ぎ、4台のバスに分乗した4年生は出発。
付き添ってきた皇太子は愛子様の乗るバスを見上げて手を振るが、
愛子様は真後ろの児童とのおしゃべりに夢中になってときおり振り返す程度。
それでも皇太子はバスが見えなくなるまでニコニコ手を振り続ける。(初等科保護者)
雅子妃は愛子さまと同じホテルに泊まり、行く先々全てに赴いて活動を見守る。
覆面パトカー2台、雅子妃の乗る車、覆面パトカー5台、白バイ2台といった按配の物々しい車列が追尾。
14日、5合目付近の奥庭荘に学友と現れた愛子さまは山荘従業員にきちんと挨拶。笑みがあふれていた。
約5分後雅子妃。愛子さまとは別のクラスの最後尾を歩いたらしい。(居合わせた観光客)
15日、樹海や西湖を望む展望台や溶岩洞窟を探索。コウモリ穴と呼ばれるその洞窟ではヘルメット着用が義務だが、
愛子さまは自分で紐を調節してかぶっていた。(関係者)
コウモリ穴券売所横のトイレ前で雅子妃と愛子様が鉢合わせ。
「あら、偶然ね」と手を振りながら声を掛ける雅子妃に愛子さまはニコニコしながら手を振る。
不自然さを取り繕うための"偶然ね"だろうが、傍から見ると少し違和感。(前出・関係者)
最近の愛子さまは下校時に雅子妃と手をつながず離れて歩いている。
先に帰ってしまったことも。"一人にして欲しい"時があるよう。(松崎敏弥氏)
愛子さまに自立心が芽生えつつあるとすれば、他の児童の手前、
今さら"偶然ね"と声かけされたことは余計に心苦しかったはず(宮内庁幹部)
推測だが、母親が子を杖にしているように見受けられる。(教育評論家・長谷川孝氏)
雅子妃は愛子さまを心配して校外学習に参加したように見えるが、
実際はその逆で愛子さまがそばにいないと不安だったのかもしれない。

女性自身2011年10月11日号
雅子さまギリギリの苦悶!休日の外出で敷かれた<奇>緘口令
「護衛の車が何台も付いて児童のバスを追いかけたり、同じホテルに宿泊して全行程を見学したりと、
(雅子妃の)お付き添いのやり方は余りに異常」
9月22日、小町東宮大夫の定例会見が行われ、通常30分程度の会見がこの日は約50分。
記者たちの厳しい質問に口ごもることもしばしば。
こういうことが続けば(皇太子一家が)世間からどんどん隔離されていくのではないか、
とはっきり批判する記者も。
羽毛田長官は両陛下の意向に沿わないで発言しない。
帰京の2日後、雅子妃は周囲が困惑するような外出
9月18日午後、ホテルニューオータニで開かれた日本臨床獣医学フォーラムへ皇太子と出席。
フォーラム事務局は頑なに取材拒否。パネリストの獣医師たちも「口止めされている」。
しかしある一人の獣医が「本当は話してはいけないのだが…」と重い口を開く。
皇太子夫妻は被災地のペットを東宮御所に引き取ったりしている。
夫妻にとっては休日のプライベートな外出だろうが、フォーラムは公の場。一人一人に口止めは奇妙なこと。
(山梨同行に続いて)やりすぎ。雅子妃の病状は秋に入ってむしろ悪化しているのでは、と心配(松崎敏弥氏)
箝口令は雅子妃の意向だという。

週刊文春2011年10月6日号
雅子さま愛子さま校外学習に宮内記者が「税金泥棒」「異様な母子」
9月22日、通常は30分しかかからない東宮大夫の定例会見が約45分続いた。
「今回のお付添いは極めつけの茶番」と記者が声を荒げて訴えたのは学習院初等科の山中湖校外学習の事。
この前代未聞の校外学習について小町東宮大夫は理解を求める努力をほとんどしてこなかった。
小町氏はいつものお付添いの延長という認識だったようだが、他の児童への配慮が全く欠けている為、
記者は「今日(22日)こそ説明を聞こう」と意気込んでいた。
校外学習のさなかにあった前回の大夫会見では、「両陛下が戻ってきてから」と
説明を先延ばしにされていたからです。女官や侍従からはとっくに上がっているはずなのに。」(宮内庁担当記者)
また前週の会見では、ある記者が質問のなかで、
「妃殿下の立場としての二泊三日の<行啓>」と皮肉をこめて聞いたが、
小町氏「詳しい話は差し控える。」と回答を避けた、という経緯もあった。
「昔は赤坂の東宮御所で定例会見が開かれていたのですが、妃殿下が報道関係者が
御所内に入るのを負担にお感じになるということもあったそうで、
千代田の本庁舎報道室に会見場が変更されたのです。」(同宮内庁担当記者)
前任の野村氏と比較するのは酷かもしれないが、
「野村さんは都合の悪い質問には声が小さくなる。小町大夫は、声は聞きやすいが、
まだおどおどして、ぺーパーを読みながら、答えに窮すると隣に座っている侍従がささっと書いたものを渡す。
それを小町大夫が政治家の答弁のように読むんです。
癖なのか、困ると時々、にやつくような表情を見せるのです。」(別の宮内庁担当記者)
あまり知られていないが、校外学習の一週間前、東宮侍従1名が異動で宮内庁を離れた。
彼は知人に侍従の仕事をこう語ったという。
「東宮侍従は、ホテルの支配人みたいな感じだ。」
「私どもは兵隊ですから。」(別のベテラン東宮侍従)
「東宮職を責めるつもりはありません。会見でも『東宮職はどう支えるか。
将来の皇室をどうしていくのか』という質問が出ましたが、
記者は期待を込めて聞いたはずなのです。大夫は『私がどうこう言うのは適当でない』と言っただけ。
やはり何とも頼りないとしか言いようがない。」(前出宮内庁担当記者)
「お付き添いはまだ続きそうですか」との問いには答えず、「外が寒くなりましたね」とはぐらかすばかり。
会見の3時間前に羽毛田長官が「(校外学習が)通常の形でないのは心配している」と
コメントしたのも記者たちが勢い込んでいた理由。
小町氏はペーパーを手に、愛子さまの校外学習について立ち寄った場所を列挙し
「有意義な校外学習だったと拝察します。妃殿下は距離を置いて見守られました」と話しただけ。
あまりにすげない発表に会見場は一瞬脱力感に包まれた。
「妃殿下と宮様が山中湖で接触したことは無かったのですか?」
小町氏は「はい」と回答。この質問は週刊新潮で報じられた雅子妃と愛子さまの「鉢合わせ」
についての確認だったが、小町氏は言下に否定。
記者たちが念を押すと小町氏は前言を翻し「全く偶然に出会い頭に接触した事が一度」
接触がなかったとなると妃殿下が行かれた目的は何なのか?
「宮様の希望もあって妃殿下の付添いのもとでの通学という状況が続いている。
現地でも宮様のご様子から結果的に距離を置いて見守る事になったと理解している」
小町氏は小心で典型的な役人タイプ。十分な想定問答を用意していなかった為、
要領を得ない回答を繰り返しどんどん墓穴を掘っていき、記者も苛立ちを隠せずヒートアップ。
「世間の常識がある。一人の社会人として東宮大夫はどう考えているのか?」
「付添いの形があまりにも異常。親が子を思う気持ちはわかるが、大夫からの説明、
支える者の方針がなければ“異様な母子”に映る」
「皇室に対する国民の見方にも影響する。今のやり方は適切か?」
小町氏は「ポイントを十分に踏まえつつ,良い状況に持って行きたい。長い目で見て頂ければありがたい。今の状況が正常だとは思わない」
「ポイントというのは学校や周囲に迷惑をかけている状況を指すのですか?」と更なる質問を浴び、
ベテラン記者は厳しく懸念を表明した。
「国民は既に長い目で見ている。震災から半年、国民が大増税の時代を迎えようとしている時期に
妃殿下が校外学習でインペリアルスイートに泊まって常識的に考えられない出費。
“税金泥棒”との批判を受けるかもしれません。それを許した皇太子殿下はどうお考えなのですか?
東宮大夫の定例会見は録音され記録され、発言者や内容も余すところなく両殿下に上げられる。
療養中の雅子は見ないかもしれないが、皇太子殿下は見ているはず。
会見翌週の火曜日、1年半ぶりに愛子が一人で登下校。
10月の運動会の学年対抗リレーの選手に選ばれてはしゃいでいる。
元気な様子でもう付添いは不要ではと学習院関係者の間で話題になっている。

週刊新潮2011年10月6日号
「学習院」を打ちのめした「雅子妃」の月曜日事件
9月24日土曜日午前7時50分、愛子さまは正門を通り抜け、校内へ消えていかれた。
そこには皇太子殿下の姿も雅子さまの姿もなかったのだ。
「昨年の不登校騒動以来、愛子さまがご夫妻のいずれにも付き添われずに登校したことは、
ほとんどありません。奇跡的なことです。」(皇室ウォッチャー)
だが、随行していた東宮職の一人は、こう呟いた。
「月曜日が勝負。月曜日、月曜日が問題だ。」月曜日も続けてお一人で通ってくだされば、
いよいよ愛子さま親離れの時が訪れたことを意味する。
そして「問題」の26日、月曜日。午前7時54分、正門へ向かって行く愛子さま。
だが残念なことに、後ろに3メートルほど距離を取って、皇太子殿下が控えていらしたのだ。
「まだ愛子さまは親離れできないのか」学習院職員の間に落胆が広がりかけた、その時だった。
校舎へ入っていく愛子さまを校門の外で見送った殿下は、そのまま引き返されたのである。
殿下あるいは雅子さまのどちらかがほぼ必ず、愛子さまの在校時間中、校舎内で待機なさるという、
1年半にわたった前代未聞の“年中無休授業参観”。この異常事態に、漸く終止符がうたれたのだ。
「やった、ついに愛子さまは“独り立ち”された!」学習院の職員は胸を躍らせた。
1時間目に続き、2時間目も無事終わった。依然として愛子さまは、お一人で授業を受けておられる。
職員たちは感慨を噛み締めていた。直後に“悲劇”が起き、再びどん底へ突き落とされるとも知らずに…。
それは3時間目が始まる5分前、午前10時45分のことだった。
正門前に猛然と滑り込んできた、トヨタの金色のアルファード。
チャコールグレーのパンツスーツに身を包んだ女性が降り立つ。雅子さまである。
彼女は門をくぐり、悠然と校舎の中へ歩を進めていった。
再び雅子さまが外に出ていらしたのは、午後4時5分。傍らには制服姿の愛子さまがいた。
そう、愛子さまが授業を終えられるまで、雅子さまは校内で例の”授業参観”をしていたのである。
そして車に乗り込み、“お二人”で東宮御所へとお帰りになっていったのだ。
学習院職員の嘆息だけが、校内に置き去りにされていた。
やはり、雅子さまと愛子さまは離れられなかったのである。
「本当は愛子さまは、“もういいよ”と雅子さまに仰りたいのではないでしょうか。いずれにしても、学校に通うという行為
は、自動的に親離れ、子離れができる格好の機会。にも拘らず、親が同伴していては元も子もない。
“子どものため”と思って取っている行動が、実は子どもの成長の妨げになっていまっていることを、
親は自覚すべきです。」(教育評論家 長谷川孝氏)
こうして、雅子さまと愛子さまの母子関係の“影”を感じさせた「月曜日事件」。
だが、学習院の職員が失意を深くした背景には、直前に起きていたもう1つの事件、
「校外学習事件」が横たわっているのだった。
東園学習院常務理事が驚愕の事実を打ち明ける。
「実は雅子妃殿下を愛子さまら児童と同じバスに乗せてほしいという申し出があったんです。
頑として断りましたが、要するに妃殿下は、
愛子さまと一緒にいてご安心なさりたいお気持ちが強いのでしょう。」
校外学習の本旨を、何か勘違いされているのではないかと懸念せざるを得ない雅子さまの言動。
この“異形”には、さすがに宮内庁も黙っていなかった。「正常な状態だとは思っていない。」
小町東宮大夫が22日の定例記者会見で、こう違和感を表明したのである。
しかも記者からは、「ここ何年かで、最悪の茶番。皇室の尊厳が損なわれる。」
「行動を許された殿下のお考えに、もの凄く疑問を持ちました。
震災で大増税されようという時期に、スイートルームに泊まった。
“税金泥棒”という言葉を思い浮かべました。これから批判を受けると思いますよ。」
といった質問ならぬ詰問がなされる始末。
「これまで私は、早く回復していただきたいとの思いから、周囲はそっとしておくべきではないかと、
どちらかといえば皇太子ご夫妻を擁護してきたつもりです。
しかし、校外学習の一件だけは“なぜ?”という思いを抱かずにはいられませんでした。
そもそも“特別扱いしないでください”と(入学時)申し入れているんですからね。」
(皇室ジャーナリスト 久能靖氏)
一層の衝撃を与えたのは、同日、羽毛田宮内庁長官が放った次の一言だった。
「通常の校外学習でない姿になっていることは心配。」
宮内庁のトップが、雅子さまの行動に対して、公式に苦言を呈したのである。
「宮内庁長官の発言は、当然、天皇皇后両陛下の意を汲んだものと考えるべきでしょう。」(宮内庁担当記者)
すなわち、長官よりも、むしろ両陛下が雅子さまの姿勢に疑義を持たれているということになる。
そこで思い出されるのは、04年の「人格否定発言」。
殿下は内外からのプレッシャーを撥ね除けようと、“反撃”に出られた。
「このたびの宮内庁長官発言を受けて、皇太子殿下が再び“反論”なさる事態になりはしないでしょうか。
折も折、年末にかけてお誕生日が続く。
そうした際に、会見等で愛子さまの教育方針を巡って互いに不信感を含んだ“お言葉”を発し合い、
千代田と東宮の確執が深まるなどといったことにならないか、気が気でない。」(同記者)
27日、愛子さまは登下校ともお一人でこなされた。
しかし、交通は規制され、東宮の要人が学習院を訪れるなど、
いつもの雅子さま“ご来校シフト”が敷かれていた。
やはり、雅子さまは直前まで“授業参観”に駆けつけるおつもりだったのではないだろうか。

女性セブン2011年10月13日
雅子さま−山中湖騒動・5つの火種
9月26日、8時前。愛子様は皇太子付き添いで登校。
いつもなら校内まで同行する皇太子が門前で引き返したのは
先週の騒動を気にしたのではないか(学習院関係者)
「いったい何のために雅子妃は山中湖まで行ったのか」
◇長官の発言は両陛下の思いを代弁したもの。
雅子妃にしてみれば行きたいと要望し(側近に)反対されなかったので問題ない、と。
蓋を開ければバッシングの嵐だったので妃と東宮職に新たな火種。(前出・皇室関係者)
◇保護者の間であがり始めた声
校外学習に親がついて行っては意味がない。離れて行動しても現地に行けば同じ事。(大意・4年生保護者)
保護者の間では妃の日々の同伴登校にも早急に対処すべきと言う声も。
◇1500人、3000万円の警備態勢
私的とは言え3都県にまたがり、皇宮警察、警視庁、神奈川県警、山梨県警が警護を務める。
1日500人、1000万円掛かっているはず。(警察関係者)
両陛下、皇太子一家の警護費用は国費でまかなわれているという。
私的な宿泊を伴う突然の外出をどう考えるのかも問われ始めている。
◇全面協力の陰にもうひとつの"同伴登校"
バス・ホテル・レストラン、全てが富士急行系列。
社長の堀内氏が初等科の頃、母親がほぼ毎日同伴登校。いじめられていたわけではないが。
自分以外にも同伴登校を続けていた保護者のことを知ったら、
雅子妃は今後も継続するのでは、と懸念する保護者の一人。
◇南組の"チーム愛子"で問題ないのに
愛子様の一番の楽しみは昼休みに友達と遊ぶこと。再浮上する、同伴登校不要の声。
9月27日、愛子様は一人で登校、3時過ぎの下校まで雅子妃は姿を見せず。
一日だけでは完全に同伴登校が終わったとは言いづらいが、確かな前進。



【花田紀凱の週刊誌ウォッチング】
(330)文春・新潮、そろって雅子さま問題
http://sankei.jp.msn.com/life/news/111001/bks11100107510000-n1.htm
〈「今回のお付き添いは、極めつきの茶番ですよ。皇室の尊厳もくそもない!」
九月二十二日、怒気を含んだ記者の声が、宮内庁二階の報道室に響き渡った〉(『文春』)
先週に続いて『週刊文春』『週刊新潮』(ともに10月6日号)が揃(そろ)って雅子妃問題を取り上げている。
『文春』が「雅子さま愛子さま校外学習に宮内記者が『税金泥棒』『異様な母子(おやこ)』」。
『新潮』が「『学習院』を打ちのめした『雅子妃』の月曜日事件」。
タイトルからして尋常ではない。
9月14日から16日まで愛子さまを含めた学習院初等科4年生の富士山麓校外学習に
雅子さまが後追いしてついて行った。こんなことを続けていれば愛子さま自立の障害になる。
しかも雅子妃、1泊12万円もするホテルマウント富士のインペリアルスイートに泊まったのは如何(いかが)なものか−−これが先週号。
で、今週は小町恭士東宮大夫の定例会見が大荒れだったという続報。冒頭の「茶番」発言もその時、出たものだ。
以下、宮内記者の発言。
〈《付き添いの形があまりにも異常です。親が子を思う気持ちは分かるが、
大夫からの説明、支える者の方針がなければ、“異常な母子”に映る》〉(『文春』)
小町大夫が“長い目”で見ていただきたいと反論すると、
〈「(雅子妃の)行動を許された殿下のお考えに、もの凄く疑問を持ちました。
震災で大増税されようという時期に、スイートルームに泊まった。
“税金泥棒”という言葉を思い浮かべました」〉(『新潮』)
が、一層の衝撃を与えたのは、同じ日に行われた羽毛田信吾宮内庁長官の会見での発言だったという。
「通常の校外学習でない姿になっていることは心配」
〈「宮内庁長官の発言は、当然、天皇・皇后両陛下の意を汲んだものと考えるべきでしょう」
(宮内庁担当記者)〉(『新潮』)
愛子さまの“自立”より、雅子さまの一日も早い“自立”こそ望まれる。
(『WiLL』編集長)

テーミス2011年11月号
山中湖で行われた校外学習は雅子さまが愛子さまの後をなぞられた
付き添いは愛子様のご要望
学習院の東園常務理事の話
昨年のかまぼこ工場見学の時も「妃殿下が児童のバスに同乗するのは可能か」と打診があった。
その時も打診を断ったのに、今回の校外学習でも同様の打診があった。
警備のことや他の児童への影響を考えて、妃殿下の付き添いを止められなかった東宮職の対応に首を傾げる。
雅子さまは自分が外出すれば多くの人が動いたり、マスコミが騒いだりするのを十分わかっているはず。
何かに挑戦しているように見える。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇
山中湖同伴は学習院の配慮

皇太子妃殿下お誕生日に際してのご感想
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h23hn.html
平成23年12月9日(金)

また,愛子の学校のことが私の生活の中で大きな部分を占めてきた年でした。この問題では,多くの方にご心配をいただいていることと思いますが,昨年から,皇太子殿下とご相談をしながら,どうすれば愛子が安心して学校に通うことができるようになるか,そのために,親として何をしてあげられるのか,日々考え,力を尽くしてまいりました。学校とも相談を重ねてまいりましたが,愛子の学校への付き添いは,与えられた状況の中で唯一取れる可能性として続けてきたものでした。

そして,今年の9月には,学校からも参加をすすめられ,愛子自身も是非参加したいと希望した,山中湖での2泊3日の校外学習がありました。この時,先生方のご配慮をいただき,私が少し離れて付き添う形で,全行程一人で,お友達の皆さんととても楽しく参加できたことが,学校生活に戻っていく上での大きな自信と励みになったように感じております。そして,このことは,学校の先生方もとても喜んで下さり,有り難く思っております。その後,愛子が私の付き添いなしに通学する日も増えてくるなど,段々と良い方向に向かってきていると思います。また,愛子は,4年生になり,学校の特別クラブの活動として管弦楽部に入部し,お友達と一緒にチェロの練習に励むなど,これまで以上に様々な分野に関心を持ち,色々なことに取り組んできております。一つ一つ成長していく子供の姿をみることは嬉しく,私にとり,日々の励みになっております。今後とも,愛子が安心して学校生活を送ることができるように,愛子自身の気持ちをよく聞きながら,学校の理解と協力をお願いしつつ,私も出来る限りの手助けをしてまいりたいと思っております。
(略)