彬子女王殿下、瑶子女王殿下インタビュー

皇室Our Imperial Family 第48号 (平成22年)
扶桑社ムック

女王殿下特集 日々のお暮らしとライフワーク
インタビュー記事


現在、皇室には女王殿下として寛仁親王家の彬子女王殿下、瑶子女王殿下、
高円宮家の承子女王殿下、典子女王殿下、絢子女王殿下の五方がおられる。
高円宮家の三女王殿下方はまだ学生で学業に専念していらっしゃるが、
彬子女王殿下は立命館大学に研究員として、
瑶子女王殿下は日本赤十字社で常勤嘱託職員として勤務されている。
女王殿下方は皇族としてどのような教育をお受けになり、
日々をどのように過ごされているのだろうか。寛仁親王家の両女王殿下にご登場願った。

彬子女王殿下

─ご自分が特別な家にお生まれになったと意識されたのはいつごろからですか。

殿下
やはり幼稚園ぐらいでしょうか。他の子たちは電車で通園していましたけれども、
私は車で通園しておりましたし、みなさんは、お父様、お母様がお迎えに来られますけれど、
私は護衛官が迎えに来てくれることが多くて、
お友達に「彬子ちゃんはお父さんがいっぱいいていいね」というようなことを言われたり(笑)。
卒園アルバムも、みんなは「○○ちゃん」とか「○○君」と書かれていましたが、
私だけ「彬子ちゃま」でした。そういったことも子供心に覚えておりますね。

─悠仁親王殿下がお生まれになる前、皇位継承をめぐる議論がありました。
当時の小泉首相の有識者会議が出した結論は女性天皇と女系天皇の容認であり、
内親王殿下や女王殿下が宮家を創設するという提言もありました。
そんななか、お父様の寛仁親王殿下は男系継承の意義を表明なされました。
殿下ご自身は皇位継承についてどのようにお考えでしょうか。

殿下
確かに過去に女性天皇はおられましたけれども、皇后様でいらっしゃったり、
内親王がなられた場合は一生独身を貫かれました。
世界を見回してみても、一つの血筋でずっとつながってきた王室は皇室以外にはないわけです。
イギリスにしてもドイツにしても王朝が入れ代わっていますので、
血筋を辿っていけばバラバラのところに辿り着きます。
でも皇室は血筋を辿っていけばすべて一つのところに辿り着きます。

私はずっと歴史を研究してまいりました。大学での専攻は西洋近代史でしたが、
日本史についても子供のころから学んできましたので、
男系継承の原則を覆すことがどれほど大変なことかよくわかります。
女系を容認してしまうことでこの先に出てくる影響を思うと、
やはり男系継承の伝統を大事にしていかねばならないと思います。

数年前の議論を思い返すと、今の日本人は皇室の伝統を知る機会がないのだと思います。
これまで日本と皇室が培ってきた伝統や、歴代天皇がどういった経緯で即位されたのか、
男系を維持してきた理由などをきちんと勉強したうえでの女系容認であれば仕方がないと思いますが、
男女平等、機会均等といった現代の考え方だけで議論を尽くさないまま判断するのは危険ではないでしょうか。

─皇室の方はお小さいころから「祈り」が生活の中にあるわけですね。

殿下 
はい。成年になりましてからは参拝の義務がございますので、
より近しいものとなったように思います。
陛下は毎年の元日の早朝に皇居・神嘉殿南庭で伊勢の神宮、
山陵および四方の神々をご遙拝になって、人々の幸せをお祈りになられます。
私の友人でお正月に陛下が国民の幸せを祈ってらっしゃるということを知らなかった方が、
何かの機会でお知りになったとき、私に「なんで国民に知らせないのですか」と言われたんですね。
私はそのとき「なんででしょうね」としかお答えできませんでした。
今年のお正月は満月だったのですが、お正月のお昼の席で
「今年は月がとてもきれいだったんだよ」とお話しくださいました。
陛下が宮中祭祀に臨まれる際のお気持ちが伝わってきて、
皇室の伝統や文化をきちんと発信していかなければいけないと思いました。

たとえば私が外国に行く際は出発と帰国の際に賢所に参拝をし、
両陛下にご挨拶をして成田空港から出発するのですが、普段、京都におりますので、
「関西空港から飛べばいいのではないですか」と言われることもあります。
理由を説明すると、私と知り合わなければ皇室のことを知らないままだったとおっしゃる方が多いので、
今後は機会があるたびにきちんとお話をしていきたいと考えております。



瑶子女王殿下

─殿下はお小さいころから皇族扱いされない世界を大切にしてこられたわけですが、
皇室にお生まれになったことを意識されたのはいつごろからでしょう。

殿下 
常に護衛官が後ろにおりましたので、特別な家に生まれたことは物心ついたころからわかっておりました。
とくに家族旅行に行くとなるとそれなりの数の護衛官がついてきますので、
東京駅に黒づくめの、しかも体格のがっしりした集団がぞろぞろ動くことになり、
周りからはギョッとされるのが常でした。立場上、仕方のないこととはいえ、
中学校に上がってからの電車通学でも護衛官と一緒でしたし、
とにかく御用地から一歩出ると一人では動けないわけです。
町を歩いていても、思いたってお店に入るということはできません。
今、退社後に同僚と居酒屋に行くときも、近くで控えておりますので、
悪いことをしていないのに監視されているような気がしてしまいます。
今、京都で一人暮らしをしている姉がうらやましい限りです(笑)。

─先の有識者会議の提言では、女性・女系天皇を容認し、
女性皇族が結婚後も皇籍離脱せず、宮家を創設する提言がなされました。
これまで男系でずっと継承されてきた皇位継承についてはどのようにお考えですか。

殿下 
皇室の伝統のうち、残していく部分と変えていく部分をどのように判断するのか。
伝統に囚われすぎることなく、なおかつ時代の風潮に流されることもなく、
さまざまな考えを持った人々が意見を出し合い、慎重に見定めていかねばならない問題だと思います。
ただ私自身は、いずれは嫁いで一般の身になると思って過ごしてまいりましたし、
お相手がいればぜひ結婚したいと思っています。そしてごく普通の名字になって、
名前を呼ばれても周りから振り返られなくてもいいようになりたいですね。
今までは「瑶子女王殿下」と呼ばれて、周りから驚かれることが多かったので。

─殿下はずっと剣道をなさってこられたせいか、剣道の大会に臨席されるなど、
関連のご公務によくお出ましですね。

殿下 
はい。皇族という立場の者が大会に出席することで参加者の意欲が高まって大会のレベルが上がり、
それがひいては剣道の普及につながるならばと思い、積極的に出席するようにしております。
小学生であっても社会人であっても、みなさん、大会に出る限りは期するところがあるわけですので、
そういう人を応援したいと思っています。なぜなら私は人生の半分以上、剣道にかかわってきたからです。
現在、四段なのですが、五段を目指して頑張りたいと思います。


寛仁親王殿下薨去1年 彬子女王殿下、瑤子女王殿下インタビュー