皇族の「公(おおやけ)」と「私(わたくし)」

皇族の「公(おおやけ)」と「私(わたくし)」三笠宮寛仁親王殿下 (2009年4月 PHP出版)

いわゆる「帝王学(先帝様のときのような)」という学問のカテゴリーはなくなったといってもいいでしょう。
しかしながら、環境のなかでの「帝王学」というのは当然あって、
今上陛下は先帝様の背中をご覧になってお育ちになったわけですし、
語らいのなかに父子相伝のようなこともあっただろうし、無数の行事をこなされるなかで
自然に『らしく』なられていくのだと思います。

いまの皇太子殿下はご自身のご生活態度はご立派ですが、マイホーム主義が過ぎていると思います。
ご家族のことを発言されたり、公表なさるのではなく、
もっと国民のことをつねに心に掛けられたご発言をしていただかないと、将来の日本の御大将として
「帝王学」はどうなっているのだろうということになります。

「宮中祭祀」は古代より連綿と(略)守られてきた儀式です。皇祖皇宗の祭祀をお守りになるとともに、
国家安寧と五穀豊穣を神々にお祈りになる最重要な神道儀式であって、皇室の存在の本務というか、原点でしょう。

女帝を認めるか否かの問題ですが、女帝を認めるという立場に龍と、いつの日か2669年125代続いてた、
わが国の万世一系の伝統文化・国体というものをなくすことに結びつきます。

そして、いつの日か間違いなくさまざまな人々が、「天皇家の家系も平成までは特別だったけど、
その後はわれわれの家系図とどこが違うのか?」と言い出すでしょう。
となれば、わが国体は自然にまとまりを失い、漂流するにちがいありません。

皇室典範の改定はいずれにせよ必要なことです。秋篠宮家に悠仁親王殿下がご誕生になったとはいえ、
男性が少ない情況が変わったわけではありませんから。
その方法論の一つとして、一番真っ当なかたちとしては、GHQによって臣籍降下された11宮家のなかから、
現存しておられるご一家に現職に復帰していただくのが一番自然でしょう。
もともと皇族でいらしたわけですし、万世一系に連なっておられる方々ですから。

そうしておいて、いま一つは現職皇族とお戻りいただいた皇族の方々とのあいだに養子の制度を認めることです。

以前にもいっていますが、旧皇族様方が現職のわれわれと絶縁しているわけではなく、
たびたび宮殿や御所やその他でお目に掛かっているのです。
ですから今日復帰されても違和感はまったくないですよ。
その反対に、どれほど古い家柄や名家の方でも、
普通の方が突然ある日から「宮様」と呼ばれることになるほうが、よほど違和感は大きいでしょうね。

昔にも現在と似たような情況は何度もあって、そのたびにその時々の人々は知恵を振りしぼって、
9親等も10親等も離れた方を捜し出してきて皇位についていただいた例がいくつもあるのですから。