2012年3月-4月 雑誌

週刊文春2012年3月15日号
99年の繋留流産のころからのフラッシュが負担。
自粛要請は報道陣から次第に一般人にも及ぶようになった。
長野に向かう東京駅では脅迫まがいの言葉を東宮職員から言われた。(おっかけ主婦)
「フラッシュを焚くなら(画角)をふさぐぞ!」
愛子さまの登校問題発覚後の長野静養では
「お前達を来させなくするぞ」

週刊朝日2012年3月30日号
世界水フォーラムで皇太子のビデオメッセージが流された
この訪仏中止の舞台裏は混乱続き
2月の誕生日会見で皇太子は「出席は難しい」 この発言で関係者は調整に追われた。
陛下から中止の了承も得ずまた関係省庁への連絡もせず外部に漏らしたため。
対応に追われる関係省庁だが、何日たっても東宮職からは結論出ず、
「またボタンの掛け違い」外務省内の声
3月5日(出発予定8日前)になってやっと中止の発表
退院後のお出迎え、お食事会。両陛下は秋篠宮ご一家・黒田ご夫妻と交流
一方、皇太子ご一家の御所への参内は実現せず
雅子妃の体調は思わしくない。
お見舞い翌2日に愛子様のスケート(3日と10日)をキャンセル
またママ友ランチ(9日)も雅子は欠席。陛下の手術が決まった1か月ほど前には「出席」を伝え
楽しみにしている様子で宮内庁職員・警察も日本料理店を下見。なのに2日前にドタキャン。
「今昼夜逆転で、昼過ぎに起きてくる状態のようだ」宮内庁関係者
雅子妃の影響か、愛子様は3月16日の修了式に1時間遅刻

週刊新潮2012月4月5日号
トンガご弔問 「常陸宮ご夫妻」の温厚篤実
国王の葬儀ゆえ陛下のご参列が原則だが、目下リハビリ中。皇太子も国事行為臨時代行中で、
秋篠宮さまには予定が入っていたため、急遽、常陸宮ご夫妻が「名代」に。
陛下からは「健康に留意するよう」お言葉があり、宮内庁病院医師が随行員に加わった。
目立たない存在ではあるが、今年に入っても2回被災地をご訪問。
とにかく生真面目な方で、相手の話を真剣に受け止められるためにとっさに言葉が出ないことも。
そんな時は、華子さまがうまくフォローされる。
研究に打ち込まれる姿勢は昭和天皇譲り、疑問があると解決するまでずっと質問される。
VIPとの会見などの予定はなく、ゆとりのある日程は陛下のお心遣い。

サンデー毎日2012年4月22日号
<紆余曲折>のクラブ活動選び、愛子さま「喜びと緊張感」の春
愛子さまがバスケットボール部を選んだのに、
「3月下旬に雅子さまが入部に反対され、別のクラブに移れないかと
学校側や周囲の保護者に相談して折衝されていたようなんです」(学習院関係者)
乱暴な児童の一人とされた男児がバスケ部に所属することが判明して心配した雅子さまが移籍を希望。
いったんはバレーボール部へ移ることで話はまとまったが、
他の保護者から「特別扱いではないのか」「そんなこと、ある得るの」などの声があがった。
結局バスケットに収まった。

サンデー毎日2012年4月29日号
クラス替え「保護者に配慮」?5年生愛子さま「美化委員」に
国際委員を希望した愛子様はじゃんけんで負けて美化委員になった。
クラス替えが行われたが、雅子妃と懇意の保護者は離れていないため「またか」(保護者)


女性自身2012年4月10日号
東宮職関係者
「修了式の日には、クラス替えも発表されました。
愛子さまの仲よしグループは 離ればなれになってしまいました。
愛子さまは5年生になられても引き続き南組ですが、
仲のよい女の子3人は、別のクラスになってしまったのです」

女性セブン2012年4月12日号
雅子さま 眞子さまの成人を祝う会欠席の背景に陛下への思い
2012.04.03 07:00
皇太子ご夫妻は3月26日、皇居に参内され、療養中の天皇陛下をお見舞いされた。
この度の皇太子ご夫妻のお見舞いは、とりわけ雅子さまには、これまでにない思いが込められていたという。
実はこの前々日の3月24日、赤坂御用地(東京・港区)内にある東邸で、昨年10月に満20才になられ、
成年皇族の仲間入りをされた秋篠宮家の長女・眞子さまの成人を祝う会が催された。
皇室関係者はそのときのことをこう振り返る。
「会には、両陛下もご出席になりました。ご療養中の陛下がこの会に出られたのは、
眞子さまを心から祝福されたいと、そう思われたからではないでしょうか」
会には、黒田慶樹さん、清子さん夫妻も駆けつけたが、
東宮家からは皇太子さまだけが出席になり、雅子さまは欠席された。
皇太子ご一家のお住まいである東宮御所は、この東邸と同じ敷地内にある。
前出の皇室関係者は次のように話す。
「歩いても行ける所なのに、せめてお顔ぐらいお見せになればいいのに…と、
どうしても思われてしまいますよね。一部では“やはり、東宮家と秋篠宮家の間がしっくりいっておらず、
雅子さまは、ご出席を控えられたのか”などという声さえあったといいます」
だが、いま雅子さまは、精神的にとても不安定な状態の中においでになられるという。
何もしたくないという“気力減退”の兆候がおありなのではとの指摘もある。
これまでは愛子さまの登校に付き添わなければという強いお気持ちがおありだったが、
通学問題も解消されたことから、雅子さまは気力を失われたのではないかというのだ。
宮内庁関係者はこう続ける。
「そういう不安定な状態で秋篠宮家のお祝いに出かけ、体調を崩すことでもあれば、
両陛下はじめ、みなさまにさらなるご心配をかけてしまうのではと、雅子さまは懸念されたのだと思います。
いまは何をおいても陛下のお見舞いだけは実現したいという強い思いがおありなのです。
その実現のために、あえて眞子さまのお祝いの会へのご出席を控えられた。
そこには、雅子さまの並々ならぬご意志があったような気がしてなりません」
※女性セブン2012年4月12日号
http://www.news-postseven.com/archives/20120403_98391.html

週刊文春2012年4月19日号
雅子さま「愛子さまキッザニアご訪問」も皇太子まかせ
春休み中、皇太子に連れられた愛子さまは、10名のお友達と一緒に、豊洲「キッザニア東京」を訪問された。
愛子さまは「獣医師」をまず体験。尿石を取り出す手術をされた。
他には「ガソリンスタンド」「裁判所」などを体験された。
愛子さまは6時間ほど滞在。外でお一人で待たれている皇太子の姿があった。
11時ごろ皇太子は一足先に帰った
雅子さまがつきそわれる可能性があった。ご体調は刻一刻と変化。
外出はほとんどしていない。7日にハーバードのご友人宅をお忍びで訪ねる計画もあったが、直前で取りやめ。
ご登校が正常化したのは昨年11月。それ以前のお疲れがまだ尾をひいている。ご体調の波は大きく上下。
しかし、すぐに公務復帰を期待されては困る。それほど安定していない。
そこで改めて『病気療養中』である従来の方針を打ち出すよう、皇太子ご夫妻から大夫へ
指示に近いものがあったのではないか。
愛子さまのクラブ活動問題。父兄や児童の間では「バレー部か生物ものづくりクラブに移られる」との噂が流れた。
雅子さまは親しいお母様に「どうしようかしら。困ったわ」と相談。
結局クラブの変更はなく、バスケ部にとどまることになった。

婦人公論2012年4月22日号
国民の期待値が高すぎた結果
山本紫苑 やまもと しおん/家庭教育コンサルタント
雅子さまのバッシング報道については、お気の毒ですが、皇太子妃殿下としては仕方がないかなという気がします。
私たちには、皇太子妃はこうあるはずだという思い込みがあり、高学歴でキャリアのある雅子さまなら、
きっと素敵な妃殿下としてのお役目を果たしてくれるだろうという、
国民の期待値が高すぎた結果なのではないかと思います。
雅子さまは、学習院の参観日や父母会などでは、ごく普通のママのように、お元気でにこやかだと聞きます。
ただ校外学習に付いていらしたことは非常識でした。警備が厳しくなったり、
マスコミに写真を撮られたりしたので、保護者たちは困惑していました。
愛子さまが心配なのはわかりますが、特別な存在という逆差別が生まれかねません。
皇室に嫁がれたことが雅子さまのご病気の原因なら、誤解を恐れずにいえば、私は離婚をおすすめしたいです。
そのほうがひとりの女性として幸せだと思います。
雅子さまがご結婚なさったときは、すでに人格ができ上がっていた大人ですし、
皇室に嫁いだからといって、その人格が変わるものではありません。
また、結婚なさらなければ、外交官としてキャリアを積み、仕事と家庭を両立されて活躍していらっしゃったはず。
皇室に入りお世継ぎを期待され、プレッシャーもおありになったなかで、海外にも出られず
妊娠・子育てをするという母親業には、きっと適応できなかったのでしょう。
あえて離婚という選択肢を提示して差し上げて、そのうえで雅子さまが皇太子妃として
お役目を果たすとお決めになったのなら、必ずやり遂げてくださると思います。
これまで皇室は、一般家庭に近づこうとやってきましたが、それでも皇室は皇室だったということ。
雅子さまご自身がお選びになる機会を、ぜひ作って差し上げてほしいと考えています。

女性自身2012年5月1日号
愛子さまオール学習院
「演奏直前、チェロを床に置くときに支えになる棒”エンドピン”が、
愛子さまのチェロから伸びてこなくなり、大騒ぎになったんです」(初等科に子供を通わせる保護者)
ある宮内庁関係者「女性宮家創設案について報じられたのは昨年の11月下旬。
その時雅子さまは親しい知人にこう言った。
「愛子には愛子の人生があり、皇室に生まれた運命、持って生まれた運命というものがあります。
もちろん親としての娘の人生への希望はありますが、
私どもの気持ちだけであの子の運命をどうするわけにもいかないのです」
そしてしきりに「愛子は私が守ってあげなければという意味の事を語っていたという。
1月に東宮御所で開かれた新年会。
学習院高等科や女子高等科からそのまま学習院大には進学せずに推薦枠で他大学に進学する制度があり、
雅子さまは興味を持っていた(皇太子夫妻の友人)。

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