玉体にメスを入れた後

文藝春秋2009年2月号
P323〜324
玉体にメスを入れた後
北村唯一(きたむらただいち・あそか病院院長)

畏れ多くも、玉体の下腹部正中に皮切を置いたのは平成15年1月18日土曜日のことであった。
小生は東大病院泌尿器科医として、陛下の前立腺癌手術にあたった。
麻酔が醒めて、手術場のストレッチャーの上で仰臥されている陛下に、
「手術は無事終了しました」とお伝えすると、陛下は「有難う」と簡単に礼を述べられた。
麻酔がまだ完全に醒めていない段階での会話なので、多言を要さず、
ごく簡単な会話であったがこれで十分であった。
陛下は大変素晴らしい患者さんで主治医の言うことをちゃんと実行され、約三週間後、
無事退院された訳である。
小生は主治医として、両陛下と共に三度お食事をする光栄に浴した。はじめは、ご入院中、
大分お元気になられた頃に、病院の15階にある精養軒の食堂で両陛下と小生の三人で
御朝餐を頂いた。実は陛下は洋食がお好きなので、回復食として術後に食べる全粥の代わりに
パン粥を召し上がられたのだが、小生はこれを所望した。パン粥は、パンを細かく砕いて
牛乳に溶かしたこんだもので、これが案外美味しかった。こういうお粥もいいな、と思った。
また、陛下はご自分でリンゴの皮を丸ごと剥いて食されていた。
陛下の器用さを垣間見た次第である。
二度目は、陛下が手術後完全に回復された平成15年5月頃、治療グループの労いに麻酔の
花岡一雄先生、がんセンターの垣添忠生先生などと御所での御夕餐に招かれた。
確か和食だったと思うが、大変上等な御酒(賀茂鶴)が出た。
陛下は乾杯のご挨拶をされ、一口、杯に口をつけたかと見る間もなく、すぐに杯を置き、
ご飯を召し上がり始めた。小生は乾杯の賀茂鶴が非常に美味しかったので
二度三度お代わりしたが、陛下がどんどん召し上がられて御夕餐が終わりそうになったので、
少し恨めしい気持ちで杯を置き、ご飯を頂き始めた。ところが、陛下はご飯は一膳しか
召し上がらない。小生は痩せの大食いでお代わりしたが、急いで食べたのでどこに入ったか
分からぬ始末であった。
三度目のお食事は昨年5月であった。これは小生が3月末日に東京大学医学部教授を退官し、
東京江東区のあそか病院院長に異動したため、そのお祝いを兼ねて御昼餐に御所に
招待されたのである。実は、お勤めを終わるに際して、侍医長の大城秀巳先生に
吹上御苑を案内いただけないかとお願いしていた。
しかし、当日どういう訳か両陛下にご案内して頂けることになった。
大変に光栄なことではあるが、これはリラックスして散歩できないな、と思った。
ところが両陛下は小生を気軽に散歩にお連れ下さった。吹上御苑は何百年も経たと思われる
巨木で鬱蒼としており薄暗く、頭上ではカラスの大群がカーカーとうるさく鳴いていた。
両陛下が並んで歩くとちょうど一杯になるくらいの幅の小道をお二人が代わる代わる
後ろの小生に話しかけながらゆっくりと歩かれた。その森のそこ此処にお茶室や東屋が
あった。その中で花陰亭が最もモダンで印象的であった。これは昭和天皇の即位のお祝いに
建てられたのだという昭和初期の建物だ。寡黙とお思いしていた陛下が非常に詳しく
小生に説明して下さる。
小道には所々に小さな石橋があり、石橋にかかると皇后陛下は陛下と腕を組んで歩かれた。
これは陛下が転倒しないようにとの皇后陛下の心配りと思われ、皇后陛下の思いやりが感じられた。
散歩の途中で、この吹上という名称に関して、お二人の意見が分かれた。陛下は井戸から
水が噴き上げたからこの名が付いたと仰せられたが、皇后陛下はこのお庭は風が吹き上がるので
こう呼ばれているとの説であった。いずれもそれらしいし、小生にはどちらとも
判別できなかったので、黙って聞いていた。その先にバラ園があった。プリンセスミチコと
エンプレスミチコという名のバラがあり、その他に紀宮様のバラもあった。これらは特別に
創作されたオリジナルだそうで、枝とか花が各々違っているのが見て取れた。
そうこうするうちに30分強の散策は終わり、御所に着いた。裏玄関と思われる所に
小型のホンダのセダンが停まっていた。陛下にお伺いすると、20数年前に買った車とのこと。
これで宮殿まで運転していかれるのだそうだ。この車はギヤがマニュアルであった。
古いものを大切にしておられることがよく判った。
御昼餐は和食と中華を兼ねたような前菜や卵とじスープが出た。それに何と紹興酒も出た。
遠慮せず二〜三杯飲んだ。陛下も少し飲まれた。前回の「賀茂鶴」は口を付けたらすぐにご飯を
召し上がられたが、今回は少しツマミを食しながら紹興酒を飲まれた。小生が紹興酒を
三杯くらい飲んだところで、ご飯が出てきたが、これが茶碗に半分ほどしかない。
小生は「痩せの大食い」なので今回もお代わりしたが、陛下はされなかった。このため、
さすがに三杯目はお代わりできなかった。
両陛下とは丁度、朝食、昼食、夕食を頂いたことになる。この光栄を噛みしめながら、
両陛下のご長寿を祈念して筆を擱く。