悠仁さまのご成長を見守って

諸君!2008年7月号
日本人の魂を癒す
秋篠宮家・悠仁さまのご成長を見守って 高清水有子(皇室ジャーナリスト)

端午の節句の五月五日。秋篠宮ご一家は御所を訪れ、天皇皇后両陛下と夕食をともにされました。
父宮以来四十一年ぶりに誕生された親王となる悠仁さまが加わり、五人家族として新たな暮らしぶりが
はじまった秋篠宮ご一家。悠仁さまの健やかなご成長を願って、両陛下とともにお祝いをなさったのです。
(略)
男の子の節句のこの日、昨年の初節句に両陛下から贈られた“ひのき兜”を宮家のお部屋に飾り、
食卓にはちまきや柏餅も用意されました。
(略)

家族の愛情が注がれる悠仁さま
紀子さまは、悠仁さまを妊娠中に「部分前置胎盤」と診断され、皇族としては初めて
帝王切開の手術を受けられました。もとより、お生まれになるのが親王か内親王かは
世間の最大の関心事のひとつであり、様々な事情から生まれる複雑な思いを家族で乗り越えられて、
ご一家の絆はより強くなったように感じます。
悠仁さまのご誕生で、秋篠宮家はそれまでにもまして慌ただしい日々を過ごされることになりました。
宮邸は赤坂御用地にあり、平屋建ての公室棟と二階建ての私室棟があります。
元々は秩父宮邸として使われていた落ちついた佇まいの邸宅です。私室棟の二階には、ご夫妻の寝室、
眞子さま、佳子さまの子ども部屋、八畳の予備室があります。その予備室を悠仁さまの育児室として使えるように、
フローリングの床にカーペットを敷き、部屋の外には冷蔵庫付きのミニキッチンが取り付けられ、
ベビーベッドが設置されました。乳児期の悠仁さまは、一日の大半をこの育児室で過ごされました。
育児室の日々の中で、悠仁さまにとって日課のようになっていたのが、赤坂御用地内のお散歩です。
御用地は、交通量の多い青山通りに面しているのですが、一歩敷地に足を踏み入れると、
都心とは思えないほど静かです。豊かに茂った樹木が騒音を吸収しているのでしょう。
ただその分、夏は蚊が多く、宮邸に伺うと必ず玄関前に蚊取り線香が焚かれています。
昨年は猛暑だったので、十月中旬ころでも蚊取り線香がセットされていたほどです。
悠仁さまが生後九カ月のころ。紀子さまに「悠仁さまは蚊に刺されませんか?」と伺ったことがあります。
すると、紀子さまは、
「散歩は夕方、少し涼しくなってから、通気性の良い薄手の長袖シャツを着せています。
ベビーカーを押していて(悠仁さまに)蚊が飛んでくると、『刺すなら私に!』と、
私の腕を差し出すようにしています(笑)」
と、ユーモアたっぷりにお答えになったのが印象に残っています。こんなお話しをされる時の紀子さまは、
記者会見の時よりも、少し早いテンポの口調でお話しになります。
悠仁さまのお昼寝のときや、暑くて寝苦しい夜にも、紀子さまはエアコンに頼ることを控えて、
「うちわ」をよくお使いになるそうです。蚊取り線香にうちわ、という懐かしい風物に囲まれて
悠仁さまは夏の日々を過ごされているのです。
紀子さまは以前、悠仁さまのことを「小さな探検家」と表現されました。最近では行動範囲も広がり、
庭で飼育されている「マーラ」と追い駆けっこをすることもあるようです。マーラとは、テンジクネズミ科の動物で
体長は60〜70センチほど。ウサギにも鹿にも似た外見で、一夫一婦制のおとなしい性格です。
南米の草原に生息し、飛び跳ねながら走ります。私も宮邸に伺ったとき、窓越しに見たことがありますが、
二匹が寄り添って日なたぼっこをしていました。ほかにも、殿下の研究分野でもある珍しい種類の
大きなニワトリが飼育されています。
家族団欒のとき、悠仁さまは、ご両親やお姉さま方に話しかけて、話の輪に加わることを楽しんでいるということです。
名前を呼ばれると、悠仁さまは元気に「はーい」とお返事をされます。泣き声も笑い声も大きな悠仁さまは、
お返事の声もはっきりとしているそうです。
そんな悠仁さまには、大好きな空間があるようです。厚紙を組み立てて作った子ども用の小さなお家です。
その壁面には、眞子さまと佳子さまが描かれたお花の絵とともに、家族五人の似顔絵があるそうです。
そこに、好きなおもちゃや本を運び入れたり、隠れんぼをしたり、いないいないばあをして遊ばれているのです。
お姉さまたちは、悠仁さまを本当にかわいがっています。一歳の誕生日に公開された、姉弟三人の映像のなかで、
悠仁さまがお手にされているおもちゃは、主に佳子さまがお作りになったもの。カラフルなフェルトの生地や
マジックテープを組み合わせて作られた、秋篠宮家オリジナルのおもちゃなのです。
今年一月、秋篠宮ご夫妻は、悠仁さまご誕生後初となる海外公務(インドネシアご訪問)に臨まれました。
悠仁さまにとっては、一週間もの間、お母さまと離れるのは初めてのことです。その間、姉君お二人が、
“小さなお母さん”のように、食事や着替えの世話をし、遊び相手になるなどずいぶんと弟君の面倒をみたそうです。
秋篠宮殿下は会見で、「この機会に、娘たちにしっかりといろいろなことを頼んで、
そちらの仕事に専念できるようにしたいと思っています」と話されていました。眞子さまと佳子さまは、
ご両親の期待にしっかりとお応えになり、約束を果されたのです。日常のご両親との生活の中で学んだことを、
両親が不在の時にも、普段通りに実践されたということではないでしょうか。
家族で過ごす時間を大切にされているご一家。ご両親の笑顔は、お子さまたちの満ち足りた心のエネルギーとなり、
お子さまの笑顔は両親を元気にするエネルギーになっているのです。

お手本は「両陛下の育児」
悠仁さまご誕生の年、四十一歳の誕生日会見で、“育児方針”について問われた際、秋篠宮殿下は
次のように語られています。
「私たちにとって男の子というのは今まで経験がないことですので、
どのような経緯をたどって成長するのか、分かりません。ただ、基本的には長女、次女と同じように
接するつもりでおります」
同じ会見で、紀子さまも次のようにお答えになりました。
「両陛下をはじめ、周りの方々のご意見を伺いながら、必要なことは時を追って私たちもともに
学びたいと考えております」
私は、この“育児方針”を聞いて両殿下らしいと思いました。初めてのことや分からないことを自然体で受け入れ、
周りの方々の意見を参考にされながら、必要なことは自分たちとともに学ぶ。これまでの両殿下のお考え
そのものです。ましてや子育ては、決してひとりでできるものではありません。多忙な両親であればなおさら、
周囲の協力やサポートは大きな支えになります。
秋篠宮ご夫妻は、冒頭で紹介した端午の節句の夕食会のように、折々、両陛下のもとを訪れています。
眞子さま佳子さまは、幼いことから参内すると嬉しそうに両陛下に駆け寄ったそうです。両陛下も、
お部屋におもちゃや絵本を用意しておかれるなど歓迎してくださり、お孫さんを連れて皇居内のお散歩に
出ることも多いそうです。その雰囲気を引き継いで、悠仁さまもいまでは両陛下にニコニコしながら
話しかけているそうです。
両陛下とのふれあいのとき、両殿下は「お日さまが照らすようなあたたかさ」「安心できる場所」
「ほっとするような場所」とお話しされています。親王殿下お二人をお育てになった両陛下のご経験から、
有意義な教訓を学ばれ、悠仁さまの子育てにも大いに活用されているのでしょう。
では、秋篠宮家の子育ての方針とは、具体的に、どのようなものなのでしょうか。
「一番大切なのは、両親が子どもの個性や発達のかたちを見極めて、深い愛情と忍耐で子どもの心を
育てることだと思います」
この言葉は、天皇皇后両陛下が昭和時代に、三人のお子さまをお育てになった際にとられた育児の
スタンスと重なります。
秋篠宮ご夫妻は、子どもを型にはめ込むことなく、それぞれの子どもの個性を大切に、心豊かにご成長されるように
深い愛情をそそいでいらっしゃいます。それは長女・眞子さまの時から、全く揺らぐことなく貫かれています。
現在、高校二年生の眞子さまは、芸術、美術に関心をお持ちで、ご自身で計画を立てて、美術館や博物館を
訪れています。中学一年だった平成十六年夏には、秋篠宮殿下が眞子さまをお連れして、宮内庁書陵部の
古い資料の修復の様子を見学されたこともありました。
さらに、昨年一月には、新幹線のチケットを自身で手配され、お一人で京都を日帰り旅行されました。
お目当ては、京都国立博物館の新春特別展覧会「京都御所障壁画−御常御殿と御学問所」。御常御殿は
1855年(安政二年)に再建されたもの。この展示では、障壁画(御所の襖絵)が初めて一般公開されました。
保存状態も良く、色彩も鮮やかに花や鳥、平安朝の御所あそびの様子が美しく描かれています。
眞子さまは、実際に使用されていた品々から、脈々と伝えられている先祖の心をお感じになったのでしょう。
帰宅後、この貴重な経験を許して下さったご両親にガイドブックを示しながら楽しく報告をされたとのことでした。
中学二年の佳子さまは、小学二年のころからお続けになっているフィギュアスケートがお得意です。
ジャンプやスピンも華麗にこなされ、競技大会で優勝された経験もあります。学習院初等科卒業時の文集には、
これからもフィギュアスケートを続けていきたいというお気持ちを素直な文章で綴られています。
今後、悠仁さまはどのような分野で個性を発揮されるのでしょうか。

物心つく前から「挨拶をしつけ」
…先に紹介した一昨年の会見で、紀子さまはこのように話されています。
「小さい時から基本的な生活習慣を学ぶことは非常に大切であると思います。例えば、挨拶や感謝の心でしょうか」
まさに、ご夫妻が大切にしている教育の二つの柱が、「挨拶」と「感謝の心」なのです。
ご夫妻は、それを押しつけるのではなく、自然に身に付く環境を整えるようにご尽力されています。
子どもたちに言葉で指示する前に自身が行動で示す。
秋篠宮家では、お子さま方が言葉をお話しになる前から、「挨拶」を習慣として身に付けさせてきました。
悠仁さまは、ご自分で歩かれる前から、朝お目覚めになると紀子さまに抱っこされて、まずはお父さまに
「おはようございます」、続けてお姉さまにも「おはようございます」と挨拶をしてまわります。
さらには、水槽の魚や庭の花、ニワトリにも朝のご挨拶をしているというのです。夜も、お休みになる前には、
「おやすみなさい」の繰り返しがあります。眞子さまと佳子さまが小さい時にも続けられた習慣です。
家庭の外でも同様です。例えば、葉山御用邸に両陛下とともに滞在された十九年二月のことです。
まだ五カ月の悠仁さまを抱っこされた紀子さまは、公園に居合わせた人々に挨拶する際、「こんにちは」と
悠仁さまの頭も一緒に下げるのです。立ち去る時には、悠仁さまの手をお持ちになって手を振る動きをさせる。
そうやって、ご挨拶を当たり前のこととして身に付けていくのです。
眞子さまも一歳の時にはすでに、取材カメラに向かって頭を下げていました。三歳直前になった眞子さまは、
JR那須塩原駅前で、駅長や集まった大勢の人々に、二度三度と丁寧なお辞儀をされ、その愛らしさに
大きな歓声があがったことがありました。夏の軽井沢でも、お歩きになったばかりの佳子さまが、お姉さまの
真似をされて、「バイバイ」といいながら、かわいい手を振られたこともあります。
実は、悠仁さまも今年三月、栃木県の御料牧場で両陛下とお過ごしになった際、両殿下とお姉さまを真似されて、
両陛下にきちんとお辞儀をして挨拶されたそうです。心温まる光景が目に浮かびます。
皇族の方々は、世界各国の王族、皇族にお会いになる機会があります。皇室外交でも挨拶は必要不可欠な
大事なことです。そして、それ以前に人と人との交流の基本として、きちんとした礼儀を身に付けてほしいと
秋篠宮ご夫妻は願っていらっしゃるのです。
もう一つの育児の柱「感謝の心」についても、ご一家の暖かい心の対話が感じられます。それは「ありがとう」
という言葉が自然に口から出てくる環境です。
節目の記者会見でご夫妻は、いつも感謝という言葉をお使いになります。公式な場で、照れることなくこのような
言葉を使えることは、素敵なことです。お互いの気持ちが穏やかであれば、争ったり怒ったりすることはなくなります。
それこそ、ご一家がいつも和やかな空気に包まれている理由ではないでしょうか。悠仁さまは毎日、
その和やかな空間で過ごされているのです。
ご夫妻は、感謝と労いの言葉をお子さま方にもお使いになります。そして、頑張ったり、努力したりすることを
評価して、心から褒める。その言葉を喜んだ子どもたちは、さらに向上しようと考える。ご一家では、
この流れが心地よく循環しているようです。
先にふれた佳子さまの卒業文集でも、「私が通っているスケート場は、スケートのインストラクター、
リンクを管理する人、怪我をした時の救護員などたくさんの人が働いています。多くの人たちに支えられて
スケートができることに感謝の気持ちを忘れずに滑られるよう、心がけていきたいと思います」(学習院初等科文集)
と書かれています。
もっとも、そんなご夫妻でも、ときには意見が異なり、口論となることもあるそうです。しかし、そのような時も、
根気よく静かに語り合うなかで、解決の道をさぐっていかれるといいます。つまり、お互いをより深く
理解し合うことが家庭円満につながっているのです。





動物と触れ合う「自然体育児」
ご家族にはもちろん、動物や植物、生き物への愛情も感じられます。鳥類・魚類研究をされている
秋篠宮殿下としても、我が子が自然界の生き物に関心を持ってほしいと願われるのは当然でしょう。
その意味で、秋篠宮家のお子さまは、小さい時から、動植物の名前もきちんと言うことができます。
「ワンワン」「ニャーニャー」といった幼児語は本当に小さいときにコミュニケーションの手段として
お使いになるだけです。その後、親子で会話ができるようになると、「イヌ」「ネコ」と大人同様の
呼び方をさせます。実際に、眞子さまは、二歳直前の夏の軽井沢で、お泊りのホテルのオーナーが飼っている
ゴールデンレトリバーを見つけると、五十〜六十メートルも手前から、「イヌさーん」と大きな声で
話しかけながら駆け寄りました。「ワンワン」ではなく「イヌ」、しかもさん付けまでしていました。
その翌年の春、葉山御用邸に滞在された際、ご一家で、海岸を散策されると、当時二歳の眞子さまは
沖を見つめて、「ウミヘビがいるよね。お父さま」と話しかけています。「ニョロニョロ」ではないのです。
もう高校二年生になられた眞子さまは、今年四月二十日、上野動物園で初の単独公務に臨まれました。
日本在来種の保護のため、愛媛県今治市の野間馬・えりか号が寄贈された際の式典でした。
大勢の人に囲まれ、えりか号は落ち着かない様子で、ときおり暴れていたのですが、眞子さまが人参をあげて、
鼻の横をなでると、それまでが嘘のようにおとなしくなりました。
眞子さまは、えさの与え方も手慣れた様子で、担当者からの説明も楽しまれ、立派にお務めを果されました。
いまでは、日本動物園水族館協会の総裁をされているお父さまのお仕事の分野で、しっかりサポートを
されているのです。そこまで成長された姿に感慨深い思いを抱きました。
生き物への慈しみの心を、無理なく自然に教えていく。これは、秋篠宮家流の“自然体育児”といえそうです。

多忙な公務を最優先
子育ては、精神的にも肉体的にも大変なことです。疲れたり、苦しかったり、自分の感情を抑え、犠牲に
することもあるはずです。私が紀子さまと同じ母親という立場でいえるのは、仕事を持って育児をしていると
心身ともに疲労困憊してしまうことがあるということです。
平成六年夏、産休明けだった私に、紀子さまが最初にかけてくださったのは「育児を楽しんでいますか」
というお言葉でした。佳子さまをご懐妊中のことです。その時私は、紀子さまがお忙しい中でも、
おおらかなお気持で子育てを楽しんでいらっしゃる余裕を感じました。当時、紀子さまからパワーを
いただいたような気がして、とても嬉しくなりました。
ここ数年の秋篠宮ご夫妻の公務スケジュールを宮内庁ホームページで調べてみると、年々お忙しくなって
いるようです。紀子さまは帝王切開で出産されたにもかかわらず、一ヵ月あまり後には、ご負担の少ない公務から
復帰をされています。
どのくらい忙しいのか、宮内庁のホームページに公表されている日程を見てみましょう。例えば、先に紹介した
インドネシア訪問があった今年一月は、慌ただしい一ヵ月でした。秋篠宮家の公務日数は、殿下お一人の
公務も含めて二十五日、一日に複数の公務があった日も十五日もありました。
新春恒例の宮中行事も多く、「新年祝賀の儀」(一日)、賢所(かしこどころ)で行われる「元始祭の儀」」(三日)、
「購書始の儀」(十日)、「歌会始の儀」(十六日)など相次ぎます。二日の「新年一般参賀」では
大勢の国民の前に出られ、長和殿のベランダからお応えになります。午前と午後で計七回行われましたが、
紀子さまは全てに参加。「昭和天皇祭皇霊殿の儀」(七日)、「孝明天皇例祭の儀」(三十日)にも
参加されました。
その合間をぬってインドネシア公式訪問(十八〜二十五日)です。国交樹立五十周年の記念行事へのご出席、
晩餐会、福祉施設や学校訪問など、現地での予定はぎっしり組まれています。各地で歓迎を受け、
特に福祉施設を訪問された際、紀子さまはお得意の手話、それもインドネシア語の手話で聴覚障害を持つ
子どもとやりとりをされ、地元メディアも大きく報道しました。秋篠宮殿下も手話で挨拶を交わされたのです。
日本人として誇らしく、皇室外交の理想的な姿を見たように思います。
海外に行かれる前後には、東京・八王子市にある昭和天皇、香淳皇后の御陵をご参拝になります。
さらに、インドネシアの専門家からご進講を受けて、膨大な資料をお読みになり、式典のお言葉を考え、
行事の式次第に目を通す…考えただけでも、目の回るような忙しさです。
実は、紀子さまは、その一ヵ月前の昨年十二月中旬に、左腕にしびれと痛みを感じ「左手根管症候群」
「頸椎椎間板症による神経根症」と診断されたばかりでした。にもかかわらず、ここまで多忙な
スケジュールをこなす姿からは、責任感が強く、公務を最優先で考えていらっしゃる紀子さまのお気持が
伝わってきます。

引き継がれる「秋篠宮家流」
その公務への想いは、お子さまたちにも引き継がれ始めています。昨年七月、眞子さまが両殿下と共に、
「全日本高等学校馬術競技大会」に出席されました。眞子さまにとって、初めて本格的な式典への御臨席でした。
近くでご様子を拝見していましたが、これまで見たこともないほど、眞子さまは緊張されていました。
両殿下も、その様子を心配されてか、眞子さまの方を気にされながら式典に臨まれていました。
眞子さまは、式典での歩き方、起立や着席のタイミング、お言葉の述べられる時の所作など実践を通じて、
多くのことを学ばれている様子でした。
この日から数日後、紀子さまとお話しする機会があり、眞子さまの緊張ぶりも話題にさせていただきました。
すると、紀子さまは、「緊張のあまりどうなってしまうかと心配で、時々(眞子さまを)見ていました」と、
母心を打ち明けられました。
式典当日、眞子さまが、馬をモチーフにしたペンダントをされていたことを思い出し、そのことを申し上げると、
「そうでしたね。実は、私も、馬のブローチをしていたのですよ」と、ほほ笑まれました。公務での振る舞いを
学ばれる一方で、アクセサリーのコーディネイトではTPOをわきまえたペアルックを楽しまれていたのです。
このように、地方や海外への泊りがけの公務も多く、ご家族五人全員が揃う時間は限られています。
私がご一家を拝見していていつも感じるのは、子どもと過ごすひとときは、時間の長さではなく“質”が
重要だということです。ご夫妻は、お子さまからの問いかけや質問を後回しにすることはありません。
その場できちんと対応されます。また、その時は分からないことで疑問に残った事柄は、その後、
親子で一緒に調べ、ともに学び、新しい発見や知識にふれたことを喜んでいらっしゃいます。
秋篠宮家流の育児は、お子さまたちとともにご両親も学び、さらに「慌てず」「騒がず」「焦らない」。
そのバランス感覚は、両陛下から引き継がれた貴い心構えなのかもしれません。
そんな家族の愛に育まれながら、すくすくと健やかにご成長されている悠仁さま。これからが楽しみです。

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