寛仁親王殿下 女性天皇に異議

寛仁親王殿下(福祉団体「柏朋会」の会報 とどのおしゃべり八八号)
(二〇〇五年九月三十日発行)への寄稿
我が国固有の歴史と伝統を平成の御代でいとも簡単に変更して良いのかどうかです。
「万世一系、一二五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から
連綿として一度の例外も無く、『男系』で続いて来ているという厳然たる事実」
〈1〉皇籍離脱した元皇族の皇統復帰
〈2〉女性皇族(内親王)に元皇族(男系) から養子を取れるようにし、その方に皇位継承権を与える
〈3〉廃絶になった秩父宮や高松宮の祭祀(さいし)を元皇族に継承してもらい、宮家を再興する
陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりませんから、
国民一人一人が、我が国を形成する、「民草」の一員として、二六六五年の歴史と伝統に対し
きちんと意見を持ち発言をして戴かなければ、日本国という、「国体」の変更に向かう事になりますし、
いつの日か、「天皇」はいらないという議論に迄発展するでしょう。

寛仁さま、女系天皇に異論 「ひとり言」と随筆
2005年11月03日22時38分
三笠宮寛仁さま(59)が、女性・女系天皇を容認することについて、
異議を唱える趣旨の随筆を自ら会長を務める福祉団体「柏朋会」の機関誌に寄稿していたことがわかった。
小泉首相の私的諮問機関 「皇室典範に関する有識者会議」(吉川弘之座長)は、
最終報告に向けて女系・女性天皇を容認する方針を固めており、この方向性に疑問を唱える形となった。
皇室典範論議について、皇族の肉声が明らかになったのは初めて。
憲法上、天皇や皇族は政治的発言ができないとして、
「身内の小冊子でのプライベートなひとり言」と断りながらも
「世界に類を見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世(みよ)でいとも簡単に変更して良いのか」
と問いかけている。
「近況雑感」と題された随筆は「皇統が貴重な理由は、神話の時代 から連綿として一度の例外も無く、
『男系』で今上陛下迄(まで)続いているという厳然たる事実」と指摘。
さらに「古代より国民が『万世一系の天子様』の存在を大切にして来てくれた歴史上の事実と
その伝統があるが故に、現在でも大多数の人々は、『日本国の中心』『最も古い家系』
『日本人の原型』として、敬って下さっている」と述べたうえで、皇位継承の男系主義を崩すと
「いつの日か、『天皇』はいらないという議論に迄発展する」と危機感をにじませている。
有識者会議の吉川座長は記者会見で、皇族の意見聴取は念頭にないと表明しており、
仮に意見が明らかになったとしても「議論に影響は ない」としていた。
朝日新聞

寛仁親王:「一度切れた歴史はつなげない」女性天皇に異議
昭和天皇が自らの神格性を否定し、後に人間宣言と呼ばれた「新日本建設に関する詔書」が発表されたのは、
終戦翌年の1946年1月1日だった。4日後に生まれた昭和天皇のおい、寛仁親王殿下が
毎日新聞の単独インタビューに応じ、皇室の歩みや将来像などについて語られた。
殿下は「(詔書について)昭和天皇ご自身は『自分は戦前から何も変わっていない』とおっしゃっていた」と
明かすとともに、皇室の役割を「光の当たっていないところに光をあてるもの」との考えを示された。
皇室典範改正問題についての質問にも応じ、「政治を超えた歴史の問題」との認識のうえで、
男系による皇位継承の伝統を踏まえ、
「一度切れた歴史はつなげない。腰を据えて議論すべきだ」とした。
「皇室典範に関する有識者会議」が出した「女性・女系天皇の容認」の結論に異を唱えた形だ。
殿下は既に福祉団体の会報のエッセーで、元皇族の皇籍復帰や女性皇族に養子を取ることを
認めることなどによる男系男子継承方法を示しているが、「過去にはこうした方法で、皇位継承の危機を
たびたび回避してきた」「先人が築き上げた貴重な財産(方法)にならって、できるだけの手を
尽くしていくべきだ」とした。
「人間宣言」については、「戦前・戦中と戦後を区別し、新しい日本に向かうという意味があった」と
位置づけた。また、皇室のあり方について「日本民族の知恵が権力を持たせないようにしてきた。
国を守っていくために必要な存在」とした。【大久保和夫】

毎日新聞 2006年1月3日 
◇インタビューの要旨
昭和天皇の「人間宣言」の4日後に生まれた寛仁親王殿下。その生い立ちは戦後の皇室の歩みと重なる。
皇室の「来し方行く末」を、内側から語られた。要旨は次の通り。
■人間宣言
終戦の御前会議で陛下(昭和天皇)のご意見をと奏上し、そこで陛下が「平和を望む」とおっしゃったことが、
後に「ご聖断」となった。人間宣言も同じで、用語自体はメディアが勝手に作ったものだ。
人間宣言が、戦前・戦中と戦後を区別した新しい日本に向かうという詔書であるのは事実だが、
陛下とお話ししたとき、戦前・戦中・戦後を通して、ご自身は「何も変わっていない」とおっしゃっていた。
現人神というのもみんなが勝手に言っていたことだ。
■昭和天皇のこと
皇族のあり方について、2度じっくりとお話をうかがう機会があった。
その際、ご自身の意思で発言・行動されたのは、2・26事件と終戦の決断の2度だけだとおっしゃっていた。
2・26事件では内閣が機能しなくなって、終戦では御前会議で意見が割れたからで、
どうしても判断されなければならなかった時だ。このご発言には大変驚いたが、
後に記者会見でご自身で語られたので安心して今、このように話せる。
立憲君主というお立場を十二分にお分かりになってのことだったと思う。
そして、公平無私であられた。いろんな方の話を聞かれて、よく事情をご存じだった。
戦前、戦中、戦後を通じて多くの人に会われて話を聞き、激動の時代を生きてこられたわけだから、陛下には勝てない。
しゃべり方は、「あ、そう」が多くてお上手とは言い難いが、パーティーなどでも部屋にお入りになれば、
みんなの視線が自然と集中してしまう、そういうすごさがおありになった。
■皇族のあり方
皇室は、一部の例外を除いて権力を握ることがなかった。権力を持つところと、皇室を分けてきたのは、
大和民族の知恵だと思う。国を守っていくためにそういう形になった。
外国の王族の中には、パワーの論理が働いて権力を握ったりしたから、その後つぶれたケースもある。
皇室は悠久の歴史の中で常に受動態であった。突き詰めると、存在することに意義があるということだ。
政治や営利にも関与できないし、ある意味「ニッチ(すきま)産業」だ。政府や行政も、
国民のためにいろんなことを展開していくが、足らざるところはある。皇族がそれを補い、
光が当たっていないところに光を当てる。それぞれの皇族が、国民の要望、希望に沿っていくことが大事だ。
■皇室典範改正
皇室のあり方に関する問題を有識者会議による1年、三十数時間の議論で決めてしまうことに素朴な疑問を抱く。
この問題は、政治を超えたものだ。多くの国民が歴史を理解したうえで大いなる論議がわき上がって、
国会で、審議に審議を重ねて結論が出ればと思う。男系で継いできた歴史は、
一度切ってしまえばつなげないことを分かってほしい。
皇位継承をめぐってはいくつかの危機があったが、これまで回避してきた。
10親等ぐらい離れた傍系から皇女に婿入りしたり、宇多天皇のように臣籍降下したのに復活して皇太子になり、
その後天皇になったケースもある。1947年に臣籍降下した
11宮家の当主にカムバックしていただいたり、養子ができるようにするなどの方法がある。
できるだけの手段を講じるのが先だ。すべての手を尽くしたうえで、駄目なら仕方がない。
11宮家の復帰には、60年間一般の中で生活してきたので違和感があるというが、異様な意見だ。
菊栄親睦会という昭和天皇のご親族が集まる会がある。旧宮さま、元宮さまとの付き合いは深い。
むしろ愛子さまの夫になった人が、突然「陛下」と呼ばれる方が違和感が強いのではないか。

女系容認は拙速と寛仁さま 月刊誌で、皇室典範改正
三笠宮寛仁さまが10日発売の月刊文芸春秋2月号で、
女性天皇と、母方に天皇の血を引く女系天皇容認を打ち出した「皇室典範に関する有識者会議」の議論を
「拙速」と批判、男系維持のために旧皇族の復帰を挙げ「さまざまな選択肢があることを認識し、
今すぐ決める必要はない」と発言されていることが8日、分かった。
寛仁さまは昨年、自身が会長を務める福祉団体の会報で、
私見として女系天皇に異論を唱えるエッセーを寄せていた。
これを受け、宮内庁の羽毛田信吾長官は昨年11月の会見で、
皇室典範改正は内閣や国会の責任で対応するものと指摘した。
2006年1月8日17時45分 (共同通信)

【寛仁さま、「あまりに拙速」=今度は月刊誌で発言-有識者会議を批判】
三笠宮寛仁さまは10日発売の月刊誌文芸春秋のインタビュー記事で、
政府の皇室典範に関する有識者会議が女性・女系天皇容認をしたことについて、
「あまりに拙速にすぎませんか、ということは強く申し上げたい」などと発言していることが8日、分かった。
同誌に掲載されているのは、ジャーナリスト桜井よしこさんとの対談。
「天皇さまその血の重み−なぜ私は女系天皇に反対なのか」としたタイトルが付けられている。
時事通信社:2006年01月09日02時10分

寛仁親王殿下のご発言より
これは絶対にあり得ないと私は思いますが、いろいろな人に聞くと、
「これは陛下のご意思である」と言っている人がいるそうですね。
陛下のお立場でああせよ、こうせよとおっしゃるわけがない。
(女系だとか長子優先だとか)具体的におっしゃるわけがないということは声を大にして言っておきたい。
三笠宮一族は、同じ考え方であるといえると思います。
本来、われわれ皇族は黙っていないといけないということだと思いますが、
にもかかわらず私がこういうインタビューに応じたり、かなり積極的に発言したりしているのは
国家の未曾有の大事件と思うので、あえて火中のクリを拾いに行っているようなきらいがあります。
さまざまな言に惑わされることなく、自分自身で、陛下、皇族方のお言葉、ご姿勢をよく噛みしめることを通じて、
それぞれが陛下、皇族方のご真意を汲みとっていく姿勢が大切と考えます。
女帝・女系天皇では、日本精神が維持できない日本の伝統精神は、アイドル的な女帝即位では護れません。
女系で男子(配偶者)が、海外の勢力下の人物になるような事態に至れば、
天皇・皇室が、日本人の精神的な支柱となる事はありません。
赤字財政が回復せず、少子少孫化で人口激減、加えて精神的支柱(求心力)の喪失(天皇家の伝統消滅)となれば、
日本の未来は、ワガママ勝手のバラバラ人間の集まり(烏合の衆)と化します。
天皇制の危機には、過去に何度も遭遇し、乗り切って来ました。
しかしながら、今回は海外からの画策(思想と思考形態の情報操作)が感じられ、非常に不気味であります。
皇太子・雅子妃のご両人が、海外のご体験等で、「裏の勢力」の静かなる工作(ある種の洗脳)を
お受けになられた可能性を危惧します。皇族の方々と日本の良識人の頑張りで、
正当健全な天皇制を確立して置かないと、日本の「精神未来」は、暗澹たるものとなります。
21世紀研究会の思考を、更に前進させる必要を痛感します。
産経新聞2006年1月19日

皇位継承 旧宮家復帰、強く支持 寛仁さま、女帝の問題点ご指摘
女性天皇と女系による皇位継承を容認した有識者会議の報告書に基づき、政府が皇室典範改正案の
今国会提出を目指している問題で寛仁(ともひと)親王殿下は産経新聞社の単独インタビューに応じ、
女系容認に改めて反対するとともに、女系の前段階である女性天皇即位の問題点を指摘された。
その上で、男系男子維持のため旧宮家を皇籍復帰させる案について「声を大にして言っておきたい」と強く支持された。
寛仁さまは、父方をたどっても天皇につながらない女系「天皇」の容認について
「(国民が)正統性を認めるだろうか」とご批判。女系「天皇」を生む女性天皇について
「女性天皇を認めれば女系に移る」とした上で、過去の女性天皇がいずれも未亡人か生涯独身だったことなどに触れ、
世論調査はこうした伝統を十分説明した上で行うべきだとの見解を示された。
皇統維持策として、GHQ(連合国軍総司令部)の圧力で皇籍を離脱した旧宮家を復帰させることは
「決して不自然なことではない」「そういう方策があるということを声を大にして言っておきたい」と強調。
有識者会議が旧宮家の皇籍復帰を「国民の理解と支持を得ることは難しい」として排除したことに対しては、
愛子さまが皇位継承者となり、歴史上前例のない「女性天皇の配偶者」が陛下と呼ばれることのほうが
違和感があると反論された。さらに「あらゆる手を尽くした上でも次の世代が女性ばかりだったという状況になれば、
そのときに女帝・女系の議論に入ればいい」と述べ、
皇太子さまの次の代の天皇について、 愛子さま以外の選択肢をまず模索すべきだと示唆された。
【用語解説】旧宮家占領下の昭和22年、皇室弱体化を狙うGHQの圧力で昭和天皇の弟である秩父宮、
高松宮、三笠宮の3宮家を除く11宮家が皇籍離脱。現在では6つの旧宮家が断絶または後継者不在となり、
旧賀陽宮家、旧久邇宮家、旧朝香宮家、旧東久邇宮家、旧竹田宮家が男系男子で存続している。
20代から40代の男性は計14人。愛子さまと年齢が近い男児は、
旧賀陽宮家に小学生が2人、旧東久邇宮家に2歳の子供がいる。
産経新聞2006年2月1日

週刊現代2006年2月25日号
三笠宮寛仁「天皇に皇室典範改正の意思なし」
【小泉首相の「皇室の政治利用」】
寛仁親王
「これは絶対にあり得ないと私は思いますが、色々な人に聞くと、
『これは陛下のご意思である』と言っている人がいるそうですね(中略)
今度のことも、私は陛下と直接お話していませんが、
陛下のお立場でああせよ、こうせよとおっしゃるわけがない。
私は身内として陛下のお立場を考えた時に、陛下がおっしゃったとすれば、
確かにこのまま行けば本当に(皇室は)先細ってしまうわけですから、
平成の御代のうちに何らかの皇室典範の改定ということは必要であるから、
きちんとしておいてほしいということを宮内庁長官他に発言されたであろうことは
想像に難くないと思います。ただし(女系天皇や長子優先案を)
具体的におっしゃるわけがないということは声を大にして言っておきたいですね」
竹田恒泰氏
「私は、陛下は断じてそういうことをおっしゃるはずがないと確信しています。
陛下がご自身のお考えを公にされることは、そもそも日本の伝統的な皇室のあり方としてはあり得ないことなんです。
もちろん、大混乱期に天皇が決断下されたことはありますが、それは本当に政府が機能しないときです。
逆に、もし今回の皇室典範改正において陛下に決断を仰いだならば、
それは政府が機能しないことを露呈したようなものです」
「有識者会議は当初、『皇室の意見は聞かない』と言っていたはずです。
それが男系男子支持の声が大きくなってきた今になって『皇室の意向を聞いている』というのは、
皇室の政治利用以外の何ものでもない。あまりにも無責任です。
小泉首相は重みある皇室の歴史を理解されているのか。
言動を見ていても、あまりご存知じゃないのではないか」
「皇室のことをわかっていないからこそ、思いつきで言っているのではないかと思わざるをえない。
われわれ皇室典範改正の慎重論者は、国民がしっかり理解して、
歓迎して認められるのであれば十分納得できるんです。
しかし、同じ結論が出るにしろ、 国民、議員不在では納得がいかない。
小泉首相は自民党だけではなく、皇室までも壊してしまうおつもりなのでしょうか」
【三笠一族は同じ考えです】
元旦恒例の新年の挨拶に皇居を訪れた、別の旧皇族
「寛仁親王殿下がおっしゃっていることは旧皇族の総意であり、みな同じく慎重な議論を求めています。
しかし、われわれの立場からは、皇室典範の改正問題については何も言えません。
言えば、政治的発言だと非難されるからです。さらに、この問題はわれわれにとって他人事ではありません。
改正案の内容によっては、天皇家の男系男子の血を引く旧皇族の男子が、
皇室に養子に行くことだってあり得るからです。その中で殿下は重大な決断をしてくださったわけです」
全国紙宮内庁担当のデスク「寛仁親王の批判は旧皇族への大きな励ましになっている」
皇室典範改正の流れに反対する国会議員の声が大きくなってきましたが、
寛仁親王の発言の影響が大きいと思います。宮内庁は寛仁親王の発言を止めようと躍起になっていますが、
止められません。宮内庁内部にも女系天皇に納得しない関係者は多く、その声は高まっています。
宮内庁幹部は寛仁親王の発言について『困る』と牽制していますが、
寛仁親王は『(メディアが)聞いてくるから答えているだけで、
こちらから発言しているわけではない』と平然としたものです」
寛仁親王の発言の背景に、皇族の長老でもある、三笠宮崇仁親王の理解と協力があるという。
インタビューの中で寛仁親王は、崇仁親王が昨年10月頃あまりに拙速な皇室典範改正の動きに
風間典之宮内庁次長に対し、クレームをつけたことを公表。
年末には、男系天皇維持を訴えた寛仁親王のエッセイについて「いいことを言ってくれたね」と言い、
「三笠宮一族は同じ考えであると言えると思います」と発言している。
一方、羽毛田宮内庁長官は1月12日の定例記者会見で、
「(寛仁親王にも)皇室典範改正に関する発言を控える観点にお立ちいただきたい」と強く牽制。
2月2日の朝日新聞も『寛仁さま 発言はもう控えては』と題した社説を発表している。
インタビュアーの小堀氏
「殿下がこの問題は政治ではなくて、政治を超えた歴史・文化の問題であるとおっしゃっています。
そのお考えに基づいて発言に及ばれたのです。しかし、今後、法案が国会に上程されてしまったら、
そこから皇室典範の改正は『政治問題』になり、ご発言がいっさいできなくなる。
発言できるのは、法案が提出される以前の今しかないとお考えになったとご説明くださいました」
竹田氏
「紀子妃殿下がご懐妊されたことは、国民としてこれほど嬉しいことはありません。
この慶事にあたり、男系男子による皇位継承の可能性が出てきたからこそ、
議論が煮詰まらない現段階で皇室典範の改正案を成立させる必要があるのかどうか。
今まで以上に慎重な議論をしていただきたいと思っております」
寛仁親王
「皆さんが民主主義を守っていこうとなさるのなら、
個々人がしっかりして戴かないと困ります。皆さんが考えに考え抜かれたうえで結論が
AになろうがBになろうが、我々にはそれに反対する理由はありませんが、
もし情報が全くゼロの中で○か×かとやられたらたまりません(中略)本当の世論を形成して戴きたい」


工藤美代子 : ノンフィクション作家
『日本の息吹』(日本会議会報・1月号より)
…過日、三笠宮寛仁殿下が、女系天皇の容認方針について疑問を提起なされたことに対して、
有識者会議の吉川座長は記者に向って「どうってことはない」と言い放ったと言います。
これは失礼というより、無礼であります。本当に許し難い言動です。そのような人たちが
皇族方の意見も聞かず、国民の声にも耳を傾けないで、結論を出すというのは、
「有識者会議」とはすでに特定の先入観を持った人たちの集りではないのかと思ってしまいます。



寛仁親王殿下のご発言に対し、宮内庁は

「私的見解と理解」 寛仁さま異論に宮内庁次長
三笠宮寛仁さまが、自身が会長を務める福祉団体の会報のコラムに、
私見として女系天皇の容認に異論を唱える文章を掲載したことについて、
宮内庁の風岡典之次長は8日の定例記者会見で「私的な考えを示したものと理解している」と述べた。
憲法が「天皇は国政に関する権能を有しない」と規定し皇族も準じるとされることから
風岡次長は「天皇陛下や皇族方は政治的な事柄について対外的に発言されるお立場ではない」とも指摘した。
(共同通信) - 11月8日17時32分更新 (2005)

寛仁さま発言に憂慮 女系論議で、宮内庁長官
三笠宮寛仁さまが月刊誌などで、女性、女系天皇を容認した
「皇室典範に関する有識者会議」の議論を批判したことについて、
宮内庁の羽毛田信吾長官は12日の定例記者会見で
「今年になっていろいろ(発言が)出ているので憂慮せざるを得ない。
正直『困ったな』という気持ちが強い」と述べた。
羽毛田長官は、皇室典範の改正は、内閣や国会の責任で対応する政治的な事柄と指摘し
「皇室の方々が発言を控えていただくのが妥当」と、あらためて強調した。
寛仁さまと今年1月5日に直接会い、こうした意向を昨年に続いて再度、伝えたことを紹介。
「話がかみ合わなかった部分もある」と明らかにした。
(共同通信)2006年1月12日16時24分

寛仁親王殿下発言]宮内庁長官「弱ったなという感じ
宮内庁の羽毛田信吾長官は26日の定例会見で、
寛仁親王殿下が民間団体「日本会議」の会員向け機関誌「日本の息吹」2月号のインタビューで
女性女系天皇容認に異議を唱えたことについて
「政治的な事柄になっていきますので発言を控えていただくのが適当。弱ったなという感じがします」と述べた。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/koushitsu/news/20060127k0000m040083000c.html
2006年1月26日




「渡部昇一の大道無門 ゲスト・工藤美代子」
三笠宮寛仁殿下に書簡にてインタビューし、
悠仁様ご誕生後でも愛子様が天皇になるべきという説があるが、
どう思うかという質問に明確なお答えをいただいた。
さらに雅子様は祭祀がご負担だから祭祀を少なくするべきという説に
どう思われるか質問したところ、
「何を言ってるんですか、皇室は祭祀で成り立ってるんだ」というお答えがあった。
さらに寛仁殿下は皇太子の会見が家族の話題に終止することや
「雅子さまのキャリア」というような事を話題にするのはどうか、とも。
皇太子にアドバイスの手紙を書いたけど返事がなかった。
このままでは皇室が将来国民から支持が受けられなくなる事を憂慮しておられる。