「雅子妃」にネグレクトされた「東宮大夫」12カ月

週刊新潮2012年7月5日号
「雅子妃」にネグレクトされた「東宮大夫」12カ月

公務へのご出席が徐々に増えつつある最近の雅子妃だが、従来避けてこられた撮影取材については、
「皇居へ参内される車中など、ご一家だけの場面では応じられますが、やはりオープンな場所や
賓客とご一緒のものはキャンセルされることが多い。その時点でのご体調に合わせてお出ましになる
行事を選ぶという状態は、現在も続いています」(東宮職関係者)
雅子妃のご体調に「波がある」という表現は、これまで東宮職医師団によって繰り返し用いられてきた。
が、毎年発表されるその「見解」では、具体的な症状についての言及が一切なされておらず、
東宮職のトップである小町恭士・東宮大夫(66)もまた、詳細な説明を避け続けている。
その小町大夫が、あろうことか雅子妃と「コミュニケーション不全」に陥っていることは、
これまで本誌でもお伝えしてきた。そしてこの“異常事態”は、改善の兆しが窺えないまま、
間もなく1年を迎えようとしているのだ。
「小町さんは、前任の野村一成さんと同じく、外務省の『ロシアン・スクール』出身。
オランダやタイの大使を歴任したのち、5年3ヵ月の任期を務めた先輩の野村さんに呼び寄せられる格好で、
昨年7月5日に就任しました」とは、宮内庁担当記者である。
「幼少の頃から雅子さまに『おじさま』と慕われてきた野村さんは、適応障害で療養生活を続ける
雅子さまを一貫して擁護し、会見ではご体調に関する質問を突っぱね、記者の発言を遮ったりしてきました。
そうした“絶対的応援団”の野村さんとは異なり、小町さんはお仕えする東宮ご一家をお守りしつつ、
メディアとも波風を立てないよう、絶えず気を揉んできたのです」
そうした姿勢が却って裏目に出てしまい、取り返しのつかない事態へと発展していったのである。

わずか2ヵ月で「断絶」
ことの次第は、昨年9月にまで遡る。当時繰り広げられていた「山中湖お付き添い騒動において、
小町大夫の発した言葉が、その後の趨勢を決定づけてしまったのだ。
「騒動」とは、言うまでもなく学習院初等科4年生だった愛子さまの校外学習に雅子妃が同行され、
一泊12万円のスイートルームにご宿泊。その御振る舞いが物議を醸した件である。
「9月22日の定例会見でこの件について問われた小町さんは、愛子さまのご参加については
『良かった』としながらも、雅子妃が学校の泊りがけ行事にまで付き添われたことを
『正常な状態だとは思っておりません』と述べました。直前の会見でやはり羽毛田(信吾・宮内庁)長官が
『通常の形ではなく心配だ』と述べており、それを受けた格好だったのですが、この小町さんの発言は、
大いに妃殿下の勘気に触れてしまったのです」(前出・東宮職関係者)
直後、小町大夫は雅子妃から直接に『ご注意』を受けることとなった。
実は、新体制に入ってすでに2ヵ月が過ぎていたにも拘らず、お二人が面談するのは、
就任のご挨拶に続いてこれが2度目であった。
そして、「これ以降、妃殿下は小町さんとの意思疎通を完全に遮断されてしまいました。
直接ご意向を仰がねばならない案件が生じても、小町さんはご相談さえままならず、そうした折にはもっぱら
皇太子殿下が間に入って調整なさってきたのです」(同)
とはいえ、殿下直々の“調整”が時として大きなトラブルを招くこともある。
昨年11月、皇太子ご一家の葉山でのご静養にあたり、図らずも生じた「齟齬」は、大夫はもとよりご夫妻間の
コミュニケーション不足まで露呈してしまったのだ。
「東宮職はその頃、カメラを向けられることを好まれない雅子さまのご意向を受け、
初等科運動会での取材設定を翌年から取りやめようととしていた。そこに記者クラブが異を唱えたため、
代替案のような形で、ご静養中に撮影取材がセッティングされたのです。
山中湖の一件がいまだ尾を引いていた時期でもあり、小町さんも世論の風向きを変えたいと考え、
皇太子さまに諮った上で、鎌倉大仏の前でご一家を撮る場を設けたのです」(同)
ご一家の私的な旅行に際し、取材が設定されるのは異例である。ところが、
「この段取りをお知りになった雅子さまが直前に難色を示され、皇太子さまとの間でお考えの不一致が生じました。
さらに、愛子さまにお風邪の症状がみられたことから雅子さまは東大病院へ付き添われることとなり、
ご静養自体が取りやめとなったのでした」(同)
いかに慎重にことを運んでも、最後でどんでん返しを食らっては元も子もない。
むろん小町大夫も、「ネグレクト状態」に置かれていることは認識しており、そうした断絶について、
自ら漏らすこともあった。
「昨年11月に陛下が気管支炎で入院された際、雅子さまが発熱され、
急きょお見舞いの予定を取りやめられたことがありましたが、会見で妃殿下のご体調について尋ねられた
小町さんが『お目にかかっていないで、詳しいことは…」と言葉を濁す一幕もありました」(同)

皇太子さまに望まれるご自覚
トップがこれでは、組織も推して知るべし。東宮職では昨年1月までの2年足らずの間に、
幹部を含む5人の職員が立て続けに「離脱」しているのだ。さる宮内庁関係者が言う。
「東宮職においては、妃殿下のご意向唯々諾々と従うほかありません。殿下の独身時代から交流があり、
請われる形で05年に警視庁副総監から東宮侍従長に就いた末綱隆さんも然り。
ひとたび妃殿下に異を唱えようものならコミュニケーションを拒絶され、果ては退去を余儀なくされていく。
結果、東宮職にはイエスマンしか残らないのです」
雅子妃の応援団を任ずる野村氏は退任後、今年3月末まで御用掛の任にあった。
現在はそうした「蝶番」を失ったまま、小町大夫は東宮職を牽引していかねばならないのだ。
「こうした状況では、引き続き小町さんは殿下を経由して妃殿下のご様子を窺うしかない。実際には、
公務について殿下にご説明したのち「ところで、妃殿下はどうなさいますか」と尋ねるのが精一杯でしょう。
会見の前日などに殿下とすり合わせてご了承頂いた上で妃殿下の近況を発表するという、
いわば“間接話法”で、これは就任直後から変わっていません。もっとも、彼に限らず、
他の職員でも妃殿下と十全にコミュニケーションが出来る人は見当たらず、
目下、周囲との間を取り持てる唯一のチャンネルが殿下なのです」(同)
当の皇太子さまは、現在ほぼお一人で公務をなさっている。ただでさえご負担が大きいところに、
本来は支えてくれるはずの組織から「扇の要」のような役割まで求められるのだから、
大いに困惑なさっているのではなかろうか。
「東宮大夫という役職は東宮女官長を通じて妃殿下のお考えを伺うのが一般的です。
雅子妃より皇太子さまと頻繁にお会いすることは不思議ではありません」
皇室ジャーナリストの神田秀一氏は、こう前置きしながらも、
「それでも、小町さんの会見では毎回、雅子妃に関する情報が余りに少ない。
皇太子さまとのやり取りの中で情報を掴むのにも限界があるでしょう。東宮大夫とは広報責任者でもあり、
つまりは国民に対する情報の窓口であるわけです。そうした観点に立てば、
このところ幾つかの行事に出席されていた雅子妃が、なぜ今回の東南アジア歴訪にはご同行なさらないのか。
その点を、皇太子さまのお言葉でご説明頂けるよう、小町さんがアドバイスしてもよかったと思います」
同じく皇室ジャーナリストの山下晋司氏は、皇太子さまのご自覚が、より一層望まれるところだという。
「まったく外部の世界から来た東宮大夫に、初めから皇室における阿吽の呼吸を求めても難しいでしょう。
かといって、小町さんの進言をただ聞いているだけでは状況は改善しません。ここはやはり、
殿下がリーダーシップをお取りになって、妃殿下とこれからどう向き合われ、どう調整されていくのかという問題に、
ぜひ取り組まれて頂きたいものです」
あらためて小町大夫に尋ねると、「報道室を通してください。ちょっと私、帰ります」と、
出勤途中で踵を返してしまった。次世代の皇室づくりに向け、乗り越えるべき山は幾重にも聳えているようなのだ。

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産経皇室ウイークリー(236)
「皇籍離脱」「ネグレクト」報道に宮内庁幹部“反撃”
2012.6.30 07:00 (3/5ページ)
小町氏は7月5日で、東宮大夫に就任して1年となるが、週刊新潮7月5日号に
『雅子妃にネグレクトされた「東宮大夫」12カ月』と、写真付きで名指しの記事が掲載された。
内容は、皇太子妃雅子さまと小町氏の関係について書かれたもので、
小町氏は会見で同誌への対応について質問され、
「ちょっと考えてみてもいいと思いますが、週刊新潮に関しては向精神薬事件以来、関係がございますので」
と皮肉を交えて苦笑した。
小町氏が述べた“向精神薬事件”とは、平成22年に皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまが通学への不安感を訴え、
学習院初等科を続けて欠席された問題にからんで同誌が掲載した記事だ。記事は、東宮職が、
「乱暴な男児」の給食に向精神薬を混ぜることを提案した、という内容で、宮内庁はすぐさま訂正を要求。
当時の野村一成東宮大夫は会見で「これほどひどい内容を出していいということにはならない」
と強く批判するなど、記事をめぐって騒動となった。
小町氏は記者から1年を振り返っての感想を尋ねられ、「まだまだ至りませんが、両殿下のご指導を受けて、
ぜひ東宮ご一家を一生懸命支えていきたいと思います」と控えめに答えた。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120630/imp12063007010001-n3.htm



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関連
進言すると機嫌を損ねる


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2012年1月には「マネジメント」発言で雅子さまの不興をかった小町東宮大夫

産経皇室ウイークリー(216)
2012.1.28 07:00
宮内庁東宮職の小町恭士東宮大夫は27日の定例会見で、
「雅子さまが感染性胃腸炎から回復し『ご家庭のマネジメント』の日常活動を再開している、
と小町氏が会見で言った」とする内容の週刊新潮2月2日号の記事について、
「私にしてみれば揚げ足取りのような感じで心外。妃殿下も当惑されていると思う」と述べた。
小町氏は前回の定例会見(20日)で、回復された雅子さまが、
ご一家の身の回りの「マネジメント」を徐々に再開しているとは確かに言ったものの、
見出しと記事にあるような「ご家庭のマネジメント=家事」を指しているわけではないと説明した。
小町氏は雅子さまの「マネジメント」について、職員から報告を受けたり指示をしたりして調整することや、
来客をどのように接遇するかを決めることなどが含まれるとし、「家庭内」にとどまる活動ではないと強調した。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120128/imp12012807010001-n1.htm

女性自身2012年2月14日
雅子さま、東宮大夫「心通わぬ失言」に悲憤の猛抗議!
小町東宮大夫の「マネジメント発言」に雅子妃は悲憤。小町氏に猛抗議した。
27日の会見「記事の件で、雅子さまとお会いして対応を協議したのか」という質問に、
東宮大夫は「電話も含めて、この件で妃殿下にご連絡したのは事実です」と語るのみで、
”お会いした”とは言わなかったのだ。
雅子さまと東宮大夫の”心通わぬ極寒の関係”。

週刊新潮2012年2月2日号
雅子妃のお仕事は「ご家庭のマネジメント」と東宮大夫が言っちゃった!
1月13日の定例会見で小町東宮大夫が「雅子妃の日常の活動は、(皇太子と愛子様の)マネジメント」と回答。
多くの職員がサポートしているのに違和感を覚える。(宮内庁関係者)
小町氏は昨年7月の就任以来、ほとんど雅子妃と会えていない。
山中湖校外学習の付添いについて「正常ではない」と発言し、雅子妃から直接ご注意があった。
その叱責後、ずっと雅子妃に無視され続けている。
雅子妃の(感染性胃腸炎)発病時期は当初「週半ば」と曖昧なもの。
雅子妃が怖くて、感染性胃腸炎の時期を記者に何度も聞かれても、
明確な時期はカンベンして下さいと逃げた。
記者は従前からの病気で歌会欠席か?それとも胃腸炎で?を確認するため、
10分以上記者との押し問答が続いたが、結局口を割らなかった。
その後、他の侍従がフォローして1月10日発熱したことを公表した。 
職員が雅子妃に叱責されるのを恐れて、何かを決定する前に野村氏にお伺いを立てる。