小和田家の皆さま

雅子さま軽井沢ご静養の頃
テレビ朝日 スーパーモーニングで
工藤雪枝氏(雅子さまの友人)の発言
小和田優美子さんの代弁として
「英語でのカウンセリングを希望」
「日本語では敬語や皇室用語が負担」

週刊現代2004年7月24日号
皇太子夫妻が悩む「愛子内親王の3年保育問題」
皇太子夫妻がある問題の決断を迫られている。この件で、小和田家と宮内庁の考えがすれ違い、
新たな確執を生んでいるという。
それは愛子内親王の「3年保育問題」である。
雅子妃と中学・高校時代の友人で、雅子妃の母親、小和田優美子さんとも親しいAさんが、
この確執について話してくれた。
「皇太子さまも雅子さまも、愛子さまを学習院以外の幼稚園に3歳から通わせ、
同世代の子どもたちと自然な交流をさせたいとお考えなんです。
しかし、万事前例を重んじる宮内庁は、学習院以外に通わせることをよく思っていません。
愛子さまの教育問題が雅子さまの新たなお悩みの種になりつつあるのです」
(中略)
「幼少時代、雅子さまはモスクワにいらしたのですが、現地のサマーキャンプなどに
積極的に参加されていたそうです。海外在住の日本人は、勉強に遅れるからと、
夏休み中も日本人学校に通わせる親が多いのですが、小和田家では、現地に馴染むことを
優先させたのでしょう。雅子さまの妹さんは、学生時代、当時には珍しく750ccの大型バイクに乗って
大学に通っていましたし、小和田家はいい意味で自由奔放な気風のご家庭なんです」
今、皇太子や愛子内親王を除けば雅子妃が最も信頼している実母の小和田優美子さんも
雅子妃の教育方針に賛成しているという。Aさんはこう語る。
「優美子さんも『学習院は皇居にいるのとほとんど変わらない環境だから』と
おっしゃったことがありました。皇族とはいえ、同じ道をたどる必要はないと考えているのでしょう。
宮内庁職員と小和田ご夫妻とが話し合いの場を持ったこともあったそうです」
(中略)
旧宮家などからも、愛子さまの子育てについてあることないこと悪い噂を広められ、
優美子さんも『出しゃばりだ』と言われています。そして、宮内庁との溝はどんどん深まって
いるのです。3年保育の問題でも、意見を言えば言うほど、雅子さまへの風当たりが強くなる。
優美子さんはもどかしさを感じていらっしゃいます」(Aさん)
宮内庁が雅子妃に異を唱えたのはこれが初めてではない。’03年5月の愛子内親王の
「公園デビュー」も、宮内庁には歓迎されなかった。
なぜかお忍びであるはずの“お散歩”にはマスコミが押しかけた。結局、愛子内親王を
遊ばせるどころではなくなり、“お散歩”は数回で中止となった。この時の背景を宮内庁職員は語る。
「お忍びなのに、マスコミが先回りできたのは、公園デビューを快く思わない宮内庁職員が、
情報をリークしたからといわれています。行く先々でカメラが待ち構えていたのですから、
関係者が情報を流したとしか考えられない。
宮内庁は、これ以上、雅子妃殿下の好き勝手にやられたらたまらないと考えたのです。
そんなに愛子さまを公園に行かせたいのなら、東宮の中に公園をつくればいいじゃないかという
意見までありました。
(中略)
愛子内親王の教育方針が定まらないのは、将来どのような地位に就くか、わからないことにも起因しているのだ。
(中略)
宮内庁OBは雅子妃のこの現状をお気の毒だ、と話す。
「美智子さまのときは、誰が世継ぎか、はっきりしていたから、それにふさわしい子育てが
できたんです。それに比べると、今の愛子さまのお立場では教育方針が固められない。
それが雅子さまには大きなプレッシャーになっていると思いますね」
(中略)
「さらに優美子さんによると、雅子さまは宮内庁などから発せられた
心ない言葉に傷ついた過去ばかりを振り返り、希望を持てないそうです。今は愛子さまの
将来についてすら考えられない。愛子さまにとってもお母さまが不安定な状況にあることは
いいことではありません。優美子さんも雅子妃の病気を治すためには雅子さまが理想とする
教育を実現することだと考えていらっしゃるようです」

週刊現代?
小和田一家が週2、3回東宮御所を訪れて、食事も一緒に取っている。
優美子さんが愛子さまの面倒を見ている。

週刊女性2005年
小和田家が怒っているのは、皇室外交させるという結婚時の約束が履行されていないからで、
背景には結婚時と現在の皇室の姿勢の違いがあると事情説明。
結婚時は皇室外交華やか路線だったが、中国訪問批判から風向きが変わり、国内中心に。
「約束が違うじゃないか」が雅子さまサイドの立場。

週刊文春2005年月?
優美子さんが東宮御所を訪れた折に、皇太子さまに向かって
雅子さまが治療に取り組むためのもっとしっかりとした環境を考えてほしいと要請した
「公務を連想しないところでの静養」を求めた

週刊女性2005年?
優美子さんは東宮御所へお泊りになったことがある

週刊現代2005年2月?日号
結婚前小和田恒氏が「せめて両陛下からのお言葉添えがあれば』の言葉に、
そちらからお願いに来てくれと言っているようなもので、天皇、宮内庁関係者にショックを与えた。
その辺りから、天皇家と小和田家に溝が生まれた。
9月に公開されたビデオで愛子様を見て、皇后陛下「こんなに大きくなったのね。」
皇族関係者「愛子さまは天皇家ではなく小和田家のお孫さん」

週刊新潮 2006年1月5・12日号
ある月刊誌に雅子妃の苦悩を伝える記事が掲載されました。
この記事の中には、雅子妃しか知らないはずのことが、2、3ヶ所 記されていました。
これに宮内庁の幹部が慌てたのです。
情報漏洩者を探し、結局ネタ元が雅子妃の親族ではないかと、結論づけた。

週刊女性2006年4月4日号
宮内庁が皇太子と雅子さんの結婚に大反対したとき
優美子さんは宮内庁に「何故なのか」とわざわざ説明を求めに来た。

週刊ポスト2006年4月21日号
野村一成の東宮大夫就任について、宮内庁担当記者
「今回の東宮大夫人事については皇太子殿下、雅子さま、小和田家の要望があったようだ。
皇太子の意向とあれば、宮内庁も動かざるをえないだろう」
外務省関係者談「外務省OBとしてはすでに渡辺允氏(元ヨルダン大使)が侍従長として着任している。
加えて野村氏が東宮大夫に就けば、「外務省が宮内庁の要職を独占している」という声が出かねない。
それでも宮内庁は外務省トップに掛け合って、実現させたと聞いている。
批判を承知の上であえて踏み切ったところに意気込みが窺える。
野村氏を慕う雅子さまは、進学や外交官試験の受験など、ことあるごとにアドバイスを受けていたようだ。

週刊新潮2006年9月?日号
雅子妃殿下のご実家である小和田家の皇室に対するスタンスを疑問視する向きもある。
2年前の春、雅子妃が静養先に選んだのは、軽井沢にある小和田家の別荘であった。
このことに違和感を覚えた国民は少なくない。 
昨年、女系天皇容認の報告書を提出した有識者会議では、
妃殿下の父上、小和田恒氏に近い人々が中心的役割を果たしていた。

週刊新潮2006年9月21日号
ひっそり東宮人事で「小和田家シフト」
大森茂が東宮職となった人事を紹介。
「大森氏は、外務省の奥氏がイラクで殉職した折、国内広報課長だった。
奥氏の遺体写真を封殺するなど辣腕をふるい、小和田氏の覚えがめでたくなった人物。
マスコミを押さえ込む手腕が期待されているのだろう。これで小和田人脈が東宮を完全に牛耳った」(外務省関係者)
一方で反対の意見も
「谷内正太郎外務次官が、旧小和田派の一掃に東宮人事を利用している」(外務省詰記者)

週刊ポスト2006年11月4日号
皇后陛下は愛子さまのみならず、雅子妃と誕生日の夕食会でお会いできるのを楽しみにしておられた。が欠席。
「皇后陛下はさぞ寂しい思いをされたのではないでしょうか」(松崎氏)
ところが、「寂しい」だけでは済まない事態が起きた。
夕食会を欠席したわずか5日後の10月25日、
皇太子夫妻が雅子妃の実父である小和田恒氏と会っていたことが判明したのである。
本誌の問い合わせに対し、宮内庁東宮職は「小和田恒様と国連大学内でおあいになっています」と回答。
「体調が思わしくなく、誰との会えないならともかく、両陛下には会えないが、
実父には会えるというのはおかしいのではないでしょうか。一般人ではなく皇族の一員なのですから、
もっとバランスの取れた行動をしないと、国民は納得しないでしょう」(松崎氏)
千代田サイドでは「両陛下に対して失礼ではないか」と厳しい意見も出ている。

2006年12月20日
皇太子ご一家と池田礼子さん一家 ウエスティンホテルでクリスマス会
警視庁に見張り要員の増員を頼んだ。
福迫氏が帰りにツリーの前で記念撮影した。
同日 離任大使(トルコ、エクアドル、コロンビア)に皇太子さまご接見。雅子さまは欠席。

週刊文春2007年1月4日・11日号
12月20日の夜、東宮一家は他の家族計10名ほどで、
ウェスティンホテルの最上階ビクターズの個室ロココルームでディナー。
ホテル1階の大きなクリスマスツリーの周囲に敷き詰められた熊のぬいぐるみを見て愛子さまはご機嫌だった。
東宮御所にもツリー
このお出かけは雅子さまの治療のためと言うより、愛子さまにこの時期の美しい町並みも
見せてあげたいという両殿下のお気持ちから計画された。
雅子さまはインドネシア大統領来日時にオランダ大使公邸のホームコンサートとディナーにも行っていた。
12月26日には小和田夫妻、渋谷夫妻、池田一家も含めて東宮御所で食事会をされる予定。
これは着袴の儀が済んだ内祝い。
愛子さまは優美子さんや礼子さんにはとても懐いている。

週刊文春2007年3月29日号
笑顔復活 雅子さま 妹家族同伴 スキー旅行にマル秘密着
6日に美智子様の体調不良が発表された直後で、旅行を批判的に見る報道もあったが
「雅子さまの一日もはやい回復こそ皇后さまが望まれていること」(皇室関係者)
スキー中の雅子さまはとてもお元気なご様子。
16日は夜までホテルでゆっくり。翌日からは午前2時間、昼食、午後2時間のペース。上級者コースで。
スキー客「雅子さまはとにかく速い。皇太子さまは規則正しい滑り方で後ろについておられた。
周囲に無線機を背負った隊長+10人ほどの機敏なスキーヤー。
近づくともう少し離れてもらえませんかと言われる」
池田一家もご静養に合流。
愛子様はホテル近くの初心者用のコースで、池田礼子さんの長男・次男と一緒にインストラクター3人に
丁寧に指導されていた。
指導の様子を愛子様の養育係が吹雪に耐えながらビデオ撮影。
スキー場関係者「いつもと同じように最上階のスイートに宿泊、
他の部屋も関係者でほぼ貸切状態。近くのホテルに長野県警が約30人宿泊。」

週刊文春2007年7月19日号
東宮職員はカヤの外
雅子さま妹一家と「七夕会食6時間」
雅子さまは朝昼どころか夕食も一緒に(皇太子や愛子と)食べない。
皇太子と愛子さまは夜7時過ぎにはテーブルにつくが、雅子さまはは早くても8時、遅ければ10時前後。
東宮職も「なぜ時間をずらすのかわからない」
今でも東宮の私室棟から出てこない。
七夕には東宮御所で妹の誕生パーティー6時間(礼子さん一家と夕食会)
両陛下、特に皇后様は職員と一緒に何かをするのがお好き。
七夕など大切な年中行事も事務方、護衛さん達と一緒に竹に短冊を飾ったりしていた。
雅子さまは職員との交流も少ない。

女性自身2008年9月?日号
「礼子さんも、国際弁護士のご主人と2人の男の子の家族連れ。」
「礼子さんの自宅は、東宮御所の近くにあり、両家の行き来は頻繁だという。
それだけではなく、両家一緒でのお出かけも多い。2年前のディズニーリゾート、
2年続けてのクリスマス夕食会、長野県奥志賀高原でのスキー……。」
「牧場での1日を満喫されたご一家は翌27日の夜、御用邸近くのホテルに滞在していた
礼子さん一家とともに、 水上レストランで遅くまでご夕食を楽しまれたという。」
ファミリー牧場ではメリーゴーランドだけ乗る予定だったのに、
愛子さまと礼子さんのお子さんの希望で、足こぎボートとミニジェットコースターに急遽乗った。
心無いバッシングをする向きもあるが、このように家族で雅子さまを支えようとする礼子さんに賞賛の声もある。
愛子さまもお姉さまのよう。
ミニジェットコースター、昇降用にドアが開くにも関わらず、愛子さまは待ちきれなかったのか、
座席に土足で立ち上がってから、ドアを跨ぎ越した。

26日は、りんどう湖
27日は、礼子さん一家と遅めの夕食を近くのレストランで
28日は、皇太子さまと愛子さまでミュージアム 
29日は、どうぶつ王国
礼子さん一家は御用邸の近くのホテルに滞在していた

週刊ポスト2008年9月?日号
母親の優美子さんと妹の礼子さんは、
雅子妃が体調を崩してから足しげく東宮御所に通ってお世話をしてる。
雅子が同級生らと新宿で会食した時、同じ場所に優美子さんと礼子さんもいて、
雅子さまは両方のテーブルを行き来してとてもお元気そうだった
小和田家の存在について
美智子様、紀子様は実家とほとんど行き来がなかったことを考えると、
闘病中とは言え「あまりにも特別」と宮内庁職員たちの複雑な思いは頂点に達しようとしている
「宮内庁側は、ついに“ご親族との過度のお付き合いはほどほどに”といった趣旨を、
東宮職を通じて皇太子ご夫妻に伝えたそうです(宮内庁関係者)」

週刊現代2008年10月8日号
雅子妃  双子の妹【池田礼子さん・渋谷節子さん】とアウシュビッツの本
雅子妃と二人、とくに礼子さんとの“仲良し”ぶりは突出している。
今年に限っても、礼子さんは、正月早々から雅子妃と東宮御所で合流。
2月の皇太子さまの誕生日や、6月の皇太子夫妻の結婚15周年記念日にも節子さんとともに夫妻で出席している。
記念日以外でも、3月の奥志賀スキー旅行には、息子二人も連れて一家で同行。
8月の那須静養にも合流し、御用邸を訪問したり、牧場を訪れ、
近くの湖畔を足こぎボートで遊覧する姿もあったという。
また、「東京湾大華火祭」のときには、皇太子ご一家が揃って礼子さん宅を訪れている。
残念なのは、皇室内に二人の妹が担う役割を分担できる人がいないということ。
今回の翻訳本が“ひっそりと”出版されねばならないところに、雅子妃問題の根の深さが垣間見える。

女性自身2008年10月?日号
この夏帰国した小和田恒さんは軽井沢の別荘に籠もりきり。
今までなら必ず東宮御所に上がり雅子さまご一家と過ごしたりするのだが、
そういうことはいっさい無いままオランダへ帰った。
恒さんはどこへ行っても雅子さまのことを聞かれると
「雅子のことはもう聞かないでくれ」と弱々しく返事するなど、今にも倒れそうだった
(小和田家と親交のある知人)

テーミス2008年11月号
小和田家の干渉
小和田優美子さんはたびたび帰国
「警備が来訪を聞いていないこともある」(宮内庁関係者)
突然東宮御所を訪問する。
小和田優美子さんが電話で公務についてアドバイスすることもあり。
宮内庁内部の本音「雅子妃の体調の波と、小和田家の干渉には野村大夫もお手上げ」
池田礼子さんと渋谷節子さんの翻訳出版本について
・原著者であるT.バーゲルソール氏は、国際司法裁判所での小和田恒の同僚
・「人権派に悪用されるのではないか」と心配する声があり。
 以前から小和田家の対応を疑問視する声はあったが、このことで更に大きくなりつつある。
橋本明氏「皇室には伝統的なしきたりが多い。一般人の小和田家がどんなに心配しても、
雅子妃は皇室の中で病気を治療すべき」
「わがまま放題」と国民に誤解されかねない“雅子さま流”は、大野裕医師の方針

テーミス2009年2月号
秋篠宮家が存在感を増すなか「皇位継承」を混乱させる小和田家の影
小和田家は昨年末のオペレッタのリハーサルを皇太子ご一家と見に行った。
皇太子ご一家の車が地下駐車場から出てくる直前に、2台の車が同じ駐車場から猛スピードで出てきて、
うち1台は小和田家所有と見られる車種の外車だった。
雅子妃は病気になる前から本音を漏らすなど(海外に行きたい等)自己主張をしてきた。
小和田家の家族もいまだに野村東宮大夫を通じて東宮職にいろいろ口出しする。
だから皇太子ご夫妻が皇室内で孤立し、皇位継承の問題がややこしくなる(皇室ジャーナリスト)

週刊ポスト2009年2月13日号
雅子妃の<女官>に妹・礼子さんと節子さん
「小和田夫妻も東宮仮御所にお住まいに?」
礼子さんを「雅子妃の側近に」という話が出ている。
両親がそろって不在になると愛子さまがとても不安がるのと、
「愛子さまを寂しがらせたくない」という思いから
礼子さんを女官という形でそばに置いては、と皇太子が考え、現在水面下でその方向に動いているという。
私的立場としてか公的立場としてかによるが、
公的立場だと「東宮女官」なり「御用掛」という肩書きで、東宮職に入ることになる
ご静養やTDRにも同行するほど仲の良い礼子さんが東宮女官になれば、
東宮職や宮内庁との意思疎通も うまくいくのではないか。
礼子さん女官になれば安心して愛子さまを任せられるから外国訪問もOK

テーミス2009年3月号
小和田姉妹の重要度
嫁いで15年になるが、小和田家はいまも家族総がかりで雅子さまをサポート。
礼子さんは赤坂御用地の近所に住んでいて、スキーやディズニーランドに同行し、愛子さまの運動会も観戦した。
礼子さん宅で昨夏皇太子一家が花火を鑑賞した。
昨年末、渋谷節子さん帰国、現在元小和田家に住む。
節子さんが夫のWHO勤務に伴ってスイスに赴任する前は、埼玉県内の夫の実家で、夫の両親と同居していた。
雅子妃と愛子さまがたびたび渋谷さん宅を訪れていた。オランダ訪問時は、雅子妃の滞在先に夫婦で面会に向かった。
妹二人は、何かあったらすぐに東宮仮御所に駆けつけられる。
雅子妃が療養に入ってから、皇室では「前例のない」ことの連続
東宮大夫・愛子さまの養育掛・主治医の大野氏など、側近はほとんど小和田家が推薦した雅子妃の関係者
最初のご懐妊情報がスクープされてから、皇太子ご夫妻と東宮職はぎくしゃくしている。
いまでは実質上の女官が礼子さんと節子さんで、実質上の侍従長が大野医師だと言われている。
福迫美樹子さんが「泊まり勤務があってきついから幼稚園の先生に戻りたい」と心のうちを友人に明かした。
2人の妹のどちらかが正式あるいは私的な立場で使用人などになることも、皇室関係者の間で囁かれている。
退任する末綱東宮侍従長は、小和田氏のかつての部下である野村東宮大夫との折り合いが良くなかった。
”ミニ宮内庁”といわれるほど独立性があるからこそ、なおさら小和田家の影響力が強まりやすい。

週刊ポスト2009年4月?日号
入内直後から小和田家と東宮御所との間に"ホットライン"が引かれていた。

週刊新潮2009年4月16日号
昨年の初等科祭について初等科関係者
「11月29日・30日と熱を出した愛子さまの看病の為、雅子さまも皇太子さまも欠席されたのですけれど、
代わって小山さんと雅子さまの妹・池田礼子さんが子連れでお見えになっていた。」

テーミス2009年7月号
雅子さま、礼子さんの行き来は頻繁。
結婚16年もたてば姉妹でもある程度の距離が出来るが、なぜこれほど「親密」なのか?
池田礼子さん自宅は御用地から車で5分の日産ゴーン社長も住む超セレブマンション。
池田礼子さんは大学卒業後、国連難民高等弁務官ベトナム事務所に赴任。
その後、ユニセフへ。「子供と武力紛争に関する国連事務総長特別事務所」に勤務し、
国際紛争に関わる「恵まれない子供」のために東奔西走した。
礼子さんの夫は、ルノーが日産に資本参加する際、日本チームで外国法上の弁護士として
交渉に立ち会った敏腕国際弁護士。
また、戦争、貧困などで教育を受けられない発展途上国の子供たちの為に
世界銀行を通じて支援活動する団体「ファーストブルー有限責任組合」のアドバイザーも務める。
実務にどの程度関わっているか定かではないが、礼子さん同様、「恵まれない子供」の問題に心を砕いているらしい。
オランダにいる小和田恒氏から伝えられたアドバイスをもとに
今後の活動の方向性も相談しやすい環境だから「小和田家との連携の場」になっているとしても不自然ではない。

週刊現代2009年7月4日号
雅子妃16回目の結婚記念日に「妹とその夫」
6/9、結婚祝いの夕食会は雅子様の体調に配慮して特別な招待客がいた。
池田礼子さん・渋谷節子さん夫妻である。
渋谷さんの母親はインタビューに答えて「息子夫婦が招かれたがどんな様子だったかは聞いていない。
以前(雅子さまに)会った時には息子の仕事などに興味を持ったようで色々訊かれた。
仲の良い姉妹という印象だった」

週刊新潮2009年7月2日
それまでそろばんなどの日本文化を紹介してきた番組が、その日は趣をがらっと変え
(太平洋)戦争を反対してきた安達峰一郎氏の特集に。
その中で登場した小和田恒氏へのキャプションが国際司法裁判所所長ではなく「皇太子妃の父」。
「祈りの対象、汚れなき存在である皇室に娘を差し上げた小和田氏が
国際紛争を扱う役職に就くことさえ反対してきたのに、
このような使われ方をすることを承知していたのか」(西尾幹二氏)
TV局の回答「(難しい役職名より)皇太子妃の父の方がわかりやすいですから」

女性セブン2009年7月16日号
皇太子妃雅子さま・妹・礼子さん宅頻繁ご訪問の理由−囁かれていた異変
礼子さんのマンションにSPが5〜6人いる日は住民が「あら、また…来てらっしゃるのね」と会話
両陛下のお留守中は皇太子さまが御璽を捺すことに。15日間、週に2日ほど。
雅子さまは今年に入り公務復帰の意欲もみられたが、外出を伴う公務は相変わらず負担
礼子さん宅に行くことで心のリフレッシュ。訪れる頻度は月に2度ほど。
以前は優美子さんがしょっちゅう仮御所に通ったが、今はオランダにいるので通えず
そのかわりに礼子さん宅に雅子さまが行ってるのでは
雅子さま付きの女官にどうかという話もあった礼子さんだから雅子さまも心安らぐのかもしれない。
最近は節子さんも帰国、江頭邸に住んでるので雅子さまはより心強いだろう。

女性自身2010年1月19日号 
実父「緊急手術」からの生還!
小和田恒氏はハーグにいることが多いが例年、夏休みや年末年始には帰国する。
昨年は帰国直後(12月中旬)に都内にある政治家などもよく利用している
有名大学病院に入院し手術を受けていた。12月23日は礼子さん一家が病院にお見舞いに。
病院から出てきた礼子さんの2人の子供は、サンタクロースとトナカイの手作りお面を頭につけていた。
入院中の恒さんの為に病室でクリスマス会が開かれたようだ。
皇太子ご一家は毎年クリスマス時期に恵比寿ガーデンプレイスのイルミネーションを見て、
礼子さん一家らとホテルのレストランで食事会をしているが、昨年は恒氏の入院と同じ頃に
この恒例行事のキャンセルが急遽発表された。
皇太子夫妻に近い人物によれば恒氏が受けたのは血流の流れをよくする「バイパス手術」
08年11月に、その年の夏ごろ恒が軽い脳梗塞で倒れていたと一部週刊誌が報じた。
都内の病院に入院し、夏は軽井沢の別荘で静養していた。
症状は軽く言語障害や麻痺などは残らなかったらしい。
恒氏が入院した大学病院は、血栓に関する治療が世界的に有名で、世界最高レベル。
雅子さまは江頭豊氏、寿々子さんが病気の時も警備などの問題で病院に見舞いに行けず、心を痛めていた。
行った時には手作りの菓子を持って行った。
雅子さまが成婚の時に恒氏が人気靴メーカーの「メフィスト」のシューズを贈ったのが印象深い。
皇太子の山歩きにつきあえと贈ったものだろう。
とにかく恒氏はいつも雅子さまを気にかけている。
東宮大夫に野村氏が抜擢されたのも恒氏の要望があったからだと聞いている。
雅子さまがオランダ静養中にはハーグの自宅に雅子さまを招いて寛がせた。(小和田家の知人)
手術から約10日後の12月28日に恒氏は退院した。

週刊文春2010年9月23日号
「始業式のあった日(中略)小和田ご夫妻とお昼をいっしょに召し上がりました。
恒氏が(中略)ハーグへ戻る前に『お目にかかっておきたい』とおっしゃっていたそうです。
愛子さまは、野球がお好きというお話をされていたみたいですね」(宮内庁関係者)

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