医師団見解 公表が遅れた理由


2010年
皇太子妃殿下のご病状に関する東宮職医師団の見解
平成22年2月5日
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/d-kenkai-h220205.html


【今週の御皇室】皇太子妃殿下の御病状に関する東宮職医師団の見解について
[桜H22/2/11]http://www.youtube.com/watch?v=gSW9ncAIIqo
(医師団見解概要省略)
今、概要をご説明しましたが、皆様はどのように受け止められたでしょうか。
妃殿下の病状が大きく改善されたことは、大変喜ばしいことです。
しかし、発表が2ヶ月延期した、確かに文章は長くなっていますが、
その内容については、例年とほとんど変わりがないように思います。
また、このように経済状況が大変厳しく、日々の生活、あるいは将来の生活に不安を抱く
国民が多くいる中で、理解が得られる発表でしょうか。
さらに、東宮職医師団が、何人のメンバーで、そしてどのような医師が
名前を連ねられているのか、これまで明らかにされていません。
また、質疑応答を伴います記者会見も一度も開かれていません。
皇太子妃殿下、次期皇后陛下という、代理のいないお立場なだけに、
この御病状に関しては、誤解や推測があってはならないと思います。そのためには、
質疑応答を伴う記者会見は必要ではないでしょうか。私は強くそのように感じています。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

雅子さま、「着実にご快復」 東宮職医師団が見解
2010年2月5日10時35分
雅子さまの病状について、東宮職医師団は5日、文書で見解を発表した。
「精神的に余裕が出てこられ、ストレスを感じ悩まれることがあっても、
比較的早く立ち直るようになっている」と分析。「着実にご快復に向かわれている」と評価している。
医師団は雅子さまが「過去に私的なお楽しみよりご公務などのお仕事を優先されて
こられたために、意識されないうちに心理的な閉塞感を強く感じられるようになった面が
ある」との見方を示し、発症当時は「精神的・身体的エネルギーが低下してお住まいから
出ることもできないほど深刻だった」とした。
そのうえで、現在は「5年半前とは較べられないほどによくなられた」と評価している。
さらに、1月の阪神大震災の追悼式典や、昨年の天皇陛下の即位20年、結婚50年の
祝賀行事といった重要行事への出席が、雅子さまにとって「心の力を取り戻すご体験に
なっている」との見方を示している。一方で、「なお体調には波があり、活動の準備に
大きな努力が必要だったり、後に疲れが出たりするなど、いろいろな活動を続けては
まだおできにならない状態」と指摘。
育児を中心にしたご家庭での役割や、友人との交流も心の健康にとって重要であり、
公務と私的活動の「適正な配分」を慎重に検討すべきだとの見方を示した。
医師団見解は雅子さまが2004年6月に「適応障害」を発症して以来、
毎年末に発表されてきたが、今年は2カ月遅れとなった。
この5年半を総覧する例年より詳細な内容になっている。
http://www.asahi.com/national/update/0205/TKY201002050128.html

雅子さま、なおご体調に波 宮内庁発表
2010.2.5 11:13
宮内庁は5日、病気療養中の皇太子妃雅子さまについて
「ご快復はずいぶん進んでいるが、なおご体調には波がある」とした上で、
「ご活動の幅をさらに大きく広げていただくまでには、さらなる時間が必要」とする東宮職医師団の見解を発表した。
野村一成東宮大夫が会見した。
見解では海外ご訪問について、公式訪問は負担が大きすぎるが、私的なご訪問は治療の面からも効果的だと指摘した。
長女の敬宮愛子さまとの関係については
「健やかに成長されていることが大きな喜びになっているようにお見受けします」とした。
さらに、「今後は十分に時間をかけながら、ライフワークにつながる可能性のあるご活動を
見つけることにも力を注いでいただきたい」とアドバイスを送っている。
医師団の見解は例年、雅子さまの誕生日の12月9日に合わせて発表されている。
だが、46歳を迎えられた昨年の誕生日は「見解の取りまとめに時間がかかっている」などとして、
東宮職が発表を繰り返し延期していた。
雅子さまは、40歳の誕生日を目前にした平成15年12月に帯状疱疹(ほうしん)で入院し、
翌春まですべての公務を休まれた。
16年7月には宮内庁が「一連のストレスが原因の適応障害によって
不安や抑鬱(よくうつ)気分が表れている」とする医師団見解を発表。
現在も「適応障害」の状態が続いているとして、カウンセリングや薬物治療を続けられている。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/100205/imp1002051114001-n1.htm

テレビ東京ニュースでは、
「治療には、私的な海外旅行や、友人との交流が必要」

雅子さまの活動拡大、時間必要 医師団が見解
2010/02/05 11:14 【共同通信】
宮内庁東宮職は5日、適応障害で療養を続ける皇太子妃雅子さまの病状についての東宮職医師団の見解を発表、
「治療に携わり始めた5年半前とは比べられないほど良くなられた」とする一方で、
「活動の幅をさらに大きく広げるまでには、さらなる時間が必要」との見方を示した。
見解は2004年以降毎年、雅子さまの誕生日の12月9日に合わせて発表していたが、
今回は「分かりやすくするため時間がかかる」として約2カ月遅れとなった。
雅子さまは03年12月に長期療養に入り、慶応大保健管理センターの大野裕教授らが
04年6月から治療に当たっている。
今回の見解は、雅子さまの体調にはなお波があるとしながらも、雅子さま自身の努力や
愛子さまとの触れ合いが大きな力になり「長い目で見ると、病状は大きく改善してきている」と評価した。
一方で「快復が進むにつれて公務への期待もより大きくなると考えられるが、
それが過分の負担にならないような配慮が必要」と指摘。
将来の海外訪問については「負担が少なく期間も長くない私的な訪問を
まず検討していただくことが望ましい」とした。
http://www.47news.jp/CN/201002/CN2010020501000250.html

雅子さま 病状は大きく改善 東宮職医師団が見解
2月5日11時24分配信 毎日新聞
宮内庁の野村一成・東宮大夫は5日、皇太子妃雅子さま(46)の体調についての東宮職医師団の見解を発表した。
適応障害としている雅子さまの病状については変化はなかった。
そのうえで、病状は大きく改善しているが
「ご活動の幅をさらに大きく広げていただくまでには、さらなる時間が必要」と指摘した。
見解では雅子さまの状態を「(東宮職医師団が最初に診断した)5年半前とは比べられないほどによくなられた」とし、
その背景に皇太子さまや愛子さまの存在を挙げた。
ストレスを感じることがあっても「比較的早く立ち直られる」という。ただ体調はなお波があり、
ひとつの活動の準備に大きな努力が必要であったり、いくつもの活動を続けられない状態だと指摘した。
その対応として、今後は活動が過分で負担にならないような配慮が必要で、
ライフワークとなる活動を見つけることが「大きな自信につながる」とした。
また海外訪問については、公式訪問は負担が大きすぎるとし、
期間が長くない私的な訪問を検討することが望ましいと記した。
雅子さまの療養は03年12月からで、7年目となった。
東宮職医師団は例年、雅子さまの誕生日の12月9日に合わせて見解を発表してきたが、
今回は「分かりやすく、これまでの経過を振り返るような内容にするため」
(野村東宮大夫)などの理由から、発表は約2カ月後にずれ込んだ。
◇この1年の公務は3回
雅子さまのこの1年の公務は、地方訪問は横浜市での式典や神戸市で1月17日にあった
阪神・淡路大震災15周年追悼式典への出席など計3回。
09年10月に静岡県の国民文化祭への出席も検討されたが、体調を考慮して取りやめた。
各分野の有識者らから話を聞く「ご進講」や国連大学での会議に数回出席しているが、
宮殿の講書始の儀、歌会始の儀は欠席した。
赤坂御用地内を清掃する勤労奉仕団への御会釈(ごえしゃく)は一度もない。
日常生活では、御用地内の散策をほぼ毎夕にしており、気分転換や体を動かすことに努めているようだ。
愛子さまが通う学習院初等科の運動会や文化祭などの行事には積極的に参加している。
また、愛子さまが入学した当初は毎朝、皇太子さまと一緒に御用地の門まで登校を見送っていたが、
最近は皇太子さま単独が多くなった。皇太子さまが地方公務の時には雅子さまが見送っているという。
【真鍋光之】


見解は例年、12月9日の雅子さまの誕生日に合わせて発表されてきた。
今回は雅子さまの了承を得るのに時間がかかったうえ、1月中旬に出席した
阪神大震災追悼式典の準備に雅子さまが「全力を集中していた」などの理由から、
結果的に発表が2カ月ずれ込んだと説明している。また、長期療養に入って6年、
現在の担当医が治療を始めて5年以上が経過したため、
これまでの治療経過や展望について包括的に説明する内容にしたという。
http://www.asahi.com/national/update/0205/TKY201002050128.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

女性自身2009年12月22日
「治療チーム」が崩壊−雅子さま、発表できなかった「深刻ご病状」!
12/4。定例会見の席上で雅子さまの誕生日文書は配布されなかった。
東宮大夫は雅子さまの病状について国民の理解が得られるように説明しなおし、
彼女の誕生日に間に合うように発表したい、と。
医師団がまとめた文書は東宮職のチェックを経て皇太子ご夫妻の了承を得るが、
今年は病状についてかなり突っ込んだ表現をしたらしく、雅子さまの同意を得られていないようだ。
大野氏は辞意を漏らしているという話も聞く。

週刊新潮2010年1月14日号
雅子妃ご静養7年目で医師団が病状会見をためらった訳
雅子妃は元日の新年祝賀の儀、2日の一般参賀とも一部のみ参加の予定だった。
一般参賀も当初「午前3回は出席、午後の2回は未定」とされていたが
「9時頃報道陣に配布された当日のお召し物の資料に関しては種類や色の一覧なのですが、
雅子さまだけが書かれていなかったのです」
直前に雅子妃の部分だけ追加した資料が配られたが
「当日の朝までお召し物が決められないほどご体調が悪いのか、
それとも東宮職との意思疎通が図れていないのか。女性皇族が多く出席される場では、
他の方と服のお色が重ならないよう配慮が必要。まず皇后陛下が決められ、
他の方はそれ以外を選んでいくのですが、雅子さまのお召し物がわからなければ、
他の女性方も大変悩まれたことでしょう」(宮内庁関係者)
医師団の発表は、年末から延び延びになったままである
担当医師団による「見解」発表は新年祝賀行事が終わる1月中旬以降の見通し。
実際はすでに「案」が出来上がっているものの、雅子妃から“ダメ出し”。
「病状の公表には患者である雅子の許可が必要だが、医師がかなり具体的な草稿を作って
確認を願ったところストップとなり、いまも医師との間ですり合わせが続いている。」(前出関係者)
元日は、まず両陛下に対して皇族方が順番にご挨拶。
続いて三権の長らの祝賀を受ける段で、雅子さまは昨年と同じく席を外された。
「ベランダには『皆勤』」
「一回数分ほどで間に休憩が入る一般参賀でも当日まで出欠がわからない
状況では講書始の儀や歌会始の儀など長時間の儀式への出席はまだ難しいのでは?」(松崎氏)

週刊現代2010年1月23日
雅子妃自身が納得せず「病状会見」3度延期の波紋
25日の見解発表を再々度延期する旨が発表されると、記者団はあきらめにも似た気持ちに。
昨年の見解は「(中略)雅子さま自身も予想しない体調の波がある」だったが、
今年はもう少し 詳細な見解を考えていた。
しかしその記述が雅子さまが公表を躊躇する内容が含まれていたらしい。
「深夜に携帯で緊密に連絡を取り合う」とされる主治医の大野氏と雅子さまとの間に微妙な行き違いが生じているのか。

週刊女性2010年2月9日
雅子さまは神戸の1/17の式典中、何度か涙をぬぐうようなしぐさを見せた。
昨年から体調は良くなっていると聞いていたので式典出席は良かったと思う。
正直懇談が出来るかどうかどうかは不安だったが。(元東宮関係者)
皇族があの場面で涙を見せることはまず無いが、国民と共に歩む姿という意味ではよかった。
感情が先走ってしまうということ(まだ回復しきっていない)だろう(小田晋氏)
1/22の会見でも見解は発表されなかった。
雅子さんが見解作成に関わっていることについて噛みついた記者もいたが東宮大夫の返事はなかった。
浮上してきたのが「適応障害ではなく病名を見直しているのではないか」
この場合考えられるのが「抑うつ性障害」ではないか(小田氏)


女性自身2010年2月16日号
雅子さま・ついに決断された「ご病状の発表」と「悩める6年間との訣別」!
当初、皇太子さまと東宮職員2名の出席と聞いていたが、
東宮御所に着くと「今日は雅子さまも出席する」と聞かされて驚いた。(27日に進講した小田英郎氏)
雅子さまは当日に出席を決めた。
約1時間の進講だったが、ご夫妻はノートを取ったりときおり頷いたり熱心だった。
この日を含めて4日間の連続公務出席は回復への確かな証し。(松崎敏哉氏)
1/22の定例会見で「雅子さまも早く出さなければいけないとは思っているそうだが…」
とした野村東宮大夫は、2/5迄に見解を出すことを明らかにした。

アエラ2010年2月15日号
雅子さま7年目の「闘病記」−医師団に託したワーク・ライフ・バランス
節目の年ということでわかりやすい見解文を出すように提案したのは大野医師。
発表が遅れたのは雅子さまの了解が得られなかったため。
過去を振り返ることは雅子さまにとっては苦しく勇気が必要だったようだ。(関係者)
記者からバランスを取るとはどういうことかと質問された野村東宮大夫は
「外からいろいろ要求されても答えきれない、という意味ではないか」(大意)
雅子さまはずいぶん回復して元気そうだが、頑張りすぎるためか疲れが出ることもあるようだ(雅子さまに近い関係者)
(見解について)例年に比べれば長文だが、要約すれば「着実に快復している」としながらも
引き続き治療が必要な状況」という例年のものと変わらない。
宮内記者会の会見〜記者「どれだけ待てばいいのかがわからない」
野村東宮大夫「具体的な数字を出してというのは言いづらい」
また、記者「今後の活動の適正な配分とはどういうことか」
野村東宮大夫「快復が進まれるにつれていろいろ要請があっても
過分にならないようにとのメッセージなのでしょう」
見解は「私的部分」に重きが置かれている印象は否めない。
過去に高級フランス料理店などへの「私的外出」が増えたことに批判的報道がなされたが、
今回の見解が新たな波紋を広げる可能性はないのだろうか。
東宮職医師団とはおもに慶応大学保健管理センター教授で精神科医の大野裕医師。
過去に宮内記者会が「病状に関して説明責任を果たすべきではないか」と大野医師に
記者会見を強く求めていたが、実現はしていない。
野村東宮大夫が定例会見で「妃殿下のご了承を得る必要がある」
大野医師の単なる見解ではなく、雅子さまが納得した言葉、つまり雅子さまの肉声により近い形であると推測できる。

女性自身2010年2月23日号
2/5の10時頃から見解文が配布され、野村東宮大夫は雅子さまの了解が
なかなか得られなかったことなどを約40分、質問に答えた。
見解の大まかな説明の後、愛子さまとの関わりを大事にしていることを強調。
うつ病ではなく適応障害であることを知らせたかったのだろう。
両者はよく似ているが環境が原因なのが適応障害(精神科医)
今後雅子さまの体調が良くなるにつれて私的外出が増えてくるだろう。
私的なことが出来ても公務が出来ないことを誤解されないために今回の見解は必要だったのでは(元宮内庁関係者)
宮内庁ホームページに掲載されるのもバッシングを避け理解を求めるためではないか。
雅子さまの散策と私の散策は全く趣が違い、(雅子さまのは)まるで競歩のようで全く私が付いていけない(野村大夫)

週刊女性2010年2月23日号
「病状見解」で敢えて触れた雅子さま決意の「タフネス外交」
最初に見解を書いたのは大野医師。長く治療に当たっている大野医師が書いた文書だが、
それでも雅子さまには過去を振り返ることは苦しくつらいものがあったのだろう。
治療開始当初大野氏は頻繁に東宮御所を訪問していたが、
最近は回数も減り主に電話でのカウンセリングになっている。
一般論としては成果は上がっていないのではないか。しかし闘病が長引いているにもかかわらず
「主治医を交代して欲しい」などと言わないのは雅子さまの意志の強さ。
特筆すべきは私的海外訪問について触れたこと。
外務省職員時代の雅子さまは「タフネス・まーちゃん」と呼ばれていた。
雅子さまが適応障害になってしまったのは皇室外交をしたいのに出来なかったため。
今後私的海外旅行の質・回数を増やしていくことで皇室の求める外交と折り合いが
付けられるようになるのがベストではないか。
現実問題として一国の皇太子妃が外国を訪問するのは受け入れ先にも負担が大きいため
ライフワークや育児などで(生き甲斐を)見つけていくことになるのではないか。(大学教授)

週刊文春2010年2月18日
「医師団発表」ではわからない雅子妃のジレンマ 友納尚子
例年雅子妃の誕生日に公表される医師団見解が今年はずれ込んだ理由について
「わかりやすいように」「雅子妃の了解が得られない」から。
見解の草案から「雅子妃が削除した部分もあったようだ」が例年の4倍近いボリュームで発表された。
2ヶ月余りも遅れた本当の理由について東宮大夫は「過去を振り返ることは辛いことだからだろう」
去年は両陛下のご即位20年・ご成婚50年の節目に当たり、記念式典・ご内宴・一般参賀等々行事が続いた。
雅子妃は資料をじっくり読み込むなど準備に時間を掛ける。
また、その行事のために体調を整えている時に(見解のために過去を振り返り)
体調を崩しては申し訳ないという気持ちから草案に目を通すのが遅れたのだろう(宮内庁関係者)

テーミス2010年3月号
見解文は雅子妃が入念に原稿をチェックしただけでなく、「小和田家の意向も強く反映されている」
「医師団の見解を実践するのは極めて難しい。東宮職医師団の見解が2ヶ月遅れでようやく発表。
全体を通して強調しているのは「安心してご活動いただける環境」作り。
「人目に気を遣わずお出ましになれるよう…」報道陣に要請。
「負担軽減のため仕事の効率化」東宮職に注文。
私的部分の重要性と必要性も長々と訴える。
皇室関係者「私的外出や海外が治療の一環とする見解は「本末転倒」の危険性あり。