悠仁親王殿下のご成長2


悠仁親王殿下のご成長1


アエラ2009年11月?日号
悠仁さま入園について
複数の幼稚園の名前があがり、その中から通えるかどうかの地理的条件や、
他の子どもの入学を阻害しないなどの点を勘案して絞られていったようだ。
長原園長(お茶附)は悠仁さまについて、
「特別扱いはしません。保育も、ふつうの保育です」と言い切る。
(上野動物園で「これはどうやって持ちますか」「おはよう、ございます」と言ったとの話で)
あいさつに感心したのはもちろんだが、3歳で、こんなにきちんとした「文章」を話すのか、という驚きだった。
その2ヶ月ほど前。悠仁さまの誕生日を前に、「最近のご様子」の説明があった。
「これは何でしょう」
「これはどうするものですか」
「これは水やりをしますか」
そんな悠仁さまの言葉遣いやエピソードを紹介する宮内庁の担当官に対し、
3歳児が本当にそんな 言葉遣いをするだろうか、という素朴な疑問の声が出た。
周囲の大人か宮内庁の人間が丁寧に書き換えているのではないかと。
だが、宮家に確認した結果、言葉遣いは、その通りだった。
波多野院長
「学習院幼稚園は費用も高い分、教育に対する費用も惜しまない人たちが集まっているともいえます。
それを特殊な人たちだといわれればそうでしょうが、だからこそ希望する人もいる。
そこを、普通の子どもと触れ合いたいのだと言われればどうしようもありません。」 


週刊女性2010年5月10日・18日合併号
悠仁さまは「将来天皇になる方」ということで警備はそれなりのよう。22日は紀子さまと乗用車で登校。
車は門に横付け、その後ろには護衛車が一台ついている。
幼稚園側もセキュリティを厳しくしており、これまではブザーを押して門をあけてもらうオートロック方式をICカード提示後解錠に変更。先生もカードを差し込まないと中に入れない。
朝の登校時は車の中で紀子さまと楽しげにおしゃべり。
帰りには、その日作った切り紙細工を、「見て見て!」と紀子さまにアピール。

週刊文春2010年8月12日・19日号
▼悠仁さまは幼稚園で何をされている?
「お友達の輪の中に入れないという報道もあったが、お友達とも仲良く遊んでいます。
手洗いやうがい、道具を使う順番などもきちんと守られています」(皇室ジャーナリスト・高清水氏)
お茶の水女子大学附属幼稚園での保育は九時半から十一時まで。
「お友達が『悠ちゃーん』と声をかけると、紀子さまの手を引っ張るように
そっちに駆け寄っていかれます(笑)」(同園関係者)
お茶の水幼稚園は自由保育のメッカとして知られ、外で遊ぶのも中で遊ぶのも各園児の自由だという。
「悠仁さまは、同園にある小さなお山がお好きと聞きました。お友達と一緒に登っているようです」(同園)
御所では毎日虫探しにお出かけだという。
「さすが秋篠宮殿下のお子様だけあって、虫を全く怖がらないんです。
この夏もカマキリやてんとう虫を洋服の袖にのせられて(笑)家庭菜園での水やりは
悠仁さまの日課で大切な仕事。収穫を楽しみにされています」(高清水氏)
▼狙われた悠仁さま、その時紀子さまは?
一方お茶の水幼稚園周辺はピリピリムード。
悠仁さまの姿を一目見ようとした住民の脇に
ピタリと二人の警官が立つ物々しさ。「ある週刊誌が隣のビルの屋上から悠仁さまの姿を撮影したらしい。
そのせいかは分からないが、紀子さまが大変憂慮されて、警備を強化するよう要望されたそう」(警察関係者)

女性自身2010年9月21日号
悠仁さま 3歳の夏に体験させた 那須“一人旅”と4時間歩いた山登り!
7月下旬、那須御用邸を訪れた秋篠宮ご夫妻と悠仁さま。御用邸には天皇皇后両陛下が滞在されていた。
「この日、ご公務があった秋篠宮ご夫妻は、
先に悠仁さまだけを車で両陛下のもとへ行かせて、後から那須に向かわれました。
まだ3歳の悠仁さまを、お一人で片道3時間、初めての“一人旅”をさせたのです。
もちろん宮家の職員もお供したのでしょうが、紀子さまが悠仁さまに
一人でもお出かけ出来るような体験をさせたかったのでしょうね」(宮内庁関係者)
「両陛下と同じ時間を過ごすことが、皇族として大切なこと。
ご静養先などは、両陛下と長い時間ご一緒できる絶好の機会」(皇室ジャーナリスト・松崎氏)
悠仁さまは、8/27にも陛下、秋篠宮ご夫妻、眞子さまとともに、
群馬県にある標高1667メートルの石尊山に登られた。
「石尊山は、天皇ご一家が初めて一家揃って登山された思い出の山」(宮内庁担当記者)
「秋篠宮ご夫妻は悠仁さまに“歩くべきところは歩かせ、
どうしてもだめな時だけ抱っこする”というお気持ちで登られたそうです。
登山口から山頂まで約2時間のコース。頂上ではお弁当をひろげ、約4時間の登山を楽しまれました。
紀子さまも、“可愛い子には旅をさせる”というお気持ちで、スパルタ教育をしているのでは。
秋篠宮家の育児は、秋篠宮様ご本人が受けた育児を、紀子さまが全面的に賛成して
実践されています」(前出・宮内庁担当記者)
8月中旬、那須御用邸を訪れていた秋篠宮ご一家。
地元住人が、紀子さまと悠仁さまの虫捕りの姿を目撃していた。
「)紀子さまは悠仁さまと手をおつなぎになり、森の中へ。お二人の後から、
虫捕り網を2本持ったお付きの人が続いて入ってきた」
「秋篠宮ご夫妻は、自然との触れ合いを大切にされている。大自然の中で虫捕りを体験させることで、
東京では味わえない夏を満喫されたことと思います」(前出・松崎氏)
秋篠宮家では赤坂御用地内の庭で野菜を栽培されている。
悠仁さまは、1歳のころから水やりや収穫を自ら進んでお手伝いされている。
「紀子さまは、お子さま方が口にするものは、なるべく手作りのものをと
離乳食のころから心がけていらっしゃいます。
秋篠宮家の食卓は、季節感や旬のものへのこだわりが感じられる。
家庭菜園で取れたお野菜も、食卓やお子さま方のお弁当に彩りを添えているそうです」
(皇室ジャーナリスト・高清水氏)
「悠仁さまは、美智子さまから2歳のお誕生日に贈られた木製の汽車を大切にされています。
これは、特別支援学校『旭出学園』で制作されたもの。
また、佳子さまはフェルトの切れ端でおもちゃを作ってさしあげたりもしています。
物を無駄にしない紀子さまの“エコ”の考えが表れています」(前出・宮内庁担当記者)
秋篠宮家では幼児語ではなく、丁寧な言葉づかいを徹底している。
「石尊山で、悠仁さまは行き交う登山者に『ごきげんよう』と挨拶されていたそうです。
秋篠宮家では常日頃からご家族で挨拶を実践され、
お手本を悠仁さまにお見せになっているので、自然に出た言葉だったようです」(前出・高清水氏)
沖縄から本土へ向かう学童疎開船・対馬丸が沈んで今年で65年。
秋篠宮ご夫妻は8/16、『学童疎開船メモリアルウイーク』に出席。
「研究報告をしていた女の子が感極まって泣き出し、紀子さまは帰り際、
その女の子に『先ほどはよくできましたね』と慰めの言葉をおかけになった。
対馬丸の悲劇に関しては、美智子さまも関心が高いのです。
紀子さまも、悠仁さまに絵本を読み聞かせることで、
悲惨な戦争体験を語り継いでいることでしょう」(前出・松崎氏)
美智子さまから秋篠宮家へと、皇室の教育方針は継承されているようだ。
悠仁さまのご成長には、紀子さまの並々ならぬ奮闘がある…



週刊女性2011年8月16日
悠仁さま 4歳の節電 =@
秋篠宮ご一家は「エコ」もご熱心!
「もともと秋篠宮ご一家は、エコロジーに対する意識を高くお持ちですが、
 東日本大震災以来、例年以上に節電や節水に気を遣われているようです」
皇室ジャーナリストの高清水有子さんが、ご一家の生活ぶりをそう明かしながら続ける。
「9月29日にご夫妻のご結婚記念日のお祝い記帳に宮邸にうかがったところ、
日中は太陽光を取り入れて対応しているとのことで、玄関は暗かったです。
3人のお子様たちも、そういった取り組みについては理解されているのではないでしょうか」
3月11日の震災以来、被災者への支援を積極的に行われている秋篠宮ご一家。
ご夫妻で、東京、新潟、群馬の避難所や青森、岩手、福島、宮城の被災地を訪問されているのはもちろん
長女の眞子さま(国際基督教大学2年)と次女の佳子さま(学習院女子高等科2年)は、
ご夫妻が受けられる震災に関する専門家の説明にも同席されている。
しかも、長男の悠仁さまは、まだお小さいのに黙祷にも参加された。
今春、お茶の水女子大附属幼稚園の年中さんになった悠仁さまのスクスク成長ぶりを、高清水さんが話す。
「年中のクラスになられてからは、火曜日と木曜日の週に2回お弁当の日があるそうで、
お母さまの紀子さまが手作りのお弁当を作るように 心がけていらっしゃいます」
しかし紀子さまも4月以降は被災者へのお見舞いの機会も増えている。
「被災地ご慰問の日は悠仁さまも、いつもとは違う日だと理解をされているようで、
ご一緒に頑張っているお気持ちがあるかもしれません」(高清水さん)
悠仁さまなりのお気遣い≠竍我慢≠されているのだろう。
ある宮内庁関係者が感銘を受けたというエピソードを紹介する。
「震災前の去年の末ごろですが、悠仁さまが紀子さまとともに皇居にある厩舎に
馬を見に行かれたときのことです。厩舎内の施設から出られるときに、
電気は消さなくてもいいのですか?≠ニ丁寧な言葉遣いでおっしゃったそうです。
まだ4歳なのに、非常に利発なお子さんだなと思いましたし、
普段から環境問題に気をつけていらっしゃる秋篠宮ご夫妻の教育やしつけの賜物だと思いました」
秋篠宮家を知る関係者も次のような逸話を披露してくれた。
「6月の終わりごろですが、悠仁さまがお母さまとご一緒に、皇居にビワ狩りにいらしたそうです。
お母さま〜≠ニ甘えていたそうです。明治のころから毎年6月に千葉県安房で栽培されている
『安房ビワ』が天皇・皇后両陛下に献上されているのですが、そのおすそ分けを受けられた
悠仁さまが、ビワに興味を持たれて、ビワ狩りにいらしたのだと思います」
6月の末ごろは、被災地の宮城県を訪問されるなど、ご多忙だったご夫妻。
その合間をぬって、 自然に親しむためのピクニックだったのだろう。
「ご両親が泊まりがけのご公務に行かれるときの悠仁さまのお世話は、
眞子さまと佳子さまがよくされているようです。夏休みに入れば、被災地の訪問など、
それぞれ大学生、高校生としてできることをされる可能性はあると思います」(高清水さん)
今週、佳子さまは福島で開かれる『全国高等学校総合文化祭』に出席される予定で、
被災者と交流される可能性も。眞子さまも大学がキリスト教系で被災者支援などには熱心なので、
ご公務としてではなく、ボランティアや課外活動という形でのご活動があるかもしれない。

サンデー毎日2011年9月18日号
秋篠宮ご夫妻、ダンゴ虫帝王学と「多忙な秋」
この夏皇太子一家は3週間の静養。7、8月は皇族の公務は少ないが、秋篠宮両殿下はほぼ連日の公務。
皇族の中でもっともハードな公務をこなしているのは
「三笠宮両殿下、常陸宮殿下はご高齢、寛仁親王殿下は入退院を繰り返し、
桂宮殿下は車いす使用、そう考えると両殿下そろって活動できるのは秋篠宮だけ」(山下晋司氏)
8月23日、秋篠宮殿下と眞子様は那須御用邸へ。翌日帰京。「眞子様と二人だけというのは予想外。
公表されていないのは急な決定だったからか」(山下氏)
皇太子家がおもに使う付属邸から約200メートル離れた供奉員宿舎を使用する秋篠宮殿下は
久しぶりに兄弟の時間を過ごすことができたのか。
「会っていない。同じ御用地内にもかかわらず両家の交流はほとんど無いので特に不思議ではない」(宮内庁関係者)
通例は秋篠宮家側からご挨拶のお伺いが立てられるが、皇太子一家とのスケジュールが合わなかったようだ。
お茶の水女子大附属幼稚園年中組の悠仁様。両殿下は運動会での体操、
バザーではご夫婦で縫い物を出品など、園の行事に積極参加。
悠仁様は何より虫が大好き。夏休み前のある日、幼稚園の帰り際のこと。
幼保一元化について女子学生と話し込む紀子妃殿下の手に、花壇で見つけたダンゴムシを乗せる悠仁様。
声を上げて驚く女子学生に「私は大きな蛇も触れる。ダンゴムシはいい土を作ってくれる大切な虫」と微笑む。
今年3月に着袴の儀が予定されていたが震災のため延期。9月の誕生日が過ぎてから。
急ピッチで進む眞子様の成年式の準備があることも多忙さに拍車を掛ける。
秋篠宮家は比較的短期間で側近職員が交代し、手薄な状態だが、
妃殿下のお母さまが時折手伝いに来ているそうなので心強いだろう。(前出・皇室ジャーナリスト)

AERA2012年5月28日号
お茶の水女子大学附属幼稚園に在園中
悠仁さま「学習院選ばない」
幼稚園の「年長さん」になった秋篠宮家の長男悠仁さま。その進学先が注目を集めている。
皇族といえば学習院だが、別の道に進まれる可能性も出てきた。
4月7日、悠仁さま(5)は、秋篠宮さま、紀子さまに連れられて、千葉県の鴨川シーワールドを訪れた。
カメがお好きなようで、房総半島沖を再現した水槽ではウミガメを見て、「どのくらいの大きさですか」
と尋ね、
「ゆうゆうより大きいよ」と秋篠宮さまが答えると、熱心に観察していたという。
「小さいのに、主語、述語がきちんとしていてテキパキと話されます。今はどんなものにでも
『どのくらいの大きさですか』とお聞きになるそうですよ。いろんな言葉を口にされるので、
取材していてもほほえましい感じでした」(宮内庁担当記者)
■お友だちとけんかも
房総半島は、秋篠宮さまも4歳のときに天皇、皇后両陛下と共に訪ねた思い出の場所だ。
眞子さま、佳子さまもそれぞれ4歳の時に訪ねており、悠仁さまも本来は4歳だった昨年、
旅行するはずだった。それが震災でとりやめになり、今年になったという。
ご一家はその後、アクアラインで東京湾をわたり、葉山でご静養中の天皇、皇后両陛下のもとへ向かった。
天皇陛下は、静養のたびに悠仁さまを招かれ、葉山でともに過ごす時間をとても大切にしていらっしゃるという。
心臓が悪くなる前は、昭和天皇が愛した和船を自らこぎ、悠仁さまを乗せることもあった。
それとなく、帝王学を授けているのかもしれない。
悠仁さまは、皇太子さま、秋篠宮さまに次いで現在、皇位継承順位第3位。皇太子家に男児が生まれるか、
女性天皇の議論が再燃しない限り、未来の天皇となることが約束されている。
今回のような水族館や動物園への訪問などは時折報じられるが、皇太子妃雅子さまとのお出かけや学校行事が
たびたび話題になる愛子さまに比べ、その日常生活は伝わってこない。
現在は、東京都文京区のお茶の水女子大学附属幼稚園に通っている。幼稚園での呼び名は「悠仁くん」。
悠仁さまの日常を知る関係者は言う。
「とっても元気な、はつらつとした男の子です」
言い方をかえると、「ちょっとわんぱく坊や」らしい。
「幼稚園では、お友だちとけんかをされることもあります。とはいえ、それはその年齢なら自然なこと。
普通の子どもと同じように、のびのび生活している様子を周囲は温かく見守っています」(同関係者)
■「お茶の水」選択に満足
別の関係者も言う。
「紀子さまも他の園児の親と同じように普通に学校生活に関わっており、教育熱心でとても評判がいい」
秋篠宮家と親しい関係者によると、秋篠宮ご夫妻は、同級生の親たちや幼稚園の協力でプライバシーが守られ、
落ち着いて教育を受けられることをとても喜んでおり、ご自分たちの選択に満足しているという。
実は、悠仁さまが学習院ではなくお茶の水を選んだことはちょっとした事件だった。
戦前は、特別な事情がない限り皇族は学習院か女子学習院に通うと法律で定められていた。
戦後はこうした法律はなくなり、自由に教育を受けられるようになった。
紀宮さま(黒田清子さん)は幼稚園から大学まで学習院だが、いずれ嫁いで皇籍を離れることを意識した
両陛下の教育方針で、学習院幼稚園に通う前に1年間だけ別の私立幼稚園に通った。
高円宮家の3姉妹は3年間、松濤幼稚園に通った。
■愛子さまをめぐる問題
一方、男性皇族が学習院以外の学校に通うのは、まだまだ異例のことだ。皇太子さまも秋篠宮さまも、
幼稚園から学習院。私立より月謝が格段に安く、より幅広い家庭の子弟が集まる国立幼稚園に通う
男性皇族は悠仁さまが初めてだ。秋篠宮ご夫妻は早くから「できるだけ同世代の子どもとの
ふれあいを増やしたい」 と二年制の学習院ではなく、三年一貫保育を行う幼稚園への入園を希望されていた。
お茶の水女子大付属幼稚園は、1876年、日本初の官立幼稚園「東京女子師範学校附属幼稚園」として
開園した名門幼稚園だ。1学年は40〜60人。普通は二度の抽選や「行動観察」のテストなどを経て入園が決まる。
悠仁さまは、紀子さまがお茶の水女子大で研究生活を送っており、
「同大で働く女性研究者の子ども」として特別就学制度の適用を受け、入園した。
来春、同幼稚園の同級生のほとんどがお茶の水女子大附属小学校に進学する。皇族が小学校教育を
学習院以外で受けた先例はないし、前述の女性皇族に関しても小学校からは全員、学習院初等科に通っているのだが、
「すっかりなじんでいるお茶の水にそのまま進学したほうがよいのではないか」という声が上がっているのだという。
関係者は、「学習院を選ばない」最大の理由は、愛子さまの登校をめぐる問題だ、と明かす。
■皇太子家と学習院
愛子さまは2年生の終わりごろ、学校に行くのが難しい状態になった。皇太子さまと雅子さまが代わる代わる
手をひいて学校に通い、今年になってやっと1人で学校生活を送れるようになったが、一連の経緯をめぐって、
皇太子家と学習院の間には深い溝が生まれた。
皇太子のお世話をする宮内庁東宮職が、学習院側と十分なやりとりをしないまま、学校生活に問題が起きていると
記者会見したのが始まりだった。その後、雅子さまは連日、授業に付き添うようになり、これに対する
「ほかの父母からの批判」が週刊誌をにぎわすようになった。
極めつきは、山中湖への「校外学習お付き添い騒動」だ。
非難の声が報じられたが、雅子さまは、事前に学習院と相談していたにもかかわらず、
こうした報道があったことに深く傷つき、不信感を抱いたという。
また皇太子ご夫妻は運動会や学園祭などの学校行事のたびに、写真が流出することにも、疑問をもっているという。
愛子さまは来年6年生になる。悠仁さまが1年生に入学すると、運動会などにはお二人がそろって参加することになり、
皇太子家と学習院のぎくしゃくした関係に悠仁さまが巻き込まれるのではないか、と周囲が心配するのも無理はない。
しかも、大学教育まで含めてみれば、皇族の学習院離れはすでに始まっている。初等科に愛子さま、
女子高等科に佳子さまが在籍しているものの、現在、学習院大、学習院女子大は皇族がゼロの状況だ。

週刊新潮2012年5月31日号
お魚にもご挨拶する「悠仁親王」−未来のお世継ぎ候補!
秋篠宮家の創設以来、取材を重ねている高清水氏は、そうした環境で育まれた悠仁さまのご成長を
目の当たりにしてきたという。
「秋篠宮家では、人に会ったり何かして貰ったりした時には、きちんと『ごきげんよう』『ありがとう』と
ご挨拶することが、日頃からごく当たり前になっているので、
悠仁さまは家の外の人にも、屈託なくご挨拶なさいます」また周りのご家族と同じく、
悠仁さまもまた、生き物が大層お好きであり、こうしたことから、
おのずと慈しみの心が涵養されていったという。
「宮邸の水槽では珍しい魚や、アズマニシキやオランダシシガシラといった立派な金魚まで飼育されていて、[それらの魚や庭の草花にまで、3人のお子様方が小さい頃には
『おはよう』『おやすみなさい』と話しかけてらしたのです。
悠仁さまは動物園や水族館でも、生き物を見れば『こんにちは』と挨拶されているくらいです」
実際に4月7日、ご両親とともに鴨川シーワールドを訪問された悠仁さまは、ウミガメを前に
「どのくらいの大きさですか」などとご質問。秋篠宮さまが「ゆうゆう(ご家庭での愛称)より大きいよ」と
お応えになる一幕もあり、この時もやはり手渡された子ガメに「こんにちは」と話しかけられたという。
魚や草花にまでとなれば、ご挨拶がいささか丁寧に過ぎる感がなきにしもあらずだが、
ともかくも妃の長期療養という“宿題”を10年近くも抱えている東宮家に比して、来年は小学校に入学される
「お世継ぎ候補」を擁する筆頭宮家は、目下のところ順風満帆のようである。

週刊朝日2012年9月21日号
“生き物大好き”悠仁さま6歳に
進路巡り交錯する“思惑”「脱・学習院」で目指せ東大!?
9月6日午後3時半過ぎ、両陛下に誕生日の挨拶のため、紀子様と悠仁様が車で皇居に
「最近は随分しっかりし、周囲の状況をわきまえた会話や行動ができるようになった。
末っ子ですが、幼稚園では年長さんとして下の子の面倒を見るなど、
お兄さんとしての自覚も出てきたようです」(皇室ジャーナリスト)
夏休みも旅行に公務にと充実した日々を過ごす。
7月19日、北海道・東京農大で講義の秋篠宮に、紀子様と同行、動物園やアイヌの施設へ
阿寒湖では虫捕りを楽しみ、トンボを捕まえた悠仁様に案内の人間が「オニヤンマですよ」と説明すると、
「おじさん違います。トンボ目オニヤンマ科ですよ」と大まじめに訂正する場面も
7月23日、ブラジルの日本語学校にかよう子供たちとの交流会にも眞子様・佳子様とともにご出席。
公務デビューを果たす
8月には紀子様・眞子様と軽井沢へ
9月4日に2学期が始まり元気に登園
(悠仁様は)将来は天皇となるだけに、進学先等を巡って水面下での綱引きが
「学習院としては何が何でも悠仁様に来ていただきたいようで、巻き返しに懸命な様子」(秋篠宮ご夫妻の知人)
お茶の水付属の小学校に入学すれば、高校から女子のみになるので高校受験となる
秋篠宮家と関係のある人達の中には、悠仁様の利発そうなご様子を見て
「どうせなら名門日比谷高校から東大を目指していただきたい」と冗談交じりに言う人も
一方愛子様もこの夏は元気な姿を見せた
「8月は英語セミナー、須崎御用邸で水泳の特訓、9月初めまで那須御用邸に滞在、
仲のよい男児やその家族と交流された」前出・皇室ジャーナリスト
8月20日ファミリー牧場、22日リゾートホテルで愛子様の友達と昼食(2時半に変える予定が4時に)
「24日南月山登山、雅子妃は当日参加取りやめ、男児とその家族も同行。
愛子様お気に入りの“ボーイフレンド”」地元住民
「2年、3年前にも那須岳の登山に同行したが、当時の愛子様は話しかけても黙ったまま、
今年は返事や挨拶もはきはき」登山の案内役
(永井貴子記者)

週刊朝日2012年10月5日号 
平成皇室12の証言 私がグッときたあの時この名場面
生き物が大好きな悠仁さまは「僕もサルと一緒に遊びたい」
上野動物園は「恩賜」と冠がつくとおり、1886(明治19)年から1924(大正13)年まで宮内庁の所管にありました。
そのご縁もあり、いまの天皇陛下や皇太子さま、秋篠宮さまも幼いころから何度も遊びにいらしています。
秋篠宮家の悠仁さまも、私が園長を退任する昨年7月までに、5回はいらしています。
この間にずいぶん成長なさったなあと、しみじみと感じますね。
上野動物園デビューは、1歳を迎えたばかりの2007年秋でした。悠仁さまは乳母車に乗せられると
動物が見えなくて怒りだすので、殿下や紀子さまが抱っこしてキリンやゾウを見せていました。
2歳の春にいらしたときは、大きな動物を見つけると、すべて「ウマ」と呼んでいました。
どうしてだろうなと思っていたら、秋篠宮さまが、
「悠仁には、しょっちゅう皇居の馬を見せに連れていっているんだよ」と理由を教えてくださいました。
3歳になるとずいぶん、動物の扱いにも慣れてきましたね。
この年の秋には、小さな動物に触ることができる園内の「子ども動物園」にいらしたんです。
最初は怖がっていましたが、すぐに慣れて担当の職員に、「どうやって持ちますか」なんて尋ねながら、
ひざの上にウサギをのせて優しくなでたり、ハツカネズミにサツマイモをあげたりしていました。
ウサギやモルモットの抱っこが楽しかったようで、ヤギやヒツジも「抱っこする」と
ご自分よりも大きい動物の体にしがみついて離れないので、僕らはハラハラしましたよ。
その後は、紀子さまと2回ほど来園されました。いずれも、紀子さまは当日の朝に電話をかけていらして
こうおっしゃるんです。「今日、そちらに遊びにいっていいですか」
また、いつだったか悠仁さまが、「サル山に入って僕も一緒に遊びたい。餌をあげたい」
と言って駄々をこねたこともありましたね。紀子さまが、「ここは入れないのよ」と優しく説明して
なんとかおとなしくなりましたが、子どもはみんな好奇心が旺盛ですよね。
可愛らしかったのは、トラを見たいと言いだしたときです。
トラの放餌場まで歩きながら、紀子さまの手をしっかりと握って、「とーら。とーら」と歌っていた。
なのに、放餌場に到着すると本物よりそばにある置物のトラが気に入ったようで、そちらによじ登るのです。
危ないからと紀子さまが手を貸そうとすると、「自分でやる」と払いのけていました。
最後はトラの背中にまたがって、ニッコリと満足そうな笑顔を浮かべていました。
悠仁さまはお会いするたびに成長のあとが見えます。来年はいよいよ小学校に入りますが、
小学生になっても遊びにいらしてほしいですね。
小宮輝幸 こみや・てるゆき 1947年生まれ。前上野動物園長。
2009年には秋篠宮さまとの共著である『日本の家畜・家禽』を執筆した。

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