皇后陛下のお誕生日に水を差す

2006年

皇后陛下お誕生日に際し(平成18年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h18sk.html

悠仁親王殿下誕生について
私が秋篠宮妃を「気丈」と評したのは本当?と、最近よく尋ねられるのですが、
もし私がそう思い、周囲の人にも洩(も)らしたとすれば、
それは懐妊の報せを受けた時ではなく、この前置胎盤と、それに伴う帝王切開のことを、
宮妃が穏やかに、むしろのんびりとした口調で
電話で伝えてきた時のことであったと思います。

皇太子ご一家について
東宮妃の公務復帰については,専門医の診断を仰ぎながら,
妃自身が一番安心できる時を待って行われることが大切だと思います。
あせることなく,しかし,その日が必ず来ることに希望をもって,東宮妃も,また東宮も,それまでの日々,
自分を大切にして過ごしてほしいと祈っています。

敬宮は、背もすくすくと伸び、おさげ髪のよく似合う女の子になりました。
今年はもう着袴(ちゃっこ)の儀を迎えます。
男の子の着袴姿もそうですが、女児の裳着(もぎ)の姿も本当に愛らしく、
清子(さやこ)、眞子、佳子のそれぞれの裳着の姿や所作は、今も目に残っています。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

女性セブン2006年11月?日号
雅子さま 皇后美智子さまお誕生日祝い欠席の裏に宮内庁対立
雅子さまは当初から喪中欠席・愛子さまは皇太子が連れていく予定だった。
しかし皇居に向かわれる直前になって、とりやめになった。
2時間ほどたって、「幼稚園でのお疲れが出た」と東宮職から説明(皇室記者)
夜のお食事会はご家族だけの内々のものですから、雅子さまは出席されるものだと思っていた(神田秀一)
皇太子ご一家のお世話をする東宮職がいつのまにか外務省出身の官僚で占められ、
そのことが従来からいる職員とのあいだに雑音を生んでいる(ベテラン宮内省職員)
野村・大森・両陛下の侍従としてロシア課長補佐の川上と次々外務から要職に
こうした状況と呼応するように皇太子一家の取材拒否・制限が増加、たとえば愛子さま芋掘り
美智子さまのお祝いに向かう予定だった愛子さまへの取材にも、
「雅子さまがお姿をみせないにもかかわらず、『何の説明もなくストロボ撮影厳禁』という要請
報道陣の間では、『愛子さまも何か特別な理由が・・・』との声
外務省から来た職員は宮中の慣習が分からず、
お役所的なやり方で雅子さまのお立場を悪くするのでは。(ベテラン宮内庁職員)
宮内庁は10月26日から一泊二日で雅子さまは皇太子さまと奈良・京都を訪問されると発表したが、
それはご出発の2日前というドタバタぶりだった。

週刊ポスト2006年11月10日号
皇后陛下お誕生日夕食会は内輪の行事なのに雅子さまの喪中欠席はおかしい
皇后陛下のやさしいお言葉にもかかわらず愛子さまをドタキャンさせた理由は「ワガママ」。
当日幼稚園には元気で行っていた。
記者からの理由問い合わせ回答に東宮は二時間かかって「幼稚園のお疲れ」と回答。
愛子さまのこのような振る舞いを許したのは連れて参内するはずだった皇太子だろう。
愛子さまは皇族で、皇后陛下にお祝いの言葉を述べるのは一種の公式行事。
行かなくてもいいという決断を下したのなら、
皇后さまとの距離が広がっても構わないという覚悟が雅子さまにあるのでは
学習院小学校運動会見学時、徒競走をおとなしく見る園児の中で
愛子さまをふくむ三人だけが立ち上がってうろうろ。行事の意味わかっていない様子で目立っていた。
幼稚園の芋掘り。楽しそうにはしゃぐ園児や母親たちと離れた場所で
雅子さまと愛子さまはぽつんと芋掘り。さびしそうな光景だった。

週刊女性2006年11月14日号
愛子さまの皇后誕生日ご挨拶欠席は雅子妃の苦悩を感じ取ってのものだろう。
8月のオランダ静養は天皇皇后両陛下は賛成ではなかったために
この秋には何らかの成果を見せる必要があった(宮内庁関係者)
皇后には本格的復帰しない雅子日の近況に「まだ何か不満があるのか」という苛立ちの思いがあって当然。
この嫁姑問題が今の雅子妃の心の回復を妨げている最大の要因(皇室事情に詳しい旧宮家関係者)
先月の奈良・正倉院へのお出かけは公務と言うより、たとえて言えば
「家で映画を見るのと同レベルのもの」だという。負担を減らすよう簡素化したもので「慣らし運転」
これは限られた場所で不特定多数の人と懇談の必要もない、また自分の関心のあるこおだけはなせばいい、
といった条件があったから実現したことだという。
この一年間で皇后が公的なお立場でお勤めになったお仕事は341回と報じられた。
「その回数を聞くと頭が下がりますが、その中には雅子様の正倉院展視察というようなものも少なくないはず。
なんだか最近は公務と言う言葉が独り歩きしている感じがしてなりません。
昭和の皇室はもっとフランクでしたよ。」(元女官)
「皇族方の何よりの公務は国民の象徴である天皇陛下と国民の架け橋になること。
そういう意味で今の雅子妃に出いることは愛子様養育でしょう。
それが精神的回復の特効薬でもあるそうだから、最大の公務といってもいいんじゃないですか」(元宮内庁関係者)
外見上はお元気そのものに見える最近の雅子さまだが
「みんなが思うほど回復してはいない」(ある心理カウンセラー)。
そもそも雅子様の病気は身体的なものでなく、精神的なもの。
先月の愛子様の運動会などでの元気そうな笑顔などからは一概には病状判断は出来ないと言う。
この9日東京赤坂御苑で秋の園遊会が開かれる。
9月に悠仁さまを出産された紀子さまは出席されるが雅子様は今回も欠席される。
もっとも、この前日、雅子様は皇太子様と一緒に
コンサート「ウィーンフィルハーモニー管弦楽団」にお出かけの予定だという。
コンサートには出かけられてなぜ天皇陛下主催の園遊会には出席できないのか?
という「ワガママ」非難の声が上がりそうだが
今の雅子様は「長時間多くの人に会うことは負担が大きく難しい」(野村東宮大夫)のだという。
行動範囲を少しずつ広げながら自信をつけていくというのが今の妃殿下の治療の基本。
そんな状況に一番つらい思いをしているのは雅子様本人でしょう。
政府高官夫人「園遊会はともかく、雅子妃が国民の前に元気な姿を見せることが何より」
だが、「家で」映画を見るのと同レベルの正倉院展の視察よりは
天皇陛下が各界の功労者を招待される園遊会出席が皇太子妃としての本来の公務であるはず。
周囲や医師団が慎重に検討した結果、今月初旬での山口県での国民文化祭へのお出かけは
負担が大きいということで、奈良正倉院展視察に決まったようです。
そんなことから「観光旅行も公務?」なんて皮肉な雑誌記事もありましたが、
確かに3年ぶりの宿泊地方公務と胸を張れるものであったか疑問が残りました。(宮内庁担当記者)

週刊文春2006年11月?日号
愛子さまご養育予想外続きに学習院の困惑
愛子様ご挨拶とりやめの経緯参内は16時の予定だったが連絡が入ったのは本当に直前」
その後改めて参内する様子もなく両陛下周辺は困惑している。
その日保育参観があったのがお疲れの「理由」だとされたが幼稚園へその話を奏上する前の連絡もなし。
着袴の儀、今月5日に「習礼」という予行演習があり、そこで写真撮影が行われる予定が急遽6日に変更された。

松崎敏弥氏「皇后陛下のお言葉はかえって雅子妃の負担になる」


2011年

皇后さまは20日、77歳、喜寿の誕生日を迎え、これに先だち宮内記者会の質問に文書で回答された。
この1年を振り返って、との問いには、「各地が大きな災害に襲われた、悲しみの多い年でした」との書き出しで、
特に東日本大震災と原発事故の被害について、犠牲者の遺族、被災者への思い、
復旧・復興に携わる人々への感謝を1700字近い異例の長さでつづられた。
この中では、天皇陛下が、苦しむ人々を見舞い、共にあることを役割と考えられていたことや、
自身、一時は深い絶望を感じたが、助け合う人々の姿に支えられたことなどにも触れられた。
その上で、「真によい復興をとげる日まで、長く心を寄せ、その道のりを見守っていきたい」と
この部分の回答を結ばれた。
2011年10月20日05時05分 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111019-OYT1T01296.htm

皇后陛下お誕生日に際し
宮内記者会の質問に対する文書ご回答
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h23sk.html

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雅子さま、皇后さまの行事一部欠席=体調優れず−宮内庁
宮内庁は20日、皇太子妃雅子さまが、同日皇居で催される皇后さまの77歳の誕生日を祝う行事のうち、
正午からの「ご祝宴」を欠席されると発表した。午前の「祝賀」と、夜の「お祝御膳」は出席する。
同庁によると、雅子さまはこれらの行事すべてに参加する意向だったが、体調が優れず、
担当医の判断で決まったという。(2011/10/20-11:20)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011102000312

皇后さま77歳、お祝い会に4人の孫
皇后さまが77歳の誕生日を迎えられた20日夜、皇太子、秋篠宮両ご夫妻、
長女黒田清子さん夫妻が皇居・御所を訪れ、天皇、皇后両陛下を囲んでお祝いの夕食会をした。
夕方には皇太子家の愛子さま、秋篠宮家の眞子さま、佳子さま、悠仁さまの4人の孫が
御所に集まり、皇后さまに祝いのあいさつをした。
午前中には、宮殿に野田佳彦首相ら三権の長や閣僚がそろい、祝賀行事が開かれた。
皇太子妃雅子さまは、すべての行事に参加する予定だったが、体調が優れないとして、
皇族方が一堂に会した昼の祝宴への参加をとりやめた。(共同)
2011年10月20日20時45分
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20111020-852628.html


週刊文春2011年11月3日号
雅子さま「皇后誕生日」宴席を皇太子と途中退席!
〜美智子皇后が語った「あちらとは途絶状態」の衝撃
10月20日、午後6時過ぎ。秋篠宮ご一家、東宮ご一家が車で次々に半蔵門をくぐられた。
この日、最後の行事である「御祝御膳」の宴席に出席されるためだ。
午後9時過ぎ、半蔵門周辺の静寂を破ったのは、警察関係者の無線連絡だった。
「え、お帰りになられる?」警察関係者は慌てて準備を始めた。
9時10分、皇太子と雅子さまを乗せた御車は半蔵門を出発。予定時刻より20分も早いお発ちだった。
愛子さまたちお子様方は祝賀のご挨拶だけで先にお帰りになり、
御祝御前は両陛下、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻、黒田さんご夫妻の8名だけで進められた。
両殿下がお発ちになったその瞬間、御所ではまだ、両陛下を囲み団欒が続いていたという。
もともと宴席の終了は9時30分の予定だった。
「結局、秋篠宮両殿下、黒田さんご夫妻は10時前までいらっしゃいました。
ご一家の会話が盛り上がるのか、例年このように10時近くまで続くことが多いのです。
今年も水入らずで楽しまれたのではないでしょうか。」(警察関係者)
その日、雅子さまは昼のご祝宴も欠席されている。「『医師の判断で欠席』ということでしたから、
事前に相談されていたのでしょう。皇室では祝賀行事を欠席する場合、
失礼に当たらないよう、前もっての連絡はしません。当日どうしても伺えなくなりました、
という体裁にする。妃殿下の欠席が伝えられたのも当日の朝でした。
ご祝宴は、皇族方をはじめ旧皇族や親族、約30人でご昼餐されます。
大勢の前に出られるということが、雅子さまにはご負担だったのでしょうか。」(宮内庁関係者)
宮内記者会に欠席の発表があったのは2時間前。午前10時を回った頃だった。
翌日の定例会見では、小町東宮大夫はいつものように短い言葉でこう締めくくった。
「三殿下、お変わりなくお過ごしでございます。」
記者たちは「お変わりなく」という言葉に敏感に反応した。「妃殿下は行事を一部欠席されている。
ご体調はどうなのか。」の質問に、「お疲れが重なって体調を崩されました。」(小町東宮大夫)
この素気ない回答に、厳しい質問が次々と飛んだ。
「精神的なお疲れなのか、身体の不調があるということなのか。」
「被災地お見舞いのときより悪いのか。」「医師からきちんと状況を聞いているのか。」
「医師から聞いていないで済ませないでほしい。陛下も医務主管や侍従職が対応している。」
しかし、大夫は昨年の「東宮職医師団の見解」を引き合いに出し、
「体調の波があることは以前から説明している。」と繰り返すばかりだった。
「結局、『体調の波』という一言で片付けられてしまう。最近、妃殿下は公務も控えられているので、
お疲れといわれても、何のお疲れなのか、よくわからない。
皇后誕生日の前日や翌日は愛子さまの給食や一部の授業には、お付き添いをされていた。
記者会としては具体的な説明が欲しかったのですが。」(宮内庁担当記者)
「77歳の皇后さまが、ご体調がよろしくないのをおして、
長い一日の祝賀行事をすべてなさっているわけですからね。」(両陛下に近い千代田関係者)
「皇后陛下は、ある時、あちらとは途絶状態なので、と仰った。普段にない、強いお言葉に驚きました。
愛子さまのご登校問題も、報道でお知りになり、非常に心配していらっしゃるご様子でした。
いつでも手を差し伸べるのに、と。」(別の千代田関係者)
「参内でなくても、連絡を密に取ることができれば良い、とお考えになっています。
東宮家の考えを尊重しておいでです。しかし、一方で雅子妃殿下がお付き添いされた校外学習については、
国民の理解が得られないのでは、と心配なさっています。」(同関係者)
「皇后陛下の公務の受け止め方について、皇太子殿下や雅子妃殿下にも受け継いでほしいと願っておられるのでは。
しかし、途絶状態のいま、皇室の在り方自体が、どのように継承されるか分からない。
深い悲しみをお感じなのです。」(同関係者)
「両陛下は、途中退席された皇太子と雅子さまを、どのような思いで見送られたのだろうか。

週刊新潮2011年11月3日号
「美智子皇后」喜寿の昼食会をドタキャンした「雅子妃」
宮内記者会には10/20の3日前に「雅子妃はいずれの催しにも出席」と伝えられており、
20日当日午前11時前、急遽昼食会欠席が知らされた。
宮内庁はこの変更について「雅子妃は全ての行事に参加する意向だったが体調がすぐれず
医師の判断で昼食会は欠席」とあくまで“不測の事態”であると説明。
だが「当初から雅子妃に出席の意向がなかったことは明白」(宮内庁関係者)
「毎月1日に侍従職と東宮職と各宮家の宮務課の3部署がまとめた皇族方の公式行事の
月間スケジュールが、庁内LANのメールで回ってくる。職員はそれを閲覧し情報を把握するのですが、
10月20日の昼食会については皆さま『出席』のところ雅子妃のみが『未定』と届けられていた」(同前)
これを見た職員らはやはりお出ましにはならないと理解。
「いかに体調が悪いとはいえ、3週間も前から『欠席』と届けるわけにはいかないし、
そもそもご意向があるなら初めから『出席』と届けるところでしょうからね」(同前)
つまり当日の体調などという「ご事情」ではなかったわけである。
「東宮の会見では最終的に『夜は大丈夫』という大野医師の判断で出席されたと説明している。
あくまで医師でありご本人や東宮職の判断ではないと言う。結局は逃げているのでしょう」(皇室ジャーナリスト・松崎氏)
身内だけの席と関係者が一堂に会する昼食会とでは体への負担が異なるのは自明の理。
実際同日夕刻に再び御所へ向かった雅子妃は報道陣に向けて満面の笑み。
「昼と夜の違いはどこにあったのかと尋ねても東宮職は十分な説明ができず
『病状の悪化に繋がる』とプライバシーを盾にする。こうしたことで誤解を招き、
結果、雅子妃の行動には常に疑問符が付けられ本来敬愛の対象となるべき方が
悪い面ばかりみられてしまうという悪循環になっている」(宮内庁担当記者)


週刊ポスト2011年11月11日
10月20日に開かれた皇后陛下お誕生日の祝宴の異変は正午に起きた。雅子さまが急遽欠席
皇族・元皇族・親族が一堂に会する場に皇太子さまだけが出席する姿は関係者の間で否応なく目立ち、
波紋を呼んだ。途中退席した皇后陛下の夜のお祝い膳の席で、雅子さまは「満面の笑みでお元気そうだった。」
翌日の定例会見でも「昼だけ欠席」の理由は不明。
愛子さまの通学にほぼ毎日付き添う一方で被災地慰問以外の公務に参加しない事が多く、
国民はもちろん皇族の中からも批判的な見方が増しているとされる。
雅子さまの心労はわからないでもないが、皇后陛下はそれらを乗り越えてきた先達。
雅子さまにもできるはずと言うのは暴論だが
"苦手意識"のような感情を抱いてしまったのなら国民にとっても不幸。
雅子さまは皇后陛下に顔を合わせづらいのかも。一方皇后陛下は雅子さまに
「皇后学」が継承されていないのではないかという焦り。歯がゆさ(松崎敏弥氏)

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