陛下と虫探し 悠仁さま

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成23年)
全文
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h23.html

殿下
皇居の方に行って,御所でご挨拶して,それで虫取りに吹上御苑に行くということがありました。
そのようなときに,陛下も息子の虫好きを知っておられますので,普通だったら草刈りをしてしまうところを
そのままに残して,虫がたくさんいられるような環境を作っておいたりとか。それから,暑い時期,
当然短い期間ではありますが,ほとんど(毎週)家内と息子が二人で虫取りに出かけていくわけなのですけれども,
それでも短時間,息子の悠仁に誘われるようにして,(陛下も)ご一緒に昆虫採集・・・(少しお考えになる。)

妃殿下
(殿下をご覧になって)虫探し?

殿下
(妃殿下を振り向かれて)虫探し?

妃殿下
(殿下をご覧になって)観察も・・・

殿下
観察,そういうことがよくありました。
皇太子同妃両殿下のところとの交流については,残念ながらそれほど多くはありません。
ただ,先ほど家内がお話ししたように,秋口でしたか,みんなで集まったときに,子どもたちが集まって,
非常に和やかというか,にぎやかというか,一時を過ごしていたということが私には印象に残っております。
以上です。


秋篠宮さま:46歳に 「被災者に心を寄せていく」
秋篠宮ご夫妻は、秋篠宮さまの46歳の誕生日を前にした記者会見で、
東日本大震災の被災地を訪れた際の体験に触れ、皇室の役割として
「復旧・復興を長期的な視野で見守り、被災者に末永く心を寄せていく」などと語った。
ご夫妻は震災後、東北各県を訪問。秋篠宮さまは「大変な状況の中にあって、
私たちが接した人々は、非常に前向きな姿勢で一日一日を過ごしているという印象を持ちました」などと述べた。
紀子さまは、被災地の子供らから受け取ったビーズの腕輪などを手元に置いていると明かし、
被災地を度々訪れる中で「人々の強い絆」を感じたと振り返った。
10月に成人皇族となった長女眞子さま(20)には、秋篠宮さまが公務について
「一つ一つを大切に一生懸命務めるように」と話しているという。
眞子さまの結婚や、次女佳子さま(16)の進路については、
ご夫妻とも本人の希望を尊重したいとの考えを示した。
「着袴(ちゃっこ)の儀」を今月行った長男悠仁さま(5)について秋篠宮さまは
「木にすたすたと登っていくのを見たり、虫や恐竜のことなど話す会話の量も増え、
成長の様子なのかなと感じます」と話した。【川崎桂吾】
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040149000c.html


天皇公務「定年制」:秋篠宮さま「肉親の情」の発露
秋篠宮さまが、天皇陛下の公務について、「定年制も必要」との考えを記者会見で語った。
憲法には、天皇の公務に関し、首相の任命や法律の公布などの「国事行為」が規定されているだけだ。
だが、植樹祭や国体への出席、海外の賓客の接遇など公務にあたる「公的行為」は数多い。
初めて現憲法下の象徴天皇として即位した天皇陛下は、皇后さまと共に、
国民の中に入っていくことで「国民と共にある皇室」を示してきた。
公務が年齢と共に減るどころか増える傾向すらあり、宮内庁の09年発表によると、
昭和天皇の74歳の時と比べ、東京都内や地方への「お出まし」は約2.3倍になっていたという。
「公的行為」に当たる災害被災地慰問にも即位後の両陛下は心を尽くしてきた。
東日本大震災後は、7週連続で被災者らの見舞いをハードな日程でこなした。
今月の入院に際し、宮内庁は「疲労が相当蓄積し、お身体(からだ)の抵抗力が低下している」と説明した。
秋篠宮さまの「定年制」言及は、まさに陛下が入院中の発言であり、
法改正などが伴う制度創設を念頭に置いたものではなく、
公務を思い切って削減すべき時期に来ているという「肉親の切なる情」の発露と見るべきだろう。
宮内庁は負担軽減を図ってきたが、一層の見直しが「喫緊の宿題」になっていると言える。【大久保和夫】
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040150000c.html


秋篠宮さまの発言に官房長官「コメント控える」
藤村官房長官は30日午前の記者会見で、秋篠宮さまが一定数の皇族確保や、
天皇陛下の定年制の必要性に言及されたことについて、
「制度論は国会の議論に委ねることを前提として、考えをお述べになったと理解している。
個々の発言の内容に政府としてコメントするのは差し控えたい」と述べた。
(2011年11月30日13時07分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111130-OYT1T00624.htm

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週刊文春2011月12月8日号
皇太子両殿下との交流はそれほど多くありません」
秋篠宮衝撃発言 皇太子雅子さま「孤絶」の全深層
天皇に定年という制度は必要。
皇太子ご夫妻はどう受け止められたか
秋篠宮殿下の誕生日に先駆けて、11月22日、(誕生日)会見は実に1時間半に及んだ。
「(途中までは)悠仁さまとのほのぼのとしたエピソードなどを披露されていたのです。
そのあと突然、きっぱりと断言された」(宮内庁担当記者)
<皇太子両殿下のところとの交流については、残念ながら、それほど多くはありません>
秋篠宮の淀みない口調に、約25名の宮内庁担当記者たちは息を飲んだという。
「やはり、という気持ちと、そこまではっきり仰るのかという驚きの両方がありました。
皇太子ご一家となぜ疎遠なのかは何も語られないままでした」(同記者)
記者が三問目の質問を読み上げた。
「眞子さまが成人を迎えられたのを機会にあらためて殿下に皇統の継承についてお聞きします」の問いに、
<皇室の制度論については国会の論議に委ねることになる。
その過程において、今後の皇室の在り方というものを考える時には、
私、もしくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあってもよいというふうに
思っております>と慎重に言葉を選びながら述べられた。
この言葉は、いみじくも現在の秋篠宮の皇室におけるお立場を象徴するものだった。
「発言の主旨は09年の誕生日会見と同じ。が、“主語”が変わった。
09年のときは『(皇室の在り方については)その当事者となる皇太子ほかの意見を聞く』というように、
当時は『皇太子ほか』が主語でした。今回は『私、もしくは皇太子殿下』と述べられている。
つまり、皇太子より前に『私』という言葉を持ってきたのです」(皇室ジャーナリスト)
さらに09年の際は、「自分のことを言うのはちょっとはばかられたものですから、
それで『(皇太子)ほか』というふうに言いました」と遠慮がちに語られていた。
「今回の『私』発言が、無意識によるものだとしても、
それだけ今、秋篠宮の皇室における存在感が増しているということを
ご自身がお感じになっているということの現れではないかと思うのです」(同ジャーナリスト)
会見の終わりには、さらに驚かせる踏み込んだ発言をされていた。
<私は『定年』という制度はやっぱり、必要になってくると思います。>
<ある年齢で区切るのか、どうするのかというところを含めて議論しなければいけないのではないか>
この発言の背景について、「穏やかにおっしゃっていますが、現状への強い危機感を、秋篠宮がお持ちだと
いうことでしょう。これまでの秋篠宮ではなさらなかっただろうご発言です」(同ジャーナリスト)
増していく秋篠宮の存在感。それは宮内記者たちも意見を同じくするところだという。
「(11月15日『ご名代』としての秋の叙勲と褒章授章者の御接見で)秋篠宮殿下は陛下に代わって
“おことば”を読み上げられたのですが、その声が小さくて聞き取り辛かったですね。一度に500人が出席していたので、
後ろのほうの人たちには聞こえなかったでしょう。それ以外は難なくこなされていました」(受章者の一人)
その2日前、皇太子はご名代の立場で山梨県をご訪問。お召し列車内でカメラを片手にお手振りされたこと、
その後の長野県行啓でのポケットに手をいれたままでの視察が明るみに出た。
「退院されたばかりの陛下が、まだ万全とは言えないご体調で、その5日後に早くも公務復帰
(「東日本大震災消防殉職者等全国慰霊祭」)されました。
いかに陛下が震災被害を心配されているか、ということです。
その陛下の思いを一番おわかりになっているのは、秋篠宮さまではないかと思うのです。
震災後、秋篠宮ご夫妻は、東宮職と比しても非常に小規模な宮家職員たちに支えられながら、
お見舞いを続けてこられた。被災地の人々の負担にならないよう、宮家の車で移動され、
宮城県には日帰りで二度に分けて訪問されています」(両陛下に近い千代田関係者)
女性宮家の創設検討という、平成皇室の根本的課題である皇位継承問題が再び注目された。
今回の会見でも秋篠宮はこう述べている。
<以前に皇族の数が少ないことは、国費負担という意味において悪くはないということを申しましたが、
この考えは今でも変わっておりません>
「秋篠宮は今後、具体的に女性宮家創設の議論が進んだ際に必ず出てくるであろう、さらなる国費負担増に伴う
国民感情の反発について、先手を打っておっしゃったのだろうと思います」(皇室研究家)
一方の東宮側には、まだ当事者意識が感じられないという。
「(女性宮家問題について)東宮職は関係ないよ」(中堅東宮職職員)
皇太子ご一家は、11月26日、27日と「初等科祭」を訪れられた。
「2日目はわずか30分差で皇太子殿下、雅子さまが別々に訪れた。ご鑑賞も別々でいらして。
剣道部の練習をご覧になった皇太子殿下は、相変わらず小型のデジタルカメラでバシャバシャ
写真を撮っていらっしゃいましたよ。お一人でリラックスされているご様子でした」(初等科父兄)
これを聞いた前出の千代田関係者は嘆息しつつ、こう洩らした。
「皇太子ご一家はますます国民ではなくご家庭に、内向きに目が向いているのではないでしょうか」
天皇のお見舞いについても、雅子さまは10日に“ドタキャン”されてから結局一度もお見舞いされることはなかった。
18日、ご名代の報告も皇太子お一人だった。
「東宮大夫は10日は発熱、18日は『咳が残っているため医師の判断により』と発表。
しかし皇太子殿下がご報告にいった同日に雅子さまは愛子さまのお付き添いをされている。
なぜ“医師の判断”で同じようにお付き添いも遠慮されないかは説明されない」(同千代田関係者)
一方、秋篠宮は報告も含め、3度も東大病院を訪れている。
「皇太子殿下がご名代のご公務のあと、数日間報告にいらっしゃらなかった。
秋篠宮殿下はご名代の報告も当日にいらっしゃっています。私はあらためて思い起こすのです。
皇后陛下が、あちら(東宮家)とは途絶状態なので、とおっしゃったあの言葉を。
そして、今回の秋篠宮殿下のご発言…。正直なところ、我々もあちらのことはまるで分からないのです。
何も伝わってこないのだから。いま皇太子ご一家はいわば“孤絶”状況です。お誕生日のお言葉は、
現状に危機感をお持ちの秋篠宮殿下から、皇太子殿下へのメッセージだと思います」(別の千代田関係者)

花田紀凱の週刊誌ウォッチング
記者も息をのんだ…秋篠宮さま、衝撃的なご発言
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/books/breview/537154/
まさに『週刊文春』(12月8日号)のタイトルどおり、衝撃的なご発言だった。
「秋篠宮衝撃発言 皇太子雅子さま『孤絶』の全深層」
11月22日、1時間半に及んだ異例の会見終盤。
秋篠宮さまが、きっぱりとこう断言され、約25人の担当記者たちは息をのんだという。
〈「皇太子両殿下のところとの交流については、残念ながら、それほど多くありません」〉
また、皇統の継承について問われ、
〈「皇室の制度論については国会の論議に委ねることになる。(中略)
その過程で、私、もしくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあってよい」〉。
2009年の会見の時は〈皇太子ほかの意見を聞くという過程〉と述べられていたのに
今回は〈私、もしくは皇太子殿下〉と述べられたのは、
〈「今、秋篠宮の皇室における存在感が増しているということを
ご自身がお感じになっているということの現れ」(皇室ジャーナリスト)〉。
会見の終わりには「天皇陛下の定年制」について問われ、
〈「私は『定年』という制度はやっぱり、必要になってくると思います」〉。
一方の皇太子ご夫妻は、ますます、
〈「国民ではなくご家庭に、内向きに目が向いているのではないでしょうか」(千代田関係者)〉。
要するに皇室の現状に強い危機感を持たれる秋篠宮さまが皇太子ご夫妻へ向けてメッセージを発したのだという。
皇太子ご夫妻はこのメッセージをどう受け止められるのだろうか。

皇太子ご一家と秋篠宮ご一家 溝生んだ原因は皇位継承問題
2012.01.01 16:00
11月30日、秋篠宮さまは誕生日会見で
「今年は少し私が怠けていたところもあるかと思います」とユーモアを交えながら、
「皇太子同妃両殿下のところとの交流については、残念ながらそれほど多くはありません」
と皇太子ご一家とこの1年間、あまり交流がなかったことを明かされている。
実際、10月の眞子さまの成人を祝う夕食会に皇太子ご一家は参加されず、
11月の悠仁さまの『着袴の儀』の際に行われた夕食会にも、皇太子ご一家は参加されなかった。
『着袴の儀』のときは、愛子さまが入院されていて、雅子さまはそれに付き添っていたために欠席となったのだが、
もともとこの日は、皇太子ご一家は葉山御用邸でのご静養を計画されており、
最初から食事会に参加する予定ではなかったということになる。
両家の溝を生んだ最大の原因は、皇位継承問題といわれる。
「皇位継承順位第3位の悠仁さまが、継承権を持たない愛子さまと、
金銭的な面にしてもお世話をする人員にしても、あまりに待遇が違うことに、
秋篠宮家としても複雑な思いがあるのだと思います」と宮内庁関係者は語る。
しかし、両陛下の体調が万全でない現在、もっと大事なことがあると秋篠宮さまは気づかれているという。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏は、こう語る。
「秋篠宮さまは、いま皇室が抱えている大変な状況を誰よりも真剣に考えていらっしゃると思います。
秋篠宮さまは、皇太子ご夫妻に将来の天皇として、
そして皇后としてリーダーシップを取っていってほしいと願われているんだと思います。
だからこそ、会見であのようなことを話されたのは、兄君である皇太子さまに向けて、
もっと両家で会う機会を増やして、話し合い、協力しあって、
両陛下を助けていかなければならない時期に来ているんだというメッセージを送ったのではないでしょうか」
※女性セブン2012年1月5・12日号
http://www.news-postseven.com/archives/20120101_77612.html