公務の分担を提案するものの東宮側は拒否

2006年12月14日
雅子さまの公務を検討へ 年内にも皇太子さまと相談
宮内庁の羽毛田信吾長官は14日の定例記者会見で、
病気療養から3年がたつ皇太子妃雅子さまの公務について
「治療期間が長期になることを前提に、皇太子さま1人でするもの、ご夫妻でするものを、
分担も含めて考える必要がある」と述べ、年内にも皇太子さまと直接、相談して検討していく意向を示した。
羽毛田長官は、9日の雅子さまの誕生日に際し、
医師団が「引き続き治療が必要」との見解を示したことなどを挙げ
「療養期間中の公務は過渡的。その中で国民の受け止め方として、
なされるべきことがなされていないというプレッシャーのような議論も出かねない」と懸念を示した。  
皇太子さまはこれまでの記者会見で、ご夫妻での新たな公務の在り方や見直しに言及していた。
2006/12/14 07:34 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200612/CN2006121401000360.html


2006年12月15日
雅子さま公務仕分けは困難…宮内庁の野村東宮大夫
宮内庁の野村一成東宮大夫は15日の定例記者会見で、羽毛田信吾長官が見直しに言及した
皇太子妃雅子さまの公務について「病気治療中の身なので、医師と相談してその都度決めていくのが基本。
(皇太子さまとの分担など)仕分けは難しい」との認識を示した。
野村大夫は、雅子さまの10月の奈良県訪問が直前になって決まったことなどを挙げ
「(訪問を)要請する側に対して迷惑が掛からないような対応をしたい」と述べる一方
「(雅子さまが)少しずつ活動の幅を広げたいという気持ちは強い」と加えた。
羽毛田長官は14日の記者会見で「治療期間が長期になることを前提に、皇太子さま1人でするもの、
ご夫妻でするものを、分担も含めて考える必要がある」と述べた。
2006年12月15日16時21分 スポーツ報知
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20061215-OHT1T00154.htm(リンク切れ)

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

AERA2007年1月1日・8日合併号
雅子「皇后」へ美智子さまという重圧
養蚕も率先する美智子さまと神道も英語で勉強した雅子さま
皇后は紅葉山養蚕所での養蚕を続けている。
孫の着物も自らデザインする。
「眞子さま佳子さまはおなじ鶴の刺繍でしたが、
愛子様が2005年の正月に着られたものは鳳凰の刺繍と、配慮を見せられた」
原武史
「皇后の働き振りが雅子妃の重荷になっているのでは。
雅子妃はディズニーランドに出かけるなど、『お堀』をこえて一般人に歩み寄ろうとしている」
八幡和郎
「第一雅子妃は『代替わり』にともなう一連の儀式に耐えられないでしょう」
「皇后陛下は単なる配偶者ではなく公職。皇室典範を改正して立后せず公務や儀式から解放してあげるのが筋では」
雅子妃にとって重いのが祭祀。
結婚前も英語の本で「神道」を勉強した。
渡辺みどり
生理の有無を尋ねられて「お世継ぎプレッシャー」にさいなまれる
着物の行事が苦手
原武史
心の問題。なぜこのような祭祀をするのか合理的に理解することに苦しむのでは

陛下の眠れぬ夜「宙に浮かぶ皇室」
岩井克己
羽毛田長官の発言に記者から質問集中。羽毛田長官の答えは、
「療養はいつまでといえるものではなく、もう三年が経過し、
四年目に入るので、これからは長期的な視点で」
「両殿下にお出ましいただきたいという方々に対しぎりぎりまで状況がわからないようでは迷惑をかける」
「なさるべきことをなさっていないという国民の受け止め」
と、皇太子夫妻に対する厳しい視線の存在を意識していることを示唆。
悠仁親王の将来は東宮夫妻の男児誕生に左右されるため、宙に浮いたまま。
また、女王や内親王もつぎつぎ適齢期を迎える。
皇太子夫妻が目指すものはいまだ見えてこず、
「治療の一環」として外国での静養や私的外出を重ねることにネットや宮内庁へのメールで非難噴出。
一方では皇室の旧弊さが雅子妃をさいなんだという印象が増殖、皇室への敬愛を傷つける。
この状況に陛下は心を痛め、最近はよくお休みになれないことも。侍医団も心配。
雅子妃はオランダ静養後もほとんど公務しない状態。ぎりぎりまで出欠が決まらず、
直前にキャンセルされたり想定していないのに急に雅子妃が顔を出すことも少なくなかった。
野村東宮大夫もインドネシア大統領晩餐会当日の乗馬は知らされていなかった。
大野医師は最近まで羽毛田長官にも会わなかったが最近は会うように。
しかし病状の詳細や雅子妃の考えは伏せられたまま。
皇后の「自分を大切に」ということばは諦めにも響くが、
「皇后様が『自分を大切にする』というときには、
『わがままや我を通すということとは全く違い、
その反対に『自分に厳しくせざるを得ないという考え方に向かうこと』」と親交の厚い末森氏。

週刊文春2007年1月4日・11日号
がらっぱちな物言いで強気な性格の野村大夫だが、
最近は宮内記者会から何かと釈明を求められ会見で表情を歪める場面も多いようだ。
あるベテラン記者から宮中晩餐会を欠席した日に雅子さまが乗馬をされたことについて
国民の理解が得られないと突き上げられた。15日には別の記者から、
雅子さまが他の国の大使との接見を欠席しながら、親しいオーストリア大使だけに会われることについて
相手国を選ぶのかと質問され、野村大夫は神妙な表情をしていた。
長野スペシャルオリンピックスのドタキャンから東宮職は用心深くなった。
雅子さまには出来る限り公務には同行したいという意欲があり、
それを達成することが回復のステップにもなるため、初めから欠席とは言えず、
東宮職は対外的には決定を保留しつつ、直前になって医師と相談するという手法を編み出した。
この手法が功を奏したのが奈良京都行啓だった。
今回の公務分担を皇太子さまと話し合いたいという羽毛田長官発言は、急な参加(ドタ出)さえも赦さない構え。
不必要なことは絶対に言わない羽毛田長官発言は、両陛下のご意志が反映されているのではないか。
羽毛田長官と野村大夫の間で雅子さまの公務に対するコンセンサスもとれていなかったことは驚き。

週刊現代2007年1月20日号
友納尚子
羽毛田発言について
「出欠が直前まで分からないようであれば初めから皇太子ひとりに任せて雅子様は欠席するべき」という解釈になる。
東宮職が一丸となって優先してきた雅子妃の治療体制を否定したようなものだった。(中略)
とはいえ、包括的に公務を分類するのは難しいという判断から
昨年までの段階で皇太子も羽毛田長官にはお会いになっていないという。

週刊文春2008年2月28日号
皇太子の言葉については、以前から周囲も心配していたようだ。
一昨年、羽毛田長官は皇太子と雅子さまの公務分担について提案し、こんな発言をしている。
「国民の受け止め方として、なされるべきことがなされていないというプレッシャーの
ような議論も出かねない」「04年に皇太子が誕生日会見で『これまでの公務を整理し、
時代に即した新しい公務ができれば』と強く発言されたのですが、雅子さまのご病気もあり、 
いっこうに具体化しなかった。国民にとっては、“会見での発言は何だったのか”となりかねない。
それで羽毛田長官が“公務分担”という助け舟を出したのです。
ところが、翌日の記者会見で野村東宮大夫はあっさり『仕分けは難しい』と話し
皇太子も翌07年の会見で『公務の分担の話は、雅子が回復してからの話』だと結論づけたのです。


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