女系天皇容認の前に臣として踏まえるべきこと

正論2011年12月号
所功氏の「WiLL」論文に異議あり
「女系天皇容認の前に臣として踏まえるべきこと」 谷田川 惣
なぜかくも男系継承への危機感を煽るのか。
庶子継承なしの男系承継は難しいという主張に歴史的根拠はあるのか。
歴代天皇の正妻嫡男の全データをここに提示する。
月刊誌『WiLL』に連載された「皇室典範改正問題の核心 なぜ改正が必要か」には、いくつもの矛盾がある。
■一夫一婦制でも男系維持は可能
有識者会議の報告書や所氏は、父系男子は庶子の存在ゆえに保たれていたと主張する。
しかしながら、125代の天皇から女帝と未婚男帝を除き、
北朝の5代を加えた117代の中で嫡男に恵まれなかったケースは43代。すなわち2/3は嫡男である。
更に、125代と言っても兄弟や従弟による継承も含まれているので、世代としては72世代。
この中で、全く男子が誕生しなかったのは10世代しかない。
従って、世襲親王家のような宮家が複数あれば、それぞれが1/7のリスクを補い合い、
男系を維持することは十分だと考えられる。
■日本国民とは過去・現在・未来の国民である
所氏は「60数年間皇籍を離れた人々の身分変更について国民が理解し賛成するか」と指摘するが、
現代に生きる日本人だけでなく、千年後の日本人がどう考えるかという視点なくして皇統の問題を語るべきではない。
1500年前に武烈天皇の皇嗣が絶えたとき、5世さかのぼって継体天皇が即位したことについて、
問題があると考えている者はいない。
未来の日本人も、万世一系の天皇を戴く権利を有しているのだ。
■伏見宮家は特別の宮家だった
所氏は「おそらく日本人の大多数が(天皇家と)血縁で繋がっている」と述べているが、
旧宮家といわれる11宮家の源流である伏見宮家は、源氏や平家などの皇別氏族とはまったく異なる存在であった。
他の宮家は世継ぎが途絶えれば皇子を養子に迎え、断絶しても問題はないと考えられていたが、
伏見宮家は皇統断絶の危機に花園天皇を出した現皇室の祖であり、持統院統の嫡系であることから、
簡単には世継ぎを絶やすことは出来ないという強い思いの上で宮家を継承させてきた。
明治以降も明治天皇や昭和天皇の皇女が嫁がれるなど、いざというときのための準備が周到に重ねられて来た。
■皇統論はごまかせない
所氏は「従来の天皇は一貫して父系継承であり、さらに皇族男子を優先することが長年の習慣となってきた。
この史的事実がもつ意味は極めて大きく、これを今後とも維持していけるなら、それに越したことはない」
と述べる一方で、女性宮家を認め、「世襲継承を永続的に可能とするためには、
継承資格を男系(父系)の女子にも、やがて女系(母系)の男子・女子にも認める」と主張する。
これは前半と後半で明らかに矛盾している。
「一貫した男系継承の史的事実は極めて重く、できることなら継続したいが、そうはいかない。
仕方がないので女系まで皇位継承資格者の範囲を広げるしかない」と表現すれば論理は一貫する。
しかし、それだと女系容認後の皇室の格を下げてしまうことになる。
また、女系に広げても「本質的に問題はない」としているが、
そうなら、二千年以上も無意味なことを続けて来たことになる。
伝統の重みを認める以上、必ず女系論は矛盾をきたす。
■国体観の著しい相違
「日本」という名称は土地の名前ではない。
天照大神によりニニギノミコトが地上に降臨され、
そのひ孫によりつくられた国が、後に日本と名付けられたのである。
つまり日本というのはいわゆる王朝の名前であり、神武天皇の即位から日本の歴史は始まった。
日本の歴史はイコール皇室の歴史となる。このような歴史形態は世界でも日本だけであり、
それが国体、「くにのかたち」である。
女系論者は、まず日本という国の枠組みがあって、その中に天皇おり、
その天皇が女系でも問題がないと論じているのではないか。この考え方は、西洋的な国民国家の発想である。
だから西洋では王室がなくなっても、依然として国は存在するということになる。
しかし、天皇のいない日本はもはや日本とは言えない。
また、万世一系の天皇の国が日本なのであるから、その根幹である皇位継承原則が変更されれば、
国体が変更されたことになる。
このように考えれば、たかだかこの現代に生きているに過ぎない人間が、
女系であっても本質的に問題がないなどと語ることは出来ないはずである。
■日本人が日本を取り戻せるかが鍵
戦前の日本をリセットして、戦後だけで新しい社会をつくれると考えたのが戦後民主主義思想である。
その結果がこの惨憺たる状況であり、人間の知性により戦後だけで秩序がつくれるというのは幻想だった。
女系を容認すれば皇室が永続するというのは、戦後民主主義思想と同じく幻想に等しい。
二千年の国体の前では、たんなる弥縫策に過ぎない。
天皇があって日本があるという正しい国体観を日本人が取り戻さない限り、
小手先の対策をいくら行なっても皇室の安泰が訪れることはない。