彬子さま、日本古来の文化を子どもに伝えるプロジェクト立ち上げ

彬子さま、日本古来の文化を子どもに伝えるプロジェクト立ち上げ
ひげの殿下として親しまれ、6月に亡くなられた三笠宮寛仁さまの長女・彬子さまが、
日本古来の文化を子どもたちに伝えるプロジェクトを立ち上げ、有志の仲間とともに活動を始められた。
かがり火が暗闇を照らす中、平安時代から1000年以上続く祭りが始まった。
毎年9月15日、京都・石清水八幡宮で行われる石清水祭。
鮮やかな色彩を放つのは「御花神饌(しんせん)」と呼ばれる、和紙で作られた造花。
職人の手によって、毎年命を吹き込まれてきたが、2012年は特別に子どもたちも手伝うことになった。
子どもたちの笑顔の仕掛け人は、彬子さま。
ひげの殿下として親しまれた寛仁さまの長女として、そのご遺志を継ぎ活動されている。
彬子さまは「父は昔から、国民の中に入っていって、国民が求めることをやっていくのが、皇族の仕事だと。
何が自分にできるかなということを考えていく中で見つかってきたテーマが、
子どもたちに日本の文化を伝えていくということだったので」と話された。
スポーツ振興に尽力し、時にはラジオのDJもこなすなど、国民と積極的に触れ合われた寛仁さま。
皇族という身分に自らの行動が制約されることを悩み、一度は皇籍離脱を宣言されるなど、
型破りな皇族としても話題を集めた。
そんな父の背中を見て育った彬子さまが見つけられた、皇族としての仕事の1つが、日本文化の継承だった。
彬子さまは「楽しんで、そして神様に見ていただくということで、
心を込めて作っていただけたらと思います」と話されていた。
彬子さまは2012年4月、次世代を担う子どもたちが、日本文化に触れる機会を増やすために、
民間団体「心游舎」を設立した。
伝統文化は、日常生活の中に残さなければ、衰退していってしまうという危惧がある。
心游舎設立のきっかけは、父と同じイギリス・オックスフォード大学への留学だった。
留学先では、日本美術史を専攻し、女性皇族として初めて博士号を取得。
海外に出ることで、日本文化の良さを再認識された彬子さまは、現在、
銀閣寺の研修道場・美術研究員としても活動されている。
国際シンポジウムでは、日本漫画の海外での取り上げ方を紹介するなど、
外から見た日本文化の魅力を精力的にアナウンスされている。
生前、寛仁さまも「ぜひやってみたらいい」と後押しし、期待を寄せられていた心游舎プロジェクト。
日本の伝統文化に携わる彬子さまと同世代の若者たちも、一緒になって動き出している。
彬子さまは「自分は父のようなことはできないなということを思いまして、
ずっと研究職を続けてきたんですけれども、いざ始めてみたら、結局自分がリーダー的な存在に
ならざるを得なくなりまして、何かちょっと、やっぱり父の血を引いていたのかなぁなんていう」と話された。
最愛の父との思い出を胸に、女性皇族として、彬子さまは新たな一歩を踏み出されている。
(09/18 00:35)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00231695.html

心游舎プロジェクトについて、日本画家の神戸智行氏に聞きました。
ひげの殿下として親しまれ、6月に亡くなられた三笠宮寛仁さまの長女・彬子さまが、
日本古来の文化を子どもたちに伝える心游舎プロジェクトを立ち上げ、有志の仲間とともに活動を始められました。
彬子さまと共にプロジェクトに携わっている、日本画家の神戸智行さんに話を聞きました。

(彬子さまと一緒に心游舎のプロジェクトに携わっていらっしゃいますが、きっかけは何だったのですか?)
私自身、日本画の素材を使って制作をしているんですが、以前から美術館なり、
そういったところで、ワークショップを子どもたちに向けてさせていただいていました。
3月に太宰府天満宮で展覧会をした際に、彬子さまに展覧会を見ていただいて、心游舎のお話をいただき、
それでぜひお手伝いをしてくださいということで、一緒に活動させていただくことになりました。

(お誘いを受けたということですね?)
はい。

(どんなお気持ちでした?)
本当にそういった子どもたちに対して、そういったことができるっていうのは、そういった機会って、
なかなか普通できることがないので、そういった意味では、すごくこれからの日本の文化をつくっていく
未来の担い手たちに、そういった経験ができるっていうのは、いい機会だと思いました。

(お近くで一緒に活動をされていて、彬子さまはどんな方ですか?)
とてもすごく子どもがお好きで、常に本当に心游舎の活動は、子どもたちと一緒に、
一緒の目線で物を作ったり、あといろんなものを体験するということが主になっているんですが、
本当にいつも笑顔で楽しんでやっておられます。

(プロジェクトに関して、彬子さまはお父さまにも相談されたということですが?)
僕が聞いた範囲では、すごくこの活動は本当に意味のあるいいことなので、
末永くやっていけるようにということで、本当に励ましの言葉をいただいたみたいです。

(お父さまの寛仁さまの後押しがあって、やはり力を入れていらっしゃるということですね?)
実際、斂葬(れんそう)の儀が終わられたあとも、それ以前に太宰府天満宮のほうで、
和菓子を子どもたちと一緒に作って、それをご奉納するというプロジェクトが始まっていたんですが、
そちらのほうもすぐ参加に、また第2弾のほうにすぐ駆けつけて、そちらのほうも一生懸命、
子どもたちと一緒に楽しみながらやっておられたと思います。

(今後のプロジェクトですが、彬子さまを含め皆さん、心游舎の活動を今後どのようなものにしていかれたいですか?)
本当にこの日本の文化を守っていくというか、これからつなげていくという意味でも、
本当に子どもたちに対してすることが、それが日常になっていて、
どんどん広がっていくことになると思いますので、そういった経験ができる場をどんどん増やしながら、
いろんなところでこういった活動もできればなと思っております。

(彬子さまにとって、父親であられる寛仁さまも、こういう活動をされていましたが、
やはり背中を追っていかれているのかなという印象はありますか?)
そうですね。ただ寛仁殿下も、実際は自分の思いをちゃんと真っすぐ向いてやっていたことが、
結果としてそうなったというお話を聞いておりますので、彬子さまもきっとこの活動を、
本当に自分の芯のところから思ってやっているので、そういった意味では、
ずっと続いていけるんじゃないかなと思います。
(09/18 00:45)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00231696.html

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