皇太子殿下、ご退位なさいませ

新潮45 2013年3月号
皇太子殿下、ご退位なさいませ 山折哲雄


… 率直に申しあげることにしよう。皇太子さまと雅子さまは愛子さまとともに、
いわば第二の人生を選ばれてもいい時期に際会しているのではないだろうか。
皇太子さまによる「退位宣言」である。象徴家族としての重荷から解放され、
新たな近代家族への道を選択して歩まれる「第二の人生宣言」といってもいい。
その人生の道はおそらく芸術と文化の広々とした森に開かれているにちがいない。
敗戦直後の昭和天皇による「人間宣言」、平成時代に入ってご自分の葬儀にふれられた
現天皇の第二の「人間宣言」、そしてもしも皇太子さまが退位のご決意を表明されれば、
それは第三の「人間宣言」として国民のこころにひびき、暖かな共感の波をよびおこすのではないだろうか。

… いま、皇太子さまの「退位宣言」ということをいったけれども、これは具体的には弟君、
秋篠宮殿下への「譲位宣言」を意味するだろう。
それがはたして、国民のあいだに、どのような反響を呼びおこすか、いまの私にははかりがたい。
けれども、皇太子さまのご発言と雅子妃の病状がひろく伝えられているなかで、
弟君が控え目ながらそのつど意見をのべられ、貴重な助言をお二人に与えておられたことが
つよく印象にのこっている。
人間としての思いやりと逡巡の複雑なお気持があったと推察されるが、それでもそれをあえて口にされた
秋篠宮殿下には、兄君の窮地を助けようとする態度がにじみでていたように思う。
お子さま方にたいする教育方針にも自立的な生き方がうかがわれ、好感を寄せる人々も多いのではないだろうか。
兄君は文系の歴史、弟君は理系の生物と、分野を異にする学問に精進してこられたことも好ましい光景であった。
その秋篠宮のご発言と立居振舞いが、皇室における象徴家族と近代家族という二重の性格を均衡させる
安定的な地点に、より近くお立ちになっているように私の目には映っているのである。
皇太子による寛大な「退位宣言」が、その「譲位」へのご意見とともに秋篠宮に自然な形で
受け継がれていくことを願わずにはいられないのである。
譲位とは、もともとは在位中の天皇がその「位」を譲ることを意味していた。
すでに「日本書紀」にいくつかの事例がでてくるが、
その譲位時の法的な次第は嵯峨天皇以後の事例にもとづいて「貞観儀式」で定められている。
それが明治の「皇室典範」で改められて終身天皇制となり、廃止されてしまったのだという。
譲位は、平和裡に王権の継受をおこなう制度だったといってもいいのであるが、ここに登場する嵯峨天皇は、
さきにもふれたように今上天皇が皇太子時代に言及された「写経の精神」をまさに体現するタイプの天皇だった。
ありうべき理想の象徴天皇のモデルであった。

taii.htm

 
皇室の苦悩、社会の危機 山折哲雄さんに聞く
2013年03月25日
宗教学者の山折哲雄さん(81)が月刊誌「新潮45」3月号に寄稿した「皇太子退位論」が反響を呼んでいる。
皇位継承順位第1位の地位を変更するという提言だけに、
「今の皇室典範では無理」「デリケートな問題だが議論はするべきだ」と雑誌などで賛否両論が噴出している。
寄稿は「皇太子殿下、ご退位なさいませ」と題された。皇太子妃雅子さまの長期療養が10年目に入り、
国民から求められる皇室の公的な家族像である「象徴家族」の役割が、皇太子ご一家の重荷になっていると指摘。
国民やメディアが「多少の不安とやや過剰な期待の目」をご一家に向けており、「その眼差(まなざ)しがいつか、
冷たい非寛容な視線へと転じていくかもしれない」と書いた。
一方で、戦後はぐくまれた私的な家族像を「近代家族」と規定。「皇太子さまと雅子さまは愛子さまとともに、
いわば第二の人生を選ばれてもいい時期に際会しているのではないだろうか」と、皇太子さまが「近代家族」を選び
「退位」を宣言することを提言。「弟君、秋篠宮殿下への『譲位宣言』を意味するだろう」と論を展開した。
山折さんは、この件でメディアには口を閉ざしてきたが「総合的な社会・人文科学論として検討を進めるべきだ」
として、朝日新聞記者の取材に応じた。
■権威と政治の均衡崩れる

 ――なぜ寄稿したのですか。
「宗教学研究の立場で長く天皇の意義を考え、2005年に『皇室典範に関する有識者会議』で、
女性天皇や女系天皇を認める意見を述べた。昨年10月に、政府が皇室典範見直しに向けた論点整理を発表したが、
議論は前進していない」

「私の中で危機感と憂いが深まったのか、昨年11月23日号『週刊朝日』の対談で皇位継承について短く発言した。
それを読んだ『新潮45』編集部から執筆を強く勧められました」

 ――皇太子ご一家を取り巻く状況をどう見ますか。
「雅子さまの療養には心を痛めます。私が『退位』にふれたのも、皇太子さまのお気持ちを察してです」

「平成になっての皇室批判や皇太子さまの『人格否定発言』(04年)への反応をみると、寄稿でふれたように、
国民もメディアも皇室に必ずしも温かいまなざしを向けていない。こちらの方が深刻です」

 ――というのは?
「皇室への国民の視線が冷たく非寛容になるのに歩調を合わせ、社会も冷たく非寛容になったようです。
皇太子ご一家に象徴される皇室の苦悩が、先を見通せない私たちの不安に重なります。
東日本大震災や原発事故、朝鮮半島、東シナ海情勢など、どうも平和な時代が危うくなっている。
そんな時代の雰囲気が、天皇家の危機と根っこでつながっている気がします」

 ――なぜでしょう。
「日本の歴史を振り返ると不思議なことに、平和な時代には、天皇の宗教的権威と現実の政治的権力との
均衡がとれてきた。江戸の250年しかり、戦後の68年間もそうです」

「政治学者の佐々木毅さんと01年に読売新聞紙上で書簡をかわした時にも、私は宗教的権威と政治的権力の
均衡論を説いた。それを受け佐々木さんは、多神教的な価値観の『すみ分け』を再生産する社会的装置の
維持が秩序を保ち、『天下停滞』が目に余ると、強いリーダーへの渇望が生まれると指摘しました」

 ――いま、強権的な指導者を求めるのは、均衡が崩れたからですか。
「だからこそ、象徴天皇制の下で宗教的権威と政治的権力の均衡を図るべきです。宗教、政治の両面から
天皇を専制君主にして、破局を招いた戦前の教訓を忘れてはならない」

 ――どうすればよいと。
「社会を安定させてきた象徴天皇制について、一人ひとりが、皇室典範の見直しを視野に入れた法律論をはじめ、
歴史、文化、宗教から総合的に考えること。寄稿したのは、議論を少しでも進めたかったからです」
(聞き手=編集委員・森本俊司)

やまおり・てつお 1931年米国生まれ。東北大助教授、国際日本文化研究センター所長などを歴任。
著書に『天皇の宮中祭祀(さいし)と日本人』『近代日本人の宗教意識』など。


「退位」を求める声まで出た皇太子さま53歳の「哀しき誕生日」
(週刊朝日 2013年03月08日号配信掲載) 2013年2月27日(水)配信
2月23日、皇太子さまが53歳の誕生日を迎えた。
いまの天皇陛下が、平成の御世を継いだ55歳という年齢に近づきつつある。
そうしたなか、誕生日に公表された写真と動画に、ひとりぼっちの皇太子さまが写っていたことが
関係者に波紋を広げている。
皇太子さまの53歳の誕生日に向けて発表された写真を目にした人は、誰もが驚きを隠せなかっただろう。
昨年までは家族団らんの写真と動画だったのに、今年は皇太子さまが一人でポーズをとる写真と、
東宮御所で書類などを前に、やはり一人で机に向かう動画だったからだ。
「マイホームパパ」の皇太子さまに、何か心境の変化があったのか。ある宮内庁幹部はこう話す。
「写真を見た瞬間は、ぎょっとしますよね。私も一瞬、家庭のことばかり優先すると非難の声もあがっているので、
あえて一人にしたのかとも思いました。皇太子さまは、他人の評価を気にする方ですからね」
そもそも、今年は例年にない混乱と困惑の中で迎えた誕生日だった。
「皇太子殿下、ご退位なさいませ」
こんな衝撃的な見出しが躍る月刊誌「新潮45」が発売されたのは、誕生日の5日前のことだ。
提言の主は宗教学者の山折哲雄氏。山折氏は、国民と皇室の信頼関係が揺らぎつつあるとして、
「皇太子さまと雅子さまは愛子さまとともに、いわば第二の人生を選ばれてもいい時期に
際会しているのではないだろうか」と指摘した。同氏は本誌昨年11月23日号の対談でも、
「皇太子さんは第二の人生を模索されてもいいんじゃないかと思うんです」「退位宣言ですよ」と語っている。
1月の東宮大夫会見では、皇室担当の記者から、皇太子さまの公務の日程がガラガラだという質問も出た。
「壮年皇太子の公務日程が空欄ばかりだ。同じ時期、両陛下の予定は(用紙が)3、4枚になっている」
ある記者はこう指摘し、「紙がもったいない」とまで言い放った。
皇太子ご夫妻に公務への積極性が見られないという指摘は、これまでにもあった。
そのたびに、東宮職の幹部たちは、こんな釈明をしてきたものだ。
「皇太子ご夫妻は、(両陛下より)出しゃばりすぎてはいけないと遠慮しておられるのです」
そうした意識が、震災関連の行動にも表れているのだろうか。12年以降の天皇、皇后両陛下と皇太子ご夫妻、
秋篠宮ご夫妻の動向をみると、皇太子ご夫妻が震災に関連して行動したのは3件だけ。
昨年2月に心臓のバイパス手術を受けた天皇陛下と献身的に看病した美智子さまは11件、
秋篠宮ご夫妻は15件で、圧倒的に少ない。
今年の誕生日に先立って行われた会見で、皇太子さまは真っ先に東日本大震災のことをあげて、
2月初旬に宮城県石巻市の伝統芸能である神楽を雅子さまと鑑賞したことを説明した。
〈雅子と共に被災地の復興に永く心を寄せていきたいと思っております〉
とも話したが、この表を見ると、“本気度”に疑問符をつけたくなってしまう。ある宮家関係者はこう話す。
「両陛下や両殿下に限らずとも、『被災地はその後、どうなっているのか』と気にかける人間であれば、
自ら関係者に話を聞いたり、被災地や関連する場に積極的に足を運んだりするのはごく自然な行動でしょう」
別の宮内庁幹部も言う。
「両陛下は言葉が独り歩きしないように、行動を伴うようにと常に気をつけておられる。一人ひとりと直に会い、
言葉を交わそうという意識が、公務などの多さにつながっているのです。
それは、秋篠宮ご夫妻も同じではないでしょうか」
一方、皇太子ご夫妻の動静からは、そうした意識は読み取れない。宮内庁関係者はこう批判する。
「何より問題なのは、皇太子さまの言葉に行動が伴わないことです」
最近も、皇太子さまと雅子さまがそろって出かけるのは、愛子さまの学校行事や、
愛子さまが所属するバスケットボール部の交流試合など、ほぼ家庭の行事に限られている。
もちろん、これには雅子さまが長期療養中という事情も影響しているだろう。だが、前出の宮内庁関係者は、
現場での活動より、室内での勉強を好むというご夫妻の性格が、
現場訪問の少なさにつながっているのではないかという。
皇太子さまは昨年1月、学習院女子大で「水災害とその歴史」と題した特別講義を行い、
貞観地震など日本の歴史的な水災害を引用しつつ、東日本大震災を分析した。
今年の誕生日会見でも、自身が名誉総裁を務める国連の「水と衛生に関する諮問委員会」に言及し、
水の研究という観点から、東日本大震災を見ていくと話している。
3月6日には、ニューヨークの国連本部で開かれる「水と災害に関する特別会合」で、
日本の災害の歴史について講演する予定だ。
「雅子さまも歴代天皇の祭祀にはほとんど出ませんが、事前に事跡を学ぶご進講には出ることもある。
皇太子ご夫妻は、室内の勉強がお好きなタイプなのです」(前出の関係者)
誕生日会見で、皇太子さまは昨年春ごろから月に1回程度、秋篠宮さまと天皇陛下のもとを訪れ、
象徴天皇としての体験や考えを聞いているとも明かした。
「大変有意義なひととき」で「本当に参考になる」と感想を述べたが、「勉強」だけに終わらず、
実際の行動につながるだろうか。
ちなみに、冒頭の写真の真相は、
「撮影日は17日ですが、この日は愛子さまがインフルエンザにかかり、
雅子さまも看病で風邪を患っていたんです」(前出の宮内庁幹部)
とのことだった。誕生日の写真が、皇太子さまの決意の表れというのは、うがちすぎだったかもしれない。
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20130227-01/1.htm

皇太子さまに「ご退位」勧める論文が大波紋 「第2の人生を選ばれてもいい時期」
J-CASTニュース 2月28日(木)18時28分配信
宗教学者で、国際日本文化研究センター元所長の山折哲雄氏が、
月刊誌「新潮45」3月号に「皇太子殿下、ご退位なさいませ」という刺激的な題名の文章を寄せた。
皇太子妃雅子さまの病気療養が10年目を迎え、「第2の人生」を選ばれてもいい時期なのではないか、
と投げかけている。
思い切った提言に対して、「自分の意志でやめられるはずがない」
「このまま雅子さまが皇太子妃としての役目を果たせないのなら、ご退位もやむを得ないのでは」と、
議論が巻き起こっている。
■結婚のために王位を捨てた英ウィンザー公を例示
「いま、皇室のあり方が揺れている」
山折氏の論文は、こんな1文から始まる。「心が痛む」のが、
「憂愁の度を深める皇太子・皇太子妃の沈んだ表情」というのだ。
皇太子妃雅子さまが「適応障害」と発表され、治療に入ってから10年目。2013年6月にはご成婚20年目となるが、
その約半分の時間を療養に当てていることになる。これを踏まえて山折氏は、皇太子ご一家のあり方に対して
国民やメディアが「かならずしも暖かい眼差しをむけているわけではない」と指摘、
「冷たい非寛容な視線へと転じていくかもしれない」と危惧する。そこで皇太子さまはご一家で
「いわば第2の人生を選ばれてもいい時期」にきているのではないか」とし、
これを「皇太子さまによる『退位宣言』」と表現。大胆な案を提示したのだ。
過去にも、「週刊朝日」2012年11月23日号で同様の発言をしていた。朝日新聞元編集委員の岩井克己氏との対談で、
皇太子さまの「退位宣言」に言及。「結婚のために王位と祖国を捨ててフランスに移り住んだ
英国のウィンザー公という例があります」と補足している。
皇室典範第3条は、「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、
皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる」と定められている。
だが皇太子さまはこれに該当せず、ほかに皇太子さまが地位を退くための法的な根拠は見当たらない。
「一方的にやめる」というわけにはいかないようだ。
それでも山折氏は、皇太子さまが秋篠宮さまに「譲位」され、ご自身は天皇家ゆかりの地である京都を
「第2の人生の場」にされてはどうかと「進言」する。これで雅子さまの病状も回復に向かうだろうというのだ。
同氏は「週刊現代」(3月9日号)の取材に「私があの論文(編注:「新潮45」に掲載された文章)を
一番届けたいのは、皇太子さまです」と語っている。

雅子さまの回復「長い目で温かく見守っていただければ」
「山折論文」はインターネット上でも反響があった。ツイッターの反応を見ると、
「これしか、皇太子ご一家を幸福にする手段はないのではないか」「議論されて良い問題」
と理解を示す声が一定数見られた。
メディア上でも賛否が分かれた。「週刊文春」3月7日号には皇太子さまの30年来の旧友が登場し
「天皇陛下でさえ定年がないのに、皇太子殿下が『やめた、降りた』って言えますか」と怒りの様子で語ったという。
論文では皇太子ご一家が、日本の象徴としての天皇家という「公」の部分よりも、
プライベートな家族としての「私」を重視されているようだとしているが、
この旧友は「健全な生活があってこそのご公務」と反論している。
「女性セブン」3月14日号も大きく取り上げた。複数の識者からコメントが寄せられているが、
高崎経済大学の八木秀次教授は「秋篠宮さまに皇位継承権を譲る」という点に賛成する。
「皇太子さまは、ご自分の家族に精神的な重きを置かれているようで、本来、皇太子として果たされるべき
役割ができていないように感じるから」という。長期療養が続く雅子さまが、
このまま皇太子妃の役割を果たせなければ「皇太子さまのご退位もやむを得ないかもしれない」としながらも、
「現実的には難しい」と答えたのは、元共同通信記者の橋本明氏だ。
皇太子さまは53歳の誕生日に先立つ2013年2月22日の会見で、
雅子さまが療養10年目を迎えたことについての思いを聞かれ、「快方に向かっている」としながらも
「さらに療養が必要です。雅子の回復を長い目で温かく見守っていただければ」と話された。
一方、治療が長期化していることで、いわゆる「セカンドオピニオン」を聞くというお考えがないかとの質問には、
「東宮職医師団が大変よくやっていただいていますし…今のところセカンドオピニオンという考え方は
特にございません」と述べられたという。
http://news.livedoor.com/article/detail/7455477/

元木昌彦の深読み週刊誌
「皇太子退位で第二の人生」可能なのか?皇室典範は継承順位変更に厳しい条件
2013/2/28 16:29
「率直に申しあげることにしよう。皇太子さまと雅子さまは愛子さまとともに、
いわば第二の人生を選ばれてもいい時期に際会しているのではないだろうか。
皇太子さまによる『退位宣言』である。象徴家族としての重荷から解放され、
新たな近代家族への道を選択して歩まれる『第二の人間宣言』といってもいい。
その人生の道はおそらく芸術と文化の広々とした森に開かれているにちがいない。
敗戦直後の昭和天皇による『人間宣言』、平成時代に入ってご自分の葬儀にふれられた
現天皇の第二の『人間宣言』、そしてもしも皇太子さまが退位のご決意を表明されれば、
それは第三の『人間宣言』として国民のこころにひびき、暖かな共感の波をよびおこすのではないだろうか。
そして、そのように選びとられた第二の人生の生活の場として、一○○○年の都であった京都の地ほど
ふさわしいところはないのではないかと私は思う。天皇家のまさに父祖の地であった京都は、
御所の森を中心に数々の寺社をその奥深いふところに抱え、緑したたるなだらかな山々に囲まれた美しい都であった。
その地に居を移すだけで、雅子さまの病状もゆっくりと回復にむかうであろう。豊かな自然の環境に包まれ、
自然な歩みのなかで快癒の実りを手にされるはずである。
いま、皇天子さまの『退位宣言』ということをいったけれども、
これは具体的には弟君、秋篠宮殿下への『譲位宣言』を意味するだろう。
それがはたして、国民のあいだに、どのような反響を呼びおこすか、いまの私にははかりがたい」
これは『新潮45』3月号に掲載された宗教学者・山折哲雄の「皇太子殿下、ご退位なさいませ」からの引用である。
この一文が各方面で議論を呼んでいるようだ。『週刊現代』はその現実味はあるのかと取材している。
今上天皇のご学友で共同通信記者の橋本明は「荒療治ではありますが、現実的な処方かもしれません」と
賛意を表している。
英国ウィンザー公は王位と祖国捨てて愛する女性を選択
当然ながら反対意見もあるが、皇太子が譲位することは可能なのか。皇室典範では
「精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故がある」(3条)場合のみ
継承順位の変更を認めると定められている。『皇室手帖』山下晋司編集長は難しいと見る。
「男系男子による継承を運営していく上で、最も重要な規定といっていいですからね。
それでも皇室典範を改正するとしましょう。国会での審議になりますが、
猛烈な逆風を浴びることを覚悟してやり通す政治家がいるとは思えません。昨年(2012年)、
女性宮家創設に関して政府が意見を公募したところ26万件超の意見が寄せられましたが、
その多くが反対意見でした」
『週刊文春』では皇太子の旧友がこの文への怒りを露わにしている。
「もしも皇太子さまがやめたいと言ってやめられるくらいなら、とっくにやめていると思います。
それほど皇太子というのは重い立場なのです。(中略)殿下が『私』に傾きすぎるという批判もありますが、
自分の仕事をまっとうするなら、まず家族をしっかり守らないといけない。
健全な生活があってこそのご公務なのです。どうしてその辺りを分かってさしあげないのでしょうか」
週刊文春は公然と退位論が飛び出すような国内の空気を一掃するためにも、
ご夫妻でのオランダ訪問を実現してほしいと結んでいる。
私見だが、かつて自ら望む結婚の意志を貫き、王位と祖国を捨ててフランスに移り住んだ英国の
ウィンザー公のような生き方があってもいいのではないだろうか。
自分が愛した女性のために皇位継承権を捨てるならば、私を含めた多くの国民は納得し、
祝福するのではないだろうか。
どちらにしても一番悩んでいるのは皇太子本人である。今はそっとしておいてあげようではないか。
http://www.j-cast.com/tv/2013/02/28167484.html?p=1

皇太子さまへのご退位提言に「一刻も早い方が」と賛同する人も
2013.03.01 07:00
女性セブン2013年3月14日号
宗教学者の山折哲雄氏が『新潮45』3月号に寄稿した『皇太子殿下、ご退位なさいませ』という論文が
波紋を読んでいる。
山折氏は、小泉純一郎元首相(71才)時代に設けられた「皇室典範に関する有識者会議」のヒアリングで、
実際に意見を述べたこともある人物。
その山折氏が皇太子さまにご退位をすすめ、さらに弟の秋篠宮さまに「譲位」してはどうかとも綴っているのだ。
山折氏と同じく「皇室典範に関する有識者会議」でヒアリングを受けた高崎経済大学・八木秀次教授は、
この意見に賛同する。
「山折氏が言われている“退位”とは皇族の身分を離れるというより、
“秋篠宮さまに皇位継承権を譲られてはどうか”というものだと思います。これには私も賛成です。
なぜなら皇太子さまは、ご自分の家族に精神的な重きを置かれているようで、
本来、皇太子として果たされるべき役割ができていないように感じるからです」
八木教授は、雅子さまが宮中祭祀に対して消極的だといわれていることも、賛同の理由として挙げている。
宮中祭祀とは両陛下が最も重要なお務めと位置づける“国家や国民の安寧”をお祈りする儀式のこと。
キャリアウーマンで合理主義的な考えが強いとされる雅子さまは、宮中祭祀の意義深さが理解できず
苦しまれているという報道がかつて出たこともあった。
「皇族は特別な身分が与えられているわけで、そこから宮中祭祀のような特別な職務が発生するわけです。
それが将来、皇后となられるかたが宮中祭祀に対して違和感を持たれているのでは、いかがなものかと思います。
雅子さまが、個の部分を大切にされるのは構いませんが、公的な存在として、
そういった職務を果たされないのであれば、皇室を去るしかないわけです。
これは決して無理な注文だとは思わないのですが」(八木教授)
そして皇位を譲るなら一刻も早いほうがよいと八木教授は続ける。
「両陛下はご高齢ですし、皇位継承こそが、おふたりを悩ませている問題でもあります。
少しでも早く秋篠宮さまに譲られれば、陛下を間近でご覧になり、将来の天皇としての自覚を養うことができます。
秋篠宮さまならば、陛下の精神的・肉体的サポートが充分におできになるのではないでしょうか。
そして次の天皇となられる悠仁さまにも幼いころから、帝王学を学ばせることができますから
大きなメリットとなります」
では、その場合、皇太子さまはどうしたらいいのか。
「皇太子さまにも一宮家として皇室に留まっていただき、秋篠宮さまを支えていただくのが、
いちばんいい形だと思います」(八木教授)
http://www.news-postseven.com/archives/20130301_174196.html

選択2013年4月号
「本に遇う」河谷史夫
「言わねばならぬこと」
「皇太子殿下、ご退位なさいませ」とあったのに打たれた。何に打たれたかというと、そのタイトルである。
簡にして要を得た一文がすべてを語りつくして余剰がない。
山折の挙げる論点はともかく、畢竟いまの皇太子は皇太子であることを辞めたほうがいいとの進言で、
異議はない。誰しも腹の中では思っていたことだ。裸の王様に向かって「王様は裸だ」と叫んだわけである。
新聞に皇太子の誕生日会に皇太子妃は欠席したとあった。こんなことは頻々らしい。
医師団による「適応障害」の治療は十年を数える。心の病は厄介である。
皇太子は単独行が珍しくなく、一方で弟の秋篠宮夫妻の活動が伝えられる。
「君を守ります」と約束して妻を迎えた経緯もある。
皇太子はもう、公務よりも細君の治療専一を選ぶべきではないかと思う人は多い。
それを山折は一言で言い切ったのである。身も蓋もないと言えばそれまでだ。
「辞めたくとも辞められないのです」と、退位規定のない天皇に似て不自由なのだと庇うのがいるが、
先代が」人間宣言」して久しい。必要に応じて人間的な前例を作ればいい。
そも身も蓋もないことを言うしかないことがある。
山折も言わねばならないことを言ったに過ぎない。あえて言うときは、情緒に引きずられることなく、
非人情でなければならない。

週刊新潮2013年3月28日号
「皇太子さま」ご退位論が不愉快だった「雅子さま」と「小和田家」
さる14日に行われた風岡典之・宮内庁長官の定例記者会見では、以下のような場面がみられた。
「長官は冒頭で“皇后さまに比べて雅子さまのご公務が極端に少ない”と報じた女性誌に言及したのです」
とは、宮内庁担当記者。
「記事にある、“ご夫妻で地方行幸啓に出席されて形は、おもに現在の両陛下が築かれたもので、
昭和天皇のお出ましに香淳皇后がお供していたことはあまりない”との記述について、
長官は『晩年はともかく、昭和の時代においても両陛下がご一緒に公務をなさるのは通常の形でした』と
苦言を呈したわけです」
それを受け、案の定というべきか、「記者からは『“昭和時代も両陛下ご一緒がご公務の通例”ということは、
現在の皇太子ご夫妻は通常の形ではないという意味ですか』と切り返しがありました。
長官が何ら動じずに、『晩年は香淳皇后もご一緒ではなかった』と断った上で
『ご体調の状況で、さまざまな違いが出てきます』と、かわしたのです。
が、別の担当記者は、こう指摘するのだ。
「ご高齢による香淳皇后のご不調と、雅子さまのご病気を同列に論じられないのは言うまでもなく、
かえって皇太子ご夫妻のイレギュラーなお振る舞いが印象付けられてしまいましたね」
1月中旬に、皇太子さまのご公務の少なさが東宮大夫の定例会見で取り沙汰されたことは、本誌でも報じた。
ことほどさように、ご夫妻は現在、逆風下におかれているのだ。

無邪気な娘と大喜びの父
現行の皇室典範には、〈皇嗣(皇位継承第1位の者)に、精神若しくは身体の不治の重患があり、
又は重大な事故があるとき〉に限って、皇位継承の順位を変えられるとある(第3条)。
したがって論文にいうところの「ご退位」は、現実的にはきわめて難しいわけだが、
それでも、こうした議論が生まれてしまう状況に、皇太子さまがお悩みを深めていることは想像に難くない。
また、雅子妃も、「そもそも、地位を退くという話題が出ること自体、決して快く思し召しではありません」
(宮内庁関係者)
が、それは皇太子妃としての務めがままならないご自身を嘆かれてではなく、全く別の理由からだという。
先の関係者が続ける。
「妃殿下は以前から、先々に迎えられる“お立場”について、強いこだわりをお持ちです。
ご公務の日程はいまだご体調との兼ね合いで決まる状態が続いていますが、将来の皇后さまになられる
ということには、大いに意欲を見せられているのです。ご家族を含めた周辺の中には、
『今を耐えれば、次代には−−』といったお声掛けで励ましている人もいるといいます」
そのお立場も、皇太子さまあってのもの。
「一方で妃殿下は、愛子さまについては、皇室という空間から解き放ち、幸せになってほしいという思い
を強くお持ちです。女性宮家の議論がどうなるにせよ、「ご本人の意思を尊重したうえで」との条項
は残されるでしょうから、その際には間違いなく愛子さまを民間に送り出すとみられます」(同)
ご自身が苦しまれた「特別な環境」には、間違っても残したくないというのだ。
振り返れば2009年、今上天皇のご学友でジャーナリストの橋本明氏が、著書で「廃太子」論を
展開したことがあった。むろん、当時も議論を呼んだものの、今回の山折論文とは似て非なるものだという。
「皇太子殿下はきちんとご公務を全うされており、私は、問題はもっぱら妃殿下にあると考えています。
仮にこのまま皇后になられたら大変なことになると危惧し、ならばいっそ「廃太子」をと、
あえて持論を申し上げました。妃殿下がいらっしゃらなければ、思慮深く行動力のある殿下が、
皇后不在のまま天皇になるのがよろしいかと思います」(橋本氏)
とはいえ、それもまた現実的ではなく、「一時期、ご夫妻の“離縁”の可能性を論じた報道がありましたが、
妃殿下の皇籍離脱など、現状ではありえない話です。ご成婚の際に『一生全力でお守りする』と明言された
殿下は、その後の人格否定発言も然り、必死で妃殿下を庇われるお姿を貫かれております。
ご夫婦の絆は、報じられている以上に、はるかに強固なのです」(東宮関係者)
であれば雅子妃は、なおのこと一連の議論を煩わしく思われているに相違ない。
そうした感情は、陰に陽にバックアップを続ける人々にも通じるという。
ご成婚後、小和田家による雅子妃への度を越えたコミットメントが指摘されてきたのは、ご存知の通りだ。
評論家の西尾幹二氏が言う。「ご夫妻の抱えられる問題には、雅子妃のご病気とともに、
小和田家の思惑が大きく関係していると見るべきです。実父の外交官、小和田恒氏は、伝統的な日本文化を
理解しているとは言い難い人物です」
雅子妃も同様で、「ご夫妻が初めて出会われたのは86年10月、来日したスペイン王女のレセプションの場でしたが、
帰宅した小和田雅子さんは母方の祖母に『パーティーで浩宮さまという方にお会いしたけれど、偉い方なの?」
と尋ね、祖母に『将来の天皇になられる方よ』と教えられたという逸話があります」(皇室ウオッチャー)
帰国子女という事情を差し引いても、一般的な日本人とはかけ離れた感覚をお持ちなのはお分かりだろう。
一方、父君についてはこんな秘話が―。ある外務省OBが明かす。
「80年代、雅子さまがお妃候補に薦されてメディアにお名前が出始めた頃のことです。
ある日、小和田恒さんは皇室に幅広い人脈を持つ外交関係者を交え、会食する機会がありました」
席上、タイムリーな「娘の行く末」が話題にのぼったという。
「小和田さんはその関係者から、『本当のところ、お嬢さんはどうなんですか』と水を向けられ、
『私どもはさっぱり分かりません。まさか宮内庁に問い合わせるわけにもいかず、どうすればいいのか』
と困惑の体でした。それでも、『皇室に嫁ぐとなれば、こんな光栄なことはありません。ぜひお願いします』
と大喜びだったので、この関係者は魚心あれば水心とばかり、さっそくその日から縁談をまとめるべく、
人脈をたどって手配を始めたのです」(同)
現在、お二人のロマンスについては、皇太子さまが初志を貫かれ、お心を決めかねている妃殿下ならびに
小和田家側がその熱意に折れた、というストーリーが“定説”としてまかり通っている。
が、実際には最初から小和田家は大乗り気だったというのである。
この時点で「未来の皇后」という、本来はきわめて重いはずの地位も、もちろん見据えていたことだろう。
こうした経緯を遡れば、「ご退位」云々などと聞かされ、一家もまた穏やかでいられるはずはない。
再び西尾氏が警鐘を鳴らす。
「小和田氏は、近代的かつ欧米的な個人の自由の概念を皇室に持ち込もうとしているのは間違いなく、
無垢な皇太子殿下にとってはきわめて刺激の強い新鮮な概念でしょう。
そのため、すでに小和田家に取り込まれてしまっていると推定されます」
皇室評論家で文化学園大学客員教授の渡辺みどり氏が言う。
「昭和、平成と続いてきた両陛下揃っての姿を、次代にも求めるのが国民の心情です。
それが叶えられそうにない状況が続いているがゆえに、殿下にも批判が向けられてしまうのです」
はたしてご夫妻は、自ら解決の糸口を見つけることができるだろうか。

朝日新聞2013年4月9日夕刊 文芸/批評
論議よぶ「皇太子退位論」 山折提言に批判・反響
宗教学者・山折哲雄が月刊誌に発表した「皇太子退位論」が議論を呼んでいる。
強い批判が上がっている一方、象徴天皇制の本質にかかわる問題提起だと受けとめる声もある。
違法行為/譲位も可能/国民次第
山折が皇太子さまに「退位」を勧める提言を公表したのは今年2月だった。
メディアと世論の一部に皇太子ご一家への冷たい視線があり、このままでは皇室と国民の関係に危機が訪れ、
ご一家のためにもならないかもしれないと懸念。
「皇太子さまと雅子さまは愛子さまとともに、いわば第二の人生を選ばれてもいい時期に
際会しているのではないだろうか」と、皇太子さまに「退位宣言」を勧める内容だった。
論壇ではこれに対し、保守系メディアを中心に批判や反響が相次いでいる。
たとえば週刊文春は、「ご友人が怒りの猛反論『やめられるなら、とっくにやめている!』」
とする記事を載せた(3月7日号)。「皇太子の旧友」を主語にする形での強烈な批判だった。
今回の論点の一つは、提言の実現可能性だ。
作家の竹田恒泰は、皇位継承順位の変更を皇室典範がどう定めているかを検討。
「精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故がある」ことが条件とされる
ことに照らし、皇太子さまの場合は「変更することはできない」と結論した。
そのうえで、仮に万一「職務放棄」がなされればそれは「違法」であり、「殿下にそれを進言することは、
違法行為を推奨するに等しい」とした(新潮45・4月号)
異なる可能性を示唆したのは週刊現代3月9日号の記事だった。
「(雅子)妃殿下の病気を『重大な事故』と認めさせ、譲位することはできるかもしれない」
とする「宮内庁関係者」の見方を紹介した。
違う角度から論じたのは経済学者の佐伯啓思だ。
皇室典範は実は「通常の法律と同様に、国会の議決によって改正できる」ものであり、
「『皇室の判断によって継承順位を変更できる』というように(皇室典範の)法改正をすれば、
『ご退位』はいくらでも可能となる」。天皇制をどう運用するかは
「すべて国民次第ということになっている」のが戦後の憲法体制なのだ――。
佐伯はそう記して、山折提言を「非現実的」とする見方と一線を画した(新潮45・4月号)
公と私という区分に照らして天皇や皇太子に「私」はあるのかという問題も、
今回論点になった。たとえば竹田は前出の寄稿で、「古来、日本では『天皇に私なし』と言われてきた。
同じ論理で皇族にも『私』はない」と論じた。
他方、佐伯は戦後の憲法体制の中に、国民によって正当化されたものだからこそ皇室が「公的」なものになっている、
という構図を読み取った(前出記事)。
そこでは、もし国民が皇室を「私的家族」だとみなし、「皇室のことは皇室が決めればいいじゃん」と言い出せば、
皇室の「公的」な性格は骨抜きになってしまうのだ――と。
ここにある矛盾は「戦後民主主義と天皇制の間の亀裂」を表すものではないだろうか。
佐伯はそう説いて、山折提言を「戦後の天皇制についてのっぴきならない論点を明るみにだしたもの」と評した。
(塩倉裕)

山折哲雄の「退位提言」
「皇太子殿下、ご退位なさいませ」と題し、新潮45・3月号に寄稿された。
提言が事実上、「弟君、秋篠宮殿下への『譲位宣言』を意味する」ものになるとの認識も記した。
皇室には「近代家族」と「象徴家族」の両側面があると指摘。
自由な個人が営む民主的な前者と、国民から求められる公的な家族像としての後者の均衡がカギになるが、
皇太子ご夫妻の場合には両者のバランスが「近代家族の側にぶれはじめているのではないだろうか」と記した。

皇室の風(連載57)岩井克己
山折哲雄の皇太子退位論
山折哲雄(宗教学者)の論文「皇太子殿下、ご退位なさいませ」(『新潮45』三月号)が波紋を広げている。
筆者との対談(『週刊朝日』二〇一二年十一月二十三日号)での提言を同誌編集部の求めで詳述した。
「よくぞ言った」との賞賛や、「不敬」との反発が巻き起こり、同誌同号は完売・増刷の売れ行きだったという。
昨秋の京都での対談は、歴史・伝統談義から天皇葬儀などの皇室儀礼など幅広く五時間以上に及び、
『週刊朝日』に収録できたのは一部にすぎない。問題の山折発言も、文脈をはしょって詰め込まれた。
対談の相方として言っておかねばならないと思うのは、山折の真意は、
「皇太子夫妻を救いたい」との同情だったということである。
ただ、そんな山折があえて「退位」を勧めたところに、事態の深刻さを思う。

対談の文脈を改めて紹介し読者の理解を求めたい。
山折論文は筆者(岩井)との対談(週刊朝日2012.11.23日号)での提言を新潮45編集部の求めで詳述したもの。
対談は5時間以上に及び、「週刊朝日」に収録できたのは一部にすぎない。
対談の相方として言っておかねばならないと思うのは、
山折の真意は、「皇太子夫妻を救いたい」との同情だったということである。
ただ、そんな山折があえて「退位」を勧めたところに、事態の深刻さを思う。
対談の文脈を改めて紹介し読者の理解を求めたい。
(以下抜粋)
山折:戦後の象徴天皇制において皇室の家族のあり方が難しくなってきた。
宮中儀礼と一体化した「象徴家族」としてのあり方。
それと民主主義の価値観に基づく「近代家族」というあり方とが矛盾し始めている。
岩井:将来の皇室のあるべき姿は今後どう変化していくのか。
皇太子夫妻の時代には象徴家族、カリスマというものも薄れていくのではないか。
山折:放っておくと、皇室もイギリス王室の世界にだんだん近づいていく。
プライベートな世界、スキャンダルの暴露が王室の存続を脅かしていくという。
象徴家族というものは対外的にも対内的にも国の窓の役割なのだから、
最小限の祭祀はやっていかなければならない。近代家族の側面はあまり表に出さない配慮も必要だと思う。
岩井:メディアは、皇室といえども人間として様々に伝えるのが役割。天皇・皇后も長い道のりを経て
一つの成熟の姿に辿り着いたように見える。
人間だから、初めは象徴の役割と近代的な個我との間の葛藤や、色んな逸脱とか悩みとかもある。
そんな模索の歩みも国民に伝わるべきではないか。
同じ時代をともに生きたというものが大切では。
雅子妃の場合、象徴家族というエリアに対する適応困難が深刻ですよね。
象徴家族の役割は雅子妃のためにもうやめたら、欧州王室並みにニースで遊ぶなど自由に生きるべきだとか、
そんなことは絶対に許せないと怒る人も。
英国に比べれば日本のメディアは大人しい。
しかし無条件に敬愛せよというわけにはいかない。真実を覆い隠すことはできない。
山折:しかし今の雅子妃の状況、皇太子の状況はあまりにも可哀想。
私はふたりをやはり救いたいな。皇室を救う以前の問題だな。
岩井:救うというのは、皇室の有りようを変えるのか、環境を変えるのか。
雅子妃は明らかに祭祀・儀式を避けている。
象徴家族の部分は皇太子だけなさればいいと言う人もいますが、奥さんが意義を感じていないとなると深刻です。
山折:確かに深刻だが、みだりに離婚なんてしてほしくないと思う。
責任を負うと宣言された訳ですから、結婚のときにね。
岩井:皇太子夫妻は孤独で、様々な人間と関わりを求めているように見えない。
被災地に心を寄せると言うけれど、足を運んだり色々な人を呼んで話を聞いたりする様子もない。
象徴家族の枠割を果たせないことでメディアが批判すると、
「治らないのはメディアのせい」と言わんばかりの主治医の文書が出る。
家族のことで精いっぱいなのかなと。
山折:極端な言い方になるかもしれないが、皇太子は第二の人生を歩んでもいいのじゃないかな。
岩井:第二とは?
山折:退位ですよ。ウィンザー公という例もある。楽隠居しちゃえばいい。
即位してないから辞退ですかね。あとは弟にさっと譲る。
秋篠宮いいじゃないですか。 日本国のイメージも変わりますよ。皇太子と雅子妃の人気も高まりますね。
岩井:そこまでいかなくても、天皇・皇后が春秋に京都に滞在するとか、公務も皇太子、秋篠宮に振り分け、
京都で皇太子、東京で秋篠宮がやるとか。柔軟に構えてもいいかもしれませんね。(敬称略)
http://www.sentaku.co.jp/series/post-2834.php