昭和22年皇籍離脱

昭和22年10月14日
天皇家と秩父・高松・三笠の直宮家を除く傍系11宮家がGHQの方針によって皇籍を離脱。

伊藤哲夫氏(皇室典範改悪阻止!「草莽崛起国民大会」平成17.11.18のスピーチ)
============================================================================
そこで残念ながら十一宮家の方々が相談されて、まさにこれは占領軍の意図だったわけですが、
自ら皇籍離脱を希望するという形で皇籍を離れていかれました。
その時に、最後の最後まで抵抗されたのが昭和天皇でございました。
最後のお別れ会で昭和天皇は、
「残念ながら事ここに及んでしまった。しかし私の気持ちは変わらない。昔のままの付き合いをしていきましょう」
とおっしゃられたのであります。
そしてその時、加藤進(かとうすすむ)さんという立派な宮内庁次官の方がおられて、
恐らくこれは昭和天皇のご意向を受けての言葉だと思うのですが、
皇籍離脱される十一宮家の方々に対して、加藤さんはこうおっしゃった。
「このような形になったけれども、しかし万が一あなた方に皇位継承という話が出ないということはないんだ。
出る可能性は万が一のケースとして有り得るんだ。
だから、くれぐれも身をお慎みになってこれからの生活をしていって頂きたい」
============================================================================


皇籍離脱
(外部サイト)


他 日本・皇室関連目次へ