愛子さま 初等科ご卒業 中等科ご入学

愛子さま学習院初等科卒業へ 4年時に積極性大きく成長
2014年3月1日19時51分
皇太子ご夫妻の長女・愛子さま(12)が今月、学習院初等科を卒業する。
4月から学習院女子中等科に進学する予定だ。6年間にわたり愛子さまを見守った学習院の
東園基政・常務理事は「通学に不安を感じた経験をへて、愛子さまは大きく成長された」と振り返る。
愛子さまは6年間とも「南組」で、同じ女性教諭が担任を務めた。特別クラブの管弦楽部では
チェロを担当。5年生からバスケットボール部に入部し、背の高さを生かしたプレーで活躍したという。
2年生だった2010年春、通学への不安を訴え、約1年半にわたり、ご夫妻が登校に付き添った。
様々な要因が取りざたされたが、東園さんは「(愛子さまが)学校にいらっしゃりにくくなった
原因を断定することはできませんでした」と話す。
変化が見られたのが、4年生の11年9月、山中湖での校外学習だったという。
愛子さまは髪を短くして参加し、張り切った様子だった。その後、付き添いなしで登校する日が増え、
自ら手を挙げて係を希望したり、英語講習に参加したりするなど、積極性が見られるようになったという。
女子中等科には初等科からの58人のほか、新たに140人余の仲間が加わる。
東園さんは「今後も青春を謳歌(おうか)していただきたい」と話している。(島康彦)
http://www.asahi.com/articles/ASG2G3TNTG2GUTIL00Y.html

愛子さま:初等科18日卒業 通学不安乗り越え積極的に
毎日新聞 2014年03月17日 10時38分(最終更新 03月17日 10時54分)
皇太子ご夫妻の長女愛子さま(12)が18日に学習院初等科の卒業式に臨み、
4月から学習院女子中等科に進学する。学習院幼稚園、初等科と愛子さまを見守り続けた
学習院常務理事の東園基政(ひがしそのもとまさ)さん(75)は「感慨無量。いろいろありましたが、
初等科の良い思い出を胸に卒業され、女子中等部に進んでほしい」と希望を述べた。
宮内庁によると、学習院初等科では11日、6年生を送る会があり、卒業を前にした6年生が音楽演奏を披露。
愛子さまはマリンバと鍵盤ハーモニカを担当し、合唱にも加わった。
また、十数人の学年代表の一人として在校生に向けるメッセージも語った。
2年生だった2010年3月に、通学への不安感を訴えたこともあったが、
雅子さまが約1年半にわたり付き添いや授業参観を続け、元気を取り戻した。
「特に5年生になってから非常に積極的になられ、手を挙げて運動会の役員になられた。
その年は残念ながら風邪で休まれたが、6年生の運動会は頑張った。近くで見ていて感動しました」と
東園さんは感慨深げに語る。
部活動にも積極的に参加した。4年生の時に管弦楽部に入りチェロを担当。
昨年12月にあった「小さな音楽会」ではビオラの皇太子さまと初めて同じステージで共演した。
またバスケットボール部にも所属していて他校との親善試合に参加した。
昨年7月には「沼津海浜教育」に参加して500メートルを泳ぎ切った。
学習院女子中等科では入試で入った約150人と一緒になる。東園さんは「新たな雰囲気の中、
いろいろな体験をしていただきたい。社会とのつながりが増えてくる中で、
青春を謳歌(おうか)してもらいたいですね」と期待を込めた。【真鍋光之】
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20140317k0000e040098000c.html

愛子さま、初等科卒業式に
皇太子ご夫妻の長女愛子さま(12)は18日午前、学習院初等科(東京都新宿区)の卒業式に出席された。
4月からは学習院女子中等科に進学する。
セーラー服姿の愛子さまは午前9時ごろ、ご夫妻とともに初等科の正門前に到着。
報道陣から「おめでとうございます」と声を掛けられると、笑顔で会釈した。(2014/03/18-09:49)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2014031800157

愛子さま卒業、皇太子ご夫妻「すがすがしい」
皇太子ご夫妻の長女愛子さま(12)は18日夕、ご夫妻とともに皇居・御所を訪問し、
天皇、皇后両陛下に学習院初等科(東京都新宿区)を卒業したことを報告された。
午後6時前、ご一家は車で半蔵門から皇居に入られた。
セーラー服姿の愛子さまは、沿道の人たちに笑顔を見せられた。
同日午前に初等科で行われた卒業式には、ご夫妻も出席された。
宮内庁によると、ご夫妻は、6年間で大きく成長された愛子さまの姿を感慨深げに見守り、
「厳粛な中にもすがすがしさを感じる良い式でした」との感想を出された。
また、愛子さまは卒業式に向かう際、初等科生活について聞かれ、
「楽しかったです」と答えられたという。
(2014年3月18日20時13分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20140318-OYT1T00748.htm?from=blist

愛子さま 両陛下に初等科卒業をご報告
学習院初等科を卒業した愛子さまが18日夜、天皇・皇后両陛下に卒業を報告した。
愛子さまは18日午後6時頃、天皇・皇后両陛下に対し学習院初等科卒業について
報告するため皇太子さま、雅子さまとともに皇居を訪問。車の中からにこやかな
笑顔を見せていた。  これに先がけ18日午前、愛子さまは皇太子ご夫妻ともに卒業式
に出席し、記者団から初等科生活の感想を問われると「楽しかった」と応じていた。
式典では「敬宮(としのみや)愛子」と名前を呼ばれると「はい」とはっきり返事をして
卒業証書を受け取ったということで、皇太子ご夫妻は「厳粛な中にもすがすがしさを感じる
良い卒業式だった」という感想を寄せられた。  愛子さまは来月、学習院女子中等科に進学する。
[ 3/18 20:33 NEWS24]
http://news24.jp/nnn/news89076700.html

愛子さま、学習院女子中等科に入学=笑顔で「楽しみにしています」
皇太子ご夫妻の長女愛子さま(12)は6日午前、学習院女子中等科(東京都新宿区)の入学式に出席された。
午前9時前、ご夫妻とともに真新しいセーラー服姿で登校した愛子さまは、
報道陣からの「ご入学おめでとうございます」との声に「ありがとうございます」と小さく会釈。
「今のお気持ちはいかがですか」と問われ、「楽しみにしています」と笑顔で答えた。
宮内庁東宮職によると、新入生は208人で、このうち初等科から進学したのは58人。
愛子さまは1年の西組に所属する。クラブ活動などはまだ決めていないという。(2014/04/06-10:25)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2014040600048

愛子さま、学習院女子中等科ご入学 「楽しみにしています」とにこやかに
2014.4.6 10:41
皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは6日、
学習院女子中等科(東京都新宿区)の入学式にご出席。新たな一歩を踏み出された。
愛子さまは紺色のスカーフのセーラー服で、ご夫妻とともにご登校。門の前で写真撮影に応じた際、
報道陣が「ご入学おめでとうございます」と声をかけると「ありがとうございます」と会釈された。
また「今のお気持ちはいかがですか」との問いかけに「楽しみにしています」と、
はっきりとした口調でにこやかに答えられた。
入学式は女子高等科との合同で、愛子さまは中等科新入生約200人のひとりとしてご出席。
ご夫妻は、一般の保護者席の最前列に座られたという。
ご夫妻は愛子さまご入学に先立ち、宮内庁東宮職を通じ「大変うれしく思っております。
中等科では、勉学に励むとともに、さまざまな経験を詰み、実り多い学校生活を送ってほしい」
とのコメントを出された。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140406/imp14040610430003-n1.htm



愛子さま 初等科の文集に掲載された“超秀才”レポート
女性自身
2014年03月18日00時00分
3月18日に学習院初等科を卒業される愛子さま。その4日前、修了式が行われた14日には
全校生徒に文集『小ざくら』が配られた。年に1回発行される文集には、
作文や詩、工作、自由研究など優秀な作品が選ばれて掲載される。
今回は、夏休みに書かれたという愛子さまの歴史研究レポートが4ページにわたって掲載されていた。
タイトルは『藤原道長』――。
藤原道長は平安時代中期に摂政などとして権力をふるった貴族。
だが、なぜ道長をテーマに選ばれたのか。
愛子さまはレポートにこう書かれている。
《授業で藤原道長について学習している時に、「御堂関白記」に少し触れ、ま
た、学習する前にも新聞で「御堂関白記」がユネスコの記憶遺産に登録されたという記事を見たので、
一度実物を見てみたいと思った。
それで、夏休みに、東京国立博物館で開催された特別展「和様の書」に行き、
「御堂関白記」を見て、これほど古い日記がよく残っているものだと驚いた。
そこで、この日記を書いた藤原道長について詳しく知りたいと思い、調べることにした》
このレポートでは、天皇の結婚についても綴られている。
《藤原氏は、自分の娘を天皇のきさきとして、外戚関係を築くことにより、勢力を伸ばしていった。
その中でも、藤原道長は4人の娘を天皇と結婚させ、摂政や内覧の座について
権力を手中におさめていったことが分かった》
皇室ジャーナリストの松崎敏弥さんは言う。「内容は非常に論理的で、文章もしっかりされています。
昨年秋ごろには、愛子さまの“超秀才ぶり“について複数の週刊誌が報じていますが、
まさにそれを裏付けるものですね。レポート作成には皇太子さまのご指導があったのだと思いますが、
参考文献や資料の出典などもきちんと書かれていました。
皇太子ご夫妻は、愛子さまの“皇族教育”にはそれほど積極的ではないのでは、といわれてきました。
しかし、実際には愛子さまは、ご自身の置かれた環境や、
皇族としての役割について深く考えられるようになられています」
レポートは次のような一文で締めくくられている。
《道長の人生は本当に幸せだったのだろうか》
愛子さまは、皇族としての自覚も芽生え、人間の本当の幸せについても考えるようになられていた。
http://news.livedoor.com/article/detail/8641447/

週刊新潮2014年3月27日号
「学習院初等科」卒業式に「宮内庁記者」との激しい冷戦
「愛子さま」お言葉の機会を断固拒否した「雅子妃」
(略)
ウオッチャーの1人が、印象深い思い出を振り返る。「初等科の校門付近を警備しているお巡りさんが、
ある時、私たちに近寄ってきて、こう吐き捨てたんです。『モンペっているもんだよね』って」
モンペ、すなわちモンスター・ペアレント。この言葉が誰に向けられたものだったのか、
ウオッチャーたちの中で理解できない者はいなかった―。
3月18日に学習院初等科の卒業式に出席された愛子さま。(略)
振り返ってみれば、皇太子殿下(54)ご一家にとって心安らかなものだったとは言い難い、この6年間だった。
そして図らずも、愛子さまの卒業式に際し、改めて現在のご一家の状況を物語る「トラブル」が起きたのである。
「卒業式前の14日に行われた、小町さん(恭二・東宮大夫)の定例記者会見でのことでした」
こう説明するのは、さる宮内庁担当記者だ。
「報道陣が、卒業式会場で愛子さまおよび両殿下の様子を取材したい、愛子さまご本人のご感想をお聞きしたい旨、
要望したんですが、小町さんは『無理でございます』と拒否。
入学式の時は、学校の敷地内での撮影が許可されていたので報道陣は食い下がりましたが、
『保護者の関係もありますから…』と断固拒絶の姿勢を示したんです」
(略)
愛子さまの卒業式という晴れの門出に際しても、頑ななまでに東宮ご一家と国民を遠ざけようとした小町大夫。
「彼は2月下旬に発売された女性週刊誌の記事を問題視していました。そこには、皇太子殿下が
ジョギングの最中に足を痛められたため、2月7日に予定していた登山を13日に延期した経緯が書かれていた。
小町さんは、殿下の足のことはオフレコの約束だったのになぜ漏れたのかと憤ってみせ、
信頼関係を損ねたのだから、愛子さまの卒業式の模様を取材したいという前に、
報道陣の姿勢を改めるのが先だと強気に出たんです」(別の記者)
(略)
元宮内庁職員で「皇室手帖」の発行人も務めた山下晋司氏
「雅子妃殿下には、愛子さまの露出を控えたいとのお気持ちがあるのではないでしょうか。
ご成婚前からメディアの取材に晒されてきた妃殿下は、もともと大のマスコミ嫌いと言われていますからね」
実際、愛子さまが初等科に通われていた間に見せた、雅子妃の愛娘に対する「愛情」と、
その発露とされる「干渉」には尋常ならざるものがあった。
まず思い出されるのは、愛子さまが4年生だった2011年9月に起きた、世に名高き「校外学習事件」だ。
「愛子さまにとって初めての「お泊り学習」となった校外学習が2日3泊の日程で行われ、
富士山麓などに足を運ばれたんですが、雅子さまはその全行程を『追尾』したんです」
と、当時の担当記者が未だに信じ難いといった様子で回顧する。
「愛子さまたち児童が乗られたバスを、雅子さまはトヨタのアルフォードで追い掛け、
児童たちと同じホテルに宿泊。青木ヶ原樹海のコウモリ穴と呼ばれる洞窟を児童が探索した際は、
こっそり見守るつもりだった雅子さまと愛子さまが遭遇してしまい、『あら偶然ね』と
雅子さまが取り繕う一幕もありました」雅子妃は、一粒種の愛子さまから一瞬たりとも離れられない
異常な状態にあるのではないか、との憶測を呼んだのは言うまでもない。
なお、この校外学習事件には余談があり、「雅子さまが愛子さまを追い掛ける一方、皇太子さまは
初等科から出発する愛子さまが乗ったバスを、その姿が見えなくなるまで手を振り、見送られていました。
親の行動としては分からなくもありませんが、次の天皇陛下になられるお方が、一般のお母さん方に混ざって
我が子に延々と手を振り続ける姿には違和感を覚えざるを得ませんでしたね。というわけで、
関係者の間では秘かに、『逆一般参賀事件』とも呼ばれていました」(前出のウオッチャー)
また、「月曜日事件」も話題となった。校外学習直後の、同じく11年9月のことである。
それまで雅子妃もしくは皇太子殿下がほぼ必ず、愛子さまの登下校に付き添われていたが、
「その月のある週末、管弦楽部の練習のために初等科に行かれた愛子さまは、お1人で登校されたんです。
このまま、通常の授業が行われる平日、すなわち週明けの月曜日もお1人で登下校をなされば、
それは愛子さまの自立を意味するのではないかと、学習院関係者の間で期待が高まった。
が、月曜日の3時間目の始業直前に雅子妃が初等科に駆け付け、結局、お2人で下校。
周囲を落胆させて終わりました」(同)
さらに、「かまぼこ事件」も語り草となっている。10年12月、当時3年生だった愛子さまは、
初等科の恒例行事である、神奈川県小田原市のかまぼこ工場見学に参加されたのだが、
「他の児童が一緒にバスで行ったのに、愛子さまだけが別行動で、雅子さまとアルフォードで
現地に向かわれたんです」(同)
これ以外にも、愛子さまに対する雅子妃の「過保護」エピソードは枚挙に遑がない。
小学生にも拘らず、4万円もする高級ブランドバッグを愛子さまに買い与えていた「ブランドバッグ事件」。
皇太子殿下お1人に行啓を任せ、雅子妃と愛子さまはお友だちとスケートに興じていた一件。
愛子さまに付き添うために園遊会を欠席した「公務軽視」…。
さらに年々、初等科の運動会に参加する関係者に制約が増えるなど、愛子さまを社会から「隔離」する傾向は
その度を増していったのだった。
こうした事態の直接の引き金とされるのは「イジメ事件」だ。愛子さまが2年生だった10年3月、
「乱暴な目に遭った」ことを理由に、不登校になってしまわれたのだ。
この一件以来、1年半以上にわたる雅子妃ないし皇太子殿下による登下校付き添い、
そして雅子妃が授業の様子を見守る「1人授業参観」が始まったわけだが、「今になってみれば…」
と、学習院関係者は首を捻る。
「雅子さまは給食の時間も愛子さまに付きっ切りで、他の児童と離れた貴賓室で食事をとらせていましたが、
授業は皆と一緒に受けられるのに、給食だけダメというのは筋が通らない。愛
子さまは食事をゆっくりとされる方ですが、学習院には全て食べきらないと昼休みに遊べないというルールがある。
要は早く遊びに出させるべく、食べ残しても咎められないですむように考え出された、
「抜け道」だったのではないかと勘繰りたくなります」
給食の他にも、「付き添いは車で行われることが多かった。でも、雅子さまが傍にいらっしゃるんですから、
イジメから守るためであったとしたら、歩いて行き帰りしたところで何の問題もない。
しかも、初等科では車での送迎が禁止されているんです。つまり、イジメを理由にして、
単に雅子さまの我が儘で、可愛い我が子の特別扱いを通していたに過ぎない気もします」(同)
(略)
結果、冒頭で紹介したように、卒業式での愛子さまのコメントも認められず、初等科入学から卒業まで、
一切、愛子さまの肉声が伝わらないということになったのだった。
(略)
「悠仁さまは幼稚園のご卒園にあたり、大きな声で『ありがとうございます』と仰っていました。
愛子さまには不登校の問題もありましたので、今回の卒業を機に何かお言葉を残されれば、
『立派に成長なさった』と国民が安心する絶好の機会になったはずです」(皇室ジャーナリスト神田秀一)
(略)
いずれにせよ、学習院初等科関係者は、こんな本音を吐露する。
「6年間、愛子さまの担任をしていた女性教員は、不登校問題が起きた時、
目が窪むほどの心労に見舞われていました。愛子さまの卒業で、彼女に限らず、
初等科全体がホッとしているはずです。この6年の間に、愛子さまの特別扱いに
付き合わされた結果、初等科の評判が下がったことは否定できませんからね」
(略)

愛子さま 公開されなかった卒業文集の作文で犬への愛綴る
NEWS ポストセブン 3月29日(土)16時6分配信
3月18日、宮内庁は学習院初等科卒業に際して、
愛子さまが卒業記念文集『桜愛集』に書かれた作文を公開した。
「この卒業文集『桜愛集』は、卒業を目前に控えた児童たちが、題材を決め、構成を考えてから、
約1か月の時間を費やして文章にするため、かなり大変な作業で、
初等科の“国語教育の集大成”ともいえる課題なのです。
今年は“思い出”“12才の心”“夢”というテーマに沿って、児童たちは3本の作文を書くわけです。
今回、宮内庁が発表した愛子さまの作文は“思い出”をテーマとしたものです」(学習院関係者)
つまり、卒業文集には、残り2作の愛子さまの作文も掲載されている。
『女性セブン』は、この作文を独占入手し、4月10日号で全文掲載している。
そこには、母・雅子さまが愛子さまに、幼いころから伝えてこられた“教え”が詰まっていた。
<私は、飼っている犬や猫と過ごす時が、一日の中で心が和む楽しい時間です>
こんな書き出しから始まる“12才の心”というテーマの作文では、
愛子さまはお住まいの東宮御所でご家族と一緒に暮らす愛犬や猫について、その思いを紡がれている。
今皇太子ご一家は、2009年の春、生後2か月でやってきた愛犬・由莉と2匹の猫を飼われているが、
それ以前はピッピとまりという2匹の犬を飼われていた。
「由莉の散歩とごはんは愛子さまがなさっています。
毎朝、登校される前に、由莉を連れて赤坂御用地内を散歩されていますよ。
ご褒美をあげながら、躾を教え込まれたりするなど、それは真剣に由莉と向き合われています。
由莉がしているバンダナは、愛子さまが手作りされたものなんです」(宮内庁関係者) 
“いじめ問題”発生以降、愛子さまの登校時に雅子さまが付き添われていたが、
2011年秋にはおひとりでの登校を再開された。
当初、愛子さまが不安になられないようにと、雅子さまに代わって由莉が一緒に登校したこともあった。
<成犬となった今も、子犬の時と同じように、家族が帰って来ると、
しっぽを振りながらおもちゃをくわえて走り回り、喜びを表現しようとしています
(中略)由莉は、出された指示に従う時には、得意そうに目を輝かせてこちらを見て、とても可愛いです>
ごきょうだいのいらっしゃらない愛子さまは由莉を妹のように思われているのだろう。
※女性セブン2014年4月10日号
http://www.news-postseven.com/archives/20140329_248599.html

フライデー 2014年4月11日号
学習院初等科ご卒業
愛子さま雅子さま
「6年間の奮闘」と離れ行くご学友たち
…今年の初等科卒業生には、ある異変が見られたという。
「40人ほどの女子のうち少なくとも3人が学習院女子中等科に進まず、外部の中学への進学を決めたのです。
これまで女子の外部進学者は、5〜6年に一人くらいだったのですが…
別の親御さんですが、『学習院とは縁を切りたい』と言っていた方もいらっしゃいました。
皇太子ご一家に特別のふるまいを許し続けた学習院に
ネガティブが思いを持っていたご家族もいると思います」(学習院関係者)
実はこれまでにも、愛子さま在学中に学習院を離れた児童はいた。
「愛子さまの1学年上の男子一人、同学年の男子二人が途中で転校しています。
『勉強への集中がそがれる』という理由でした」(文化女子大学客員教授でジャーナリストの渡辺みどり氏)

週刊文春2014年4月3日号
雅子さまvs宮内庁記者会
東宮職「謝恩会の変」
「事前に宮内記者会は卒業式会場での取材も要望していました。しかし、それは無理だと
東宮職に突っぱねられてしまった。だから正門前が、愛子さまの“肉声”を伺える唯一のチャンスだったのです。
特にテレビ局は、愛子さまのお声を一言ではいただければと必死でした」(宮内庁担当記者)」
(中略)
「正門前の『卒業式』という看板の、向かって左側に皇太子殿下、
右側に雅子さまと愛子さまがお立ちになりました。
そこで、まずある記者が『ご卒業おめでとうございます』とお声掛けをした。
すると愛子さまは小さく頭を下げられました。続いて他のテレビ局の記者が
『愛子さま、初等科の六年間はいかがでしたか?』と声をかけました。
すると愛子さまは笑顔でいらっしゃるものの、応えていいのか分からないのか、
雅子さまの方を見上げて『どうしよう』というような雰囲気になった。
雅子さまも何か囁いておられたのですが、全く聞こえませんでした。
殿下は苦笑いをしていらしたようにも見えました。居た堪れないような空気が流れ、
他の記者が『今日は天気で良かったですね』という、質問ともつかないお声掛けをしたのですが、
三殿下はお答えにならず、そのまま初等科構内へ入っていかれたのです」(同前)
実は、天皇皇后や皇族のお出ましのときに、記者がお声掛けをすることは禁じられている。
「ただ、入学式や卒業式はおめでたい場ですから『おめでとうございます』くらいの言葉ならば
問題ないというのが暗黙のルールです。実際、悠仁さまもお茶の水女子附属幼稚園の卒業式で、
報道陣の呼びかけに『ありがとうございます』と大きな声でお応えになっていますから。
しかし今回は『声掛けは控えてください』と、侍従から追って記者会に対して注意がありました」(同前)
■「楽しかった」はメモで追伸
前週に開かれた小町恭士東宮大夫の定例会見では、宮内記者会が「子供時代の大きな節目として、
愛子さまの声を国民に届けることを考えていただきたい」と希望していた。
「会見では、小町大夫は口を濁していましたが、事前に皇太子ご一家に要望だけは伝えて欲しいという
思いはありました。でも、結果として聞き入れらなかったわけです」(同前)
お声を聞けずに落胆する記者会に対し、卒業式が終わった頃、東宮職から“ご様子メモ”が配布された。
それによれば、卒業式では「敬宮愛子」と呼ばれ、「はい」と返事をされた愛子さまが三浦芳雄初等科長から
卒業証書を受け取られ、そのご様子を皇太子ご夫妻は保護者席から見守られていたという。
「そのメモには、朝の正門前の取材で、愛子さまが何とおお応えになったかが明らかにされていました。
だから、その様子を報じた新聞各紙も〈記者の呼びかけに愛子さまは『楽しかったです』と答えた〉と
表現したのです。しかし残念ながらあの場では、そのお言葉は全く聞き取れませんでした。
振り返れば愛子さまの初等科生活は、乱暴な児童からのいじめをきっかけに、二年生の終わりから
約二年お付き添い登校が続き、その間には校外学習への雅子さまのご同行など、
波紋を呼んだ出来事が度々ありました。この際、国民の心配を吹き飛ばすような愛子さまの、子供らしい
元気なご挨拶をひと言でもお聞きしたかった。ご成長の良い記録になったのに」(同前)
皇太子ご一家に長年仕えた元東宮職幹部も「ご成長の記録として残しておくべきだった」と残念そうに振り返る。
■東宮職が吐いた暴言
(中略)
記者たちの思いをよそに、卒業式を終えられた皇太子ご一家は、歩いて十分ほどの明治記念館にご移動。
教師たちを招待しての「謝恩会」が夕方まで行われた。
「会場となった富士の間では、ご夫妻は他の保護者と同じく五十音順のお席に座られ、
懐石弁当をお召し上がりになりました。謝恩会の最後には記念撮影がありましたが、
終わったあとも、愛子さまは友達と、雅子さまはママ友と名残惜しそうにずっとお話しをされていた。
皇太子さまは手持無沙汰のご様子で、早く帰りたいような素振りをされていました」(学習院関係者)
だが、その謝恩会会場の外で、思わぬ“変事”は起きた。愛子さまを間近で取材できる数少ない機会に、
現場には何人かの皇室担当記者が様子をうかがっていたが、そうした記者を前に、
ある東宮職員がこう言い放ったのである。
「お引き取り下さい!秋篠さんのところよりは、(取材の機会をつくって)やってるじゃないですか!」
秋篠宮の名前を出し、「取材させてやっている」と言わんばかりの暴言に、現場は凍りついた。
この一部始終を知ったあるベテラン宮内庁担当記者はこう憤る。
「東宮職は何を勘違いしているのか、と言いたい。そもそも宮家である秋篠宮家と、
東宮家を比べても意味がない。過去の皇太子ご一家と比べないといけない。
初等科当時の浩宮のいきいきとした写真や映像が、どれだけ豊富に残っているかを考えてみてください。
この東宮職員は、悠仁さまと異なり、愛子さまは運動会や音楽会などの学校行事を取材させていることを
念頭に置いて発言したのでしょうか。だが、自然なお声や屈託のない雰囲気を伝えているのは秋篠宮家の取材です。
愛子さまの映像はご静養の際の駅頭取材ばかりでバリエーションが少ない。
『もうご卒業?』と感じている国民も多いようですが、
それはご成長の映像が少ないため、実感が湧かないからでしょう」
■本心は“視線に耐える”
別のベテラン宮内庁担当記者は、愛子さまがどのようなお声をしていたか思いだせないと言う。
「愛子さまが四歳の誕生日を迎えた〇五年、宮内庁は、皇太子ご夫妻と愛子さまが、
東宮御所内の畑で芋掘りをなさっているご様子の映像を公開しました。大きなサツマイモを掘り当てた愛子さまは、
驚いたような声を上げられていた。その頃を境に、愛子さまのお声をお聞きする機会はほぼなくなりました」
背景には雅子さまのプライバシーに対する強いご意識があったからだろうと、同記者は推測する。
「その一年ほど前、愛子さまが二歳のときにも、ハープで遊んだり絵本を読んでいる映像が
配信されました。それは『愛子さまが自閉症だ』とか『言葉が遅い』という
噂を打ち消すために出されたものでした。その公開にあたり林田英樹東宮大夫(当時)は、『妃殿下は
(愛子さま)ご本人の了解なしに映像を出されることにお心を痛められている』と述べたのです」(同前)
前出のベテラン宮内庁担当記者は、〇三年、ご成婚十年に際しての文書回答の中で
皇太子が綴られた一節を思い出したという。
「皇太子は〈雅子にとって、私がとても大変だったのではと思うことの一つに、
常に人に見られ注目されるということが挙げられます〉
〈よく、今日まで視線に耐えて頑張っていると思います〉と書いておられましたが、
この“視線に耐える”という表現を見て、メディアも含めた周囲の好奇の目にさらされているという、
雅子さまの本心を強烈に知らしめられた気がしました。
たしかに皇后陛下も『事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを覚えます』と
おっしゃったことがありました。しかし、その向こうには国民がいるということを強く理解しておられた」
最近も、愛子さまの意思を尊重するかたちで、取材が制限されることは多い。
「11年の運動会でも、愛子さまにとって記者かカメラがプレッシャーになるため、
取材設定自体の有無も含めて検討すべきと皇太子ご夫妻は示唆されていたといいます。
小町恭士東宮大夫も『宮さまが高学年に差し掛かり、周りの目が気になるというお気持ちがある。
運動会の取材設定に関して改めてご理解とご協力を』と会見で話していました。皇太子さまの時代、
初等科の運動会はすべての競技が取材可能だったことを考えると隔世の感があります」(別の宮内庁担当記者)
かつて宮内庁総務課報道室で、取材対応をしてきた山下晋司氏もこう話す。
「皇太子ご夫妻のご意向なのでしょうから、一概に東宮職を責めることはできませんが、
今回の卒業式のご様子は、国民には良い印象を与えませんでした。愛子さまは
ご挨拶もきちんとなさっていなかった。運動会の映像などからは活発な様子が分かるのに、
残念です。現役の東宮職も『普段通りのお姿が出ればいいんだけど』と嘆いていました」
皇太子ご一家は今週、長野県奥志賀でスキー静養に入られた。その際も、取材設定があるのは長野駅の駅頭のみ。
スキー場での撮影希望は通らなかった。
愛子さまが進学される女子中等科の入学式は4月6日。ぜひ晴れやかなお声をお聞きしたいものだ。

皇太子さま 愛子さまの卒業謝恩会でくるりとひと回り?
(更新 2014/4/ 2 07:00)
3月18日。皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまは学習院初等科を卒業した。
愛子さまは、卒業記念文集「桜愛集(おうあいしゅう)」に、
昨夏参加した静岡県沼部市での遠泳行事で、500メートルを泳ぎ切った体験をつづった。
「沼津での生活は、私に諦めないことの大切さを教えてくれ、大きな自信を与えてくれました」
式の終了後、ご一家は歩いて、初等科桜愛会の謝恩会が行われる明治記念館に向かった。
楽しい会だったのだろう。出席者は正面玄関付近で別れを惜しみ、帰ろうとしない。
皇太子ご一家も思いは同じだ。雅子さまは、児童の母親に丁寧にお辞儀をし、
「卒業式の時期になると(愛子さまが)いつもね……」と、母親談義に花を咲かせる。
隣では、女の子が愛子さまの袖口を触っては、ふたりで目を見合わせてにっこりする光景も見られた。
一方で、少し離れて母娘を見守る皇太子さまは、なんとなく所在なさげだ。
居合わせた客が思い出し笑いを浮かべる。
お話し相手を探すように、右や左に視線を漂わせ、くるりとひと回りしてみたり」
謝恩会は母親の独壇場。ほほ笑ましい、家族のひとコマが垣間見える一日だった。
※週刊朝日  2014年4月4日号
http://dot.asahi.com/wa/2014032700014.html

愛子さま初肉声の直前に雅子さま 「答えていいのよ」と囁き
2014.04.12 07:00
学習院女子中等科の入学式で、これまで引っ込み思案といわれてきた愛子さまが、
報道陣から「ご入学、おめでとうございます」と声がかかると、
はっきりとした大きな声で「ありがとうございます」と答えて、初めて肉声を披露された。
正直、報道陣も愛子さまからお言葉が返ってくることは期待していなかったという。
それが逆に、報道陣一同が仰天するような大きな声で、お答えになった愛子さま。
大きく成長されたことを物語るワンシーンとなった。
この歴史的な瞬間が実現した背景には、このところ吹き荒れていた皇太子ご一家への逆風があったようだ。
一部で報じられたように、両陛下が伊勢神宮参拝中に、私的なスキー旅行をされたと批判を浴びた。
「それ以外にも、3月22日には皇太子ご一家はプライベートで少年合唱団の演奏会へ出かけられています。
愛子さまはお友達と一緒で、両殿下とは別行動だったようですが、やはりスキー旅行も含め、
私的なご活動が目立ったため、宮内庁内部からも少なからず非難する声があがっていたんです」(皇室記者)
また皇族方は卒業など節目に際しては、昭和天皇と香淳皇后が眠られる武蔵野陵と武蔵野東陵を
参拝されるのが慣例となっているものの、愛子さまは初等科を卒業された後も行かれていない。
「3月に大学を卒業された眞子さま、そして昨年3月に幼稚園を卒業された際には、
まだ幼い悠仁さまも参拝されています。
愛子さまに関しては、東宮職は“検討している”とは言うものの、いまだ実現していません。
伝統を重んじる皇室において、それが批判の対象となっているんです」(宮内庁関係者)
もちろん、こうした声は雅子さまの耳にも届いているという。
「雅子さまは、これ以上、国民との距離が広がらないようにと、東宮家の思いを愛子さまに託されたそうです。
ですから、愛子さまが記者から声をかけられた際、“答えていいのよ”と囁かれたわけです。
この言葉に後押しされたお陰で、愛子さまは自分のお気持ちを自らの口で話すことが
おできになられたというわけです」(前出・宮内庁関係者)
これまで“メディアへの不信感”が伝えられてきた雅子さま。
もしかしたら愛子さまの存在が、その雅子さまのお気持ちをとかしていくのかもしれない。
※女性セブン2014年4月24日号
http://www.news-postseven.com/archives/20140412_250920.html