不登校再び?

週刊文春2014年7月3日号
雅子さまと愛子さま
皇太子訪欧直後の「非常事態」宣言!
「登校拒否」再発と「23時」の食卓

桂宮とさまの「斂葬の儀」が行なわれた6月17日。
東京都文京区の豊島岡墓地で、皇太子ご夫妻が参列者の前にお出ましになったのは、午前9時半だった。
雅子さまは俯き加減で葬場へと続く砂利敷の道を歩かれたが、黒いベールの向こうのご表情には
明らかな疲労の色が見て取れた。
その日、愛子さま(12)は学校を欠席された。愛子さまはこの春、学習院中等科に進まれたばかりだが、
進学以降、初めてのご欠席だった。
これについて、皇太子ご一家に仕える小町恭士東宮大夫は定例会見で、
「詳しくうかがっていないが、新しい環境でお疲れが出たのではないかと思う」との見解を示しただけだが、
東宮職関係者は不安を隠さない。
「実はこの日を境に、愛子さまのご欠席・遅刻が始まったのです。この翌日、翌々日も、愛子さまは
学校に遅刻され、お昼過ぎに登校された。実はここ一週間ほど、ご生活が不規則になっていて、
お風邪ではないようですが、就寝時間も遅いようなんです。初等科二年生の終わりからは、
雅子さまのお付き添いがないと登校できない“登校拒否”状態が約二年も続いた愛子さまですが、
またここから四年前のあの状態が始まってしまうのではないかと、職員はみなご心配申し上げております」
この日、斂葬の儀の後、皇太子はスイスへ出発された。雅子さまは訪欧ご同行を見送られたが、
今月上旬まではご体調も比較的よかったという。しかし…。
■顔を隠すような肌色のマスク
「それが愛子さまの生活のリズムとまるでシンクロするかのように、6月14日、15日の週末くらいから
調子を崩されていったのです。愛子さまの登校拒否が始まった17日当日の朝がどのようなご様子だったのかは
存じませんが、初等科のときのように、宮さまが学校に行きたくないと仰り、それを両殿下がなだめすかすという
構図が目に浮かびます。当時の両殿下はとのやり取りで、昼にはぐったりされてしまっていました。
今回、殿下がスイスに行かれた一週間のあいだに、愛子さまの登校が不規則になってしまったのは、まさに
“殿下のご不在”が理由かもしれません。ご体調を崩された雅子さまお一人では、愛子さまを説得するのは
体力的にも精神的にも難しいのでは」(同前)
週が明けた23日の月曜日の朝も、愛子さまは午前10時20分頃に遅れて学校に到着されている。
ご入学早々の問題発生に、学校側もピリピリムードが走っている。
教職員に対して、愛子さまの学校生活について口外しないよう、“箝口令”が厳しく敷かれるようになったという。
学習院関係者が心配する。
普段から愛子さまは本鈴五分前の予鈴が鳴った後に登校されるのです。最近まで女子中等科では、
予鈴後の登校は“遅刻扱い”でした
し、遅刻が重なり、学校に呼び出されていた保護者もいたほど
遅刻には厳格な校風なのです。愛子さまは朝は学校近くまで車でいらっしゃるのですから、
時間に余裕を持って登校されてもよいと思うのですが」
この愛子さまの“異変”について、別の学習院関係者はこう分析する。
「愛子さまはコミュニケーションがお上手とは言えないんです。たとえば、初等科の卒業式のときも、
報道陣のカメラを前にちゃんとご挨拶もお辞儀もなさらなかったでしょう。
環境の変化について行けていないのではないでしょうか。中等科の新しいお友達とは
積極的に仲良くしようとはされていません。登下校では、梅雨の蒸し暑い天候でも、顔を隠すように
肌色のマスクを着けていて、ご表情もわからない。クラブ活動もなさっていないようですから
共通の話題が少ないのかもしれません。一方で、初等科で六年かけて慣れ親しんだお友達に対しては、
ちょっとぶっきらぼうとも見えるほどの態度をなさるんです。
たとえば、隣にいたお友達に突然、ご自分の持ち物を持たせて、
自分がしたいことを始めてしまったりされるんです

女子中等科は一学年約二百名。その内、初等科からの進学組は約六十名だけで、
残りの百四十名は新たに受験を経て入学した生徒だ。
これまでも皇太子ご夫妻は愛子さまのご学友を東宮御所に招き、
子供の喜ぶ屋台を出すなどしてもてなしてこられたが、
「それも愛子さまのコミュニケーション面を心配してのことでした」(前出・東宮職関係者)
■スタッフも呆れた「ごみ」事件
中等科進学直後の日曜日にはこんなことがあった。目白の学習院大学で行われた「オール学習院の集い」に
愛子さまが参加されたときの出来事だ。その場にいたスタッフが話す。
「愛子さまは射的や輪投げが楽しめる『お楽しみ縁日』にお友達といらしてました。
するとベンチがあるにもかかわらず、マスクを胸のポケットに入れて、お菓子を立ち食いし始めたのです。
そしてそのベタベタした包み紙を、愛子さまは近くのスタッフへ差し出し、たった一言『これ』と仰った
スタッフが『捨てたいの?』と尋ねると、声もなくうなずきました。それだけではありません。
次に愛子さまはご自分の鼻をかんだ後のティッシュを、『ごみ』とだけおっしゃり、またスタッフに
差し出したのです
。引っ込み思案の裏返しなのかもしれませんが、スタッフは呆れ顔でした」
こうした愛子さまのご様子を傍で見ている東宮侍従ら側近もいるのだが、教育掛ではないため、
その場で愛子さまに注意をすることはできないという。躾けは、雅子さまや女官たちの役目なのだが、
これにもちょっと込み入った経緯がある。
「愛子さまは幼稚園のころからお休みが多く、単なる風邪ではなくむずかって休まれたこともあったようですが、
両殿下の教育方針は、“叱らずに諭す”というものでしたから、無理に連れて行くことはありませんでした。
というのも、御幼少のころから天皇皇后両殿下のところにご挨拶にうかがうときなど、
気が向かないことをさせようとすると、愛子さまは激しく癇癪をおこして嫌がるということがあったからです。
中学生になっても目が離せないのは、その愛子さまのご性格によるところが大きいように思います」
(前出・東宮職関係者)
■23時のご夕餐で翌日は遅刻
愛子さまへのご心配は、皇太子の会見での“お言葉の変化”にも表れている。
愛子さまが初等科を卒業される前、今年2月の誕生日会見で、54歳になられた皇太子はこう述べていた。
ご家族での海外訪問についてである。
〈雅子にとっても海外訪問が治療上も良いのであれば、そしてまた、愛子にとっても視野を広めるという意味で
外国の地を見ておくことが良いのであれば、様々なことを考えて、
今後ともどのような海外訪問ができるかということをいろいろ考えていく必要があると思います。
実際、私たちもそのようなことをいろいろ考えている〉
だが、先日行われたスイス訪問前の会見では、その意気込みはかなりトーンダウンしてしまった(6月10日)。
〈愛子は、元気に通学しておりますが、これまでと全く異なる新しい環境で通学しており、
その環境に徐々に慣れつつあるところであります。こうした中で、雅子も、新しい中等科生活を始めた愛子を
いろいろな面で支えており、その中で気を遣うことも多い〉
〈現時点において、雅子、さらには愛子と一緒に海外訪問を行う見通しについてお答えすることは難しい〉
お言葉の端々から、雅子さまの愛子さまへのお気遣いが、ご一家にとって重大事であることが感じ取れる。
憂慮されているのは、雅子さまの“共鳴”だ。これまでもしばしば指摘されてきたが、
雅子さまと愛子さまは“母子密着”と言われるほど近い関係にある。
「登校拒否の始まった17日の夜、雅子さまと愛子さまはお二人で夕食を召し上がっています。
時間は深夜23時です。“昼夜逆転”生活を送られる雅子さまのリズムを心配されて、
愛子さまが合わせられたのだと思います。しかし、12歳の子供が食事をする時間ではない。
実際に、翌朝愛子さまは学校を遅刻されています」(同前)
別の東宮職関係者は、雅子さまの適応障害の主治医である、国立精神・神経医療研究センターの大野裕氏が
かつて洩らした言葉が忘れられないという。
「愛子さまが初等科に入学されたころのことです。大野先生は
『雅子さまの頭の中は、大半が愛子さまのことで占められている』と話したそうなのです。
そのご心中は今でも変わっていないように見受けられます」
東宮の非常事態――。5月、赤坂東邸で開催された天皇の傘寿をお祝いする菊栄親睦会でも、
悲愴感が漂う皇太子ご一家の姿が目撃されていた。
招待客の一人が話す。
「皇族・旧皇族が80名ほど集まり、部屋と庭を行ったり来たりしながら歓談していました。
悠仁さまはその中を元気に跳ね回り、佳子さまもよく面倒を見ていらした。
しかし東宮ご一家はお三方で固まっておられ、あまり招待客とお話しされていませんでした」
今夏には皇太子と雅子さま揃ってのパリご訪問の可能性も囁かれていたが、
「現状ではかなり否定的」(前出・東宮職関係者)という。
ご一家にふたたび健やかな日々が訪れるのを切に願うばかりだ。


週刊文春2014年7月10日
学習院関係者が悲痛告白
愛子さま衝撃のお言葉「先生大嫌い。私の言うこときかないから」
皇太子さま・雅子さま“叱らない子育て”の果てに

「内親王殿下の通学状況について、詳細を逐一紹介することは控えたい」
宮内記者を前に、小町恭士東宮大夫は頑なに“ゼロ回答”を貫いた。
それは本誌先週号発売直後の6月27日、午後に開かれた定例会見でのことだった。
本誌が報じた「雅子さまと愛子さま『登校拒否』再発と『23時の食卓』」には大きな反響があった。
6月17日、皇太子が海外公務先であるスイスに出発されたその日を境に、愛子さまの学習院中等科への
ご欠席・遅刻が続いたのだ。4月に中等科に進学されたばかりの愛子さまだか、
小町大夫は前回の会見では、「新しい環境でお疲れがでたのではないかと思う」との見解を示した。
だが、小誌が取材で明らかにしたのは、ご欠席や遅刻の理由はお風邪などではなく、その一週間、
愛子さまの生活が不規則になっており、就寝時間も遅いという内情と、それを知る東宮職職員たちが
「また初等科時代の“登校拒否”が始まってしまうのでは」と危惧しているという、
知られざる東宮の“非常事態”だった。
さらに記事では、愛子さまの登校拒否再発と、雅子さまの体調のシンクロにも触れた。
しばしば、“母子密着”と指摘されるお二人だが、昼夜逆転の日々を送られる雅子さまの生活リズムに
合わせるように、17日の夜、愛子さまは深夜23時に食卓を共にされていたのだ。
そして翌日、愛子さまは学校を遅刻された。
「これに対して小町大夫がどのような説明をするのか、注目されていました。というのも、宮内記者会では
愛子さまの登下校のご様子については取材を控えているため、実態を把握していないからです。東宮職が
『プライベートだから』という理由で取材を控えるよう要請してきた経緯があるのです」(宮内庁担当記者)
言うまでもなく、皇太子のご長女である愛子さまののご動静は、国民の大きな関心事だ。さらに、それが
雅子さまのご体調と関連しているとなれば、単なるプライバシーの問題として看過するわけにはいかない。
会見では記者たちから次々に質問が飛んだが、冒頭のように小町大夫は一切の事実を明かさなかった。
■幼稚園時代も計一カ月休み
「遅刻や欠席については全く言及せず、『その後、毎日ご登校されています』としか言わない。
暗に遅刻や欠席を認めたわけですが、これではそれが何日のことなのかも分かりません。一方で、
『一部雑誌に誤解を生むような見出しの記事が掲載されたことは、私としては遺憾に思っている』、
『登校拒否という見出しは事実に反します』とも述べている。
『一部雑誌』が週刊文春を指していることはすぐに分かりましたが、遅刻をした理由を尋ねても、
『詳細は控える』というばかりです。
この対応は、皇太子ご夫妻のご意向だと考えられますが、せめて愛子さまの最低限のご動静と、
ご体調について発表すべきです。それが国民と共に歩んできた平成皇室の流儀なのですから」(同前)
この顛末を知ったある皇室ジャーナリストは、かつての野村一成東宮大夫(当時)の
“乱暴な対応”を思い出したという。
「その頃、すでに不登校だった愛子さまが、初等科三年生に進級し、雅子さまのお付き添いが常態化していました。
しかし野村大夫は『ご通学正常化には静かな環境が必要』だと、具体的な情報を出さなかった。
揚げ句に6月下旬の会見では『風邪で何日も休んでいるならば発表すべきではないか』と記者から問われ、
『いちいち一般のお子さんでも、いつからいつまでが風邪だと言うことはない』と言い放ったのです。
当たり前のことですが、一般の子供と愛子さまを同じに論じることはできません」
さかのぼってその年の3月、野村大夫は愛子さまの不登校の原因は、初等科にいる“乱暴なことをする児童たち”
の存在だと定例会見で発表したが、「あまりにも児童への配慮に欠けるのではという批判がありました。
しかし野村大夫は〈皆様に公の立場にある宮さまのご様子をお知らせしている〉と、発表の必要性を強調していた。
つまり東宮職は“公の立場”とプライバシーをその時々で使い分けている。否、使い分けざるを得ないのです。
それは一にも二にも皇太子ご夫妻のご意向に添うためだと考えられる」(同前)
実は、愛子さまは昔から欠席・遅刻がちだった。幼稚園の二年間では、計一カ月弱もお休みされている。
それは皇太子こせ夫妻の教育方針によるところが大きいと、当時から目されていた。
「皇太子ご夫妻のお考えは、“叱らない子育て”ということなのでしょう」と言うのは、
子育て経験のある皇室担当記者だ。
「かつて、養育方針ほ聞かれた皇太子が誕生日会見で、米国の家庭教育学者ドロシー・ロー・ノルトの詩を
紹介されたことがありました。
〈批判ばかりされた子どもは 非難することをおぼえる〉〈賞賛をうけた子どもは 評価することをおぼえる〉
〈可愛がられ抱きしめられた子どもは 世界中の愛情を感じとることをおぼえる〉。
これは『子ども』という詩だそうですが、全編を読み上げた皇太子は、『この詩には、私は感銘を受けました』と
述べられた。
まさにこれを体現するかのように、皇太子ご夫妻は愛子さまに対し、厳しく躾けるのではなく、“叱らずに待つ”
という育て方をなさいました。天皇誕生日の宴席で愛子さまがむずかって言うことを聞かないということが
あっても、雅子さま自らが愛子さまがをあやし、三時間近くも陛下をお待たせするという”大失態”を
演じたこともありました。
僭越ながら、皇太子ご夫妻が目指されている“子供の潜在的な力”を信じる教育方針は、理想論に
過ぎるのではないでしょうか。子どもの言うなりになるのは甘やかしと紙一重です。
愛子さまがご成長されたときのためにも、もっと厳しく躾けるべきではないかと危惧していました」
以前から上がっていたこうした懸念は、残念ながら的中してしまったのか。
3月まで愛子さまが通っていた初等科関係者が、忸怩たる内心を打ち明ける。
「愛子さまの現状を拝見していると、初等科時代に“宮さまシフト”が出来上がったことにより、
女子中等科にも同じ程度の対応を求めているように見えるのです。
学習院側は、『ここまでなら対応してもらえる』という間違ったお墨付きを皇太子ご夫妻に与えてしまった。
学校側もマスコミには『特別扱いしない』などとコメントしておきながら、雅子さまのお付き添い登校や、
山中湖への校外学習のご同行も、結局は許可してしまっている。普通ならあり得ない迎合です。
最大の問題は愛子さまご自身が、自分の直すべきところを全然分かっておられず、
環境的にも気付く機会がないままにお育ちになっている
ということです」
実はお付き添い登校が続いていた頃にこんなことがあった。
主管のU先生が、愛子さまに事情の聞き取りをしたことがあったが、
「その際、愛子さまは『初等科の先生大嫌い』とおっしゃったのです。呆然としつつも、U先生が理由を聞くと、
『私の言うこと聞かないから』とあっけらかんと答えられたのだそうです。
私もさすがに驚きました。
■乱暴な児童は学習院は学習院を去った
愛子さまは廊下で先生とぶつかっても、『ごめんなさい』の一言もおっしゃらず、
「ぶつかったらごめんなさいじゃないの?』と注意されても、ジロッと見るだけで終わりです。
効果がない。
皇族とはいえ一生徒なのですから、先生方はもっと毅然とした態度で対応すべきだった。
ただ、家に帰ればご両親や職員は愛子さまの言うがままで、甘やかされ放題なのだろうと感じたのも事実です。
東宮側もご自分たちの言動が周囲にどう影響するか、もっと認識すべきです。
野村大夫に“乱暴な児童”と言われた生徒の一人は、他県の中学に進学しています。
学習院に居づらくなったのでしょう」(同前)
小誌は当時の主管であるU氏を直撃した。「先生大嫌い」というご発言の有無を尋ねたところ、
U氏はこれを否定せず、「私は何もお話しできない」と顔を伏せたまま足早に去った。
かつて天皇の一人娘である紀宮さま(黒田清子さん)が在籍していた当時の学習院女子中・高等科教諭は、
「私の頃は皇族でも分け隔てなく、同じように接することが基本姿勢でした」と話す。
「当時、紀宮さまをお迎えするにあたり、その方針を伝え、両陛下もそうしてほしいという
お気持ちでした。紀宮さまが遅刻をされたという記憶はありませんが、仮に遅刻や問題があったら、
他の生徒と同じように注意をします。学校という色々な子供が集まる集団生活の場での経験が大切なのですから」
6月22日、女子中等科では、愛子さまが進学されて初めての授業参観が行なわれた。愛子さまは8時過ぎに
遅刻することなく登校され、皇太子と雅子さまは、一限から五限まですべての授業をご覧になり、
愛子さまの勉強熱心な様子を喜ばれたという。
だが、その翌日の27日金曜日、また愛子さまは遅刻された。登校されたのは昼過ぎだった―。
天皇皇后に近い千代田関係者も心配を口にする。
「実は天皇皇后両陛下も、愛子さまのご欠席・遅刻についてはご存知で、心を痛められているのです。
皇后陛下は、東宮職幹部の大胆な意識の改革や雅子さまの治療にあたっている先生たちの改革などをしない限りは
ご一家はこのような波の繰り返した、とおっしゃったのです」
皇太子ご夫妻に美智子さまの心配の声は届いているのだろうか。
愛子さまは今月には校外学習や伊勢神宮御参拝を控えられている。




「週刊文春」(平成26年7月10日号)の記事について
平成26年7月10日
「週刊文春」(平成26年7月10日号)の「愛子さま衝撃のお言葉「先生大嫌い。私の言うこときかないから」」
と題して書かれた記事に関する事実関係及び宮内庁東宮職としての対応は下記のとおりです。


1.「週刊文春7月10日号」では,「愛子さま衝撃のお言葉「先生大嫌い。私の言うこときかないから」」
と題して,愛子内親王殿下が初等科の先生に対して「初等科の先生大嫌い」「私の言うこときかないから」
と発言したとする記事を掲載していますが,そのようなご発言はあるはずもなく,
事実無根であることは関係者の一致した認識です。
愛子内親王殿下には,中等科にご入学になり,新しい環境にお慣れになりつつあるところであり,
ご成長にとり重要な時期におありになります。そうした中で,同誌の記事は,あり得ない事実に基づき,
読者に誤解を与えるものであるとともに,愛子内親王殿下のご成長にとり
大切な静かな環境の確保を妨げるものです。
2.以上を踏まえ,宮内庁東宮職においては,「週刊文春」編集部に抗議するとともに,訂正を求めました。
また,これまでも報道関係者に対して,愛子内親王殿下のご成長を静かに見守っていただくよう
お願いしているところですが,「週刊文春」編集部に対して,十分な配慮を強く要望しました。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h26-0710.html





宮内庁、週刊文春に訂正求め抗議 愛子さま関連記事に
2014.7.11 13:15
宮内庁は10日、「週刊文春」7月10日号の
「愛子さま衝撃のお言葉『先生大嫌い。私の言うこときかないから』」と題する記事で
皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまのものとして記された発言は「事実無根」として、
同誌編集部に訂正を求めて抗議したことを、同庁ホームページに掲載した。
「そのようなご発言はあるはずもなく」、「あり得ない事実に基づき、読者に誤解を与える」としている。
同庁東宮職によると、抗議は数日前にFAXで文書を送付したという。
週刊文春編集部は、産経新聞の取材に「記事には十分自信を持っている」とコメントした。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140711/imp14071113150002-n1.htm


J-CASTニュース
愛子さま「先生大嫌い」文春記事に宮内庁抗議 「遅刻、欠席続く」など他の内容はどうなのか 
2014/7/11
宮内庁は「週刊文春」に掲載された、皇太子ご夫妻の長女・愛子さまの記事に関して、
「事実無根」であるとして抗議し、訂正を求めているとウェブ上で発表した。
「初等科の先生大嫌い」などと発言したと紹介された部分については問題にしているが、
それ以外の内容ついては触れていない。
■「私の言うこときかないから」と発言?
宮内庁が問題としているのは、「週刊文春」2014年7月10日号掲載の「愛子さま衝撃のお言葉
『先生大嫌い。私の言うこときかないから』」という記事だ。愛子さまが3月まで通っていた学習院初等科の
関係者の証言が引用されている。主管(担任)の先生が愛子さまに話を聞いた際、
「初等科の先生大嫌い」「私の言うこときかないから」と発言したと書かれている。
同誌の直撃に対して、当時の主管の先生は発言を否定せず「私は何もお話しできない」と立ち去ったという。
宮内庁は7月10日、ウェブサイトの皇室関連報道についてというページで、「そのようなご発言はあるはずもなく,
事実無根であることは関係者の一致した認識です」と否定した。
さらに、愛子さまは学習院女子中等科に入学したばかりで「新しい環境にお慣れになりつつあるところであり、
ご成長にとり重要な時期」であるとして、「あり得ない事実に基づき、読者に誤解を与えるものであるとともに、
愛子内親王殿下のご成長にとり大切な静かな環境の確保を妨げる」と批判した。
一方の「週刊文春」編集部は「記事には十分自信を持っている」とコメントしている。
「登校拒否という見出しは事実に反します」
宮内庁は同誌のそれ以外の内容については、抗議や訂正をウェブ上で公表していない。
「週刊文春」は7月3日号にも「雅子さまと愛子さま『登校拒否』再発と『23時の食卓』という記事を出していた。
皇太子さまが6月17日にスイスへ出発してから、愛子さまは遅刻や欠席が続いたという。
「『登校拒否』状態が約2年間も続いた愛子さまですが、またここから4年前のあの状態が始まってしまうのでは」
と心配する東宮職関係者の言葉が書かれていた。
同誌7月10日号の記事によると、小町恭士東宮大夫は定例会見で「一部雑誌」について「登校拒否という
見出しは事実に反します」としつつも、遅刻した具体的な理由は明かさなかった。
これらの内容が真実かどうかは分からないが、愛子さまがすこやかに成長されることを祈るばかりだ。
http://www.j-cast.com/2014/07/11210303.html


週刊文春2014年7月24日号
学習院関係者が大激論
雅子さま「叱らない子育て」の是非を問う!
愛子さまは期末試験欠席
美智子さまもご心痛
(略)
そして今回、小町大夫は新たな事実を公表した(7月4日)。
「今朝、内親王殿下は腹痛がおありになり本日の期末試験をお休みになられた」
つまり本誌が確認しているだけでも6月中旬からの僅か三週間で、遅刻が四回、欠席が二回――。
この公表されざる愛子さまの登校問題は、学習院関係者の間でも波紋を広げ、
皇太子ご夫妻の叱らない子育てをめぐっては保護者も含め、喧々囂々の議論が巻き起こっているのだ。
「週刊文春が愛子さまのご様子を二週間続けて報じましたが、正直、いま東宮ご一家は
この様な情況なのかと驚きました。宮内記者会は、中等科入学後の愛子さまの登校風景を取材できるように
東宮職と掛け合ってきました。ところが、小町大夫は『新しい環境にお慣れになっていない』と
拒み続けていたのです。今回の報道で、その理由がようやく分かりました。
もはや新しい環境のなかで疲れが出た、という理由では説明がつかない」(別の宮内庁担当記者)
今回の東宮職の対応には身内である宮内庁職員からも
「なぜ曖昧な表現にするのか」という不満が上っているという。
学習院関係者がその内情を明かす。
「今回の抗議は、小町大夫が酒井竹雄初等科長に行った事前の確認に基づいています。
記事が出た後に開かれた初等科の全教員が出席する定例会議で、愛子さまのご発言の有無について
説明がありました。愛子さまのご発言を聞いた“当事者”であるU先生は
『あのようにご発言をされた事実はない』と否定されたそうです。
それで“関係者の一致した認識”という表現になったのでしょう。
その上で『取材には応じないように』とのお達しがあったことも報告されました。
皇族を預かる学習院としては、なかったことにするしかありませんでした」
別の学習院関係者もこう語る。
「当時、愛子さまのこ発言を聞いたU先生が、あまりのショックに周囲の先生に
このことをお話しになっていたのは紛う方なき事実です。一部の関係者の間では語られざるタブーで、
U先生は東宮職ら問いに、嘘をつくしかなかったのです」
かつて学習院初等科が、児童のための校外学習に、大規模な車列を組んで雅子さまが同行されるのを
認めるしかなかったように、皇室と学習院のねじれた関係は、こんなところにも歪みを生んでいたのである。
学習院初等科の科長も務めた経験がある川嶋優・学習院名誉教授はこう話す。
「私は悪いことは叱るべきだと考えています。子供は『白紙』のようなものです。
子供の自発性に任せる教育の風潮がありますが、子供はどこに進んでいくか分からない。
だから親や教師が先頭に立つべきです。
ただ、遅刻や休みが目立つような子供には『学校に来れるようになったらおいで』と
優しく接する。そうすることで、しばらくすると登校できるようになる場合もあるのです。
それは、たとえ皇族の方でも同じことです」
一方、紀宮さま(黒田清子さん)が在籍していたころの学習院女子中・高等科の教諭は
「皇族だからこそ、心掛けなければいけないことがある」と話す。
「いまの皇室制度が続いた場合、女性皇族は結婚すれば民間人となります。皇族である時間より
民間人として過ごす人生の方が長いわけです。だからこそ学校という集団生活の中で、
社会のルールを身に付ける必要があります。皇族はどうしても周りから注意を受けにくい。
それ故に自らを律して他の生徒の模範となるくらいにこらえていただきたい。
今はそのように考えるような時代ではないのかもしれませんが、
そういったことを教えて差し上げられるのは、親である両殿下だけなのです」
(中略)
愛子さまは7月19日に一学期の終業式を迎え、夏休みに入られる。だが、愛子さまの
通学状況をご存知の美智子さまは、ご心配の色を深められているという。千代田関係者が話す。
「いま美智子さまは、愛子さまが中等科の新しい環境に慣れないまま夏休みを迎えることを
案じておられます。長い夏休みが明けたとき、愛子さまにとって学校に行く意味が感じられなければ、
足が遠のいてしまうのではないかと……」
夏休みが愛子さまにとって生活のリズムを取り戻す有益な時間となることを祈りたい。

週刊文春2014年7月31日号
愛子さま“登校非常事態”下の
「富士急ハイランド」ご訪問
お化け屋敷を楽しまれた2日後、終業式を欠席
期末試験2日欠席追試に保護者からは困惑の声
千葉県警も振り回された前週の東京ディズニーシー計画
激流下りのコースターでズブ濡れになった愛子さまは満面の笑みを浮かべられていた――。
学校を遅刻・欠席がちの愛子さまは、ご体調から期末試験も2日間お休みになり、
さらに終業式も欠席された。遊園地行きはその2日前のこと。
いま東宮で何が起きているのか?

(略)
皇室の内情に詳しい者ほど、「ただならぬ事態」だと見る向きも少なくなく、
「軌道修正するなら今しかない」との声が上がっている。波紋は広がり、議論は周囲の大人たちの対応、
特に、皇太子ご夫妻が折に触れて主張されている“叱らない子育て”の教育方針の是非に及んでいる。
「宮内記者会は東宮職からの要請で愛子さまの登校風景の取材を控えていますが、
7月18日の定例会見では小町大夫が質問攻めに遭いました。普段、ご欠席状況や日にちは
『私的な事』として公表を渋るのですが、この日は矢継ぎ早の質問に対し、愛子さまが
7月4日に加え、7日の期末試験も欠席され、追試を受けられたと回答したのです」(宮内庁担当記者)
小町大夫はこう述べた。
「お休みになっことはございましたが、先生方と相談の上、期末試験後のお休み中に
追試験をお受けになるため、2日ほど登校なさいました」
――お休みの原因は?
「ご体調」
――4日は「腹痛」ということだったが、7日は?
「私が伺っているのは『ご体調』です」
前出の宮内庁関係者が続ける。
「曖昧な回答で、小町大夫は愛子さまのご様子を直には知らないように見えました。
『宮さまは明日終業式ですが、どのようなイベントがあるのか』という質問にも、
『伺っていないので』と答えるだけでした」
だがその19日の終業式も、愛子さまは欠席されたのである。
(略)
実は終業式二日前の7月17日、気温30度と汗ばむ陽気となったこの日、
愛子さまのお姿は、山梨県にたる富士山を望む遊園地・富士急ハイランド(以下、富士急)にあった。
期末テスト後の休みを利用して、初等科時代のご学友(女子三人、男子三人)とお忍びの訪問をされていたのだ。
(略)
「『あっ!愛子さまだ!』とすぐに分かりました。周りでは暑いのにジャケットを脱がないおじさんなど、
遊園地なのに笑顔がまったくない“私服警官”が無線で連絡を取りあっていた。
東宮侍従やスタッフなど、総勢二十人ほどが愛子さまの周りを離れずゾロゾロと移動していた」(入場客)
厳戒態勢のなか、一般客とともに順番待ちをする愛子さま。
この日の服装は、袖に小さいリボンと裾に白い小花柄のフリルがついた紺色のTシャツにライトグレーのパンツ。
白と水色のナイキスニーカー、バッグは白黒の水玉模様。右手首には透明のブレスレット。
11時40分、「とっとこハム太郎」の「フワフワお空の大冒険」に乗られた愛子さま。
雲をかたどったゴンドラでハム太郎との空中散歩を終えられると、
手をぐるぐる振り回し、大興奮のご様子だった。
時刻は13時半。一行は二つのグループに分かれていた。愛子さまが男子二人とともに向かったのは、
鬱蒼とした薄暗い森の中に佇むお化け屋敷系施設、「最恐戦慄迷宮/暗黒病棟」。
“日本一怖い”と評判のお化け屋敷で、リアルに再現された廃墟病院の暗闇の中、
出口までの約一キロをひたすら進まなければならない。
最大のウリはゾンビと化した本物の人間がどこから襲ってくるかわからない恐怖。
恐がりの人は別売りのお守り(500円)を購入すると、
お化けの方が手加減してくれるというオプションもあるほどだ。
愛子さまはよほど気に入られたのだろう、「最後のあれ、怖かったよね―!」
と脱出直後は興奮気味。有名なジェットコースター「FUJIYAMA」や
「ドドンパ」「高飛車」といった絶叫マシンは苦手のご様子でお乗りにならなかったが、
やはりお化け屋敷は大層お気に入りらしく、帰る時刻が迫ってきた17時前、
愛子さまが最後に選ばれたのは、本日二回目の「戦慄迷宮」だった。
こうして愛子さまの“休日”は暮れていった――。
富士急での思い出作りは、中学で再発してしまった登校問題を打開するために
皇太子ご夫妻が考えた策だったのかもしれない。
実は富士急訪問の一週間前には、東京ディズニーシー行きの計画もあったのだ。だが、これは直前で中止に。
「十日は台風八号が関東に接近した日。大事をとって中止することが千葉県警に伝えられました。
実際には、その日には追試が予定されていたのです。警官を派遣する準備をしていた千葉県警も、
追試のことは知らないようでした」(宮内庁関係者)
もちろん休みを利用してレジャーに行くこと自体には何の問題もない。
ただ、心配されるのは、やはり愛子さまのご教育方針である。
ベテラン宮内庁担当記者は懸念を隠さない。
「皇太子と雅子妃は“ご褒美にと、行楽を許されたのかも知れません。
しかし、中学進学直後の期末テストを二日も休まれたというのは深刻に受け止めるべきではないでしょうか。
愛子さまは嫌だと思うとテコでも動かないようなご性格と伺っています。
このままでは、成年皇族になられたときに、ご体調を理由に公務や会見を行わない、
というようなことになるかもしれない。そうならないためにもいまこそ真剣に
教育方針について考えるべきではないでしょうか。それは皇太子夫妻にしかできないことなのです」
東宮御所での愛子さまは、今でも不規則な生活を続けられているという。
「このところは基本的に23時頃に夕食を召し上がることが多く、
その分、朝食を召し上がらないこともあるそうです。
心配なのは“昼夜逆転”の雅子さまと生活リズムが益々似てきていること。
両陛下が毎日決まった時間に起床、就寝をなさるのとは対照的です。
陛下は三歳から『公正無私』や『先憂後楽』といった帝王教育をお受けになったそうですが、
高貴な身分の者が相応した重い責任を負うという、帝王教育にも通底する、
“ノーブレス・オブリージュ”の思想を、皇太子殿下や雅子妃殿下は愛子さまにお伝えしているのでしょうか。
『普通と分け隔てなく』ということは仰いますが……」(別の宮内庁関係者)
周囲の心配は皇太子ご夫妻の耳に届いているのか。




女性自身2014年7月15日号
不登校再発懸念し授業参観5時間
雅子さま「愛子はやはり私が守る!」壮絶覚悟
再び深まる母子密着の危うさ
“不登校”再発懸念し…授業参観5時間
「小町恭士東宮大夫は、6月27日の定例会見で、『週刊文春』か報じた“愛子さま登校拒否”の記事を
『事実に反する』と憤っていたそうです。
記事は、皇太子さまがスイスを公式訪問された6月17日に、愛子さまが学校を欠席されて、
皇太子さまが帰国されるまでの間に数度の遅刻をしたと報じています。
ただ、欠席は認めても、遅刻については“通学状況の詳細は控えたい”と繰り返し、
肯定も否定もしませんでした。(宮内庁関係者)
事実はどうなのか?またしても再発したのだろうか、あの“登校不安”が…。
この定例会見があった前日の6月26日は、愛子さまが通われている学習院中等科の授業参観日だった。
今年の春に進学されてから初めての授業参観とあって、皇太子ご夫妻がそろって女子中等科の門をくぐられた。
「この日の授業参観は英語、音楽、理科、国語、古文の5科目でしたが、皇太子さまと雅子さまは、
1限から5限まですべての授業をご覧になられたそうです。
当然、お昼時間をはさんでということですが、最後まで学校にいらっしゃいました。
両殿下は、熱心に授業をうけられたり、友達と楽しそうにされている愛子さまをご覧になって、
とてもお喜びのご様子だったそうです」(前出・宮内庁関係者)
だが、同中等科に子供を通わせている保護者は、こんな懸念を口にする。
「両殿下は、愛子さまが初等科の時代から、学校公開のときは、長い時間学校にいらっしゃいましたが、
中等科の参観と考えると、それにしても今回は長すぎるような気がします。一般的な保護者は
午前中か午後に、せいぜい1時間か2時間でしょう。雅子さまが朝から5限までご覧になったと聞いて、
愛子さまが初等科時代の“お付き添い”を思い出してしまいました」
愛子さまが初等科2年の終わりからいじめにより登校不安を覚えられたとき、雅子さまは1年半にわたり、
学校に付き添われていた。
皇太子さまがスイスご訪問でご不在の間に再び起きた愛子さまの不規則な登校。そして異例とも思える
雅子さまの“5科目の授業参観”…。
いったい母娘の間に何が起こっているのだろうか。
(略)
皇太子さまはスイスご訪問前の会見で、雅子さまと愛子さまの最近のご様子について、
こう述べられている。
「愛子は、元気に通学しておりますが、これまでと全く異なる新しい環境で通学しており、その環境に
徐々に慣れつつあるところであります。こうした中で、雅子も、新しい中等科生活を始めた愛子を
いろいろな面てせ支えており、その中で気を遣うことも多い―」
このお言葉からも、何らかの不安要素があることが。推し量られる。
(略)

女性セブン2014年7月17日号
愛子さま「不規則登校」で危惧される
「学内孤立」の深刻化
(略)
学習院女子中等科の始業は午前8時30分。そして予鈴が鳴るのが8時25分。この日(※6月30日)の愛子さまは
ギリギリながらも定刻通り(※8時20分)登校されたのだった。
(略)
『週刊文春』によれば、欠席した翌日の18、19日、そして23日はお昼を過ぎてからの登校だったという。
また、本誌の取材では、これらに加えて6月20日、そして27日にも午後からの登校が確認できた。
つまりお休みされた17日以降の10日間のうち半分は午後からの登校ということになる。
「登校」こそされているものの、やはり愛子さまの登校状況が“不規則”になっているのは間違いない。
こうなると思い返されるのが、初等科2年生時に起こった「いじめ」問題だ。「いじめ」によって、
おひとりで登校できなくなってしまった愛子さまのために、以後、1年9か月にわたって雅子さまが
同伴登校を続けられてのは記憶に新しい。
この愛子さまの不規則な登校の原因のひとつは「皇太子さまの不在だ」と皇室記者は語る。
「皇太子さまは6月17日の斂葬の儀を終えられた後、公式訪問のため、スイスへと旅立たれました。
帰国されたのは6月23日。愛子さまの遅刻のほとんどはこの期間に起こっていますから、少なからず
影響があったのは否定できません」
(略)
さらに『週刊文春』によれば、雅子さまの夜型の生活リズムに愛子さまが合わせられたことも
問題だったとしている。
《登校拒否の始まった17日の夜、雅子さまと愛子さまはお二人で夕食を召し上がっています。
 時間は深夜、23時です》
同誌はこんな東宮関係者の証言を掲載しています。
教育評論家の深谷昌志氏はこう言う。
「愛子さまも成長され、雅子さまのご病気のことを理解できるようになったのではないでしょうか。
ですから、皇太子さまが不在ということで、愛子さまは自分なりに“お母さまの役に立ちたい”
という思いから、雅子さまに合わせたのかもしれませんね。遅刻にしても朝が苦手と伝えられる
雅子さまが起きてこられるのを待ってからのご登校だった可能性もありますね」
“母子密着”といわれる母娘関係が生んだ不規則登校といえよう。
そして、愛子さまの足が学校から遠のかれる理由が構内にもあった。
女子中等科には初等科からの持ち上がり組以外に多くの受験組が入学しているが、
この新たなご学友たちとの距離に苦悩されているというのだ。
「愛子さまは初等科時代からの仲良しグループといつも一緒で、他の生徒たちが入り込む隙がないんです。
愛子さまのほうも積極的に受験組にはかかわろうとしないようです…。
他の生徒たちは部活動などを通じて受験組とも仲良くなっていくんですが、
愛子さまは部活も入っていませんからね。
そのためか、仲良しグループの子は愛子さまを“トシ”とか“トッシー”とか親しみを込めて
呼ぶんですけど、受験組は“敬宮さん”って…。
やはり他の生徒たちが友人関係の輪を広げているのを間近でご覧になって、愛子さまもジレンマを
かかえていらっしゃるのではないでしょうか」(学習院関係者)
前出の深谷氏もこう話す。
「一般論ですが、附属中学などでは、外部から入学してきた子供のほうが荒々しいところもあって、
内部進学者はその勢いに圧倒されてしまうことが多いんです。しかも、中1の一学期は教師も含め、
よく知らない人々に囲まれるわけですから、ストレスを抱える生徒が少なくありません。
愛子さまもそのひとりなのかもしれませんね」
また学校側の対応についても、こんな声があがっている。女子中等科では予鈴がなった後の登校を
“遅刻”扱いするケースもあり、そのことで保護者が呼び出されたり、先生が指導をしたりしてきた。
しかし、愛子さまに対しては…。
「普段から愛子さまは予鈴が鳴った後に登校されることも多いんです。それでも学校側はお咎めすることは、
ほとんどありません。初等科からのご学友は愛子さまへの“特別扱い”を何とも思わないみたいですけど、
やはり慣れていない受験組は“なんであの子だけ…”となってしまっているようなんです」(前出・学習院関係者)

デヴィ夫人が愛子さま、雅子さま批判「憂慮」…週刊誌報道受けブログで持論展開
デイリースポーツ 8月1日(金)22時55分配信
ブログで雅子さまと愛子さまの批判を展開したデヴィ夫人
タレントのデヴィ夫人が1日、公式ブログで、愛子内親王殿下と、雅子妃殿下批判を展開した。
デヴィ夫人は1日、「皇太子殿下 ご夫妻の『叱らない 子育て』の是非」と題してブログを投稿。
「少し前に、某週刊誌に驚くべき愛子さまのお振る舞いが書かれていました。」と記し、
週刊誌に3回にわたり、特集された記事内容を引用して掲載。
「この記事を読み私は『おかしい!』と感じました。」と皇太子殿下ご夫妻の「子育て」「躾(しつけ)」に対し、
疑問を投げかけた。
デヴィ夫人は、記事に書かれていた愛子さまのお振る舞いについて、気になる点を以下のようにピックアップ。
『ベンチがあるのに、立ち食いをする』『スタッフに対して傲慢ともとれる見下したお振舞い』
『ご学友に対しても目下扱いしているようなお振舞い』
『1年半に及ぶ異常なお付添い登下校』『期末試験の欠席、僅か3週間で遅刻4回欠席2回』などを取り上げ、
「このようなことは、基本的な“躾”の範囲ではないでしょうか?」と問題視。
「ましてや他の子供たちの模範となるべき『宮様』なのです」と強調し、ほかの「宮家」については
「(宮家に)相応しい行動をなさっていらっしゃいます。」と記した。
また、「皇族の方はどうしても周りから注意をうけにくいので、だからこそ自らを律して、
模範となるくらいの心構えをお教えできるのは、親である皇太子ご夫妻だけではないでしょうか。」と提言。
「この愛子さまが将来『宮家』をもつことになり、雅子さまが皇后陛下になられた時、
人心が皇室から離れてしまうのではないかと憂慮いたします。」と締めくくっている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140801-00000076-dal-ent

デヴィの独り言 独断と偏見
皇太子殿下 ご夫妻の 「叱らない 子育て」の是非
http://ameblo.jp/dewisukarno/entry-11901731279.html