両陛下宮城県ご訪問

両陛下が宮城入り ハンセン病施設で懇談
天皇、皇后両陛下は22日、東日本大震災被災地の復興状況などを視察するため、宮城県入りされた。
震災後、両陛下が来県したのは2011年4月、12年5月に続き3回目。
両陛下は同日午後、東北新幹線でくりこま高原駅(栗原市)に到着。
登米市迫町の国立ハンセン病療養所「東北新生園」を訪れた。
両陛下は霊安堂で白菊の花束を供えた。入所者との懇談では一人一人に声を掛け
「どうかお体をお大事に」「お元気でいらしてください」といたわった。
両陛下は皇太子夫妻時代からハンセン病施設の訪問を重ね、入所者らを励ましている。
今回の訪問で、全国に14カ所あるハンセン病療養所すべての入所者と懇談したことになる。
宿泊先の南三陸ホテル観洋(南三陸町)に向かう途中、両陛下は震災で43人が犠牲になった
同町の防災対策庁舎前を通った。近づくと両陛下は車の窓を開け、視線を庁舎に向けた。
宮内庁によると、両陛下は23日に南三陸町のさんさん商店街や気仙沼市の岩井崎などを訪問。
24日には気仙沼市魚市場の関係者から復興状況を聞き取り、同日午後に東北新幹線で栃木県に向かい、
那須御用邸に入る予定。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201407/20140723_13032.html

両陛下、ハンセン病療養所ご訪問 46年かけ全施設入所者との面会果たされる
2014.7.23 00:16
国立ハンセン病療養所の東北新生園(宮城県登米市)を22日訪ねた天皇、皇后両陛下は
入所者代表14人と懇談された。強制隔離政策による病気への誤った認識から
差別と偏見に苦しんだ入所者を、長年気にかけてこられた両陛下。皇太子同妃時代から46年かけ、
全14カ所(国立13、私立1)の療養所の入所者と面会を果たされた節目となった。
「入所のころはいろいろ状況が厳しかったんじゃないですか」。陛下は、昭和14年の同園開設から
75年にわたって暮らす、車いすの男性に語りかけられた。同園入所者87人の平均年齢は84歳になる。
女性入所者には手を握って「お体のほうは?」と気遣われた。皇后さまも、目が不自由な女性の手を握って
「美智子でございますよ。元気でいらしてくだすってね。ありがとう」と声をかけられた。
女性は「長生きしたかいがありました」と涙した。
両陛下は昭和43年、奄美和光園(鹿児島県)を訪問以来、全国の療養所を回られた。
皇室全体でも長らく支援に力を注がれてきた。
両陛下はこの日、新生園には「高松宮杯」と「寛仁(ともひと)親王妃杯」のゲートボール大会があり、
震災直後に寛仁親王殿下が訪問され、次女の瑶子さまも来られていると説明を受けられた。
かつては大正天皇の皇后、貞明皇后が「癩(らい)予防協会」の資金を下賜。
高松宮が後継団体の総裁となり、高松宮妃は正しい理解を広めようと、
高松宮記念ハンセン病資料館(現国立ハンセン病資料館)建設に尽力した。
ただ、国が明治40年に始めた隔離政策は、感染力が極めて低いと分かったのちも平成8年まで続いた。
厚生労働省の第三者機関「ハンセン病問題検証会議」が17年にまとめた報告書では
「患者は皇室の権威を借りて排除された事実も指摘しなければならない」とも記された。
側近は「孤独を強いられた人がいる事実を両陛下は重く受け止められている」と話す。
両陛下は懇談前、園内の霊安堂に白菊を供花された。亡くなった入所者は815人。
引き取る遺族もいるが、今も432柱が眠る。堂の前で出迎えた入所者自治会長、久保瑛二さん(81)は
両陛下のお背中に「亡くなった人の霊が慰められた」と感じたという。
「全部訪ねてくださったことに感激があります」と報道陣に語った。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140722/imp14072220590004-n1.htm

車列の行く先々で、大勢の地元住民らが熱烈に歓迎した。
両陛下も手を振って応じられた=23日午前10時40分ごろ、南三陸町の南三陸さんさん商店街
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両陛下、南三陸町の仮設店街視察 店主ら励ます
東日本大震災からの復興状況を視察するため宮城県に滞在中の天皇、皇后両陛下は23日、
南三陸町の仮設商店街「南三陸さんさん商店街」を訪問された。
2012年2月に開設した商店街では、飲食店や食品店など32店舗が営業している。
両陛下は、津波で店舗や工場を失った老舗かまぼこ店「及善蒲鉾」の店主らと懇談し
「お店が良い発展をするよう願っています」などと励ましの言葉を掛けた。
町が津波に襲われる瞬間を撮影、その後の復興の様子も撮り続けている写真店の店頭には、
震災前後に撮影した写真が飾られ、両陛下は町職員ら43人が犠牲になった町の
防災対策庁舎の場所などを確認していた。
2014/07/23 12:51 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201407/CN2014072301001099.html

仙台放送NEWS
2014年07月23日20時10分 更新両陛下 南三陸町の仮設商店街ご訪問
22日から宮城県を訪れている天皇、皇后両陛下は、震災からの復旧状況を確認するため、
南三陸町の仮設商店街を視察されました。
両陛下から、直接言葉を掛けられた住民たちは復興に向かう中で、大きな励ましになったと話していました。
午前10時半過ぎ、天皇、皇后両陛下は、宿泊先のホテルから、
南三陸町志津川の「南三陸さんさん商店街」に到着された。
南三陸町を訪れるのは、震災後2回目となる。両陛下は出迎えた人たちに、手を振りながら、笑顔で応えられた。
住民たちは「天皇陛下がここに来てくれるとは、夢にも思ってなかったのに実現できて、
見られて、本当にありがたい」や「津波で何もなくなったので、本当にお会いしただけで、
大変うれしいです。もう会えないと思っていたから」などと話していた。
震災の翌年に開設した、南三陸さんさん商店街。津波で被災した32店舗が軒を連ねている。
両陛下は、南三陸町の復興の様子を撮り続けている写真店へ。
皇后さまは、「記録を残してくれてありがとうございます」と話し、
陛下も、「貴重な記録なので、撮り続けてください」と言葉を掛けられた。
皇后さまは、「さんさん商店街」で、海鮮料理屋を営む高橋さん夫妻に歩み寄られた。
高橋修さんの妻の廣美さんが手に持っていた写真には、震災前の店舗が映っていた。
震災前、海から3.5キロの場所にあった、高橋さんの店舗は、津波で全壊。
震災前と同じ場所で、店を再開したいと考えているが、建築費用の問題などで、
仮設店舗での営業を余儀なくされている。
「まだ先が見えない」と話す高橋さんだが、両陛下の言葉に、励まされたという。
このあと高橋さんは、「自分たちが今までやってきたことをちゃんと見て頂けたのかなというのが
本音の部分」「町を一日でも早く作るという方向に向かっていければと思った」と話した。
被災地の復興を気にかけられていた両陛下の強い思いで実現した今回の視察。
皇后さまが使われているこのカバンも、南三陸町で作られているものだ。
両陛下は、その後、気仙沼市にある、三陸復興国立公園の「岩井崎」を視察し、
担当者から地質や地形などについて、説明を受けられた。
両陛下は24日、気仙沼市の魚市場で、水揚げの様子を視察される予定だ。
http://ox-tv.jp/SuperNews/p/#37631

両陛下、那須で静養=宮城県訪問終える
東日本大震災の復興状況視察などのため、宮城県を訪れていた天皇、皇后両陛下は24日、
一ノ関駅(岩手県一関市)から東北新幹線で那須塩原駅(栃木県那須塩原市)到着後、
静養先の那須御用邸(同県那須町)に入られた。28日帰京する。
両陛下は、津波で大きな被害を受けた南三陸町、気仙沼市などを22日から2泊3日で回った。
(2014/07/24-18:15)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2014072400829

仙台放送NEWS
2014年07月24日19時35分 更新
両陛下が気仙沼市魚市場ご視察(最終日)
22日から3日間の日程で、宮城県を訪れている天皇・皇后両陛下は、24日、水産業の復興状況を確認するため、
気仙沼市魚市場を視察されました。
津波で大きな被害を受けた、魚市場の復活に奮闘する漁協の組合長は、両陛下に言葉を掛けられ、
更なる復興を誓いました。
午前10時過ぎ、天皇・皇后両陛下は、気仙沼市魚市場に到着された。両陛下が気仙沼市を訪問されるのは、
今回が初めて。
市場にいた人たちは「本当に感激。光栄。頑張ろうと思った」
「被災地を見てもらったということで、仕事に力が入る」などと話していた。
震災で岸壁が変形したり、地盤沈下するなど、大きな被害を受けた気仙沼漁港。
今回の視察は、両陛下の「水産業の復興状況を確かめたい」という強い意向で実現した。
皇后さまは、カツオの水揚げ作業を見ながら、「水や電気はいつ頃戻りましたか」と質問されたという。
両陛下に説明した気仙沼漁業共同組合の佐藤亮輔組合長は「(水揚げの視察は)初めてということで、
非常に興味深そうに、見られていましたね」と両陛下の様子を話す。
佐藤組合長は漁業の関連施設が被災する中で、絶望的と思われた「市場の再開」を震災から3ヵ月後に遂げた。
佐藤組合長は気仙沼の象徴である、『カツオの水揚げ』が復興の後押しになると確信していた。
そして、今、漁港の復旧工事は進み、水揚げ量も震災前の6割程度に回復。
そして、生鮮カツオの水揚げは、「17年連続」で日本一を誇る。
そんな“復興のシンボル”である、カツオの水揚げを両陛下に見せることができ、
佐藤組合長はさらなる励みになったという。
その後、両陛下は、午後3時半に、岩手県一ノ関駅から、東北新幹線で、栃木県の那須御用邸に向かい、
3日間の宮城県訪問を終えられた。
両陛下の被災地への強い思いは、復興に向かう県民の心に深く刻まれた。
http://ox-tv.jp/SuperNews/p/#37645

両陛下、気仙沼漁港ご視察 カツオ水揚げで活気戻る
2014.7.24 11:24
東日本大震災からの復興状況視察などのため宮城県を訪問中の天皇、皇后両陛下は24日午前、
水揚げ量が震災前の6割程度まで回復した気仙沼港(気仙沼市)を訪れて魚市場を視察し、
水産業の復興に取り組む人々を励まされた。
気仙沼港は岸壁が壊れて地盤も沈下したが、震災約3カ月半後の6月にカツオの水揚げを再開し、
震災前からの生鮮カツオの水揚げ量日本一を維持している。
両陛下は見学デッキの上から、船から揚がったばかりの丸々としたカツオを市場の人々が仕分けする状況や、
カツオで満たされた大きな箱が積まれた様子を見て、港に戻った活気を確かめられた。
一方、水産加工施設の復旧は震災前の半分程度で、冷凍水産加工業組合関係者からも話を聞き、
漁業を支える関連産業の状況にも耳を傾けられた。
両陛下は午後、宮城県を離れ、那須御用邸(栃木県那須町)で静養に入られる。28日ご帰京の予定。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140724/imp14072411240003-n1.htm

天皇・皇后両陛下、ご静養先の那須御用邸へ
< 2014年7月24日 21:10 >
東日本大震災からの復興状況視察のため、宮城県を訪問されていた天皇・皇后両陛下は、24日午後、
JR一ノ関駅から、ご静養先の栃木県の那須御用邸に向かわれた。
両陛下は、東日本大震災からの復興状況を視察するため、22日に東北新幹線で宮城県に入られた。
最終日の24日、両陛下は気仙沼市魚市場の復興状況を視察された後、お車でJR一ノ関駅に移動。
駅前では、両陛下が到着されると、詰めかけたたくさんの市民の間から歓声が一斉にわき起こり、
両陛下も、市民の歓迎に何度も手を振って応えられていた。
この後、両陛下はJR一ノ関駅から、東北新幹線でご静養先の栃木県の那須御用邸に向かわれた。
http://www.news24.jp/articles/2014/07/24/07255823.html

産経 皇室ウイークリー(341)
南三陸特産のタコも召し上がり… 両陛下、3度目の宮城県被災地ご訪問 水産業の復興を深くお喜びに
2014.7.26 07:00
宮城県の復興状況視察で、気仙沼市の景勝地「岩井崎」を訪問された天皇、皇后両陛下。
皇后さまは南三陸町の被災企業が製造したバッグを持たれていた=23日
天皇、皇后両陛下は22〜24日、東日本大震災後3度目となる宮城県訪問を果たし、
本格復興へ歩む人々を励まされた。
大震災の被災地ご訪問に3日間かけられるのは初めて。
今回は、水産業などの現状を直接確かめたいとのお気持ちから三陸沿岸を中心に視察されたため、
内陸の新幹線の駅からの距離を考慮してご日程に余裕を持たせた。
皇后さまは頸椎症性神経根症のため長時間同じ姿勢だと首などにお痛みが出やすいが、
両陛下は車での移動を、休憩をはさみつつも連日1時間半以上も行われた。
22、23日に訪ねた南三陸町は平成23年4月、東北の被災3県で初めてお見舞いをされた自治体だ。
今回の訪問先は志津川(しづがわ)地区だったが、3年前に見舞った歌津(うたつ)地区も車で通られた。
当時は自衛隊のヘリコプターで駆けつけ、惨状を目の当たりにされた。
現在は建物も建ち始めており、側近は「感慨深いものがおありになったのでは」と話した。
22日は町職員が犠牲となった防災対策庁舎を車窓から初めてご覧に。
23日に視察された仮設商店街「南三陸さんさん商店街」では、
庁舎が水没し屋上のアンテナだけが写る写真を、故郷を撮影する佐藤信一さん(48)のスタジオ前で見られた。
震災前の空撮写真を見つめ、陛下は「こんなにきれいな町だったんですね」と話されたという。
被災地への常日頃からの深いお気持ちが垣間見える場面もあった。
皇后さまが商店街視察時に持たれていたバッグが、南三陸町内の被災企業の製品だったのだ。
電子部品製造会社「アストロ・テック」が、早期復興を目指し、
畑違いながらも繊細な技術を生かして作ったバッグだ。
佐藤仁(じん)町長によると、皇后さまは「色合いがすばらしい」と、普段から愛用していると話されたという。
23日の昼食では同町特産のタコなどを召し上がった。
同席者によると、水産業が復興し現地食材が弁当に入ってきたのを深く喜ばれたという。
多様な分野の復興にも目を向けられた。23、24日は気仙沼市に入り、
初日は三陸復興国立公園内の岬「岩井崎」を視察された。
波によって潮が吹き出す「潮吹岩(しおふきいわ)」があり、同市の観光資源の一つだ。
岩井崎には江戸時代の地元出身の横綱、秀ノ山(ひでのやま)雷五郎(らいごろう)の銅像もある。
市の担当者が「津波にも無事でみんなで残った、残ったと喜びました」と話すと、
皇后さまが「やっぱり横綱は強いのね」とほほ笑まれる一幕もあった。
両陛下が気にかけられる災害は大震災にとどまらない。22日、新幹線を下車した宮城県栗原市では
市長らを休憩場所に招き入れ、20年6月に同市で震度6強を記録し、
17人が犠牲になった岩手・宮城内陸地震の話も聞かれた。
(略)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140726/imp14072607000001-n1.htm