2015年1月-7月雑誌記事

AERA 2014年12月29日-2015年1月5日合併号
名古屋市で開催された「持続可能な開発のための教育に関するユネスコ世界会議」への雅子妃の出席は、
出発の前々日に発表された。
午前中の世界会議だけに参加される予定だったが、ご体調が良いことから、
急遽、午後の視察も皇太子殿下に同行されたのだった。
こうした雅子妃の回復の兆候は、14年4月に学習院女子中等科生となった愛子さまの
不規則登校が目立ってきた6月ごろには、想像できないものだった。
「学習院中等科は中学受験で難関を乗り越えて合格した外部生も入学してきます。
愛子さまは皇族として、外部生に負けないよう勉学に取り組まなくてはならないというお気持ちが強くて、
深夜までお勉強をされているようです。そのため朝が起きられないことがあるようなのです」(東宮関係者)
雅子妃は愛子さまを度々起こされたというが、日が経つにつれて、
自立を促すためにあえて口出しをされなくなったという。
愛子さまの「皇族としての勉学」への強いこだわりは、例えご両親であっても変えられないものだったそうだ。
ある児童心理司はこう言う。
「こだわりというのは、思春期における夢でもあり成長でもあります。一時的なもので心配はありません。
むしろ愛子さまは皇族としての意識が非常に高いためこだわられているのではないでしょうか。
周囲はご成長をじっと見守るしかありません」

女性自身2015年2月10日号
「1月2日の一般参賀の翌日、秋篠宮ご一家は軽井沢に行かれ『万平ホテル』に宿泊されました。
スキー部でいらした眞子さまと悠仁さまはスキーを、佳子さまはフィギュアスケートを披露。
クルクルとスピンもなさり、ご家族を楽しませていらっしゃいました。」
秋篠宮ご一家の日々は、美しいキルト作品のように、一針一針、ご家族の愛情が織り込まれている。

週刊ポスト2015年2月13日号
宮内庁関係者が語る。「佳子さまへのご公務の依頼が殺到しています。
庁内には他の女性皇族とのバランスを考えるべきだという考えもある一方、
秋篠宮家を担当する職員たちは総じて歓迎しています」
「男性皇族を傍らで支えるパートナーと見られがちだった女性皇族は
平成皇室の公務を担う重要な存在となっている」と皇室ジャーナリストの神田秀一氏はいう。
「佳子さまの意見やお考えを大胆に発言されるお姿に時代の移り変わりを感じます。
女性皇族のご活躍が皇室全体のパワーになっているのではないでしょうか」
テーミス2015年3月号
歌会始の雅子妃の御歌
「外交官時代を懐かしんでいることは間違いない。」
「オックスフォード大学といえば、イラクで凶弾に倒れた奥克彦大使が思い起こされる。
雅子妃にとっては彼は良き先輩であり、彼の死は雅子妃にとって相当ショックだったようで、
いまだにその傷は消えていないとも言われている。適応障害に至る遠因になっているのかもしれない。」(外務省関係者)

佳子さま 充実キャンパスライフのため英語の勉強に励まれる
2015.03.19 07:00
学習院関係者はこう話す。
「学習院女子中等科時代、佳子さまは各クラスから数人が選ばれるスピーチコンテストに出場され、
見事入賞されたそうです。佳子さまの英語は、発音がとてもきれいで
スラスラしゃべられるのが印象的だったと聞いております」
そんな佳子さまを支える女性の存在があった。
「佳子さまは家庭教師のA子さんに英語を習っているそうです。
彼女は、眞子さま(23才)の家庭教師も務めていたかたで、眞子さまが姉のように慕い、
悩み相談までされていたと聞いております。現在、佳子さまも週2回ほどA子さんのレッスンを受けて、
リスニング、スピーキング、リーディングなどを徹底的に学ばれているようですよ」(前出・秋篠宮家関係者)
http://www.news-postseven.com/archives/20150319_310668.html
※女性セブン2015年4月2日号

春のお彼岸に初参加して――
佳子さま、「宮中行事」参加の”こだわり”とその理由
2015年03月24日(火) 06時00分〈週刊女性4月7日号〉
「佳子さまは、展覧会や地方公務など華やかなお出ましが注目されがちですが、
あまり報じられないご接見や宮中祭祀なども黙々と務められています」
“美しすぎる皇族”として話題の秋篠宮家の次女・佳子さまについてそう語るのは、ある宮内庁関係者。
昨年末に20歳の誕生日を迎え、4月から国際基督教大学(ICU)で新しい学生生活が始まるが、
入学前にできる限り皇族としての活動に集中したい“こだわり”があるようだ。
「大学入学後は、やはり学業優先にならざるをえません。姉の眞子さまも現在は、英国に留学中なので、
せめてその間は、国民のために尽くしたいというお気持ちがあるようです」(同・関係者)
3月23日には、母・紀子さま(48)と映画『風に立つライオン』を鑑賞する予定で、
大いに注目を集めたはずだが、こんな目立たない活動もされている。
「佳子さまは3月18日に、今年2回目となる武蔵陵墓地の参拝をされました。
曽祖父にあたる昭和天皇と香淳皇后の御陵へのお参りでしたが、春のお彼岸にあたるものです」
宮内庁担当記者が続ける。
「ほかに毎年、春分の日に皇室の祖先のために宮中三殿の皇霊殿で祈る『春季皇霊祭』と
神恩に感謝するため神殿で行われる『春季神殿祭』があります。
天皇・皇后両陛下をはじめ、各皇族方が出席されますが、佳子さまは初めてのご参列となりました。
今回、陛下は軽い風邪の症状で儀式をお取りやめになったので、
“初参加”の佳子さまの存在を頼もしく思われたかもしれません」(同・記者)
眞子さまも、昨年と成人されたばかりの’12 年に同じ行事に参列されたが、
佳子さまも成年皇族として着々と活動の幅を広げられているのだ。
皇室を長年取材するジャーナリストで、文化学園大学客員教授の渡辺みどりさんは、
佳子さまのご活躍ぶりについて、こう話す。
「佳子さまは公の場へのお出ましだけではなく、宮中祭祀や儀式でご先祖や国民のために祈ることで、
皇室の役割について、より深い理解を得られるのではないでしょうか」
渡辺さんが続ける。
「佳子さまは将来、両陛下の長女・黒田清子さんのように、
伊勢神宮の臨時祭主を務められることになるかもしれません。
さらに、外国からのゲストに宮中の儀式について説明する勉強や語学力も必要になってくるはずです。
そういう意味でも、宮中行事は大切なご活動です」
3月19日には秋篠宮邸で両陛下や皇太子ご夫妻らをお招きして、
佳子さまの成年をお祝いするプライベートなお食事会も開かれた。
秋篠宮家関係者が、そのときのご様子をこう打ち明ける。
「佳子さまは、成年になられたことの抱負などを述べられたようです。
成年皇族としての重みを感じ、お気持ちを新たにされたのではないでしょうか」
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/10207/

週刊文春2015年4月9日号
26日
秋篠宮ご夫妻、佳子さま、悠仁さまは富山県五箇山の相倉合掌造り集落に。
民俗館・土産物屋など。昼食は合掌造りの民宿で川魚・山菜・自家製漬物など。
佳子さまの同地訪問は2002年夏以来。秋篠宮さまは高二の時からここが好き。
悠仁さまは初めてで、クロスカントリースキーに挑戦。宿泊は五箇山荘を借り切り。
27日:
岐阜県白川郷で合掌造り住居見学。
「佳子さまが入館料4人分1050円を支払おうとされたので
『頂いて宜しいのでしょうか』と伺うと明るく『大丈夫なんですよ〜』」(受付)
昼食は熊料理。ご一家とSPで20名が熊鍋やキジ刺しなど。佳子さまも熊おじや。
秋篠宮はビールだが、佳子さまは「お酒は3/28に。友人には3月下旬まで20歳誕生日が来ない人もいるから」
28日
帝国ホテルで「佳桜会二十歳の会」(院初等科卒業生)。乾杯はシャンパンなど。
三浦前初等科長も出席。紀子さまも他の保護者と談笑。

美智子さま、パラオご出発前に雅子さまに示した「思いやり」
2015年04月15日(水) 16時00分
〈週刊女性4月28日号〉
1泊2日の”強行日程”で、西太平洋の島国へ出かけられた皇后さま。
ご体調が万全ではない陛下を支え、猛暑の中で祈りを捧げるなど、ご多忙を極めたがーー。
その陰で、次の皇后である雅子さまにもお気遣いを……。
「美智子さまは晩餐会のときにせきこみ、ヘリコプターから降りるときは
足がもつれるような場面もありましたが、現地での日程を予定どおりこなされました」
4月8日から9日に天皇陛下(81)に寄り添い、太平洋の島国・パラオを訪問された皇后美智子さまについて、
そう話すのは宮内庁担当記者。
日本から南に約3000キロ─。敗戦から70年という節目の年に、日本軍約1万人、米軍約1700人のほか
現地人の犠牲者が出た美しい島々で慰霊を行うことは、両陛下の長年のご希望だった。
1泊2日の”強行日程”といってもいい慰霊の旅が決まった経緯を説明するのは、宮内庁関係者。
「両陛下がパラオなど激戦地だった太平洋の国々を訪問されたいというお気持ちは、かなり前からあったようです。
10年前の戦後60年のときには陛下の粘り強い熱意でサイパン島訪問が実現しましたが、
その際、今回も訪問が検討されたミクロネシア連邦やマーシャル諸島なども下見が行われました。
しかし、受け入れ態勢が十分でないということで、今回のパラオもぎりぎりのところで実現しました」
しかも出発まで両陛下は風邪をこじらせて万全といえるようなご体調ではなかった。
「今回の旅は、陛下の父・昭和天皇の時代に起きた太平洋戦争(第二次世界大戦)を深く反省し、
犠牲者の霊を慰める目的だったと思います」
そう話すのは、元共同通信記者で陛下と学習院初等科から同級の橋本明さん。
「平和憲法」と呼ばれる現在の日本の憲法を守りたい、というお気持ちも秘めていたのではないかとみる。
「平和憲法がどのように生まれたか、陛下は昭和天皇の平和を求める並々ならぬ覚悟を読み取ったからこそ、
憲法を守る大切さを折に触れて発言されています。一方で天皇は憲法上、政治的な発言や行動が許されていません。
封じられているからこそ慰霊の旅をして、日本が平和国家なのだと国際社会に向けて発信しておられる。
父子二代にわたる、嫌悪すべき戦争への清算と見るのが正当な解釈でしょう」(橋本さん)
そんなテーマを持たれた陛下をお支えする美智子さまのご苦労は、察するにあまりあるが今回、
ご身内にもこまやかな配慮をみせられていた。ある皇室関係者が、こう打ち明ける。
「両陛下の国際親善を目的とした海外訪問の場合は、ご出発のお見送りとご帰国のお迎えは、
皇族方が空港でされることになっています。しかし、今回のご旅行の出発時に羽田空港に行かれたのは、
皇太子さまと秋篠宮さまだけ。皇居の御所で、雅子さま、紀子さまや常陸宮さま、
高円宮妃久子さまらが挨拶をされ、ご帰国の際は再び、空港に皇太子さまと秋篠宮さまだけでした」
これには、両陛下のこんなご意向があるという。
「控えめにというのは表向きの理由で、実は美智子さまの雅子さまに対するこまやかな配慮がみてとれますね」
と打ち明けるのは、両陛下に近い関係者。
「両陛下がサイパンを訪問された’05年6月は、雅子さまが療養生活に入った直後で、
皇太子さまの”人格否定発言”と『適応障害』という病名が発表された翌年のことでした。
そんなときに、雅子さまのお出ましは困難だったので、空港での送迎は皇太子さまだけに任せ、
ほかの皇族方は遠慮していただいて、雅子さまの”不参加”が目立たないようにしたと聞いています」(同・関係者)
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/11396/

雅子さま 「ピンクのお召し物」の決意と叶わなかった園遊会
2015.04.29 07:00
東京・元赤坂の赤坂御苑内には「三笠山」と呼ばれるきれいな芝生が広がる小高い丘がある。
そこに天皇皇后両陛下に続いて、皇太子さま(55才)、秋篠宮ご夫妻らが姿を見せられたが、
残念ながら、この日も皇太子妃・雅子さま(51才)のお姿はなかった…。
4月21日、赤坂御苑では両陛下主催の春の園遊会が開催された。
昨年、青色発光ダイオード(LED)の開発でノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇名城大教授(86才)ら3氏や、
東日本大震災後に全面復旧した三陸鉄道の望月正彦社長(63才)など、
各界の功績者や自治体関係者とその配偶者など約2100人が招かれた。
《2015春「11年半ぶり園遊会」への期待高まる》──この『週刊文春』(4月23日号)の記事をきっかけに、
一気に高まった雅子さまの11年半ぶりの園遊会ご出席。
2003年12月、雅子さまは帯状疱疹で入院され、そのまま現在まで長らく続く療養生活を送られている──。
11年間、一進一退を繰り返してこられた雅子さまだけに、今回、園遊会へのご出席が実現すれば、
ご公務本格復帰に向けて大きな第一歩となるはずだった。
実際、雅子さまも今回は園遊会出席に積極的な姿勢だったという。
それを証明するかのように、4月12日に東京・目白の学習院大学キャンパスで開催された
『オール学習院の集い』でも、こんな雅子さまのお姿が目撃されている。「午前10時半過ぎ、雅子さまは、
愛子さまが出演される大合同演奏会が行われる学習院創立百周年記念会館正堂に姿を見せられました。
愛子さまは初等科管弦楽部の卒業生としてステージに登場され、THE BOOMの『風になりたい』と
嵐の『サクラ咲け』の2曲を演奏されました。
雅子さまは双眼鏡を使って熱心にご覧になられ、演奏が終わると、大きな拍手を送られていました」(学習院関係者)
そして、この日、多くの学習院関係者を驚かせたのが、雅子さまの装いだった。
「ネイビーのパンツスーツだったんですが、インナーはきれいなピンク色のハイネックを合わせられていたんです。
ここ数年、黒やグレーといった暗いイメージのスタイルが多かった雅子さまが明るいトーンのお召し物を
着ていらっしゃるのが珍しく、ビックリしたんですが、とてもお似合いでした」(前出・学習院関係者)
臨床心理士の矢幡洋氏は、こう説明する。
「気持ちが沈んでいたりして、誰からも話しかけられたくないときは
ガードの堅そうな黒系の服を着たりするのが人間の習性です。
雅子さまが春っぽいピンク色のお召し物を選ばれたということは、
気持ちが外に向いていることを表されているのだと思います。
明るい色の服をお召しになることで“私は元気になっているんですよ”という
メッセージを伝えられたのでしょう」
しかし、冒頭の通り、今回の園遊会でも雅子さまの姿を拝見することはできなかった。
「園遊会の出欠に関して、東宮大夫は4月17日の定例会見で
“医師と相談の上、殿下お一人のご出席となった”と話したそうです」(皇室記者)
結局、雅子さまのお気持ちは叶わず、ドクターストップとなってしまったという。
「園遊会というのは2000人以上が集まり、人の列が途切れません。
招待客と会話をされながら、両陛下や後ろに続かれる秋篠宮ご夫妻らとの距離を保ち、
声をかける人に不愉快な思いをさせないような言葉選びなど、
さまざまなところに気を使わなければならない難しいご公務なんです。
両陛下の大切なお客様を接待するご公務だからこそ、最後の1人まで一瞬たりとも気は抜けないんです。
しかも、その緊張感は1時間以上続くわけですから、ご病状が回復されつつあるとはいえ、
現在の雅子さまにはハードルが高いと医師団は判断したのかもしれません」(宮内庁関係者)
※女性セブン2015年5月7日号
NEWS ポストセブン 4月29日(水)7時6分配信
http://www.news-postseven.com/archives/20150429_318430.html

皇位継承との兼ね合いも
佳子さま暮らす秋篠宮家の職員が7人から22人に増えた理由
2015年06月11日(木) 11時00分
〈週刊女性6月23日号〉
現在の法律では女性天皇は誕生せず
「女性・女系天皇については、小泉政権時の『皇室典範に関する有識者会議』で議論が行われましたが、
悠仁親王殿下のご誕生で中断しました。
その際、政府関係者に”これで、もう今後も議論はできなくなりましたね”という話をしました。
制度の議論をしても”愛子内親王殿下と悠仁親王殿下のどちらがいいのか”
という話になってしまうと思われたからです。ご誕生になる前から、もっと議論しておくべきでした」
と言うのは皇室ジャーナリストの山下晋司さん。
どうやら、このままでは”女性・女系天皇”誕生のハードルはかなり高くなりそうだ。
現行の皇室典範では、皇位継承者は「皇族に属する男系の男子」と定められているため、
愛子さまが天皇になることはできない。
そうなると、現在の継承順位は皇太子さま、秋篠宮さま、悠仁さまの順で、
宮家の秋篠宮家から天皇が誕生する可能性がある。
宮家は、天皇・皇太子の世帯を本家とすると、分家にあたる。
通常、男性皇族は結婚などで独立する際に天皇から宮号を賜る。現在の宮家は4つ。
天皇陛下の次男である秋篠宮家、陛下の弟の常陸宮家、昭和天皇の弟の三笠宮家、その息子である高円宮家である。
「天皇家本家より、宮家の皇族方は自由度が増しますが、
近代皇室において、宮家の男子皇族は生涯、宮家のまま。
これまで約230年間、宮家から天皇になった方はいません」
このままでは皇太子が不在に
秋篠宮家は宮家ながらもほかの宮家とは”事情”が異なると山下さんは指摘。
「皇太子殿下が即位されると、皇位継承順位第1位は秋篠宮殿下になります。
ただし、『皇太子』というのは”皇位継承順位第1位”かつ”現在の天皇の子ども”と
皇室典範で定められていますので、天皇の弟となる秋篠宮殿下は皇太子にはなりません」
皇太子不在となってしまう恐れがあるのだ。
すると、これまで皇太子が執り行ってきた公務をどうするか、などの問題が生じてくる。
「現在、皇太子殿下が行っておられる公務は秋篠宮殿下が引き継がれることになるでしょう。
宮内庁では、両陛下と皇太子ご一家を手厚くお世話していますが、秋篠宮家に対しては手薄なままです。
しかし、これまでの宮家と同じような扱いをするわけにもいきません」
そこで宮内庁は、法改正をともなわない範囲で、
例えば秋篠宮家に配置する職員の数を少しずつ増やすなどの対応をしている。
「秋篠宮家が創設されたころの職員は7〜8人でしたが、1、2年に1人ずつ増やすなどして、
現在は22人になっています。しかし、根本の制度を変えなければ、宮内庁ができることにも限界があるでしょう」
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/13989/

女性セブン2015年6月18日号
晩餐会では雅子さまの“先輩プリンセス”としての風格が際立ったという。
「やはり佳子さまは緊張されていたようで、晩餐会が始まる前、
皇太子さまと秋篠宮さまが緊張を和らげようと話しかけられていました。
一方の雅子さまは2回連続での晩餐会出席ということもあってか、
かつての雅子さまに戻られているように感じました。
例えばアキノ大統領が挨拶されるとき、出席者には挨拶を和訳した紙が事前に配られていたのですが、
雅子さまは、その紙をご覧になることなく、大統領の顔を見つめながら話を聞かれていました。
もちろん元外交官で英語が堪能な雅子さまだからできることなんですが、
佳子さまはときおり和訳を読まれたりしていましたので、そのお姿は特別、印象に残りましたね」(皇室記者)

文藝春秋2015年6月号
川島裕侍従長 随行 特別手記
天皇皇后両陛下「玉砕の島」ペリリュー島へ
ご旅行の準備に際して悩んだのは、ご一行がパラオで何を着用するかということであった。
事前にパラオ側と打ち合わせた際、先方は、できれば背広姿ではなくて、
アイランド・フォーマルという、アロハに似た服装でお願いしたいということであった。

宮内庁和歌御用掛が明かす
佳子さまの和歌の素養 歌人 岡井隆
宮内庁御用掛として皇族に和歌の指導をしている。
佳子さまには今、古語や歴史的かなづかいを和歌に生かすことを教育。
注意を素直に聞き積極的。
紀子様が和歌に熱心なのを傍で見ていて皇族の公務として和歌を詠む意識が育ったのだろう。
歌会始の直前に慌てないように年の初めから作っておくようにと言うと、
十月の皇后誕生日の歌を今から作って指導を求めた。
今年の歌会始の歌も、家族の姿があらわれた良い歌だ。

女性セブン2015年7月2日号
「今回のトンガご訪問では、雅子さまの主治医である大野裕医師(65才)が日本に残ることになったのです」
(前出・皇室記者)
うつ病や適応障害の権威として学会では広く知られる大野氏が雅子さまの主治医となったのは2004年6月のこと。
雅子さまを適応障害と診断したのも大野氏だった。
「雅子さまが病気になられた当初、大野先生は週に1度は東宮御所を訪ね、雅子さまの治療にあたられていました。
雅子さまはときに個室で先生と向き合われ、2〜3時間も話し込まれて日付が変わったこともあったそうです。
先生は雅子さまの話がどんなに長くなられても、いつも真摯に耳を傾けていたようです。
また電話でも頻繁に連絡を取られ、悩みを相談されることも多かったと聞いております」(宮内庁関係者)
毎年、雅子さまの誕生日(12月9日)に宮内庁が発表する「東宮職医師団の見解」の草案を書くのも大野氏だ。
それだけ雅子さまは大野氏に大きな信頼を寄せてきた。
「大野先生は宮内庁に公的な肩書はなく、あくまで私的な担当医です。
そんな彼がオランダまで随行したのは、雅子さまの強い希望があったからでした。
ただただ雅子さまは大野先生が一緒だと安心するというのが理由だったんです」(前出・宮内庁関係者)
超異例の形でオランダまで同行した大野氏だが、今回は前述の通り、トンガへの同行はないという。


ブームのかげで…“愛子さま”と“佳子さま”の歴然たる格差
2015年6月19日 6時0分
女性自身
空前の佳子さまブームのなか、なにかとマスコミにライバルとして報じられるのが、
東宮家の愛子さまと、秋篠宮家の眞子さま、佳子さまだ。両家には厳然とした格差があるという。
「東宮家には60名以上の職員がいるが、秋篠宮家は約20名。
国からお渡しするお手許金(プライベートマネー)も、
両陛下と東宮ご一家のための内廷費が3億2千400万円に対し、
秋篠宮家のための皇族費は6千710万円です
(ただ、皇室の私的行為とされている宮中祭祀に携わる職員の人件費は内廷費から支出されているなど、
使い道に違いがあるので単純な額の比較はできない)」
こう語るのは、元宮内庁職員の皇室ジャーナリスト山下晋司氏。
「公務の際の移動は、皇太子同妃両殿下にはパトカーや白バイがつき、交通規制もおこなわれるが、
秋篠宮家など宮家皇族は通常、警視庁の警衛の車がつくだけで、信号も守る。
掃除洗濯なども東宮ご一家は宮内庁職員が関わるが、宮家は必要であれば私費で侍女を雇う。
この侍女が通常3〜4人いるので人件費もかさむ。御料牧場の生産品も両陛下、東宮ご一家は無償だが、
宮家は必要なら余剰品を私費で購入します」(山下氏)
だが、プリンセス同士は仲がいい。
「4月に『オール学習院合同演奏会』で愛子さまはチェロを演奏なさいましたが、
佳子さまを意識されたような編み込みの髪型が話題になりました。
写真に写るポーズにも、佳子さまの影響が見受けられます」(皇室記者)
5月初旬には、御料牧場で東宮家と秋篠宮家が一緒にご静養された。
「自転車で野菜畑を訪れてトマトなどを収穫されたり、夕食をともにされました。
両陛下を介さずに、両家だけで一緒に静養されるのは珍しいことです。
宿泊施設の規模からも、職員を連れて集まるのは難しかったでしょうが、
ともに過ごされたことで両家の関係はより密になったでしょう」(前出・山下氏)
(週刊FLASH6月30日号)
http://news.livedoor.com/article/detail/10248630/

雅子妃 海外公務決定も国内は消極的で国民との距離開く懸念
2015.06.24 16:00
2013年のオランダ訪問以来の海外公務となる、7月2日から5日の南太平洋の島国・トンガ訪問が発表された雅子妃。
今回のトンガ訪問では、国王・ツポウ6世の戴冠式とそれに続く昼食会に出席する。
今回の公務は、体調回復を目指す雅子妃の再スタート地点として理想的な場所とタイミングだったのかもしれない。
その現われが「主治医の不在」だ。
「今度のトンガ訪問には、雅子さまの主治医として、10年以上も寄り添ってきた大野裕医師が同行しない予定です。
大野医師は2013年のオランダ訪問には同行しましたが、
雅子さまは2年前より体調の回復に自信を深めているのでしょう」(東宮職関係者)
しかし宮内庁関係者からは不安の声も漏れてくる。
「トンガ訪問は庁内に思わぬ波風を立てています。“国内の公務にさまざまな制限がかかっているのに、
海外公務だけこなすのは批判を受けかねない”という懸念の声が少なくない」
予定では皇太子夫妻は7月2日夜に羽田空港を出発、民間のチャーター機でトンガに直行する。
ベテラン皇室記者はこの旅程に雅子妃への手厚い配慮がうかがえると話す。
「トンガは空港の滑走路が短く、政府専用機のジャンボが使えない。かつて皇太子がトンガを訪れた際は、
シドニーを経由して小型飛行機に乗り換えて入国した。
今回は雅子妃の負担を考慮して宮内庁はチャーター便を手配しました」
それでも10時間を超えるフライトになる。その大変な旅程が、かえって別の懸念を呼んでしまう。
「5月末に宮崎県で行なわれた『みどりの愛護のつどい』に雅子さまは出席されず、
皇太子殿下おひとりのご公務となりました。しかしこちらは飛行機で片道2時間ほど。
これほどの長時間移動ができるなら“国内各地の公務だって可能なのではないか”という声も出ています。
しかも、外国なら行くのに国民の前には出られないのか、と」(別の宮内庁関係者)
また、トンガ帰国後の国内公務のスケジュールが空白になっていることも気がかりだ。
7月上旬の『献血運動推進全国大会』の出席は、いまのところ皇太子のみで雅子妃の名前はない。
万全なサポート態勢が組まれた海外公務と消極的に見える国内公務のアンバランスで危惧されるのは、
皇太子夫妻と「国民との距離」が一層開いてしまいかねないことだ。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏が解説する。
「昭和天皇は戦禍に苦しむ国民を慰めるために全国を行幸された。
平成になり、天皇・皇后両陛下も“国民と共に寄り添い歩む皇室”という考えのもとに公務を続けてこられた。
それは皇太子ご夫妻にも引き継がれていくべきものではないでしょうか」
※週刊ポスト2015年7月3日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150624_331100.html

News Navi
2015年7月5日号
皇族に公務でのお出ましを依頼する場合、天皇皇后両陛下は内閣官房の総務課が、
宮家は各宮家あるいは宮務課が窓口になる。
半年から1年前にお伺いを立て、日程や内容を検討して判断されるという。

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