皇室とディズニーランドの深いつながりとは?

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舞浜新聞
皇室とディズニーランドの深いつながりとは?
2015・01・25

1月15日、外務省は1975年の昭和天皇の米国訪問に向けた、
政府内での事前協議などに関する外交文書ファイルを公開しました。
外務省は作成から30年経った外交文書を原則公開しており、今回もその一環として行われました。
今回公開された外交文書の中には、昭和天皇とディズニーランドに関するものも含まれていました。
今回の記事では、そんな日本の皇室とディズニーランドとの深いつながりについて、見ていくことにしましょう。

両陛下がディズニーランドを訪問
1975年9月30日から10月14日にかけて、昭和天皇は歴代の天皇では初めてアメリカを公式訪問しました。
実は米国訪問に先立って、1971年に昭和天皇は欧州を歴訪したのですが、
ベルギーなどでは生卵を投げつけられたり、ロンドンの新聞では
軍国主義を連想させるような漫画が載せられたりするなど、
友好的なムードで受け入れられたわけでは決してありませんでした。
欧州歴訪がそんな悲観的な状況だったことから、外務省は同じ失敗は繰り返さないという強い決意で、
この米国訪問へ臨むことになります。
1月16日の読売新聞朝刊では、米国訪問に関する外交文書について、以下のように報じています。

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一方、日本政府は昭和天皇のイメージ向上につながるよう、訪米時の立ち寄り先も慎重に選んでいた。
在米日本大使館は5月12日、天皇のロサンゼルスでの訪問日程に関連し、
「暴力と悪のイメージが結びつきやすいハリウッドではなく、子供の世界であり、
HAPINESS(幸せ)やJOY(喜び)を連想させるディズニーランドの方が圧倒的によい」
とする米国人の印象を外務省に伝えた。
天皇は10月8日、ディズニーランドを訪れ、子供と一緒に手をたたきながらパレードを見た。

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外務省が米国訪問を成功させるために、アメリカ人に親しまれているディズニーランドを訪問先に選んだことが、
今回の外交文書から分かります。

昭和天皇の87年間の生涯をまとめた「昭和天皇実録」には、
ディズニーランド訪問について、以下のように記述されています。

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昭和50年10月8日
(米カリフォルニア州のディズニーランドで観覧した建国200年祭記念パレードで)
天皇は、次々と御座所の前を(山車などが)通過するのを御覧になり、拍手を送られる。
これに寄せて詠まれた歌は次のとおり。

二百年のすぎゆきを示すアメリカのパレードを見つ少年らとともに

なおこの日、園内には約1万6千名の一般入場者がおり、各所で拍手などによる歓迎があった。
また同園より非公式にミッキー・マウスの腕時計が贈られ、以後数年間御愛用になる。

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昭和天皇と香淳皇后の訪問のとき、ディズニーランドは貸し切りではなく、一般の入園者もいました。
アメリカの一般市民とディズニーランドで交流する姿は、日米友好を象徴する一コマになったでしょう。
特にパレードを見ているときに、現地の男の子「マイケル君」が香淳皇后に寄り添ってきて、
一緒に楽しんでいる様子は、特に印象的な場面になりました。
外務省や宮内庁の尽力もあり、昭和天皇の米国訪問では目立った反発は起きず、
友好的なムードの中で終了しました。


昭和天皇とミッキーマウスの腕時計
ディズニーランド訪問では、ウォルト・ディズニー・カンパニーから昭和天皇に、
ミッキーマウスの腕時計が贈られました。
この腕時計はウォルト・ディズニーが、腕時計メーカーのインガーソル社に
「腕が針になって動くミッキーマウスの時計を作れないか」と提案したのがきっかけで作られたものです。
ファーストモデルは、1933年にシカゴ万国博覧会で販売され人気を集めます。
そのファーストモデルを忠実に再現したリモデル版を、ディズニー社は昭和天皇に贈ったのでした。
昭和天皇はこの時計を密かに愛用していたのですが、1978年に高知県で全国植樹祭が開催されたときのこと。
陛下の袖口からこのミッキーマウスの腕時計が顔をだし、その写真が新聞で報道されてしまったのです。
「陛下がミッキーマウスの腕時計をなさっている」ということで、世間の関心を集めました。
その後、壊れても部品を取り寄せて修理するなど、昭和天皇はミッキーマウスの腕時計を愛用しました。
それは1981年に三洋電機を視察したときに、太陽電池式の腕時計を贈られるまで続いたのでした。

実は「昭和天皇実録」では、昭和天皇が日米開戦後の1942年4月に、
ディズニー映画『ミッキーの捕鯨船』を鑑賞していたことも記述されています。
陛下はミッキーマウスがお好きだったのかもしれませんね。


皇太子明仁さま・美智子さまもディズニーランドを訪問
実は昭和天皇の米国訪問からさかのぼること15年、1960年9月22日から10月7日にかけて、
当時の皇太子明仁さまと美智子さま(現在の天皇・皇后両陛下)もアメリカを訪問しています。
これは日米修好通商100周年を記念して、米国政府から招待を受けたものでした。
訪問先では官庁や学校、美術館、博物館などを視察したほか、日系人や日米協会の関係者とも交流しました。
特に、当時日系人が約7万人暮らしていたロサンゼルスでは、空港に4,000人が押し寄せ、
リトル・トーキョーでは約1万人の日系人が日米両国旗をもって両殿下を迎えたのです。
また、ディズニーランドでは、なんとウォルト・ディズニー自らがパーク内を案内して、
日本の花火が打ち上げられるなどの歓迎を受けました。
すでにこのときから、日本の皇室とディズニーランドは深く結びついていたのですね。

皇太子徳仁さまもディズニーランドを訪問
昭和天皇、そして今の天皇陛下もアメリカ・カリフォルニアのディズニーランドを訪問しています。
実は今の皇太子さまも私的にディズニーランドを訪問しているのです。
1985年11月、オックスフォード大学への留学と、それに伴う視察の中で
私的にディズニーランドを訪問されています。
この訪問については、公式なものではなかったため、詳しい資料が残っていないようです。

皇太子ご一家で東京ディズニーリゾートを訪問
私的にディズニーランドを訪問された皇太子徳仁さま。
実は2006年3月13日に、皇太子さまと雅子さま、愛子さまは一家そろって
東京ディズニーランド・東京ディズニーシーを訪れています。
このときはご一家そろってということで、パーク内は厳戒態勢に。
一部のエリアやアトラクションは貸し切りとなり、混乱がないように配慮されました。
宮内庁はこの訪問について
「学習院幼稚園入園前に、愛子さまに同世代の子供と同じような体験をしてもらうため」と発表しています。
このときの訪問では、午前中はディズニーシー、午後にはディズニーランドを回られました。
ランドの「ミッキーの家とミート・ミッキー」では、講談社ラウンジで休憩のあとミッキーとご対面。
「プーさんのハニーハント」や「イッツ・ア・スモールワールド」などのアトラクションも楽しまれたようです。

昭和天皇や今の天皇陛下が日米友好のためにディズニーランドを訪問したのに対して、
皇太子ご一家は、あくまでも「思い出づくりのためのテーマパーク訪問」になっています。
皇太子さまとしても、自分が味わった経験を愛子さまに体験させてあげたかった、
という思いがあったのかもしれません。これも時代の流れなのでしょうね。

ほかの皇族方もディズニーランドを訪問
一般にはあまり報道されませんが、皇族方も東京ディズニーリゾートを訪れることがあります。
1986年6月9日、紀宮さま(今の黒田清子さん)がディズニーランドを訪問したことがありました。
このときは学習院女子高等科の学友と一緒に訪問、SPは女性の警護官一人だけで、
それ以外の身辺警護は東京ディズニーランドのセキュリティが担当しました。
2007年4月2日には、三笠宮彬子さまが友人の大学生とともに東京ディズニーシーを訪れたときの様子が
『週刊朝日』に掲載されました
これらの訪問はいずれも公式訪問ではなく、あくまでも「お忍び」週刊誌の記者などが写真を撮り、
記事にすることはありますが、基本的にはあまり大きく報道されません。
実際は表に出ている情報以上に、皇族方が東京ディズニーリゾートを訪れている可能性もあります。
最近では『週刊文春』が、愛子さまの東京ディズニーシーお忍び訪問が、
台風のために中止になったことを報じています。

皇室とディズニーランドのつながり
こうして見てみると、日本の皇室と、アメリカ文化の象徴でもあるディズニーランドが
深く結びついていることがよく分かります。
今では日本文化とも強く結びついているディズニーランド。
皇室の皆様は、なかなか自由に訪問することは難しいでしょうね。

http://maihama.hateblo.jp/entry/2015/01/25/094139

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