我が「悠」への想い


【吉備野庵】
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2006年 09月 13日
【6246】 我が「悠」への想い
★ 去る6日の親王ご誕生に続き、昨日12日午後はご命名。
この1週間、マスコミは“ロイヤルベビー”慶祝と、その”あやかり”エピソードの報道に突っ走っています。
6日に目立ったのはほぼ同時刻に生まれた男児掘り起こし。
そして昨日は、「悠仁」同名者のご登場。我が家も沸きました。一番下の孫の名が「悠」なのです。

★ 芸能人や英雄にあやかる。先月も甲子園の優勝投手のあやかりハンカチブームが去った後の第二波。
どちらかと言うと、こうした報道には斜に構えて批判的な私ではありますが、
今度のご命名あやかり騒ぎは我が家を包み込みました。
たまたまテレビで速報を見た娘が「悠だって!」と素っ頓狂な叫び声をあげ、
早速、ケイタイを掛けまくり、盛り上げていました。

★ 「悠」 テレビは、この漢字一文字を大きく掲げ、学者、評論家が登場して
微に入り細をうがった解説がなされていました。私も、16歳、高校2年生になった我が孫が生まれた時、
その父母と共に額を寄せて命名協議をしたことを思い出しました。
「遊にしたい」と言う長男に「ダメだ。名字を繋ぐと、”銭持って遊ぶ”感じになる。”悠”にしろ」

★ 結局、長男が私のアドバイスを取り入れて「悠」を選びました。
「なっ、良かっただろう。親の言うことには従うものだ」 
50になった男にそんな軽口を叩くと、
「オヤジもそろそろ、老いては子に従う境遇だろう」と言い返して来てアイコ。
まあ、楽しくひとときを過ごしました。

★ しかし、“ロイヤルベビー”ご命名にあやかり、改めて「悠」の字義を確かめました。
「”名は体を表す”と言うだろう。我らの願いを1字に込めろ」 
16年前にも父母・祖父母4人が字典を前に額を寄せ合って、
この子の行く末にありったけの思いを乗せたものでした。
因みに長男の子どもは3人いますが、全員、1字の名にしています。

★ 字義について言えば、やはり白川静先生に教えを請うのが一番です。
「悠」の字の上の部分は人の背中に水をかけて滌(あら)う形でみそぎをするという意味。
先生のご著書「常用字解」(平凡社)にはこう説明されています。
「みそぎによって身心が清められ、心がゆったりと落ち着くことを悠といい、
『ゆるやか、のどやか』の意味となる」

★ 念のため先生渾身の名著『字統』で確かめると、
「みそぎを終えて心の伸びやかとなった状態を悠という」といい
「心が安らかであればその想念も悠(はる)かである」。16年前の情景が甦ってきました。
「ゆったりと、のどかに、そしてのびのびと・・・元気でそだて、悠よ」 赤子に呼びかけた最初の言葉でした。

★ 折角の機会です。私は、この「悠」の字に特別の思いがあります。
この語を選ぶ過程で、この漢字は、戦後の”拙速な”国語改革の中で、
一旦、抹殺された文字であることを知りました。国民の強い復活の願いが実って、
戦後初めて「人名用漢字」に復活したいくつかの”抹殺漢字”のひとつが「悠」でした。
蘇ったのはちょうど30年前の1976年のことでした。

★ もし、この復活がなければ、今日の親王のお名前「悠仁」は絶対にあり得なかったのです。
かつて国家が抹殺した言霊の籠もる貴重な漢字を民衆が取り戻し、今、皇室がそれを拾い上げられた・・・
その重要な意味を、今、私は思い起こしています。そして孫に教えたいと思います。

★ 「悠よ、君の名前は復活の象徴。無謀な国家の文化破壊の後、民衆が忘れずにその命を匿い、
復活させた言霊。この一字はその抵抗のシンボルだ。
そして、皇室が今、民族待望の親王のお名前に、この復活文字を選ばれた。
悠よ、この一文字はもう消えることはない。今、復活して、自らを体現した」

★ 占領軍の指導の元で行われた拙速な民主主義は、日本の伝統文化を大きく毀損しました。
アメリカに迎合した実用主義的文教政策は国家主導による組織的な伝統文化の大破壊を起こしました。
その結果は、貴重な古典との断絶を引き起こしたのです。
我々、昭和ヒトケタ族から下の年齢層は、その被害者と言わねばなりません。
この思いはかつて、このブログでも書いたことがあります。ご参照頂ければ幸甚に存じます。
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