2015年8月-12月 雑誌記事

AERAアエラ 2015年8月17日号
紀子さまの「本気度」−21年間「総裁」を務める結核予防運動
紀子様は結核の意識調査をまとめて博士論文をまとめられた。
2012年からは全国結核予防婦人団体連絡協議会でパワポを使って講義をなさっている。
パワポはもちろん紀子様手作りで、宮家でもストップウォッチを使って練習されている。
セッッションではピカ一(結核研究所石川所長談)

週刊女性2015年8月18・25日号
大日向開拓地は、開拓移民団として1940年ごろまでに旧満州に渡り、
終戦後に軽井沢に入植した大日向村(現在の佐久穂町)の住民764人が開拓した地域。
戦後、昭和天皇も訪問し、皇太子時代の陛下や美智子さまもたびたび訪問されている。
美智子さまにとり、軽井沢は陛下と出会った「思い出」の場所であり、
心をお寄せになる人々が住む特別な場所だ。
「両陛下は大日向への思い入れが強く、幼い礼宮(秋篠宮)さまや紀宮さま(黒田清子さん)を夏の間、
現地の保育園へ通わせていたこともあったほどです」(渡辺みどり)

皇太子ご一家、伊豆”別荘”のプライベートビーチで1週間の夏休み
週刊女性PRIME 8月19日(水)16時0分配信
最近は、伊豆での夏休みがほぼ恒例となっている皇太子ご一家。
今回、特に雅子さまはリラックスできたようだが、「充実」した日々があったからこそのようだ。
「愛子さまは御用邸のビーチで海水浴を大いに楽しみ、皇太子さまや雅子さまと付近の散策もして、
皇太子ご一家にとって1週間の滞在は充実したものだったようです」
8月11日から17日までの予定で、静岡県下田市にある須崎御用邸で静養された皇太子ご一家について、
そう解説するのは宮内庁担当記者。
愛子さまが学習院初等科3年だった’10年当時、8年ぶりに滞在されてから、
’11年を除き須崎での静養が恒例となっているご一家。
「邸内にはプライベートビーチがあり、愛子さまはきれいな海でいつも海水浴を楽しまれています。
’10年は、愛子さまが不登校ぎみだったので、気分転換が目的のようでした。
その後、初等科6年と女子中等科2年の今夏は、学校行事である沼津遠泳合宿があったので、
前年は水泳の練習も兼ねての滞在でした」(皇室ジャーナリスト)
’10年のご滞在のときには、天皇陛下(81)が提唱された「お慎みの日」である8月6日の広島原爆の日に、
ご一家で下田市内にあるホテルで会食され、批判を浴びたこともあった。
「最近のご一家の夏の静養は須崎で1週間ほど過ごした後、栃木県那須に2〜3週間滞在されることが多いです。
そこで"公務のお出ましと比べて、夏休みが長すぎる"という批判的な報道もあり、
雅子さまも心から楽しめていない部分もあったようでした」(同・ジャーナリスト)
しかし、今回は11日のご到着のときから、雅子さまは笑顔が目立ち、
いつもの滞在とは違った印象だったと話すのは、ある東宮職関係者。
「伊豆急下田駅に到着したときも、出迎えの人たちに長時間ひとりひとり丁寧に接し、
苦手とされる写真撮影も苦にしているご様子はありませんでした。
滞在中もかなり、リラックスされていたと聞いています」
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/17110
 
週刊朝日2015年8月28日号
「人が寄ってきたら遠ざけるのではなく、(護衛官が)私たちのほうに近づいて守ってくださいね」
常々そう話している皇后さま。あるとき、奉迎の人たちが押し寄せてきたことがありました。
護衛官の一人が手で制止しようとすると、皇后さまはそのままにするよう、護衛官の手に触れて合図しました。
こんなこともありました。先日、記者が皇居内を歩いていると、皇后さまが乗る車が近くを通りました。
立ち止まって視線を下げていると、車の窓が開き、皇后さまが記者に向かって会釈してくださいます。
周りにはだれもいません。私的なお出ましでしょうから、申し訳なさでいっぱいです。
皇后さまは、移動する際に電車や車中で、お付きの皇宮警察も気付かないような
遠方にいる人たちを見つけて手をふることがよくあるそうです。
一人ひとりに丁寧に向き合う姿勢には頭がさがります。

佳子さま 赤坂御用地のドライブは「安全を心がけお上手な腕前」
2015.08.28 07:00
今年4月にICU(国際基督教大学)に入学された秋篠宮家の次女・佳子さま(20才)は、
公務を優先された夏休みとなった。7月25日に静岡・御殿場での『全日本高等学校馬術競技大会』の開会式で
2度目の単独公務をされたのをはじめ、7月27日からは、秋篠宮さまと滋賀県を訪問されるなど、
多忙を極められた佳子さま。
「夏休み当初はジレンマもおありになったようです。
過熱する“佳子さまフィーバー”に“東宮家より目立つのはいかがなものか”という意見が囁かれ、
お出ましを控えようとされる動きもあったようです。
また、ICUには夏休みに希望者を対象とした“シープロ”と呼ばれる6週間ほどの
海外留学プログラムがあるんですが、今年佳子さまは参加されませんでした。
佳子さまのお友達は数多く参加されるうえ、海外で存分に英語や文化を学べる絶好の機会。
“英語の勉強をしたい”と学習院大学を中退してICUに入学されただけに行きたいお気持ちが強かったようですが、
公務などを鑑みて、泣く泣く見送られたようです」(秋篠宮家関係者)
そんななか、佳子さまは公務で忙しい紀子さまに代わって、悠仁さまの勉強の面倒を見たり、
ご一緒に遊ばれたりと、姉としての心遣いもされていたという。
「赤坂御用地内でのドライブが、いい気分転換になられているようです。
高校を卒業されてから、佳子さまは合宿形式の教習所で、運転免許を取得されました。
安全運転を心がけ、とてもお上手な腕前ですよ」(前出・秋篠宮家関係者)
佳子さまは8月29日、『第32回全国高校生の手話によるスピーチコンテスト』に臨席されるが、
そのため、紀子さまに教わりながら手話の練習にも精を出されているという。
「佳子さまは、手話ができるようになれば、さらに多くの人との交流が生まれ、
世界が広がると考えていらっしゃるようです」(前出・秋篠宮家関係者)
※女性セブン2015年9月10日号
http://www.news-postseven.com/archives/20150828_346117.htm

週刊女性2015年9月15日号
8月29日に東京・有楽町で開かれた『第32回全国高校生の手話によるスピーチコンテスト』の開会式。
当日は秋篠宮妃紀子さま(48)が開会のお言葉を手話で述べられたが、
終演後の関係者との懇談では、佳子さまも簡単な手話を披露されたという。
今年2月に手話狂言を鑑賞されたときなどにも勉強中の手話を披露した佳子さまだが、
お母さまからの手ほどきもあり、かなり上達されているのだろう。
「この夏休みに、佳子さまは公務や儀式の準備にお忙しく、手話も集中的に勉強されたようです」
そう話してくれたのは、秋篠宮家関係者。
天皇・皇后両陛下は長野県軽井沢や群馬県草津で、皇太子ご一家は栃木県那須で夏の静養をとられていたころ─。
「秋篠宮ご一家は8月25日から28日にかけて、長野県南牧村の野辺山にお忍びで静養に出かけられました」(同前)
「両陛下は、’05年8月に紀宮さま(現・黒田清子さん)と旧知の農家を訪れ、
栽培が盛んなレタスの収穫をされています。そもそも野辺山は戦後、
台湾からの引揚者を中心とした開拓地で、陛下は皇太子時代の1964年と、1984年にもご訪問。
美智子さまと秋篠宮さま、紀宮さまも、その年に同行されています。
天皇ご一家ぐるみで、心を寄せられている土地だといってもいいと思います」(前出・記者)
「白い帽子を目深にかぶった紀子さまが、小さい財布を持った悠仁さまと一緒に
野菜や果物を選んでいたのには驚きました。紀子さまはブドウを“箱買い”していましたが、
周囲に気づいている人はいませんでしたね」(居合わせた客)
その後さらに、野辺山周辺の歴史を紹介する『南牧村美術民俗資料館』をご訪問。

女性セブン2015年10月15日号
愛子さま運動会
むかで競争では最後尾という難しいポジション、大きな声で号令をかけていた
二年連続でボールリレーに出場、夏休みあたりから東宮職員と練習を重ねていた。
「ユーモレスク」(伝統のダンス)では「指先まで神経を巡らせ身体もピンと伸び、
まるでバレリーナのようでした(保護者談)」
応援に力が入るあまり最後の方では椅子に乗り立ち上がり足を広げ大声で声援をおくっていた。

女性セブン2015年11月17日号
美智子さまは10月20日に、81才の誕生日を迎えられた。
それに際し、秋篠宮家の長女・眞子さまと次女・佳子さまについて、文書で次のように述べられている。
《佳子はこの1年、受験、成年皇族としての公務、新しい大学生活と、さまざまな新しい経験を積み、
また時に両親に代わって悠仁の面倒をみるなど、数々の役目を一生懸命に果たして来ました。
眞子が帰って来てホッとしていることと思います》
眞子さまは、皇室にとって“即戦力”と見られてきた。
「学生の頃から、ご両親と公務に励まれていたので、今はおひとりでもなんの心配もない。
先日のように、同じ日に、秋篠宮さまと眞子さまは仙台で、紀子さまは島根でといった具合に、
公務を分担できるようになりました。以前は断らなくてはならなかった場所へも、
手分けして出かけられるようになったのです」(宮内庁関係者)
初孫である眞子さまへの“特別な思い”もあろう。
「眞子さまがお生まれになったときには、ベビーベッドやベビーだんす、手編みのニットワンピースを、
1才のお誕生日にはお絵かきセットなどを贈られています。
また、眞子さまが中学生になられると、両陛下が精力的に続けられている“巡礼の旅”にもお連れになった。
これは、秋篠宮家の長女である眞子さまには公務をしっかりと果たしてほしいという
考えのあらわれだったのでしょう。

週刊女性2005年11月24日号
「11月4日に皇居で開かれた、文化勲章受章者と文化功労者を招いた茶会に、
雅子さまは3年連続で出席されました。
今回、特筆すべきは雅子さま出席の事前発表があったということですね」(宮内庁関係者)
この茶会への雅子さまのご出席は3年連続で、2年前は10年ぶりに参加したことで話題になったが、
「先日の鹿児島訪問は、出発1週間前にお出ましの可能性が発表され、正式に決まったのが前日だったように、
ご体調に波のある雅子さまは、事前に出欠を明らかにすることは難しい状況です。
そんななか、ハードなお出ましに前もって出席の発表があったということは、
雅子さまの体調はかなり回復して、強い意向があったものと思われます」
皇室を長年取材するジャーナリストで、文化学園大学客員教授の渡辺みどりさんは、こんな見方をする。
「今回は秋篠宮ご夫妻がブラジル訪問中で出席できず、ご高齢の両陛下と皇太子さま、
初参加の眞子さまだけという状況だったので、皇太子妃として奮起されたのではないでしょうか。
雅子さまの回復ぶりと意気込みがうかがえると思います」
ある皇室関係者は、こんなエピソードも明かす。
「この茶会で女性皇族は和服でそろえているなか、雅子さまだけ洋装です。
これは、和装では負担になる雅子さまが事前に、美智子さまにおうかがいをたてたうえで、
お許しを得ているそうです。それだけ雅子さまは、前向きに公務に取り組まれようとしているのです」
東宮職関係者も、雅子さまの「意欲」についてこう話す。
「先日の東宮大夫会見でも、皇太子さまの地方公務が天皇陛下に比べて短すぎるのでは、
という厳しい質問が出ましたが、そうした日程も雅子さまが参加されたときのことを想定してだと思います。
お出まし先で配られる取材要綱の席順などには、雅子さまもいらっしゃることが前提で、
『妃殿下』と書かれていることもあります」
12年前に「長期療養」に入られた雅子さまは、ご体調に波があるとして、
お出まし予定だった公務が土壇場でキャンセルになる“ドタキャン”が増え、批判された時期もあった。
「近年は慎重に見極めているのか、ドタキャンは減り、事前発表はせず、
当日に急きょ出席する傾向が増えています」(同・関係者)

週刊女性2015年12月22日号
宮中祭祀とは、皇居の鬱蒼(うっそう)とした森のなかにある
天照大神(あまてらすおおみかみ)が祀られている「賢所(かしこどころ)」や、
「皇霊殿(こうれいでん)」、「神殿」からなる宮中三殿などで行われる伝統的な祭儀のこと。
「宮内庁のホームページには、元旦の四方拝(しほうはい)、春季皇霊祭から新嘗祭(にいなめさい)、
大祓(おおはらい)まで、年間24の宮中祭祀が紹介されています。
両陛下をはじめ皇族方が、国家の安寧や国民の幸せを祈り、歴代天皇の法事にあたる例祭もあります。
宮中祭祀での祈りこそが、皇室にとって最も重要な責務だとする考えもあり、戦後はいわゆる公務ではなく
皇室の“私事”とされましたが、両陛下は熱心に取り組まれてきました」(宮内庁担当記者)
宮内庁によると、この中で皇后美智子さまがお務めになるのは元始祭(げんしさい)や各例祭をはじめ、
神嘗祭(かんなめさい)など年に14回で、雅子さまも、同様の祭祀に参列されることになっている。
しかし、長期療養が始まる直前の'03年9月の後は、'09年1月に『昭和天皇二十年式年祭の儀・皇霊殿の儀』に
臨んだのを最後に、12年間で2回のご参列にとどまっている雅子さま─。
美智子さまは、'13年10月のお誕生日に際しての文書回答で、宮中祭祀について、
「最近は身体的な困難から、以前のように年間すべてのお祀りに出席することはできなくなりました。
(中略)昔ながらの所作(しょさ)に心を込めることが、祭祀には大切ではないかと思い、
だんだんと年をとっても、繰り返し大前に参らせていただく緊張感の中で、
そうした所作を身体が覚えてほしい、という気持ちが……」と並々ならぬ思いと伝承への危機感を吐露されている。