「皇位世襲」の憲法解釈と「女系天皇」への疑問

別冊正論Extra.14
(平成23年1月7日発行)

「皇位世襲」の憲法解釈と「女系天皇」への疑問 百地 章

平成18年、待望久しい親王がご生誕になり、男系による皇位継承の危機一先ず回避された。
にもかかわらず、相変わらず「女系天皇」を主張しづけている人々がいる。
彼らは不遜にも「陛下のお考え」なるものを持ち出したりして、
女系天皇の容認どころか女系天皇の「優先」さえ主張している。そのような主張が確たる証拠もなく、
きわめていかがわしいものであることを白日の下に曝したのが、
昨年(平成22年)3月4日に行われた「チャンネル桜」の討論番組「闘論!倒論!討論!2010 日本よ 今」の
「皇位継承問題を考える」であった。この討論番組には筆者もその一人として参加したが、
この中で慶応大学の笠原英彦教授は、宮内庁の川島侍従長が日本テレビの取材に対して
「天皇陛下のお考えは女系容認である」と発言した旨紹介した。
そればかりか、笠原氏は「陛下は、直宮家だけ残ればいいというお考えである」旨断言した。
しかしながら、この「川島侍従長発言」なるものは、その後、4月1日のチャンネル桜の番組
「小林よしのり氏の女系天皇論を検証するPart1」で紹介したとおり、
全くの事実無根であることが判明している。
キャスターの水島総社長は、チャンネル桜からの照会に対して、
川島侍従長自身から「単独インタビューを受けたこともなく、
従ってそのような発言はなかった」旨、書面にて回答があったと証言、
日本テレビからも「川島侍従長の単独インタビューなどなかった」と連絡があったという。
さらに笠原氏自身も事実誤認を認めたということであった。
また、陛下の「直宮家だけ残れば良い」とのお考えの根拠にいついては、3月4日の番組の中で、
筆者が直接反問したところ、笠原氏は「秋篠宮殿下のご発言がら考えれば、そのように理解できる」旨訂正、
あくまで秋篠宮殿下の発言の意味を笠原氏が勝手に解釈したものであった。
あそこでもし、筆者が反論していなければ、視聴者には笠原氏の発言が真実と受け取られかねなかった。
しかし、なぜこうしてまで女系天皇容認(推進)論者たちは直ぐ発覚してしまうような
「虚偽発言」や「捏造発言」を繰り返すのであろうか。
(中略)
(有識者会議の)報告書も、初めから女系天皇容認(推進)の結論に誘導できるよう、
巧妙に議論の枠組みが設定されていた。
つまり、「目的」は「皇位の安定的継承を可能とする制度の構築」というものであるが、
「基本的視点」として、第一に「伝統」よりも「国民の理解と支持」の得られるものであること、
第二に日本国憲法の原理に基づく制度設計ということがあげられている。
そして、「男系継承」を維持することが困難である理由として、第一に側室制度が否定された結果、
庶系継承は認められないこと、第二に少子化の進行、
第三に直系継承でなければならないこと(傍系による継承の否定)が示され、
その結果、もはや今日、男系を維持するのは困難であるから、女系天皇を容認するしかないというわけである。
吉川座長は「歴史観や国家観で案を作ったのではない」と発言していたが、
皇室を中心に国民の統合を図ってきたのがわが国独自の国柄である。歴史観や国家観抜きに
天皇や皇室について語ることなどできるはずがない。
また、二千年近い歴史を有する皇室は、日本国憲法以前の存在でもあり、
その皇室を論ずるのに、「伝統」よりも現在の「国民の理解と支持」を優先するというのも、不可解である。
また、報告書は、側室制度の廃止された今日、男系のみによる継承は困難と断定しているが、
皇統の危機は、側室が置かれ庶系継承の行われていた時代にも、大きな危機だけで四回
(第二十五代武烈天皇から第二十六代継体天皇、第四十八代称徳天皇から第四十九代光仁天皇、
第百一代称光天皇から第百二代後花園天皇、第百十八代後桃園天皇から第百十九代光格天皇)も
出来(しゅったい)している。
したがって、皇統の危機の原因を側室制度の廃止に押し付けてしまってはならない。
側室制度の背景には、周知のように、夭折する親王や内親王が多かったことがあげられるが、
この点については、今日では医学の進歩によって十分対応可能であろう。
さらに報告書は、少子化の傾向を指摘していたが、皇室と一般庶民とでは条件も異なっており、
単純に比較することなどできない。現に皇室全体で見れば、戦後GHQによって宮家が
極端に縮小されてしまったにもかかわらず、男子(親王)が五人、(秋篠宮家の悠仁親王を含めて六人)、
女子(内親王、女王)が十人も誕生しているからである。
たまたま、秋篠宮殿下より年少の方が九人全員女子てあったというきわめて特殊な事情から、
男子による皇位継承の危機が出来していただけであって、今後、適正規模の宮家さえ確保しておけば、
皇位の安定的継承も可能になると思われる。
報告書は明確な根拠も示さないまま、憲法第二条は女系天皇を容認したものと結論づけていたが、
制憲議会やその後の政府答弁を調べれば明らかなとおり、従来、政府見解の基調とされてきたのは
「憲法第二条の世襲は男系を意味する」というものであった。
たとえぱ、憲法制定時の宮内省見解(昭和27年7月25日)は次のようにいう。
「抑も世襲といふ観念は、伝統的歴史的観念であって、世襲が行われる各具体的場合によって
その内容を異にするものであらうと思はれる。
場合によっては血統上の継続すら要件としない世襲の例も存しうるのである。
然らば皇位の世襲と云ふ場合の世襲はどんな内容をもつか。典範義解はこれを
(一)皇祚を践むは皇胤に限る(二)皇祚を践むは男系に限る(三)皇祚は一系にして分裂すべかざることの
三点に要約してゐる。さうしてこれは歴史上一の例外もなくつづいて来た客観的事実にもとづく原則である。
世襲といふ観念の内容について他によるべき基準がない以上、これによらなければならぬ。
さうすれば少なくとも女系といふことは、皇位の世襲の観念の中に含まれてゐないと云へるであろう。」
また、内閣法制局の「皇室典範に関する想定問答」(同年11月)も、宮内省見解と全く同じ説明を加え、
「少なくとも、女系といふことは皇位の世襲の観念の中に含まれてゐないと云へるであろう」と明言している。
(中略)
平成4年4月7日、参議院内閣委員会において宮尾盤宮内庁次長は
「少なくとも日本国憲法の中において『世襲』というふうに規定をしておるところは、
これは皇室の長い伝統を踏まえた上での世襲という考え方になるんではなかろうか。
そうしますと、皇位の世襲という考え方から言えば、男系男子ということが
ずっと基本的な考え方として、今までなされてきたわけでございますから、考え方としては、
そういうものをバックにした規定であろうというふうに私は考えておるわけでございます」と答弁している。
また、同日、加藤紘一官房長官も「この規定は皇統に属する男系の男子が皇位を継承するという
伝統を背景として制定されたものでございますので、同条は、皇位継承者を男系の男子に限るという制度を
許容しているものと私たちも考えております」と答えている。このように、憲法施行後も、
政府は一貫して「皇位の世襲とは、男系による世襲を意味する」との立場をとり続けてきた。
(中略)
にもかかわらず、明確な根拠を示さないまま突然、「皇統とは男系および女系の両方の系統を含んでおり、
皇室典範を改正すれば女系も可能」と言いだしたのが福田康夫官房長官であった。
平成13年6月8日の内閣委員会において福田氏は
「皇室典範一条が定める『皇統』とは、天皇に連なる血統のことであり、
男系及び女系の両方の系統を含むものと考えるということです」
「憲法第二条ですね、これは、皇位を世襲であることのみを定めて、
それ以外の皇位継承にかかわる事柄については、すべて法律である皇室典範に譲っているところである。
女性の天皇を可能にするために憲法を改正する必要はない」と答えている。
その後、平成18年1月27日の衆議院予算員会における安倍晋三官房長官の答弁も
「憲法第二条に規定する世襲は、天皇の血統につながる者のみが皇位を継承するということと解され、
男系、女系、両方がこの憲法においては含まれるわけであります」というものではあった。
しかし、この発言に続けて、安倍氏は、皇室典範制定当時の議論を振り返り、
「政府としては、男系継承が古来例外なく維持されてきたことを認識し、そのことの重みを受け止めつつ、
皇位継承制度のあり方を検討すべきものである」と、男系継承の伝統を重視すべき旨、明言している。
ところが、有識者会議の第一回目会合で配布された資料「憲法第二条の『世襲』について」では、
冒頭に「政府答弁 皇位継承資格を男系に限定せず女系にも認めるためには、
憲法改正を要しないと答弁している」とあり、「憲法第二条は男系の男子と限定していない」
「男女の区別は法律問題として自由に考えて良い」「憲法は必ず男系ではなければならないといってはいない」
との答弁が引用されていた。つまり、「男系こそ不動の原理」「世襲には女系は含まれない」といった
一連の答弁はすべて無視されていたわけである。
これでは有識者会議が、初めから女系天皇容認の方向に誘導するべく仕組まれていたと思われても仕方あるまい。
他方、憲法学者も、「世襲」は男系を意味するとする説が圧倒的多数を占めており、「世襲」は
男系に限定されないとする説はごく少数である。
(以下概要)
「世襲」は男系に限定されないとする説
 横田耕一教授
 園部逸夫元最高裁判事
「世襲」は男系を指すという説
 美濃部達吉博士
 宮沢俊義教授
 田上譲治一橋大教授
  憲法改正論 「日本の歴史においても、男系の女子までは先例はあるが、女系の先例はなく、
            女系まで認めるとすれば、国家の根本法の相当大きな変更になる」
 東北大学小嶋和司教授
 京都大学佐藤幸治教授(有識者会議の有力メンバー)
  著書のなかで「『皇統』は歴史的に『男系』であることが求められた。皇室典範一条が
           『皇統に属する男系』とするのは、それを確認するものである。
           「わが国の歴史においても女帝が存在しが、
            例外的な特殊事情によるものであったようであり、
            また、皇統は男系性を要求されるから、
            女帝の子は女系として皇位継承権を持ちえない建前であった」
伊藤博文著『憲法義解』では、「皇統は男系に限り女系の所出に及ばざるは皇家の成法なり」とされている。
即ち、皇位継承が常に「男系」によって行われてきたのは紛れもない歴史的事実であり、
これはわが国古来の「不文の憲法」に基づくものであった。そして、この二千年近くの長きにわたって
守られてきた不文の憲法4を成文化したのが、明治憲法であった。
それゆえ、このようなわが国の歴史・伝統を踏まえて考えるならば、
明治憲法を継承する(改正した)現行憲法第二条の「世襲」は、
明治憲法と同様、男系を指すとみるのが自然であろう。
次に、有識者会議報告書が主張するように、仮に現行憲法だけをもとに考えたとしても、
あくまで男系主義が原則であって、女系の容認は、万やむを得ない場合の例外と考えなければならない。
このことは一連の政府見解が述べているとおりである。
さらに、学説においても、すでに見たように、歴史的多数が「男系」説を採用している。
それゆえ、園部氏が「憲法第二条の『世襲』は、男系女系の両方の血統を含むものと解するのが多数である」
と断定しておられるのは全く理解に苦しむ。
(中略)
明確な根拠も変更理由も示さないまま、突然「男系でも女系でも良い」と放言したのが福田官房長官であった。
(中略)
福田官房長官は唐突に「女系」を容認した上、その後有識者会議を招集、会議では同じく女系論者の
園部逸夫座長代理が中心となって、強引に「女系容認」の報告書を作成してしまったわけであるから、
このような政治的、恣意的な解釈の変更など、到底、容認することはできない。
(中略)
わが国では、奈良朝あたりまではともかく、その後、ヨーロッパの王家のような同族婚は必ずしも行われなくなった。
そのため、もし女帝が誕生し、その方が皇族以外の男子(臣下)と結婚したりすれば、
神武天皇以来の王朝は途絶えてしまうことになる。そのため、わが皇室においては男系を堅持し、
男系の皇統に直接連なる皇族(及び男子皇族との結婚によって皇族となった女子)とそれ以外の者(臣下)とを
厳格に区別するしか、皇室と国民を区別すること(「君臣の別」)ができなかったことが、
男系主義を厳格に維持してきた理由できなかったのかと推測される。
この点、井上毅の女帝反対論は、「女帝制が必然的に女系をもたらし、開闢以来百王一系〔万世一系〕の
皇統を否定することになることを根拠としていた。
すなわち、『謹具意見』(明治19年)において、井上は英国の王室が「プランタジネット」家から「
チュドール」家、「スチュアルト」家、さらに現在の「プランスウィック」家と移り変わってきたが、
これは女系の伝統によるもので、父の姓に従って王朝の名前が変わってきたこと、
それゆえもしわが国で女帝制を採用し、その夫として例えば一旦臣籍に下った「源」の何某と称する人を迎えた場合、
その間に生まれた皇子は女系であって、将来即位すれば、氏は「源姓」にして「源氏の御方」となってしまう。
しかもヨーロッパにならってこの際、皇室の「姓」を変えてしまおうということにでもなれば、
大変恐ろしいことである。従って皇位継承の在り方については、ヨーロッパの真似をすべきではない、
と主張している。
(中略)
もちろん、わが皇室には「姓」がないから、もし女帝が誕生し、その方が仮に民間人の「藤原何某氏」と
結婚されたとしても「藤原朝」が誕生するわけではない。したがって、文字通りの「易姓革命」など
起こりようがないが、これをもって新たな「藤原朝」の誕生と見られたとしても決して不思議ではあるまい。
それゆえ、「万世一系」の皇室の伝統を護持すべく、安易な女系天皇は断固排除していかなければならない。
(中略)
わが国は、立憲君主国であって、天皇のお言葉についても「公の言葉」と「私的なご発言」とは
区別して考えなければならない。しかして、あくまで「公の言葉」に従うのが、立憲君主国たる所以であろう。
それを、政治家が陛下のお気持ち、ご意思を勝手に「忖度」して行動したら大変なことになる。
(中略)
様々なお言葉の節々から政治家や国民がそれぞれ思い思いに陛下のお考えを「ご忖度」して意見を述べ始めたら、
混乱あるのみではなかろうか。その意味で、笠原氏や小林氏の発言には、極めて危ういものを感ずる。
まして、「陛下のお考え」なるものが「虚偽」であったり「捏造」であったりしたなら、これは重大な責任がある。
それでもなお陛下の「お気持ち」や「ご意思」を「忖度」申し上げよというのであれば、今上陛下はもちろん、
昭和天皇や歴代天皇の「お考え」や「ご意思」、つまり歴代天皇によって築かれ伝えられてきた
百二十五代にわたる「男系継承の歴史と伝統」に思いを馳せることこそが肝要なのではなかろうか。

目次5へ