神武天皇二千六百年式年祭

2016.4.2 12:07更新
両陛下、神武天皇二千六百式年祭で奈良県ご訪問
天皇、皇后両陛下は2日、神武天皇二千六百年式年祭に臨むため、奈良県に向かわれた。
この日は橿原市の県立橿原考古学研究所で遺跡から出土した土器の破片の整理・修復作業を視察される。
初代天皇である神武天皇の式年祭は大正5年以来100年ぶり。
両陛下は命日とされる3日に同市の神武天皇陵で行われる山陵の儀に臨まれ、秋篠宮ご夫妻も同行される。
皇居での皇霊殿の儀には皇太子ご夫妻が臨まれる予定。
両陛下はその後、神武天皇をまつる橿原神宮にも参拝される。
4日は、両陛下で明日香村の高松塚古墳を初めてご訪問。
昭和47年に見つかった極彩色壁画のレプリカを隣接する高松塚壁画館で見学した後、帰京される。
http://www.sankei.com/life/news/160402/lif1604020026-n1.html

両陛下、奈良の橿原考古学研究所視察
2016/4/2 18:47

天皇、皇后両陛下は2日、臨時専用列車で奈良県入りし、橿原市の県立橿原考古学研究所を訪問。
県内で出土した土器の復元などを行う整理作業の様子を見学された。
天皇陛下は「これは奈良時代の?」などと質問され、
皇后さまは「(作業を)見せていただいてありがとうございます」と声をかけられていた。
同研究所では高松塚古墳、藤ノ木古墳など県内の埋蔵文化財の調査研究を行い、
付属の博物館で研究成果の展示を行っている。
3日は古事記、日本書紀神話の初代神武天皇の2600年式年祭のため、
両陛下は同日、橿原市の神武天皇陵を参拝される。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG01HGQ_S6A400C1CR8000/

天皇皇后両陛下 神武天皇の式年祭に
4月3日 11時56分
天皇皇后両陛下は、神武天皇の崩御から2600年になるとされる3日、
奈良県にある天皇陵を訪れ、式年祭に臨まれました。
2日から奈良県を訪れている天皇皇后両陛下は、午前10時すぎ、橿原市にある神武天皇陵に到着されました。
神武天皇は、日本書紀などに登場する初代の天皇で、3日で崩御から2600年になるとされます。
式年祭には秋篠宮ご夫妻も付き従われ、初めに天皇陛下と秋篠宮さまが、
宮内庁の幹部の先導で鳥居をくぐり、砂利道をゆっくりと歩いて木立に囲まれた天皇陵の前に進まれました。
そして、天皇陛下が玉串を供えて拝礼され、秋篠宮さまもこれに合わせて拝礼されました。
続いて、天皇陛下がお気持ちを表す「御告文」を読み上げられました。
このあと、皇后さまと紀子さまも同じように拝礼されました。
両陛下は、午後には、神武天皇をまつる橿原神宮を参拝されることになっています。
一方、皇居でも、天皇陛下の名代の皇太子さまなど皇族方が、
歴代の天皇や皇族の霊がまつられている「皇霊殿」で儀式に臨まれ、
雅子さまも古式ゆかしい装束に着替えて7年ぶりに宮中祭祀に参列されたということです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160403/k10010466321000.html

両陛下が神武天皇式年祭に 没後2600年、奈良
2016年4月3日 11時59分
奈良県を訪れている天皇、皇后両陛下は3日、橿原市にある神武天皇陵を参拝し、
初代天皇とされている神武天皇の没後2600年式年祭に臨まれた。
陵で行った祭祀は「山陵の儀」と呼ばれ、秋篠宮ご夫妻も同行した。
モーニング姿の陛下と、グレーのロングドレスに身を包んだ皇后さまは、
それぞれ墳丘前の祭壇に玉串をささげ、深々と拝礼した。
神武天皇の命日とされるこの日は、皇居でも式年祭が行われ、
皇太子ご夫妻が両陛下の名代として祭祀を行い、多くの皇族が出席。
療養中の雅子さまが宮中祭祀に臨むのは、昭和天皇の没後20年の命日だった2009年1月7日以来となった。
(共同)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016040301001154.html

天皇皇后両陛下、初代天皇・神武天皇の陵墓ご参拝
04/03 12:11
天皇皇后両陛下は、2600年前の4月3日に亡くなったとされる、
初代天皇の神武天皇の陵墓(りょうぼ)を参拝された。
2日から、奈良県に滞在中の天皇皇后両陛下は、午前10時すぎ、
橿原(かしはら)市にある神武天皇陵に到着された。
まず天皇陛下が、秋篠宮さまとともに、陵墓へと向かわれた。
陵墓の前で、玉串を持ち、深く拝礼し、功績をたたえる御告文(おつげぶみ)という言葉を読み上げられた。
続いて、皇后さまも、紀子さまをともない、陵墓へと進み、拝礼をされた。
初代天皇の神武天皇は、2600年前の4月3日に亡くなったとされていて、
毎年、宮中祭祀(さいし)が行われている。
一方、同じ時刻に、皇居の宮中三殿では、「皇霊殿(こうれいでん)の儀」が行われ、
両陛下の名代(みょうだい)として、皇太子ご夫妻が拝礼された。
雅子さまは、皇居内で、古式にのっとった装束に着替え、およそ7年ぶりに、宮中三殿での儀式に臨まれ、
秋篠宮家の長女・眞子さまや、次女・佳子さまなど、皇族方も参列された。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00320560.html

両陛下、神武天皇山陵に参拝 没後2600年
2016年4月3日19時10分
奈良県を訪問中の天皇、皇后両陛下は3日、初代天皇とされる神武天皇の没後2600年にあたり、
橿原市の神武天皇山陵に参拝した。
天皇家の行事「宮中祭祀(さいし)」の一つで、秋篠宮ご夫妻も同行。
皇太子ご夫妻は両陛下の名代として、皇居・宮中三殿の皇霊殿に参拝した。
天皇陛下はモーニング姿で秋篠宮さまを伴い、陵の前までゆっくり進んだ後、祭壇に玉串を捧げて拝礼し、「御告文(おつげぶみ)」を読み上げた。
続いて、グレー色の参拝服を身につけた皇后さまが秋篠宮妃紀子さまを同伴し、同様に拝礼した。
皇太子妃雅子さまが宮中祭祀に出たのは、昭和天皇の死去から20年の2009年1月以来。
http://www.asahi.com/articles/ASJ434F4MJ43UTIL006.html


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2016.4.4 06:56更新
神武天皇二千六百年式年祭 両陛下ご拝礼
奈良県を訪問中の天皇、皇后両陛下は、初代天皇である神武天皇の命日とされる3日、
橿原市の神武天皇陵で、二千六百年式年祭の山陵の儀に臨まれた。
神武天皇の御霊を慰める祭典は毎年行われるが、節目ごとの式年祭は大正5年以来100年ぶり。
儀式には、天皇陛下がモーニング、皇后さまがグレーのロングドレスの参拝服で臨まれた。
陛下は墳丘前の祭壇に玉串をささげて拝礼した後、
御霊への思いを表す「御告文(おつげぶみ)」を読み上げられた。続いて、皇后さまも拝礼された。
陛下には秋篠宮さま、皇后さまには秋篠宮妃紀子さまがそれぞれ同行し、
陛下、皇后さまのご拝礼に合わせて頭を下げられた。
両陛下はその後、神武天皇が即位した橿原宮跡に創建され、神武天皇をまつる橿原神宮も参拝された。
一方、歴代天皇をまつる皇居内の皇霊殿で行われた二千六百年式年祭では、
両陛下の名代として、皇太子ご夫妻が拝礼された。
療養中の皇太子妃雅子さまが心身を清める潔斎をへて、
皇室の伝統的な装束を身につける宮中祭祀(さいし)に臨まれるのは、
平成21年1月7日の昭和天皇二十年式年祭以来7年ぶり。
http://www.sankei.com/life/news/160404/lif1604040002-n1.html

神武天皇陵を参拝された皇后さまと秋篠宮妃紀子さま=3日午前、奈良県橿原市
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2016.4.4 07:05更新
100年ぶり、大正天皇にならわれ 神武天皇式年祭
初代天皇である神武天皇の式年祭が、大正5年以来100年ぶりに行われた。
皇祖の命日に御霊を慰める式年祭は、宮中祭祀(さいし)の中でも「大祭」に位置付けられる重要な儀式。
天皇、皇后両陛下は大正天皇、貞明皇后の前例にならい、
奈良県橿原市の神武天皇陵まで赴き、厳かに拝礼された。
宮内庁によると、現在の宮中祭祀は明治憲法下の旧皇室祭祀令に基づいて行われる。
大祭は天皇自らが祭典を行い、拝礼した上で、御告文(おつげぶみ)を奏上する。
神武天皇と先代(現在は昭和天皇)のみは毎年の命日に大祭として祭典を営む。
先代より前の3代(現在は大正天皇、明治天皇、孝明天皇)は毎年、掌典長が執り行い、
天皇が拝礼する小祭となる。
また、歴代天皇の崩御から3年、5年、10年、20年、30年、40年、50年、100年、
それ以降は100年ごとに営まれる祭典は式年祭と呼ばれる。
天皇祭、式年祭は、歴代天皇をまつる皇居・皇霊殿と、それぞれの陵(天皇の墓)で行われる。
両陛下は先代である昭和天皇の三年、五年、十年、二十年の式年祭は
いずれも武蔵野陵(東京都八王子市)での儀式に臨まれている。
宮内庁によると、100年ぶりの神武天皇式年祭を迎えるにあたり、
大正5年の二千五百年式年祭で大正天皇、貞明皇后が神武天皇陵を参拝した前例にならい、
両陛下も陵での拝礼を望まれたという。
二千五百年式年祭では、大正天皇は陸軍式の正装だったが、陛下は今回、モーニング姿で臨まれた。
また、ホテルからの御料車には、国会開会式などと同じくトヨタ製の「センチュリーロイヤル」を使われた。
当時は伏見宮貞愛親王、東伏見宮依仁親王妃が務めた皇霊殿での名代は皇太子ご夫妻、
依仁親王だった陵への同行役は秋篠宮ご夫妻がそれぞれ果たされた。
皇太子妃雅子さまは体調への負担が大きい伝統的な装束「五衣」「小袿」「長袴」に、
髪を束ねて後ろに垂らす「おすべらかし」の髪形で臨まれた。
宮内庁関係者は「神武天皇の式年祭を重く受け止め、体調を整えられた」としている。

 ◇

神武天皇 宮内庁書陵部によると、父は天津日高彦波瀲武●(=慮の心を皿、右に鳥)●(=滋のつくり、
右に鳥)草葺不合尊(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)、
母は玉依姫命(たまよりひめのみこと)。
日本書紀によると、太子となって九州から東遷し、大和を平定。紀元前660年に橿原宮で即位し、
初代天皇となった。紀元前584年に127歳で崩御したとされる。
明治6年に即位した2月11日を紀元節と定め、戦後に廃止されたが、
昭和42年に「建国記念の日」として祝日となった。
http://www.sankei.com/life/news/160404/lif1604040004-n1.html