天皇陛下の1年、知られざる膨大な仕事量

天皇陛下の1年、知られざる膨大な仕事量
「週刊ダイヤモンド」2016年9月17日号特集「日本人なら知っておきたい皇室」より
週刊ダイヤモンド編集部
2017年1月4日
天皇陛下が何をなさっているかは、断片的にしか理解していない人が多いのではないだろうか。
天皇陛下の1年を知ると、とてつもない仕事の量に驚かされる。
(執筆/山本雅人・産経新聞記者 「週刊ダイヤモンド」2016年9月17日号特集
「日本人なら知っておきたい皇室」より)

多くの日本人は学校の授業で、「天皇」は13項目の国事行為「のみ」を行うと教えられる。
しかも、国事行為には「国会の召集」や「首相の任命」といった、めったに行われないものが含まれている。
そのため、今回の天皇陛下の「お気持ち」の発表を受け、“それほど大変だったのか”と思った人も多いようだ。
しかし、今回の「お気持ち」の中に、「体力の低下を覚えるようになった」ころから、
もし「従来のように重い務めを果たすことが困難になった」場合、
どのように対応することがよいか考え始めた、との趣旨の表現がある。
「重い務め」が責任だけでなく、体力面も指していることは明らかだ。
実は、陛下は被災地への慰問、歌会始や園遊会、植樹祭への出席など、国事行為に含まれない数多くの
“お仕事”(一般公務)をされている。しかもそれが国事行為の何倍の数もあるのだ。
政府は天皇について、憲法の条文から「国事行為を行う『天皇』という地位」と
「(○○を行う)『象徴』という地位」の二つの地位があるとしており、
その○○に当たるのが前記のさまざまな一般公務(政府は「公的行為」と呼んでいる)だ。
この公的行為とは何か。
例えば国民体育大会(国体)の開会式の際、国の象徴の一つである国旗を掲揚するのと同様に、
憲法で国の象徴と定める天皇に出席していただくようなことだ。
仮に公的行為が許されないのなら、その種のことができなくなってしまう。
そこで、国は国事行為「のみ」というのは、国事行為以外を禁止しているわけではないという解釈をしている。
さらに、国事行為、公的行為のほかに、私的な行為(政府は「その他の行為」と呼ぶ)がある。
その一つが、天皇が古式装束を身に着け、皇居内にある神社のような建物の宮中三殿で
国家の安寧と国民の幸福を祈る宮中祭祀だ。
戦前は最も重要な国家行事とされたが、戦後、現行憲法の下では政教分離の原則から、
皇室の私事と位置付けられている。
だが、皇室では現在も他に優先されるものとされ、年間約30の祭典がある
(現在、高齢の陛下の負担軽減のため、お出ましの祭典を重要なものに絞っている)。
宮中三殿には冷暖房がなく、真夏や真冬に古式装束での祭祀はかなり負担になると思われる
(暑いから薄着にするとか寒いから1枚余分に着るなどということはない)。
このように、天皇の公務を考える際には、国事行為と公的行為、
さらには私的行為の祭祀なども含めて見なければ正確な量は分からず、
学校教科書で習うイメージとは大きく異なってくる。まずは、三つの行為があることを覚えておいてほしい。
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■春秋の叙勲・褒章で5000人分の調書に目を通す
そして、そもそも国事行為自体も、多くの人が頭の中に描く
「たまに、短時間行われる儀式のようなもの」とは大きく異なる。
例えば、国事行為の一つである「栄典の授与」(憲法7条7号)もそうだ。
栄典とは叙勲や褒章、叙位(後述)などで、高名な画家が文化勲章、大臣経験者が大綬章(旧・勲一等)を受章し、
陛下から勲章を手渡される映像を見たことのある人も多いと思う。
だが、あのシーンを見て、栄典の授与を“年に1回か2回、少人数に手渡すだけの行為”と思うのは間違っている。
実は叙勲は春・秋のシーズンで約4000人ずつ、褒章は約700人ずつが受章している。
7条7号には「上位の」栄典だけ授与するとは書かれていない。
ということは、天皇は全ての受章者に対し授与しているはずだ。それでは「授与」はどのように行われるのか。
対象者が決まると、内閣官房からその裁可(許可)をお願いする文書(上奏書類)が宮内庁を通じ陛下に届く。
具体的には、受章者の名簿と、それぞれの人がどのような理由で受章するかが書かれている「功績調書」だ。
陛下は、それらの書類を読み、お願いの文書に「可」という裁可を示す印を押される。
このデスクワーク(「ご執務」という)が栄典の授与という国事行為のメーンである。
このように書くと、それほど大変ではなさそうにも思えてしまうが、
春・秋のシーズンには5000人近い名簿と功績調書が届く。その量を想像してみてほしい。
といっても“書類の全てに目を通されているのか”と思う人もいるかもしれないが、
現在の陛下に関しては「目を通されている」と推測できるエピソードがある。
ある政府関係者から聞いた話だが、ご執務の際、陛下が一部の受章者について、
功績調書が添付されていないことに気付き、指摘されたことがあるのだという。
その人は「どう考えても、陛下が全ての書類を読まれているということでしか説明がつかない」と言っていた。
叙勲シーズンにはご執務が6時間に及ぶこともあるという事実も、そのことを裏付けている。
春・秋以外にも叙勲は行われる。なぜなら、対象に該当しながらシーズンに間に合わず亡くなった人(死亡叙勲)や
88歳以上の国民に贈られる「高齢者叙勲」もあり、これらが年間約1万件。
このほか、死亡時に贈られるのであまり知られていないが、奈
良時代の冠位十二階に起源を持つ叙位(「位階」〈正一位、従一位、正二位、従二位……〉の授与)も行われており、
これが年間1万人以上。これらの裁可を求める上奏書類がシーズン以外に毎週何百人分も、
功績調書を添えて陛下の元に届いている。これらが、国事行為13項目のうちの一つ「栄典の授与」であり、
国事行為全体を想像していただく手掛かりになると思う。
ほかにも国事行為の「法律などの公布」
(憲法7条1号、「公布」とは成立した法律の発効に際し国民に周知させる手続き)があるが、こちらも膨大だ。
年間百数十の法律・条約が公布されており、公布を求める書類が陛下の元に届いている。
100を超える理由は、条文の一部を改正したような場合でも「○○法の一部を改正する法律」として
新法と同様に公布されるからだ。
「公布」は国事行為の中でも重要な項目なので、印ではなく、
「○○の法律をここに公布する」という書面に、陛下が毛筆で署名され(陛下のお名前「明仁」と)、
さらに、9センチメートル角もある天皇の公印「御璽(ぎょじ)」
(「天皇御璽」と刻まれている)が押される「御名御璽」という決裁形式が取られる。
もちろん、陛下はここでも、添付される(公布対象の)法律条文全文に目を通されていると思われる。
ちなみに、国事行為は「内閣の助言と承認」(内閣の意思決定)に基づき行われるので、
その案件は全て、内閣の会議である閣議にかけられ、文書として閣議決定された上で皇居に運ばれる。
このため、国事行為のデスクワーク、ご執務は、毎週火・金曜午前に行われる閣議の後、
つまり火・金曜の午後に皇居で行われている。
陛下は昨年、約1000件の上奏書類を決裁されたというが、注意すべきは、例えば1回のご執務で処理される、
数百人分の功績調書を含んだ叙勲関係の書類が、まとめて「1件」とカウントされていたりすることだ。
しかも、決裁を翌日以降に遅らせると政治への介入(一例を挙げると、「法律の公布」を1日遅らせると、
法律の発効に関する手続きを天皇の都合で1日ずらしたことになり、
立法権への介入=憲法41条の国会単独立法の原則などに抵触)となるので、
体調が悪くても、ご執務を簡単に休むわけにはいかない。
御用邸で静養中や地方訪問中であっても、火・金曜にぶつかると、
内閣官房の職員が午後、新幹線や飛行機で書類を東京から持参し、
御用邸やホテルの部屋で決裁していただいている。執務は週2回なので、年間約100回になる。
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■1月1日は午前5時半から激務が延々と続く
天皇の“お仕事”として、数多くの儀式もある。
筆者が(陛下のご高齢による公務削減前の)2004年にカウントしたところでは、
陛下ご出席の儀式・式典は年間約80件ある。
そのうちの一つで、最も重要な儀式とされる1月1日の「新年祝賀の儀」を見てみよう。
午前10時、天皇、皇后両陛下は皇居・宮殿「松の間」(最も格式の高い部屋)で各皇族からの(新年の)祝賀を受ける。
両陛下で正面に立ち、皇太子さま、皇太子妃雅子さま、秋篠宮さま、秋篠宮妃紀子さま、
他の宮家皇族……(それぞれ男性皇族、妃殿下の順)。
11時になると、松の間の向かって右隣にある「梅の間」で首相、各大臣、官房長官・副長官、
各副大臣らの夫妻から祝賀のあいさつ。続いて再び松の間に移動、衆・参両議院の議長・副議長、
正月も東京に残っている国会議員らの夫妻から同様に。
その後、左隣の「竹の間」に移動し、最高裁判所長官、同判事、各高等裁判所長官らの夫妻から。
11時半からは、各中央省庁の事務次官、都道府県の知事や都道府県議会議長ら
(宮内庁が毎年交代で複数指名する)の夫妻から。
午後2時半になると、松の間で、各国の駐日大使夫妻から祝賀を受けるが、
午前に行われた各あいさつのように代表だけが行うのではなく、
約130カ国全ての夫妻が順番に両陛下の前に進み出てあいさつする。これだけで約1時間。
その間、両陛下は立ちっ放しだ。儀式としての新年祝賀の儀は以上だが、
実は元日は、午前10時からのこの儀式開始前、住まいの御所(宮殿から約500メートル離れている)で、
普段、両陛下の身の回りのお世話をする宮内庁侍従職の職員からの新年のあいさつも受けられている。
さらにそれをさかのぼること約4時間、午前5時半に陛下は宮中三殿に付属する神嘉殿(しんかでん)の前の庭で、
古式装束を身に着け、国家の安寧と豊作を四方の神々に祈る「四方拝(しほうはい)」という祭祀を行われる。
この時間はまだ暗く、気温は約3度。
さらに5時40分から、宮中三殿で拝礼する年始の祭祀「歳旦祭(さいたんさい)」に臨まれる。
これらのほか、天皇の公務には、社会のさまざまな功労者と面会しねぎらう「拝謁」(年約100件)、
訪日した外国の要人と皇居で面会する「会見」(約50件)、既に紹介した儀式に含まれているが、
外国から日本に赴任する大使が持参の信任状(派遣する側の国の元首が、任命した大使の人格・能力を保証し、
外交特権を与えてほしい旨を記した文書)を天皇が宮殿で受け取る「信任状捧呈式」が約40件。
激務の合間を縫って、静養される天皇陛下と皇后さま。代休すらほとんど取れないのだ
こうして公務を積み重ねていくと年間約700件もの公務を行われることになる。
式典は土・日曜に多く、平日も公務があるため“代休”もままならない。
筆者のカウント(04年)では、年間119日の土・日曜、祝日のうち、代休が取れず、
陛下が“休日出勤”された日が計30日、つまり1カ月分あった。
また、春・秋など式典が多く、叙勲シーズンとも重なれば、1日に6件の公務が入る日もある。
04年に比べれば公務が削減されたとはいえ、陛下ご自身が削減に消極的ということもあり、
いまだに膨大な量の公務を抱えている。
一般国民でいえば退職年齢を超えた後期高齢者で、がん・心臓と2度の手術を乗り越えた方だと考えれば、
ニュースで見聞きする「御用邸でのご静養」なども必要となる理由が分かっていただけると思う。
「お気持ち」の裏には、こうした実態があることをぜひ、知っておいてほしい。

やまもと・まさと/1967年生まれ。学習院大学文学部卒業後、産経新聞社入社。社会部時代に宮内記者会で皇室取材を担当。
著書に『天皇陛下の全仕事』『天皇陛下の本心 25万字の「おことば」を読む』など。
http://diamond.jp/articles/-/112777

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