小和田優美子さん「日本も皇室も変らなければ」

週刊文春2015年12月31・2016年1月7日号
小和田家VS.天皇家 子育て版「文明の衝突」
美智子さまのご心配には深い理由があった。
「それは、雅子さまの強い影響を感じ取られたからだと拝察いたします。
皇后陛下は『私を先んじる自分中心主義』と雅子妃のことを評されたことがあるのです。
勉学を手段にして立身出世を目指す小和田家の『官僚的価値観』を指しているのだと思います。
対照的に天皇家の内親王が身に付けなければならないのは、見返りを求めない教養と、
『無私』や『受け身』を美徳とし、他者への気遣いを第一とする在り様です。
皇后陛下は、愛子さまが゛自分中心主義゛へと流されつつあるとお気付きになり、
引き戻さなくては、と気をもんでいらっしゃるようでした」(千代田関係者)
(中略)
振り返れば、昨年までは、愛子さまの躾けについて、
皇太子ご夫妻の教育方針に疑問を感じる場面も少なくなかった。
「校門で先生に挨拶せずサッと中へ入られることは多かったですし、13年4月の
オール学習院の集いで、愛子さまはお菓子の包み紙を『これ』、鼻をかんだティッシュを
『ゴミ』と言ってスタッフに差し出された。雅子さまは06年の誕生日文書回答で
<愛子が幼稚園生活を楽しく送れるよう、できる限りの手助けをしたい>と愛子さまの
自主性を重んじられてきましたが、周囲はとても心配でした」(別の学習院関係者)
懸念されたのは、皇太子ご夫妻の“叱らない子育て”の方針だった。

小和田恆氏の秀才伝説
それを端的に表していたのは、皇太子が05年の誕生日会見で紹介された。米国の家庭教育学者
ドロシー・ロー・ノルトのこの詩だ。
<批判ばかりされた子どもは 非難することをおぼえる(中略)
可愛がられ抱きしめられた子どもは 世界中の愛情を感じとることをおぼえる>
じつはこの詩を皇太子に紹介したのは、経済学者で東京大学名誉教授の神野直彦である。
会見直前の2月18日のことだった。
「地方分権について、東宮御所へご進講に伺った折、邦訳されているスウェーデンの教科書
『あなた自身の社会』を献呈し、収録されていた詩を朗読したところ、殿下は頷きながら
じっと聞き入られ、『奥深いお話でしたね』と仰いました」
同年4月にもご進講の機会があり、神野氏は教育には「盆栽型」と「栽培型」があるとも説いた。
「前者は、子供が曲がりたくもないのに親の考えるほうへ曲げていく日本的な教育。
後者はスウェーデン的で、その木が伸びたいように伸ばし、肥料をあげたり、虫がつかないようにする
教育だとご説明すると、殿下は深く納得されたご様子で、『そうですね、やはり伸びたいように
伸ばしてあげたい』と仰いました」
現在、叱らない子育ては日本の若い親世代にも広く浸透している。だが、その在り様は、現代の
教育学ではどのように解釈されているのか。明治大学教授の齋藤孝氏が解説する。
「叱らない子育て流行の背景には、社会全体が厳しさを嫌い、優しさとゆるやかさを好む傾向がある。
委縮しない個性豊かな人間になってほしいという親の願望が根底にある。アドラー心理学等が
援用されることがあるが、教育学の定説とまでは言えず、効果は必ずしも実証されていない。
ただ、現在の教育学では、親や教師が怒りの感情を爆発させ頭ごなしに叱ったり体罰を加えたり
するよりは、道理を理解させる対話的指導が、支持されている。
一方で、危惧の声も聞かれる。『ウチは叱らない子育てです』と言われてしまうと、周囲は
その子の逸脱行動を注意しにくい。これはバランスのいい状態ではない。教師たちの実感によれば、
叱られていると感じた瞬間に心のシャッターを降ろしてしまう子供が増えてきている。
皇室のようにとりわけ厳しい規範意識を日常的に要求され実践している状況においては、
子供の過度な緊張を和らげるために、叱らない子育てによりバランスを取ることにも理がある。
叱らなくても規範意識を身につけさせる環境ができているのかが境界線となる」
叱らずに躾ける一方、特訓スタイルで勉学に集中させる。愛子さまのご教育の裏に見え隠れするのは、
やはり小和田家の流儀である。
(中略)
「小和田家は江戸時代中期からの越後村上藩士で、恆氏は分家の子孫です。雅子さまの曾祖父である
金吉氏の代に村上を離れ、祖父の毅夫氏は現在の新潟県立高田高校の名物校長でした」
(村上市郷土資料館職員)
恆氏の高校の同級生である金山龍雄氏は、「小和田さんは秀才で、いつも勉強していたと思います。
最も印象的だったのは、生徒会長選挙。当時は推薦制で、小和田さんは当選の予感があったのでしょう。
『自分に投票しないでくれ』と洩らし、結果十三票しか入らず落選しました」

職業観をめぐる根本的な違い
大学入試を迎え、恆氏は余裕で東大文Tに合格。
「小和田さんは夕食を早い時間に食べて少し休むと布団を敷いて本格的に寝てしまう。
やかましさを避けて深夜に静かに勉強に集中するわけです。しかし夜中にフランス語やラテン語を
口に出して言うので、目が覚めて眠れなくなるので困った」(寮で同室だった吉崎道義氏)
(中略)
93年1月19日、皇室会議を経てご婚約が正式決定した後の記者会見で、雅子さまはこう語られた。
<いま、私の果たすべき役割というのは、殿下からのお申し出をお受けして、皇室という新しい道で
自分を役立てることなのではないか、と考えましたので、決心したわけです。いま、悔いはございません>
日本ユニセフ協会に勤める妹の池田礼子さんが「婦人公論」に寄せた手記にはより率直な
ジレンマが綴られている。
<もとも結婚していなければ、私はニューヨークでの仕事に続いて、アフリカの紛争地域に行っていたかも
しれません。(中略)結婚に踏み切るかどうか、正直悩みました。(中略)それに育児は、やはり母親が
中心にならざるをえません。一日の時間は限られていますから、どうしても棄てなければならないものが
できてしまう。男性は棄てるものが少なくて羨ましいと感じる時もあります>(06年7月22日号)
こうした“職業観”は「無私」の精神にのっとり、頂いた仕事の先に自分の道があると
女性皇族像について記した紀宮さまのご発言とは、まったく違う。
<やはり今私にできることは、一つ一つの務めを大切に果たし、その時に感じ取ったことを
心に残しつつ、かかわった活動や国、そして人々に思いを寄せ続けていく事ではないかと考えます。
その積み重ねの先に、自分なりの内親王としての務めが充実できれぱとても嬉しいことです>
(03年の誕生日文書回答)
近年、雅子さまの母・優美子さんはある皇室ジャーナリストにこう語ったという。
「親馬鹿だと思われるかもしれませんが、私は妃殿下が心配なのです。妃殿下は
ありのままの人なのだから、演技はできない。何かあると『小和田家か悪い』と言われるけれど……。
日本も皇室も変らなければ」
家風というのはそれぞれが個性的である。そのため婚姻により家同士が結びついたとき、軋轢を
生ずるのも有り得べき事だ。しかし、一般家庭の生活様式を皇室の在り方と同じ次元で考えるものでもないだろう。
天皇家と小和田家の間で育つ、愛子さまのお健やかなご成長を願いたい。

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