眞子内親王殿下ブラジル御訪問

眞子さま、7月ブラジル訪問へ
日本人移住110周年で
日本人移住110周年に当たり、秋篠宮家の長女眞子さまが7月17〜31日、
ブラジルを公式訪問されることが22日、閣議で了解された。
17日に羽田発の民間機で出発。ドイツを経由し、現地時間18日にリオデジャネイロに入る。
28日までのブラジル滞在中、飛行機やヘリコプター、自動車を利用し、5州14都市を訪問する。
18日にリオデジャネイロで歓迎行事に出席。日系人が多く住むマリンガで20日、
サンパウロで21日にそれぞれ開かれる移住110周年記念式典に出席し、あいさつする。
大統領を表敬訪問するほか、マナウスやトメアスなども訪れ、日系人らと交流する。
https://this.kiji.is/382688645993596001?c=39546741839462401

眞子さま、ブラジル訪問へ 日本人移住110周年記念で
緒方雄大 2018年6月22日10時13分
秋篠宮家の長女眞子さま(26)が7月17〜31日にブラジルを訪問する。
22日の閣議で了解された。今年は日本人のブラジル移住110年で、ブラジル政府から
招待があった。サンパウロやリオデジャネイロなど14都市を訪れ、
移住110周年記念式典への出席や移住先没者慰霊碑への献花、大統領への表敬などが
予定されている。訪問の途中で、ドイツやアメリカにも立ち寄る。(緒方雄大)
https://www.asahi.com/articles/ASL6P5FLDL6PUTIL040.html

眞子さま、ブラジル訪問を前に御所へ
2018年7月14日12時27分
秋篠宮家の長女眞子さま(26)は14日、ブラジル訪問(17〜31日)を前に
天皇、皇后両陛下にあいさつするため、皇居・御所を訪れた。今年は日本人のブラジル移住110周年。
眞子さまはブラジル政府から招待され、サンパウロやリオデジャネイロなど14都市を巡り、
記念式典などに出席する。
https://www.asahi.com/articles/ASL7G2PZ7L7GUTIL001.html

2018.7.17 11:38
眞子さま、ブラジルへご出発 日本人移住110周年で
日本人移住110周年記念式典への臨席などのため、秋篠宮ご夫妻の長女、
眞子さまは17日午前、羽田発の民間機でブラジルに向かわれた。
眞子さまの海外公式訪問は4回目で、31日に成田着の民間機で帰国される。
羽田空港で眞子さまは、見送りの宮内庁職員らに笑顔で会釈し、搭乗口に向かわれた。
現地時間18日午前(日本時間同日午後)にリオデジャネイロにご到着。
ブラジル滞在中は、5州14都市を訪問し、最大の日系人社会があるサンパウロで
移住110周年記念式典に臨むほか、大統領への表敬、移住先没者慰霊碑への献花、
現地の日系人とのご交流などが予定されている。
http://www.sankei.com/life/news/180717/lif1807170014-n1.html

いよいよ眞子さまご来伯、一世最後の周年行事
2018年7月17日
いよいよ、明日18日に眞子さまがリオにご到着になる。19日にはパラナ州に足を運ばれ、
21日からはサンパウロ、今週末は県連日本祭り、日本移民110周年式典だ。
平均年齢が80歳前後とみられる一世の大半にとっては、10年ごとの大きな周年行事としては
今回が「最後」だろう▼祭典実行委員長の菊地義治さん、県連会長の山田康夫さんなど、
今回の式典には、まだ一世が主体的に関わっている。だが10年後は難しいかも
▼眞子さまは皇室としては実に60年ぶりに聖州奥地に足を運ばれる。これは本当に貴重な機会だ。
120周年に皇室に来て頂けるとして、その時に生き残っている一世は、数えるほどしかいないからだ。
しかも足を運ばれるのはマリリア、プロミッソン、平野植民地、アラサツーバと、いずれも戦争前後まで、
数千人単位で日本人が住んでいた大集団地ばかり▼例えば3年前に県連故郷巡りで、リンス西本願寺を訪ねた際、
プロミッソンや平野植民地を含めたリンス周辺の日本移民と日系人全員三千数百人分の名前が書かれた
過去帳を見せてもらい驚いた。それを見た本橋幹久団長は「過去帳の1921、2年を開けて驚いた。
なんと0歳、3カ月、3歳とかの赤子がたくさん死んでいる。多い所では1頁の半分がそんな状態。
今ではあり得ない事と目を疑った。移民が他の国に住み着くことのむずかしさが、改めて痛感させられました。
県連もイビラプエラ公園に無縁仏の慰霊碑で毎年法要をしている。
皇室も政治家も必ずそこに立ち寄り、一礼してくれる。先祖を敬う気持ちを大切にしたい」と挨拶した
▼イビラプエラの無縁仏慰霊碑建設を提唱したのは、日本海外移住家族会連合会の初代事務局長、
藤川辰雄さんだ。彼は同連合会から16年間に渡って移民を送り出した。
自分が送った移民はその後どうなったかと気になって現地視察をしたら、
無縁仏になった人があまりに多いのに愕然とし、供養せねばとの心境に至って辞職、
57歳で出家した人物だ▼1986年9月20日、藤川さんはアマゾン河中流の日本人墓地を望む対岸で、
忽然と消息を絶った。地元警察の公式な記録は「水浴中の溺死」。
でも記録映像作家、岡村淳さんは実録映画『アマゾンの読経』(04年)の中で
「今思えば最初から計画的な行動だったようにも思える」との驚くべき証言を集めた
▼同映画によれば、藤川さんが最後に残した絶筆メモには「無縁仏が呼んでいる声が聞こえる」
「事故死の霊感を受けるに至る」とある。覚悟の上でアマゾン河に入水し、
自ら無縁仏の側へ渡ってしまったこと伺われる。それらが祀られているのが件の慰霊碑だ
▼今回、眞子さまがお立ち寄りになる場所では、パラー州のトメアスー移住地も同様だ。
昨年11月の開拓先亡者追悼法要がトメアスー西本願寺で行われた際、
入植以来の88年間に亡くなった913人の過去帳が奉納された。
09年にアマゾン入植80周年の取材で訪れた際、現地の角田修司さんが
「ここには素晴らしい宝物があります。見てください」と言って持ってきたのは
『アカラ植民地英霊録』という表紙がボロボロになった巻物だった。アカラはトメアスーの旧名だ
▼巻物を開いてみると、英霊録の1人目は、アメーバ赤痢で21歳の若さで亡くなった石井島一さん、
死亡日は1929年2月19日。同年に亡くなった6人中、彼ともう一人以外の4人は
第1回移民が連れてきた幼子だった。1930年には5人、31年には14人、
32年には25人と急増し、その半分以上は4歳以下。
「この巻物には先輩たちの血と汗と涙が染みこんでいます」――角田さんが静かにそう言い、
そっと目頭をおさえた姿が今も忘れられない▼今回お立ち寄りにならないが、
奥ソロのアルヴァレス・マッシャードの日本人墓地で墓石も見て回った時も同じ印象をもった。
とにかく1歳までに亡くなる赤子がどれだけ多かったかを見ると愕然とする。
皇族にそのような地にお立ち寄り頂き、献花してもらうことが、先駆者への最高の供養となるだろう
▼加えて、聖州奥地は勝ち負け抗争がもっとも激しかった〃激戦地〃だ。
だからこそ今回の110周年は「インテグラソン(統合)」「次世代への橋渡し」を意識して参加したい。
プロミッソンでは勝ち負け抗争以来、二つに分かれてきた日系団体が今回を機に統合する準備が進んでいる。
終戦から73年も経った。当時、抗争に関わった人物の大半は鬼籍に入った。
それゆえ、終戦直後に勝ち組が収監されたアンシェッタ島唯一の生き残りと言われるマリリア在住の日高徳一さん
、同じく収監者・山内房俊の息子の山内明さん(ツッパン在住)、
収監者・青木勘次の息子の俊一郎、俊二、俊三3氏(同)らには、ぜひマリリア式典に参加してもらえるよう、
現地で配慮してもらえないか。今回を、勝ち負けを超越・統合する機会にしてほしい。
そして日系人気質が強く残る地方部の若者に、一世らが皇室を敬愛する様を目に刻んでもらいたい
▼そして可能であれば眞子さまには日本祭りの会場、特に県人会の食のブースで裏方をする
婦人部や青年部の皆さんとの交流を、ぜひ持っていただけないだろうか。
海外最大といわれる日本文化の大祭典を、割烹着を着ながら舞台裏で支えている重要人物ばかりだ。
県人会が作った郷土食を、ぜひご賞味いただきたい▼ポ語新聞NIPPAK電子版の
眞子さまご来伯報道記事(http://bit.ly/2JnIWP8)には、あっという間に「
いいね」ボタンが約3千も押された。ご来伯への期待が高まっていることが伺われる数字だ。
と同時、邦字紙もまた「次世代」ポ語コミュニティ新聞に入れ替わる時代になっていることを示している。
ぜひ子や孫にNIPPAK購読を薦めてほしい。(深)
http://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180717-column.html

眞子さま ブラジルへ出発 日本人移住110周年記念行事出席で
2018年7月17日 11時50分
秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまは17日、日本人の移住110周年を迎えたブラジルを公式訪問するため、
羽田空港を出発されました。
眞子さまは、羽田空港で宮内庁幹部などから見送りのあいさつを受ける際、
報道陣から「いってらっしゃいませ」と声がかかると、笑顔で会釈をして応えられました。
そして、午前11時半前、民間機でブラジルに向けて出発されました。
ブラジルは、日本人が移住を始めてことしで110年になり、世界最大の200万人近い日系人社会があります。
訪問は15日間の日程で、眞子さまは、最大の都市、サンパウロなど14の都市を回り、
各地で移住110周年の式典や日系人らが主催する歓迎行事などに臨んで交流を深められます。
また、日本の文化を紹介するイベントや施設を視察するなどして両国の親善にも努め、
友好関係の発展を願う「おことば」を10回にわたって述べられる予定です。
眞子さまが外国を公式訪問するのは、去年、ブータンを訪ねられて以来で、4回目になります。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180717/k10011536241000.html

眞子さま 公式訪問先のブラジルで現地の日系人と交流
2018年7月19日 10時08分皇室
秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは、日本人の移住110周年を迎えた公式訪問先のブラジルに到着し、
現地の日系人と懇談して交流を深められました。
眞子さまは、現地時間の18日早朝(日本時間の18日夕方)、ブラジルのリオデジャネイロに到着し、
現地時間の午後、巨大なキリスト像で知られるコルコバードの丘を訪ねられました。
眞子さまは、地元の司祭から説明を受けながら、高さおよそ38メートルのキリスト像や、
丘の下に広がる街の様子を笑顔で眺められていました。
このあと眞子さまは、リオデジャネイロに住む日系人などが主催する歓迎行事に臨まれました。
ブラジルは、日本人が移住を始めてことしで110年になり、会場には日系人など100人余りが集まりました。
はじめに、日本語を学んでいる日系人の子どもなどが、沖縄の伝統の踊り「エイサー」を披露しました。
そして眞子さまがあいさつに立ち、「今日の日系社会を築き、大切に支え、
両国の懸け橋となってこられた皆様のご努力に、心より敬意を表します」と述べられると、
会場から大きな拍手が送られました。
続いて眞子さまは日系人などと懇談し、一人一人と握手をしながら
「これからもお元気で」などと言葉をかけられていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180719/k10011539311000.html

51年前に両陛下の植えた木から…眞子さま植樹
2018年07月19日
【リオデジャネイロ=田口直樹】ブラジル訪問中の秋篠宮家の長女眞子まこさま(26)は18日、
リオデジャネイロの植物園で日本人のブラジル移住110周年を記念して植樹をされた。
 植物園で眞子さまは、天皇、皇后両陛下が皇太子夫妻時代の1967年に
ブラジルを訪問した際に植えた「パウ・ブラジル」の枝から育てられた苗木を植樹された。
その後、眞子さまは歓迎行事に出席し、日系人ら約120人を前に
「両国の懸け橋となってこられた皆様のご努力に心より敬意を表します」と話された。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20180719-OYT1T50026.html

《ブラジル》眞子さま、リオ日系社会と交流=110周年・歓迎式典にご臨席=「皆様の努力に心より敬意」
2018年7月20日
【リオ発=國分雪月記者】とうとうブラジルに眞子さまがご到着――
18日午前5時にリオ・デ・ジャネイロ(以下、リオ)市の国際空港に到着された眞子さまは、
午後からリオ植物園、コルコヴァードのキリスト像に足を運ばれた。
その後、リオ日系協会(松浦實(みのる)会長)の会館で行われた
ブラジル日本移民110周年記念式典・眞子さま歓迎式典にご臨席され、当地日系人らと親しく交流された。
式典には同日系協会役員らをはじめテレゾポリス、マカエー、フンシャル移住地などリオ州各地、
ミナス州から100人が出席した。
眞子さまが到着した際はリオ州日伯文化体育連盟の森巍(たかし)理事長・アナマリア夫妻が迎え、
同日系協会日本語モデル校に通うユゲ・ウララ、ニコレちゃん姉妹が眞子さまに花束を渡した。
同日系協会会館の入り口には1967年の皇太子夫妻時代に訪問された天皇皇后両陛下、
15年の秋篠宮同妃両殿下の訪問記念プレートが飾られている。
当日朝に眞子さま訪問記念プレートも並べられたことを森理事長が説明した。
眞子さまが着席した後、森理事長が挨拶に立った。
森理事長は眞子さまのご訪問、出席に感謝を述べ、「110周年記念式典出席のためブラジル各地を訪問されるにあたり、
その皮切りにリオに来ていただき光栄。長旅お疲れ様です」と語った。
その後モデル校とリオデジャネイロ日本人学校の生徒約20人がエイサー太鼓を披露。
終了後に生徒らが「ありがとうございました」と大きな声で返事をすると、眞子さまは一層力を入れて拍手した。
眞子さまはお言葉でリオ訪問への喜びを語り、「ブラジルとの距離は遠いが、幼い頃から心の距離は近かった」と述べた。
植樹園で今回パウ・ブラジルを植樹したことに関して、天皇皇后陛下が67年にも植樹されていたことを回想し、
「時間の流れ、日系社会の歴史を考えた」とした。
「長い船旅を経て移民した方々が、各地で勤勉さと誠実さで困難を乗り越え、ブラジルの発展を支えた。
皆様のご努力に心より敬意を示し、未来へ繋がることを祈ります。ムイト・オブリガーダ」と述べた。
お言葉の後は会場内の10卓を回り、出席者らと言葉を交わされた。
全卓を回り終えた眞子さまは参加者らの拍手の中で退場。
途中、会場後方に並んでいたエイサーグループの前で立ち止まり、
子供の背丈に合わせ膝をかがめるなどの優しさをみせながら一人一人と握手した。
「素敵なエイサーをありがとうございました」と眞子様から声を掛けられた一団は、
「ありがとうございました!」と大きな声で返事をし、会場から一層あたたかい拍手が贈られた。(終)
http://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180720-71colonia.html

日本人移住110年の式典に出席 眞子さまブラジルご訪問
07/21 17:52
ブラジルを公式訪問中の秋篠宮家の長女・眞子さまは、日本人の移住から110年を記念した式典に臨まれた。
眞子さまは20日、ブラジル南部の都市・マリンガで、
日本人がブラジルに移住を始めてから110年を記念した式典に出席し、
会場に集まった多くの日系人らを前にあいさつをされた。
眞子さまは、「移住者とそのご子孫が、努力を積み重ねて今日の日系社会の発展を築き、
支えてこられたことに、心より敬意を表します」と述べられた。
会場では、ブラジルのダンスや日本の伝統芸能が披露され、眞子さまは笑顔で拍手を送られていた。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00396883.html

眞子さま「心より敬意」ブラジル移住110年式典お祝い
サンパウロ=岡田玄
2018年7月22日12時22分
ブラジルを公式訪問している秋篠宮家の長女、眞子さま(26)は21日、
サンパウロ市内で開かれた日本からブラジルへの移住110周年記念式典に出席し、
「移住者とそのご子孫が努力を積み重ねて今日の日系社会の発展を築き、
支えてこられたことに心より敬意を表します」とお祝いの言葉を述べた。
日本からブラジルへの移民は1908年に始まった。
在サンパウロ総領事館によると、ブラジルには現在190万人の日系人がおり、
世界最大の日系コミュニティーがある。最も若い世代は6世になる。
記念式典は、ブラジル日本都道府県人会連合会が主催する日本祭りの中で行われた。
眞子さまは式典で、「日系社会のみなさまが両国の懸け橋となり、
ブラジル社会で、日本の文化が広く受け入れられていることを喜ばしく思います」などとあいさつした。
眞子さまはその後、サンパウロ市内のイビラプエラ公園にある開拓先没者慰霊碑に献花し、
日本館を訪問するなどした。(サンパウロ=岡田玄)
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     ◇
ご列席のみなさま。
1908年6月に最初の移民船笠戸丸がサンパウロ州のサントス港に到着してから、110年が経ち、
ブラジル日本人移住110周年という記念すべき年を迎えられたことをお喜び申し上げます。
このような年にブラジル政府のお招きによりブラジルを訪れることができました。
本日はここサンパウロで、各地よりお集まりになったみなさまとともに、本式典に出席し、
日本人移住110周年をお祝いできますことを大変うれしく思います。
ただいま、マルコス・カルバン外務大臣代理、マルシオ・フランサ・サンパウロ州知事、
ブルーノ・コーパス・サンパウロ市長より、日系社会に対する温かいお言葉をいただきましたことに
感謝申し上げますとともに、今回の訪問に際し、様々なご配慮をいただきましたみなさまに
あつく御礼申し上げます。 わたくしにとってのブラジルは幼い頃より、
地理的には遠く離れていても親しみを感じる国でございました。それは、これまでブラジルを訪れた方々から、
その思い出を幾度となくうかがってきたことによるものであると思います。
そして今回、3年前に私の両親も訪問したここサンパウロを訪れることができましたことは、大きな喜びでございます。
わたくしはブラジルに到着して以降、リオデジャネイロとパラナ州を訪問し、
本日ここサンパウロに到着いたしました。本式典の後には、
式典会場において世界最大級の規模を誇る日本祭り「フェスティバル・ド・ジャポン」を視察いたします。
日系社会のみなさまが両国の懸け橋となり、ブラジル社会で、
日本の文化が広く受け入れられていることを喜ばしく思いながら、
その一端を見せていただくことを楽しみにしております。
日本から長い船旅を経て移住された方々は、大変な苦労をされながら
各地での生活を築かれたとうかがっております。
その中で、数多くの困難を勤勉さと誠実さをもって乗り越えて、ブラジルの発展に貢献し、
社会のあつい信頼を得てこられました。
現在に至るまで、あらゆる世代の日系の方々が多様な分野で活躍されています。
日本からの移住者を温かく受け入れてくださったブラジル政府とブラジルの方々に感謝するとともに、
移住者とそのご子孫が努力を積み重ねて今日の日系社会の発展を築き、支えてこられたことに心より敬意を表します。
そして、みなさまが歩んでこられた長い道のりに思いをはせるとともに、
その歴史は未来を担う世代にも大切に引き継がれていきますことを願っております。
終わりに、ご列席のみなさまのご健勝と日系社会及びブラジルの繁栄、
そして両国の友好関係の一層の深化を願い、わたくしのあいさつといたします。
https://www.asahi.com/articles/ASL7Q235VL7QUHBI008.html
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眞子さま 日本人の移住紹介する史料館に 公式訪問のブラジルで
2018年7月23日 5時13分
ブラジルを公式訪問している秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは、
日本人の移住の歴史を紹介する史料館を訪問されました。
眞子さまは22日、サンパウロにある「ブラジル日本移民史料館」を訪ねられました。
ここは、40年前、当時皇太子夫妻だった天皇皇后両陛下が立ち会われて開館した施設です。
110年前に日本人がブラジルに移住を始めてから世界最大の200万人近い日系人社会が築かれるまでの歴史が、
写真や模型などで紹介されています。
眞子さまは、移住者たちが粗末な小屋に住み、危険な動物や風土病と闘いながら未開の地を開拓していったと説明を受け、
「大変な苦労だったんですね」などと話されていました。
これに先だって眞子さまは、サンパウロ中心部にある日本文化の発信拠点「ジャパン・ハウス」を訪ねられました。
この施設では、日本を紹介するさまざまなイベントが行われていて、眞子さまは、
日本でなじみ深い香りや味を紹介する展示会場に足を運ばれました。
眞子さまは、つり下げられた81個のボトルからサクラの香りがするものを探し出すコーナーで、
サクラのボトルを手に取り「いい香りですね」などと話されていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180723/k10011544471000.html

眞子さま日本人開拓の農村視察 訪問先のブラジルで(2018/07/24 15:08)
秋篠宮ご夫妻の長女・眞子さまが、公式訪問中のブラジルで、
100年以上前に日本人が開拓した農村を視察されました。
眞子さまは、1915年に日本人移民がブラジルで最初に開いた農村「平野植民地」を訪問されました。
カフェランジア市で、記念碑の除幕式が行われ、着物姿の日系人の女の子から眞子さまに花束が贈られました。
平野植民地は開拓当初の1年間で、マラリアによって80人近くが亡くなるなど、
過酷な環境だったことで知られています。日本の皇室がこの地を訪れるのは初めてで、
眞子さまは犠牲者の遺骨が眠る慰霊碑にユリなどの花を手向けられました。
日系3世の68歳の女性が涙を流して迎えると、
眞子さまは女性の両手を握り「お元気でいてくださいね」と声を掛けられました。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000132443.html?r=rss2

「眞子さま」という癒し
2018年7月25日
「眞子さまのお言葉は僕らに癒しを与えてくれた。
ブラジルに暮らしている僕らのことを、日本の人たちは忘れていないんだと思わせてくれた」。
21日、県連日本祭りで110周年記念式典が終った直後、なにげなく参加者の声を会場で集めていたとき、
小西ジューリオ武雄さん(60、二世)からそんな感想を聞いて考えさせられた。
「そんな切実な気持ちでこの式典にきていたんだ」と思い、
癒しがなかった日々のことを想像するに、どこか胸の奥深くをえぐられるような感じがした。
翌22日のマリリアでも、眞子さまの歓迎式典を取材するなかで癒しを感じた。
(中略)
市立劇場での歓迎式典に出席された眞子さまは、その足ですぐ近くの市役所前庭に向かわれ、
200人ほどの市民が歓迎の小旗を振る中、三笠宮さま同様、イッペーを植樹された。
植樹の後、車に乗り込まれる直前、眞子さまは突然、沿道に並ぶ市民一人ひとりと握手を始められた。
子供には子供の目線まで腰をかがめて握手をされ、高齢者には両手で包み込むように優しく握っていた。
これはマスコミへの事前説明にはなかったこと。
みるみる市民の興奮が高まり、10分以上かけて握手し終わって車に乗り込むときには、市民の感激は最高潮に達していた。
別れを惜しんで熱烈に振られる小旗が波のように見え、眞子さまが日伯両旗の海に浮いているような幻想的な光景となった。
(後略)
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http://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180725-column.html

眞子さま アマゾン川を視察 ブラジル訪問中
2018年7月26日 木曜 午後1:38
ブラジルを公式訪問中の秋篠宮家の長女・眞子さまは、世界最大の流域面積を持つアマゾン川などを視察された。
眞子さまは25日、アマゾン川流域の都市マナウスにあるアマゾナス劇場を訪問された。
この劇場は、19世紀にイタリア・ルネサンス様式で建築されたもので、
眞子さまは、天井の絵画や観覧席を興味深そうに見て回られた。
眞子さまはその後、アマゾン川の船着き場から色の異なる2つの川が合流する地点に向かい、
船のデッキで説明を受けながら、黒と茶色の川が並行して流れる様子や、周辺を泳ぐイルカの姿をご覧になった。
https://www.fnn.jp/posts/00397236CX

眞子さま アマゾン訪問 皇室としては初
2018年7月28日 6時17分皇室
ブラジルを公式訪問している秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまが、
日本の皇室としては初めて、アマゾン地域のトメアスを訪れ、日系開拓者の慰霊碑に花を捧げたほか、
現地の日系人が経営する農園などを見学されました。
眞子さまは27日、ブラジルのアマゾン地域の都市トメアスに到着されました。
日本の皇室として、トメアスを訪問されたのは眞子さまが初めてで、
町には「ようこそ」などと書かれた看板が数多く掲げられていました。
トメアスはアマゾン地域の奥地にあり、自然環境も厳しいことから、
多くの日系人が病気などに苦しみ、移住に最も苦労した地域の一つと言われています。
眞子さまははじめに、日系開拓者ら900人余りが眠るトメアスの墓地を訪ねられました。
眞子さまは、案内した人と「日本人のお墓が、こんなに多くあるんですね」などとことばを交わしたあと、
墓地の中央に設けられた慰霊碑に花を捧げられました。
また、現地の日系人が経営する農園も見学し、アマゾン地域で日本人が栽培している豊富なフルーツや、
今では日本にもチョコレートの原料として輸出されているカカオなどについて説明を受けられていました。
眞子さまは、地元の日本人移住者が主催する歓迎式典にも出席されました。
眞子さまが壇上で、「先ほど開拓者の慰霊碑に献花し開拓に力を尽くされた方々に思いをはせました。
両国の架け橋となってきた皆様に心より敬意を表します」とあいさつされると、
会場に詰めかけた人たちから盛んな拍手が送られていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180728/k10011552831000.html

平野植民地=眞子さま、マラリア犠牲者に祈り=泣き崩れた老夫人をご抱擁
=開拓先没者への最高の供養に
2018年7月28日
【カフェランジア発=大澤航平記者】1915年、入植僅か半年で80人以上もの日本人が
マラリアで次々と斃れていった、血と汗と涙が滲む開拓の上に拓かれたカフェランジアの平野植民地――
23日午前、そこにご到着された眞子さまは、見渡す限りの砂糖黍畑が広がり開拓の名残をとどめる
「開拓先没者慰霊之碑」の前に立たれ、深々と頭を垂れて鎮魂の祈りを捧げられた。
その姿を見て、感極まって泣き崩れた地元のご婦人を、眞子さまは優しく抱きしめられた。
すると村民の間にみるみる感激の輪が広がった。
午前10時頃、砂糖黍畑を車でお通りになり、純白のスーツ姿で慰霊碑に到着された。
同地在住の川市清美さん(64、三世)からこの地で起きた悲劇について3分間ほど説明を受け、
沈痛な面持ちで話を聞かれた。慰霊之碑が立つ第一ブロックは、米作のために入植者が川沿いに住居を構え、
マラリアの犠牲者が次々に出た〃開拓の原点〃だ。
リンス西本願寺の岡山智浄住職(83)によれば、戦後46年に慰霊之碑が建造される以前には、
牧草地帯となっており、その場所には伯人牧場主の家が建っていた。
同住職いわく、「その牧場主は昼夜を問わず、女子供の泣き声が何処からともなく聞こえてきていた。
『なんでここに連れてこられたの?』とすすり泣く女性の声を聴いていた」という。
その後、「同ブロックに埋没していた遺骨を収集、慰霊之碑に一カ所に納めてから
泣き声がぴたりと止まったんです」と同住職は語る。
眞子さまは慰霊之碑に花束を捧げ、開拓先没者の御霊に祈られた。
その様子を感激の面持ちで見守っていた村民一人一人の手を、眞子さまは優しく両手で包み込み、声をかけられた。
その一人、森部静代さん(68、三世=カフェランジア在住)は感極まって泣き崩れてしまった。
眞子さまはそれを見て、森部さんを優しく抱きしめられた。
「大丈夫ですよ、大丈夫ですよ」――そう声をかけながら寄り添われ、森部さんが落ち着くまでじっと抱きしめられた。
森部さんは「なんとお優しいおかた。声をかけて頂けるなんて、ただただ涙がでて。
抱きしめて頂けるなんて夢にも思わなかった」と呆然とした様子。
眞子さまは最後に「どうかお元気でいてください」と声をかけられたという。
会館で村民や子孫、元村民など260人に熱烈に歓迎された眞子さまは、移民110周年記念碑の除幕式に臨まれた。
そこでも、腰を屈めて一人一人に握手を求められた。
眞子さまは、植物に遮られて少し離れた場所にいる村人にも自ら手を伸ばし、
随員が「お気をつけください」と声をかけても、「大丈夫ですよ」とご返答をされ、身を乗り出して握手に応じられていた。
 重松一雄さん(69、三世)は「ここは父母が育ち、私が生まれた地。
小さい頃に村を出たけれども、いつも平野運平先生の話を聞いて育ってきた」という。
来年は平野運平没後百周年の節目を迎える。重松さんは「苦労して志半ばで亡くなられた平野先生、
そして先没者にとって今日は最高の供養になったはず。
天国で皆が喜んでいますよ」と目に涙を浮かべ、笑顔を見せていた。(終)
http://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180728-71colonia.html

眞子さま=聖市内ホテルで御接見に=JICA隊員と若手日系人
2018年7月28日
眞子さまは21日夜、聖市内のホテルでJICAボランティア50人、若手日系リーダー44人と御接見された。
各ボランティアの仕事内容や若手日系リーダーの活動内容を熱心に質問されるなど、時間をかけて交流された。
着任したばかりの人を含め、日本語教育、スポーツやシニアなど様々な分野のJICAボランティアが集まった。
眞子さまは1グループずつまわり、自己紹介、グループ代表者の仕事内容を聞いて回った。
サンカエターノ・ド・スル日系協会でバドミントンを教える今枝麻衣さんは、自分の活動について
「スポーツを教えることで日本文化普及や青少年教育を目的としている」と説明。
眞子さまは同協会のバドミントンの会員数や練習方法について尋ねられた。
その後、若手日系リーダーとの御引見へ。聖市議の林ロドリゴ・ゴウラールさんは
2012年にコリンチャンスの試合のため訪日したエピソードを披露。
「また日本に行きたいです」と締めくくると、眞子さまは「ぜひ日本に来て下さい」と笑顔で応えられた。
https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180728-62colonia.html

眞子さま=聖州総合大学の博物館視察=魚標本や恐竜の化石にご興味
2018年7月28日
眞子さまは24日午前、聖市のサンパウロ州総合大学動物学博物館(マリオ・デ・ピンナ館長)を視察された。
同館に展示されている1978年に訪問された皇太子時代の天皇陛下が
同大学に寄贈した魚の標本や恐竜の化石などについて
案内役を務めたピンナ館長、ヴァハン・アゴピヤン学長らに質問するなど興味を示された。
博物館に到着した眞子さまは館長、学長らと挨拶し、展示品の見学へ。
カルノタウルスなど恐竜の化石の発掘年や骨の仕組みについて説明を聞き、
「腕がとても小さいんですね」などと感想を述べられた。
地上階奥の標本が並べられた部屋では日伯の蝶の標本や、
天皇陛下が寄贈したニホンウナギやフグの標本を手に取り眺められた。
案内にあたったピンナ館長は「眞子さまの来館は博物館の歴史の1ページに刻まれるだろう。
ユーモアもあり、聡明な印象を受けた。
天皇陛下寄贈の魚の標本も気に入っていただけたようだった」と眞子さまの来館を喜んだ。
https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/180728-63colonia.html

眞子さまが帰国
秋篠宮家の長女眞子さまは31日午後、ブラジル公式訪問を終え、
経由地の米ニューヨークから成田空港着の民間機で帰国された。
眞子さまは、日本人のブラジル移住110周年記念式典に合わせ、15日間で同国の14都市を訪問。
サンパウロやプロミッソンなど4都市の同式典に出席するなどした。
ハードスケジュールだったにもかかわらず、関係者らの出迎えには笑顔で応じていた。
(2018/07/31-17:26)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018073101003&g=soc



平成30年8月2日(木)
ご日程
眞子内親王殿下 宮内庁人事異動者ご会釈(宮邸)
眞子内親王殿下 ブラジルご訪問からご帰国につき天皇皇后両陛下へご挨拶(御所)
眞子内親王殿下 武蔵野陵及び武蔵野東陵ご参拝(ブラジルご訪問からご帰国につき)(武蔵陵墓地(八王子市))
http://www.kunaicho.go.jp/page/gonittei/show/3?quarter=201803

眞子内親王殿下 ブラジルご訪問を終えられてのご印象
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/39