愛子さま不登校関連 雑誌等2

週刊文春2010年4月22日号
▼愛子さま同級生「暴力」で前代未聞の退学−皇族の「新学期」が始まった
愛子さまを強引に通学させ再び"登校拒否"になることを恐れて、徐々に慣れさせる方針。
2年西組にいた児童が3/31に退学していた。他クラスの子が教室に入ってきて暴力を振るう、と訴え。
この児童の両親は信頼を覆した学習院に対してより強い怒り。
暴力を振るった子が「暴れん坊」かどうかは不明。
「暴れん坊」は北組から東組へ。愛子さまは南組のままなので、もっとも離れたクラスに。
4/7、皇太子一家が学習院を訪問したが、背景には学習院の焦り。理事ほか2名が出迎え、
皇太子夫妻への説明には波多野院長らの(マスコミで語るような)居丈高な調子ではなく、ひたすら低姿勢。
学習院は皇族と言えども特別扱いしないが伝統だが、
春休み期間中に一部の父兄にだけ説明なんて特別扱いもいいところ。
雅子さまの参観も続いている。昔の院の伝統を取り戻して欲しい。(学習院OB)

女性自身2010年4月27日号
雅子さま・愛子さま<傷心ケア>へ学習院と「決意の直談判」120分!
愛子さまはボーゲンから足をそろえて滑れるようになったようだ。
4/9、遅れて登校した愛子さまは式には出ず、雅子さまと教室で待機。まだ不安を感じるらしい。
翌10日、一家は千葉県へ出かけ、友達と一緒に(午前中貸し切った)スケートを楽しむ。
雅子さまは2日間に渡って愛子さまと仲の良かった子(クラスが別れた子も)を
東宮御所に呼び、「これからも友達でいてね」と心を砕く。
7日、一家で学習院を訪れるが、「ちょっと行くから」と連絡があった。(波多野院長)

サンデー毎日2010年4月25日号
ついに出た退学者
4月9日8時20分、学習院初等科 2階の正堂で始業式が始まる
それから30分後の8時50分、雅子さまと一緒にワンボックスカーで乗り付けた愛子さまは小走りで教室に。
始業式には出席しなかったが、雅子さまとともに「3年生の新しい生活に備えての授業の時間」に出席。
学習院側としては、「看護当番」といって教員が休み時間の生活指導を従来から行ってきたが、
今年度から教員の数を増やし、徹底するように務める とのこと。
しかし、最も危惧された事態が起こってしまった。愛子さまの学年の一人の児童が退学した。
3月5日の騒動以前から、男児による乱暴な振る舞いや学級の乱れに巻き込まれていた児童がいたが、
そこに例の件での報道合戦が加わり、親御さんが「うちの子に何かあってからでは遅い」と修了式の日に退学届けを提出。
この児童はごく普通の子だったが、男児のイジメの対象になり困惑していた。
また、その問題児童と通学路がほぼ同じことも、両親の悩みの遠因だったようす。
学校側は届けを保留にし、慰留に努めたが、決心は変わらず、4月からは公立小に転校。
愛子さまは休み時間などは、友達と仲良く談笑しているそうで
漫才師みたいに「なにゆうてんねん」で話して笑いあっている。
学習院広報課でも、その事実は認めながらも、今回の一連の件とはまったく関係ないと説明。

女性セブン2010年4月29日号
皇太子妃雅子さま・愛子さま始業式欠席に込めた<ふたつの>「不信」
愛子さまが始業式を欠席したのは雅子さまの意向が影響。
4/7に一家は学習院を訪れたが、応対したのが教頭と女性教諭。
皇族である二人が訪問したのだから、科長(校長)が出てきても良いはず。
今まで皇族が在籍する6年間は主管(教師)は変更無しが慣例だったが、
新年度は(4人中)2人が変更になっており、学習院としては最大限の努力をしているつもりらしいが。
夫妻が訪問するまで学習院からの(主管変更などの)報告はなかった。
学習院を出た雅子さまは落胆の色が濃かった。
東宮職の対応。要望などがほとんど学習院に伝わっていない。波多野院長が認めている。

週刊現代2010年5月1日号
遅刻に早退 愛子内親王「新学期」課題
愛子さまは「お辞儀」と「挨拶」があまりうまくできない。
感情のコントロールも上手ではなく、押し黙ってしまうことも(初等科関係者)
不登校発覚後、徒歩から車登校へ。
皇太子は「ゆっくり見守りましょう」
愛子さまは学業成績は優秀。対人関係の形成が不得意で、時折、悔しそうな表情をあらわにされる。
「学校に行きたくない」が始まったのは、実は昨年秋頃から。

サンデー毎日2010年5月2日号
父母会
雅子さまは一度愛子さまを東宮御所に見送った後戻って出席。
雅子さまも男児の母親も父母会に欠席すると思われていたのに出て来て、
「勇気があるというか、KYというか...」(初等科父兄)
二人が出席していたために、初等科長の話も抽象的で判りにくいものになった。
科長は、良いことは良い、悪いことは悪い、報道は必ずしも事実を伝えてない、
低学年では勉強は家庭でも教えられるが、対人関係は学校でないと学べない等々の話をした。
初等科長の話の途中メモをとる手が止まり不快そうな表情が露に。内容に不満だったのだろう。

FACTA5月号 VOL.49
嘆かわしき皇太子夫妻
娘の不登校で世の中を騒がせて何とする。危機管理なき野村東宮大夫には資格なし。
またもや騒ぎの発信源は、皇太子一家である。天皇家の家庭問題は、
2004年の皇太子「人格否定発言」以来、絶えずマスコミの俎上に載せられ通しだ。
そこへ今回の愛子さま不登校事件。こんな私的なことがなぜ表沙汰になるのか。
「修身斉(ととの)える)」あってこその「治国平天下」である。
次代の象徴天皇には、この言葉の意味を十分理解してほしい。
「学校生活にもすっかり慣れて、毎日楽しんで通学しています」。
学習院初等科2年(当時)の愛子さまについて、皇太子は2月、満50歳の誕生日を前にこう述べた。
ところが会見直後の2月22日から、愛子さんは微熱を訴え授業を欠席していた。
腹痛などを理由に、学校へ行くのを嫌がった。典型的な不登校の症状である。
■残念な天皇の「お出まし」
3月5日午後、野村一成東宮大夫は定例会見で、「複数の男児の乱暴な行動があるので欠席している」と公表した。
理由は「公の立場の方が1週間学校に行っていないから」だという。
そして「同学年の違うクラスの複数の男児が、愛子さまらに乱暴をした」と、独自の調査結果を公表した。
学習院側は「愛子さまをターゲットにした暴言・暴力行為は、一切ない」と見解を異にしている。
その後は雅子妃が付き添って、一限だけ登校するなどし、16日の修了式、4月9日の始業式にも出席しなかった。
いじめや校内暴力はどこにでもある。学習院だって同じだ。
東宮職には学習院幼稚園長を務めた女官がおり、愛子さまはお付きと皇宮護衛官と一緒に登下校する。
彼女が被害者になったのは昨年夏ごろからのようで、「いじめ情報」は早くから東宮職幹部や両親に上がっていた。
こうしたケースは内部処理で済ませるのが常識だが、なぜ東宮大夫がメディアに好餌を提供したのか。
同級生に悪影響を及ぼすことは必至で、既に週刊誌は「犯人」を割り出し、
「小2で体格のよい乱暴者」などと書いている。騒ぎの発端は野村大夫にある。
翌週の会見で、「皇太子夫妻が本当に公表しろと言ったのか」と質すと、
「私の口からは控えたい。しかし、両殿下の了解なしに発表することは想定できない」と答えている。
しかし、それを抑えるのが危機管理であろう。
波多野敬雄学習院院長には、野村大夫から事前連絡があり、
会見内容のファクスも入っていた。野村は波多野の外務省の後輩にあたる。内容に異議を挟むと、
「愛子さまがそう言っている話なんだから、しょうがないじゃないか」と言ったという。
「野村も苦しい立場なのでしょう。しょうがないじゃないか、と繰り返すばかりでした」(「週刊朝日」3月19日号)。
さらに「どこまでが野村の発意で、どこまでが違うのか。
ただ、野村が勝手にやっているわけではないでしょう」と発意者を暗示している。
2月5日、東宮職医師団は、雅子妃の病状は確実に回復に向かっている、としながらも「なお体調には波がある」、
公務に就くのは「さらなる時間が必要」と発表した。海外公式訪問は負担が大きすぎるが、
私的なら「治療の面からも効果的」という。発表文は妃と調整をした上である。
当然、妃の意思も勘案される。皇太子も先の会見で「(旅行は)雅子とともに考えていきたい」と語った。
今年の夏は4年前のオランダに続いて、再び海外静養のようである。
今回の件は、6年前の「人格否定発言」と構図が似ている。
皇太子は「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実」と述べ、
妻の気持ちを縷々代弁した。
そして、してはならない「臣下の批難」を口にした。
天皇は驚き、「“動き”という重い言葉を伴った発言であったため」、
皇太子に説明するよう求めた。私的なことを公の席上で述べたことは大きな反響を招き、
天皇家のコミュニケーション、嫁姑の仲、天皇、皇太子、秋篠宮の発言など家庭内部の問題が
毎週のようにメディアで取り上げられた。
今回も天皇皇后は憂慮し、9日には野村を呼んで事情を聞いている。
「学校や複数の児童が関係する問題であり、いずれかが犠牲になる形で解決が図られることのないよう」と言ったという。
またもや残念なことに、天皇の「お出まし」である。
■まず「斉家」に努めよ
皇太子は50歳である。父天皇も結婚直後は「マイホームパパ」などと言われ、週刊誌などで酷評された。
沖縄の「ひめゆりの塔事件」は41歳の時。その夜の県民へのメッセージを読むと、
悪口を言われていた時代から、沖縄に深い関心を寄せていたことが分かった。
その後平和について積極的に発言し、象徴天皇、皇室のあり方について、自分の言葉で語っている。
ところが皇太子の発言には、印象的なものはあまりない。
先の会見では、天皇が昔言った「忠恕(ちゆうじよ)」を引用したり、
また皇室観の話もしたりしたが、父の借り物だった。
「雅子との結婚、愛子の誕生により、心温まるやすらぎのある家庭を持った」と述べたが、
本当にそうなら家庭内の波風は表面には出まい。
天皇の「即位後の朝見の儀」のお言葉は、天皇制に距離を置く人たちにも広く支持された。
災害時の真心のこもった見舞い、戦後50年の「慰霊の旅」、60年の時のサイパン島訪問。
高齢で夫妻とも決して体調は万全ではないが、多彩なメッセージを送り続けている。
それに比べて、とやっぱり言いたい。
将来の皇室像について皇太子はどう考えているのか。皇位継承の問題は皇太子の責任ではないが、
この一件で女性天皇派は後退するのではないか。とりあえず、まず「斉家」に努めよ、と言いたい。(敬語敬称略)


テーミス2010年5月号
愛子さま不登校問題の波紋
「皇太子ご夫妻『皇位継承』へ疑念が噴出!」
皇太子ご一家の"異例訪問"(始業式2日前の初等科突然訪問)について、
TBSが夕方のニュース「Nスタ」で報じた。ところが、翌朝、その項目が番組のHPから
削除されたことも波紋を広げた。「実は2日の定例記者会見で、東宮大夫と記者会の間に一悶着あった。
4月2週目のご夫妻の公務予定が非常に少なかったので
『両陛下が須崎でご静養中に、また家族で出かけるのか』と、記者会が突っ込んだ。
大夫はしどろもどろだった。放送後、東宮職側がかなり強く抗議したようだ」(皇室担当記者)
雅子さまと東宮職側のコミュニケーションは、以前、成立していない状態だ。
雅子さまは国連関係の公務に"急遽"お出かけになることがよくある。
「なぜ東宮職はとめないのか」との疑問があるが、
「雅子さまに怒鳴られないようにするだけで精一杯の状態が、ご発病以来続いている」(宮内庁関係者)
「雅子さまは気分が上向きになると『何かしなくちゃ』と張り切られる。会見の直前も
"ハイ状態"で、野村大夫は雅子さまから『発表するように』と、かなり詰め寄られたという。」(皇室関係者)
■ご夫妻のコメントに違和感も
昨年4月の末綱侍従長突然辞任や、2ポストの新設。
元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司氏
両陛下の東宮時代には日頃の交流があったので、係員にいたるまで両殿下のお考えを
理解しているという自信を持って仕事が出来たが、そのような環境作りのない状況で、ポストだけを増やしても無意味
3月19日、皇太子ご夫妻は「愛子の欠席で国民の皆さまにと心配をかけ、私たちも心を痛めております」
というコメントを発表した。これに違和感を持った関係者も多い。

週刊文春2010年6月10日号
「東宮御所には、学習院と、愛子に暴力を振るった子どもの保護者に謝罪を求める声があります。
でも私は、それをすべきではないと思っています」御所を訪れた皇太子が天皇皇后にそう漏らされた。
皇太子はさらに続けられた。「あのような会見をすべきではなかったのではないかと思っていました」
会見は基本的に雅子さまの要望に沿ったもの。皇太子も迷っていたが結局止めなかった。
「皇太子もご意志を明確にされなかった」。皇太子は、お一人で決断される事に慣れておられない。
東宮御所幹部は「あの方(皇太子)はああいう方ですから」
「殿下がはっきりと中止を明言しないために、会見が開かれたのだと言いたいようでした」(皇室関係者)
不登校会見の直前に皇太子は携帯電話で「皇太子に近い人物」に会見の是非を相談しようとしたが行き違いになった。
5月半ば、皇太子の頭皮にはストレス性の発疹
先日の迎賓館におそろいのお出ましは、「妃殿下と愛子さまは当初、
出席される予定はなかったのですが、途中から参加されました」
その後、全員で秋篠宮邸でお食事をされましたが、通常なら東宮御所に集まるものです。
妃殿下と愛子さまの状態に配慮されたのでしょう。(皇室ジャーナリスト)


週刊新潮2010年6月10日号
愛子さまの4時間目登校は雅子さまが決めた。(そういうアドバイスがあった)
1時間目よりも昼前後の出席のほうが「クラスにいた」という印象が同級生に残り、
愛子さまがクラスに戻りやすいとの配慮から。
「乱暴少年」の両親は今回の報道を受けて、自主退学を申し出たが、学習院が認めなかった。
その理由は、これを機に退学となると、野村東宮大夫は少年を退学に追い込んだ張本人となり、
雅子さまは怖い存在、愛子さまは近寄ると面倒だと思われかねないから。
神田秀一氏「今回、東宮大夫が発表するに当たり十分な対応がなされたとはいえない。
これまでの東宮大夫は現場に足を運び、教諭に直に会うなど解決の努力をしてきた。
だが今回は電話とファックスで学習院の了解をとったという程度の手続きで発表しており、
認識の欠落があるのではないか」
「雅子妃の気持ちはわかるが、ご夫妻は『普通の子と同様に教育してほしいといっている』のだから
単身の参観を認める学習院もおかしい」
東宮大夫の会見前に、皇太子殿下から両陛下には会見の内容について報告はあったはず。
しかし、殿下からの説明が不十分で、両陛下にはあれほど踏み込んだ内容になることについては伝わっておらず、
そのために9日、東宮大夫が陛下にご説明にあがることになった。


サンデー毎日2010年6月20日号
結婚記念日の会食は、9日の予定を、雅子様の体調を考慮され
11日(翌日学校休みの金曜日)に変更(ある皇室ジャーナリスト)
日程変更に両陛下困惑 両陛下は翌12日早朝ご出発予定、他にも超御多忙
以前は両陛下のご予定が何よりも優先されていたが、今度のご予定はどういうこと?といいたくなる(宮内庁関係者)
だが両陛下は「仕方ない、いいよ、いいよ」とおっしゃっている(別の宮内庁関係者)
皇太子様は雅子様に引きずられている、相談できる相手も少ない(皇室関係者)
5/7父母会総会が開かれ、その際の東園常務理事による「箝口令」の他に
「個人を特定するような報道がなされているが、そのお子様がそうであることは一切ない」
父母会総会開催前に疑われた保護者に別の4名の名前が伝えられ、関与を疑われた児童の保護者には謝罪
雅子様の「謝罪をさせる」に、両陛下は驚愕「学校を相手に…」と困惑。

週刊女性2010年6月22日号
愛子さま不登校問題長期化の中、夫婦関係までもが…皇太子ご夫妻 広がる溝
愛子さまは6/4欠席。この日は研修で他校の教職員が多数来校し、授業を参観したため。
10時半頃登校し、お昼頃下校の日々が続く。勉強について繰り返し記者から質問があるが
東宮大夫は「(皇太子ご夫妻を含む)職員が対応している」
「皇太子はそろそろ愛子さまを一人で 登下校させても良いのではないかと考えているが、
雅子さまは自分が付き添わないと、と考えている」(元東宮職関係者)
雅子さまは大野医師に相談に乗ってもらっており、「どう批判をされても気にはしない」。

女性セブン2010年7月8日号
皇太子妃雅子さま−「続く宮内庁異例の発表」の裏を読む
6/19、学習院では翌日の父の日に向けた全校授業参観が開かれる。
去年は皇太子夫妻が出席したが、今年は皇太子はスウェーデン、雅子さまは欠席。
「毎日授業参観しているのに、欠席するとはそんなに体調が悪いのか」。
17日、東宮職から食事会に対する雑誌の記事に対して訂正の申し入れがあった。
両陛下は愛子さまと会うのを楽しみしているのに、雅子さまの体調が原因で取りやめた、
と発表されたことで逆に雅子さまにはプレッシャーになってしまうのではないか。
翌18日には侍従名で訂正を求める書類が掲示板に張り出された。
この日は宮内庁次長による定例会見の日で、通常は口頭での説明後ペーパー、という形だが、
最初から書類という形での公表に驚き。
内容は同記事内での、皇后さまが愛子さま転校のため、5月中旬に母校を訪問したという部分について、
皇后さまは今年に入ってから聖心を訪問したことはないので訂正を求める、という内容。
皇后さまは(いじめ会見を)「本当に発表したのですか」と驚き、
侍従などに「誰もが傷つかないように」とお任せになっているので、みずから動かれることはまず無い。

週刊現代2010年7月10日号
愛子さまは11時(4時限)ごろ登校するが、登校前は雅子さま・侍従・女官が家庭教師役。
特に算数が好きで主要科目は非常に良くできる。
登校し、授業が終わるとすぐさま雅子さまに駆け寄り帰り支度を始めてしまう。
下校後は担任から渡されるレポートを元に補習や宿題。
6/22、10時56分頃、二人の女官を従えて母子がワゴン車から降りる。
門に向かって歩く間雅子さまがしきりと話しかけるが愛子さまは真正面を向いたまま。
今回の男の子も私たちの目からはそれほどひどいとは思えない。
愛子さまに何か問題があると、とたんにあたふたする学習院には辟易している。(同母親)
学習院は皇族を特別視しない伝統を持っている。この程度のことで弱くなっている原因を
家庭教育で発見し、耐えていく力を家庭で与えることが先決という姿勢。
家庭で鍛え直してから学校に戻して欲しい、そうすれば学校としてきちんと取り組むという意味。(橋本明氏)
学習院で他に不登校の子が続出しているわけではなさそうなので、
愛子さま本人に集団生活を苦手としていて、そちらに要因があると捉えるべきでは。
そう考えると現状は無理矢理「登校している」という事実だけを示そうとしているのではないか。(矢幡洋氏)
小和田家では今回の一連の学習院の対応に不満を持っていて、学校に抗議も行った。

サンデー毎日2010年7月18日号
7月2日 この日愛子さまが雅子さまと一緒に登校したのは午前11時30分過ぎ
4時間目の音楽の時間にリコーダーを練習
昼食をはさんで5時間目の道徳、6時間目終了まで学校に滞在(午後3時30分まで)
ただしこの日の6時間目は「放課後遊び」で自由に校庭で遊ぶ。
「愛子さまは他の児童といくつかの球技を楽しまれていた」(学習院の保護者)
この日の昼食は貴賓室で雅子さまと一緒に食べた様子
6月3日 この日は月1度のお弁当の日。給食の日は3階にある食堂で他のクラスの児童と
一緒に食べるが、お弁当の日は各教室でとる。
4時間目の授業を終え、いつものように帰り支度を始めた愛子さまにクラスメートの一人が 
「愛子ちゃんも一緒に食べようよ。お弁当分けてあげるから」と声を掛ける。
愛子さまも表情が明るくなり、にっこりうなずく。
「今日は先生、あまりおなかがすいていないから」と話す担任や、
他の児童からも少しづつ弁当のおすそ分けがあり、やがて一人分のお弁当になった。
「ありがとう。みんなと食べると楽しいね」愛子さまは笑顔で言って、にこやかな表情を浮かべ、
その間雅子さまはやはり教室の後ろで見守っていた。雅子さまもお召し上がりになった。

女性自身2010年7月27日号
雅子さまは愛子さまと親しい同級生の保護者に、夏休みにはぜひ東宮御所に遊びに来て欲しい、と電話。
学習院の夏休みが7/23なのにその誘いは6月からあったため、ずいぶん早くから夏休みの予定を考えているようだ。
夏休みに那須御用邸に愛さま学友を招く計画もある。
羽毛田長官は雅子さまが付き添うことに肯定的ではない。

東奥日報2010年7月23日
愛子さま不登校問題/「良い兆候」も展望見えず
皇太子家の長女愛子さまは、雅子さまに付き添われて一部授業だけに出席する時限登校を続け、
学習院初等科3年の1学期を終えた。宮内庁が「複数の乱暴な振る舞いの男児がいて通学に不安を覚えている」
と公表してから4カ月。最近は愛子さまが同級生と楽しく過ごす「良い兆候」(宮内庁)が増えた。
だが天皇、皇后両陛下が憂慮を示した“不登校”は解決への展望が見えず夏休みに。
雅子さまの療養も続き、宮内庁は二重苦に頭を抱えている。
▽安堵
学期末を控えた20日。東京都新宿区の学習院初等科の体育館では、愛子さまが笑顔で、
クラス対抗のドッジボールに興じた。この日は皇太子さまも雅子さまとともに参観。
2人は穏やかな表情で見守ったという。
「以前に比べたら格段に良い状況になっている」。3年生になってからほかの3クラスの
児童と交流する機会がほとんどなかっただけに、皇太子家のお世話をする宮内庁東宮職幹部も
学習院側も安堵(あんど)の表情を浮かべた。
ただ通常の通学には程遠い。午前10時すぎに雅子さまとともに登校し、教室の後ろで
雅子さまが控える中、午前中の2時限の授業を受け給食を食べずに下校する。写生大会や
泊まりがけの校外学習は欠席し「不登校に近い状態」(東宮職幹部)に変わりはない。
「一日も早く普通に通ってほしい」「どうして最初からいないのかな」。同級生の同情の声はやまないという。
▽義務
2003年末から療養が続く雅子さまは「授業をずっと見るのは大変で疲れがたまっている」(東宮職関係者)。
なぜ、同行を続けるのか。「一緒でないと登校できない」と訴える愛子さま。雅子さまは
付き添いについて「学校が大好きな娘を守るために母としての義務と考えている」(同)からだ。
こうした状況が雅子さまの公務への本格復帰に影を落としている。宿泊を伴う公務での
地方訪問は今年1月の阪神大震災15年の追悼式典に足を運んで以降、途絶えたまま。
一昨年、昨年と出席した皇居での国賓歓迎行事も今年5月のカンボジア国王の際は欠席した。
▽平行線
東宮職と学習院は定期的に意見交換を継続中だ。雅子さまの主治医も大半は出席。
1学期末には皇太子ご夫妻も加わり、東宮御所での自習や夏休みの過ごし方などが話し合われた。
「多くの人と触れ合えば、通学にも良い影響が出るはず」(東宮職)と、
夏休みは外出や友人を呼ぶ機会を増やす予定だ。
ただ、東宮職と学習院との擦れ違いは続く。東宮職側は「怖い思いをして不登校になった事実がある以上、
学校としてもっと真剣に努力してほしい」と要請。学習院側は「いまさら犯人捜しのようなことはできない。
集団の中での人間教育は大切。事情はあるにせよ、普通のパターンで登校してほしい」と主張し、平行線のままだ。
「いずれかが犠牲になる形で解決が図られることのないよう十分に配慮することが必要」と
異例の談話を3月に出した天皇、皇后両陛下。側近によると、心痛は今も続いているという。

週刊朝日2010年8月6日号
■愛子さまが学習院の水泳授業を避けられる憂鬱
愛子様はいじめ会見以来、雅子妃との親子登校を続けてきた
1学期の水泳の授業はすべて欠席
「あの騒動以来、例の男児との接触はない。しかし水泳は学年単位。
乱暴な男児グループと会うと恐怖心がよみがえるのでは、との周囲の配慮か。
愛子様は写生大会・一泊遠足など学年が揃う行事には欠席し続けている」宮内庁関係者
去年のプール授業では楽しそうだったという
「愛子様は泳ぎは少々苦手で『水が怖い』とおっしゃっていた。
『水に慣れること』が目標のグループで楽しそうだったが」学習院関係者

テーミス2010年8月号
愛子さま海外留学へ 皇太子ご夫妻「別居→離婚」危機の波紋
「いまや、愛子さまはお友だちの間でも『お姫さま』扱いらしい。」
7月8日12時半頃、他の母娘と一緒に早退。
校門でバイバイと手を振り合っていたが、動き出したワンボックスカーに
この母娘は「深々とお辞儀をして見送ったのだった。」
この日は10分遅刻しての登校だったが「お二人は慌てず急がず、悠然と校舎に向かわれた。」
「学習院初等科関係者はこう語る。『愛子さまは環境を変えなければ普通に登校されることは
出来ないと思います。でも、いくら東宮家のお子さまであっても、学校が一人の児童のために
教育方針を変えることはあり得ない。愛子さまはとても活発で積極的なお嬢さまだから、
3月の会見は誰かが作り上げたこととしか思えない。
学校を信頼できないのならば、転校とか海外留学もやむを得ないと思います』」
愛子内親王の級友でのあだ名は「トシちゃん」
スイス、オーストラリア留学には小和田ラインで外務省関係者が動いた。
「雅子さまは学校と男児の親に謝ってほしいという思いは変わらないようだ。
皇太子さまを含めて何も進言できない雰囲気があるのでしょう。」(皇室関係者)
「雅子さまは離婚をお望みかもしれない。できなくはない。
どうしても離れたくないなら離婚をして雅子さまが付き人として愛子さまに同行も可能になる」

週刊文春2010年8月12日・19日号
いじめられた時愛子さまは?
三月のいじめ騒動後、学習院では愛子さまと同じクラスの全生徒と父兄にヒアリングを行い、
その結果新たに判明したことがあった。
「愛子さまは主管(担任)を“少し怖い”と感じていた。そのきっかけとなったのが保健室」(学習院関係者)
騒動の前から愛子さまは「お腹が痛い」などと言ってよく保健室に。
「しかし愛子さまの主管が『大したことはない』と認めないことも。
彼女は国語を担当するベテランの女性教師で、どの生徒にも公平に接する評判の良い人ですが…」(同前)
いじめ発覚直後、主管を替えることが検討されることもあった。

サンデー毎日2010年8月15日増大号
「皇太子・雅子さまと学習院「和解」の中身」
皇室関係者
「雅子さまは学習院側に謝ってもらわねばとのお気持ちが強くあったようです。
学習院側はできる限りの対応をしていたようなのですが…」
皇太子ご夫妻と学習院との懇談の場では、学習院側より「いろいろと行き違いが生じてしまい、
申し訳なく思っています。今後もしっかりと対応していきます」と謝罪。 
これに対して皇太子さまは「これからもどうぞよろしくお願いいたします」とあいさつをされた。