紀宮様 文書回答 ご会見

回答部分のみ一部抜粋

★平成9年お誕生日に際しての文書回答
皇后様を陛下とのご結婚に踏み切らせた最終的なものが
陛下の皇太子としての立場に対する深いご自覚であったことを考える時、
何とも言えぬ感慨を覚えます。娘の目からみると、
決して器用ではいらっしゃらない皇后様が、困難なことに当たられる度に、
戸惑い戸惑いなさりながら、それでも投げ出すことなく、最後まで考え続けて答えを出されるお姿は、
私に複雑さに耐えることと、自分で考え続けることの意義を教えてくださったと思います。

★2003年外国ご訪問前の会見
そうは申しても,陛下のご公務のほとんどは他の皇族がお代わりできるものではなく
ご公務そのものを軽減するということはなかなか難しいもののように感じております。
ただ,ご日程の組み方ですとか,その様々な過程においてご負担を減らすということは
考えてほしいことだと思っております。
両陛下のご公務の中で 人目に触れるのは都内や地方へのお出ましだと思いますが,
実質的には両陛下のご公務の大半は皇居の中で行われるものであって,
また,それが両陛下の毎日の日程のほとんどを占めています。
両陛下のご公務の総量というものを,周囲の人々がしっかりと把握することが,
何よりもまず大事なことではないかと思っています。

★平成15年お誕生日に際しての文書回答
一方,北朝鮮による日本人の拉致問題は,多くの人々に衝撃と不安を与えたと思われます。
帰国された5人の方々が,日本での自立した生活を再び築き出された 姿には,
安堵(ど)と喜びを覚えましたが,帰国が実現しなかった人々とその家族,
また,同様に拉致の可能性がある数多くの行方不明者のことを思うと,心に重いものがあります。
連日取り上げられていた拉致問題の話題は,昨年末に近づいたころから
イラク情勢の報道へと移り変わっていきました。今現在も,イラク では戦争が続き,
毎日のようにその映像が流れています。
中東の国々は私にとってまだなかなか馴染みのないところですが,
昨年2月に,クウェートで唯一の女性カメラマンの作品展が東京で開かれ,
湾岸戦争のさ中に写真を撮り続けた当時の話などを伺ったことが印象に残っています。
少しでも早く戦争が終結を迎え, イラクの情勢が安定し,人々に平穏な生活が戻ることを心から願っております。

身近なこととして,高円宮殿下の突然の薨去というお悲しみに次いで,
陛下の前立腺ガンの発見,ご入院は,私にとり大きな出来事でございました。
これまで, 親しい方の入院や闘病のお話を伺う機会は何度かありましたが,
陛下のご病気に添ってみて,自分がどんなにご本人やご家族の状況を理解していなかったかということを,
強く感じさせられました。
医師の方たちのご努力と病院側のご配慮は,大変有り難いものでした。
また,この間に,多くの方々から温かなお見舞いを 頂いたことを本当に心強く感じました。
ご退院後,リハビリをお続けになりながら,少しずつ回復を続けていらっしゃる陛下のお姿を拝見し,
自分がそうした人々の気持ちや言葉に支えられてきたことを改めて思い起こしております。

病状をそのままに伝えるという陛下のお考えはこの度が初めてではなく,
皇太子さまご出産の3年後,皇后さまが胞状奇胎によるご流産をなさった時から一貫してこられたことでした。
当時,皇室では流産自体が公表されることの無かった時代で,
しかも,悪性化する可能性があるとともに胞状奇胎発病後は
再度の妊娠が難しいとさえ一般に思われていた中での発表は,
その後2年間,次のご懐妊をお待ちにならなければならなかった皇后さまにとり,
どれだけお辛いことであっただろうと想像されます。
それでも,できるだけ国民から病状を隠さないという,陛下のお考えに添って発表が行われています。
そのことを陛下から伺っておりましたので,この度のことも私としてはごく自然に受け止めました。
担当される医師の方たちにも,ありのままの病状を陛下にお伝えいただくことが最も陛下のお気 持ちに添うことと,
皇后さまも私も望んでおりましたし,医師の方たちが,
その気持ちによくこたえて下さったことを有り難く思っております。

何か,夢中のうちに過ぎていった時間でしたので,
ご入院中に心に留めた具体的なエピソードとして思い出せるものはあまりありません。
むしろご入院前,まだ 先行きの分からないころで,皇后さまを始め家族はもとより,
恐らくご自身も最もご不安でおられたのではないかと思われる中,
新年の諸行事を,陛下が本当に晴れやかになさって下さったお姿は,
「皇族」としても「子供」としても,胸に痛いほどの強い印象で残っております。
皇后さまはご入院中を通してほとんど終 日,そのうち9日間は宿泊をなさって病院で過ごされ,
ご手術までの日々とそれに続く陛下のご回復期を優しくお支えになりました。
陛下のご看病に当たられた先生方,看護師さん方と皇后さまとの間には,いつも細やかな心の交流が保たれ,
それが陛下のご病室の雰囲気を常に明るく穏やかなものにしているのを感じました。
また,皇后さまはご手術後,陛下のご状態が緩やかに回復に向かわれた時期から,
毎日少しずつ全国のお見舞いの記帳簿を陛下のお枕元に運ばれ,
陛下に人々の気持ちをお伝えになっておられました。静かな眼差しで,
人々の署名に目を通しておられる両陛下のお姿が思い出されます。

私たち子供たちは,両陛下から,何か家訓のように皇室のあり方について教えられたことは
一度もなかったのではないかと記憶しています。
お側で育っていく中で,お立場とお務めに対するご自覚や,
宮中の祭祀や伝統的な行事を大切にされるお姿に接することで,
皇族の務めというものを理解していったのだと思います。
お祭りや行事は,もしそれが,義務だとのみ受け取っていたならば,
難しさを感じていたこともあったかもしれませんが,皇后さまがそれぞれに意義を見出され,
喜びを持ってなさるご様子を拝見して育ったことは,
私を自然にそれらのお務めに親しませたように思われ,恵まれた事だったと感じています。
皇后さまがなさってこられたことは,皇室にとって新しい形だけが取り上げられることが多いように思われますが,
何事も前のお時代に学ばれ,特に祭祀や行事は全てそのままに受け継がれ,
その上で新しい今の時代や国民の気持ちに添い,
ご自分がどうあるべきか真摯に考えられる中で段々に形をなしてきたものであることを,
私は忘れないでいたいと思っています。

以前にも述べたかと思いますが,皇后さまがこれまで体現なさってこられた
「皇族のあり方」の中で,私が深く心に留めているものは,
「皇室は祈りでありたい」という言葉であり,「心を寄せ続ける」という変わらないご姿勢です。
ご結婚以来,障害者スポーツや青年海外協力隊を始めとする多くの活動が,
両陛下が見守られ弛(ゆる)みなくお心を掛けられる中で育ち,
発展していきました。また,戦争や災害犠牲者の遺族,被災者,
海外各国の日本人移住者,訪れられた施設の人々などに対しては,
その一時にとどまらず,ずっとお心を寄せ続けられ,その人々の健康や幸せを祈っておられます。
良きことを祈りつつ,様々な物事の行く末を見守るという姿勢は皇室の伝統でもあると思いますが,
決して直接的な携わり方ではないにもかかわらず,その象徴的な行いが,具体性を持った形で物事に活かされ,
あるいは人々の心に残っていることは,感慨深いものがあります。

私自身は,内親王として一人で仕事をする機会が多かったので,
あまり女性皇族という意識で自分の立場や務めをとらえることはありませんでした。
私の立場 で,特定の女性皇族像として思い描くものを持っているわけではありませんが,
やはり今私にできることは,一つ一つの務めを大切に果たし,その時に感じ取ったことを心に残しつつ,
かかわった活動や国,そして人々に思いを寄せ続けていく事ではないかと考えます。
その積み重ねの先に,自分なりの内親王としての務めが充実できればとても嬉(うれ)しいことです。

★平成16年お誕生日に際しての文書回答
昨年の今頃は,まだリハビリ中でいらっしゃった陛下を思い出しますと,
ご病状の推移を見守る段階ではありますが,その年の暮れにお元気に古希をお迎えになられたことを,
本当に嬉(うれ)しく思います。
また,皇后さまも本年古希をお迎えになられますが,
その日をどうかお健やかに晴れ晴れとお迎えいただきたいと願っております。
一昨年から2年をかけて,両陛下は平成の15年間にご訪問になった都道府県の市町村全てを,
大きな日本地図の上に印していらっしゃり,
折々にお手伝いをさせていただきました。ご日程を追ってご訪問地を確認しながら,
両陛下が一つずつの旅の中で,より多くの地を訪れようと努めていらっしゃることが切実に感じられました。
私が両陛下のお仕事やお立場を深く見つめられるようになったのは,
高校総体などでご一緒させていただくようになった高校生ぐらいからで,
それ以前は漠然とし た印象を,両陛下のお姿から感じていたように記憶しています。
時代の流れにそって,子供たちは皆お手元で育てていただき,
一つの家族として過ごせたことは 本当に有り難いことでしたが,
その一方で公務は常に私事に先んじるという陛下のご姿勢は,私が幼い頃から決して崩れることのないものでした。
国際,国内情 勢,災害や大きな事故などに加え,宮中祭祀にかかわる全てが日常に反映されるため,
家族での楽しみや予定が消えることもしばしばで残念に思うことも多々ありましたが,そのようなことから,
人々の苦しみ悲しみに心を添わせる日常というものを知り,
無言の内に両陛下のお仕事の重さを実感するようになりましたし,
そうした一種の潔さが何となく素敵だとも感じていました。
両陛下のお間の絆(きずな)は,陛下の全てに添われていく皇后さまのご姿勢にも,
楽しく時にはおかしな事を共に笑い合われる微笑(ほほえ)ましい場面にも感じられますが,
その深さの源にあるのは,皇后さまが,皇太子,天皇というお立場を常に第一に考え行動される陛下のお考えを,
誰よりも尊重され支えてこられた来し方ではないかと感じています。
私の目から見て,両陛下がなさってきた事の多くは,
その場では形にならない目立たぬ地味なものの積み重ねであったと思います。
時代の要請に応え,新たに始 められたお仕事も多くありましたが,
他方,宮中での諸行事や1年の内に最小でも15,陛下はそれに旬祭が加わるため
30を超える古式装束をつけた宮中三殿へのお参りなど,
皇室の中に受け継がれてきた伝統は,全てそのままに受け継いでこられました。
以前皇后さまは,今後皇室のあり方は変わっていくかとの質問に対し,
「時代の流れとともに,形の上ではいろいろな変化があるでしょうが,
私は本質的には変わらないと思います。歴代の天皇方が,まずご自身のお心の清明ということを目指され,
また自然の大きな力や祖先のご加護を頼まれて,国民の幸福を願っていらしたと思います。
その伝統を踏まえる限り,どんな時代でも 皇室の姿というものに変わりはないと思います。」と述べておられます。
累々と受け継がれてきた伝統を守ることと人々の日常に心を添わせることが,
少しの矛 盾もなくご生活の中に入っている,そのような日々を重ねておられることが,
象徴としての存在である陛下,そして皇后さまに人々がリアリティを感じている由縁ではないかと思われます。

皇太子同妃時代には,戦争の影を色濃く残す国内外で,先帝陛下をお助けになりながら務めを果たされ,
昭和と平成の御代の変わり目を全ての儀式も行事も丁寧 に滞りなく務められ,
災害が続き戦後50年という節目も迎えた平成の時代を,
英国やオランダなど厳しい旅も含む数多くのご公務をこなされながら歩まれた両陛下の道のりは,
本当に大変なものであったと察せられます。
私たち次の世代にはまた新たな課題もあり,世界情勢も様々に変わることとは思いますが,
同じような厳しさに直面することはまずあり得ないでしょう。
古希を迎えられた陛下,今年迎えられる皇后さまのこれからの月日が,
どうぞお心静かにお過ごしになれ るものとなりますよう,心から願うものです。

(雅子妃について)
12月のご病気を契機にご静養に入られてから4か月目を迎え,深くご案じしております。
ご静養については,両殿下のお気持ちにそって東宮職が取り計らっていることと思いますので,
ご回復に向けての良い過程となりますようお祈りしております。
詳しいご経過を存じ上げることが難しいので,お気持ちを思い上げ,
遠くからご案じするしかできませんが,妃殿下が健康を取り戻されるよう心から願っております。
両陛下も,妃殿下がご公務を減らされた昨夏頃からずっとご心配になり,
何かできることがあればと思っておられるようですが,
今は一番お身近にいらっしゃる 皇太子殿下のご判断に頼るほか無く,
これをサポートなさり,静かにお見守りになっていらっしゃいます。
両陛下のご心痛も,早く晴れますよう願うばかりです。

平成17年