皇太子ご夫妻「公務より愛子さま」の衝撃

テーミス2011年4月号
「雅子さま、子離れを」の声が
皇太子さまに向けられた「皇位継承」の不安
公務よりも“私事優先”のスタンスに「いかがなものか」というバッシングが
■音楽会で“インフルエンザ”に
愛子さまの通学問題を理由に昨年3月から同伴登校が1年間続けられていて、
その間の国内公務はごく稀。こんな状態に皇室関係者からも「いかがなものか」という
バッシングが起こっていたという背景あり。
2月23日の皇太子の誕生日会見の発言((同伴通学含めて)雅子はよく頑張っている。
だか公務などの活動が限られたものとならざるを得ない。
国民はこの状況を理解した上で、暖かく見守ってほしい。)
雅子さんが療養に入ってもう8年、強烈な“私事優先”メッセージに国民が違和感を覚えても仕方がない(編集部)
学習院初等科内では、皇太子が愛子さまに注ぐ深い愛情が評判
2月18日、学習院初等科で「小さな小さな音楽会」が保護者参観の下開催、
皇太子夫妻も参観(雅子さまと愛子さまは2時間目に登校、皇太子は3時間目直前に到着)
当日、皇太子は笑顔で雅子さまと校内を歩いていた。
平日だったので父親の参観は極端に少なく、皇太子はとても目立った。
在校生の父親の中でも、とりわけ“ご熱心なお父さま”と評判(学習院初等科関係者)
この音楽会のあと、愛子さまのクラスはインフルエンザのため急遽午前授業となり、
24日まで学級閉鎖。皇太子も27日にインフルエンザ発症のため28日の公務とりやめ。

週刊朝日2011年8月12日号
愛子さま“付き添い”も担われて 皇太子さまの「過密スケジュール」
7月26日昼過ぎ、東京駅。被災者のお見舞いに発つ皇太子夫妻が現れると歓声が
「雅子様がゆっくり歩きながら方々へ手を振る大サービス。
ご静養に出掛ける際は警備陣もピリピリするが、今日はいい写真を撮ってと大らか。
雅子様は一目で体調がいいとわかるほど晴れ晴れ」雅子様ファン歴10年超の“追っかけオバサン”
夫妻がそろって被災地に入るのは2回目、仮設住宅への訪問は皇族で初
「新幹線で1時半に郡山着。被災状況説明を1時間受け、2時間かけて
徒歩2分の距離にある避難所と仮設住宅を見舞い6時前帰京」皇室担当記者
「皇太子は雅子様と一緒の方が被災者が喜ぶとご存じ。
雅子様の体調を考慮して東宮職が日程を決めたと思う」松崎敏弥
7月22日、皇太子は終業式のため朝8時に愛子様と徒歩で登校
7月24日、愛子様と日生劇場に出掛け、お友達親子と「三銃士」鑑賞
「愛子様は管弦楽部へ入部、皇太子は早朝・土曜の練習に6回付き添い、
愛子様がチェロを弾くのを見守った」学習院初等科関係者
雅子妃が早朝練習に付き添ったのは、皇太子訪独中の6月22日のみ

テーミス2011年10月号
■那須では夜11時近くまで食事
「愛子さまをできる限り一人にしたくない」。
皇太子ご夫妻から伝わる愛子さまへの強烈な愛情はわかるが、「公務は片手間」(皇室関係者)の印象はぬぐえない。
皇太子さまが付き添いは早朝なので公務への影響は少ないが、いかがなものかという声は多い。
公務の減少につながる可能性もある。雅子さまが病気なので、夫妻に新たな公務を依頼するのは難しい。
「愛子さまのことが優先だから…」と主催者側が気を遣う。
皇太子さまが付き添った2学期最初の3日間、愛子さまは遅刻せずに登校
9月6日午前8時前に登校(始業式)
7日と9日は午前7時半前(管弦楽部朝練参加)
しかし、雅子さまが付き添った9月8日は2時間目から登校。
愛子さまの通学問題は改善どころか、さらに深刻化しているといっていい。
3週間の静養を終えて帰京した9月1日夕方、東京駅で皇太子ご一家を撮影しようと
カメラを構えていた一般客に、宮内庁関係者のきつい口調でこのように注意。
「三殿下ともお疲れなので、写真は撮らないでください!」
一般客「さんざん遊んでいたのに『お疲れ』なんて、よくわからない」
■那須ご静養のハードスケジュール
8月11日 皇太子ご一家、那須御用邸到着
8月19日 愛子さまのお友達が御用邸近くの会員制リゾートホテル到着
その夜皇太子ご一家とお友達一家は、高級会員制リゾートホテル
「二期倶楽部の個室で夜11時過ぎまで特別コースを楽しむ。
8月21日 りんどう湖ファミリー牧場で遊覧船を貸し切っての花火鑑賞
8月22日 午前、友達が宿泊しているホテルのプールで泳ぐ。
夕方、那須ハイランドパークでレゴスタジアム見学の後、夕食へ。
「アジアンオールドバザール」でエスニック料理レストランを借り切って、夜11時頃まで
8月23日 午前 りんどう湖ファミリー牧場
その後ホテルでスイミング&ランチ 夕方再びファミリー牧場
■皇太子さまがバスを見送って
8月23日夜に那須御用邸に入られた秋篠宮さまと眞子さまとは会わずじまい
小和田家との親密さは変わらず
(宮内庁関係者の話)
小和田優美子さんの姿が御用邸近くのホテルで目撃されている。
皇太子ご夫妻と、雅子さまの妹含めて小和田家の人たちで食事会もあったようだ。
宮内庁内でも『皇太子さまはマスオさん状態だ』という声が囁かれているほど。
9月14日、皇太子さまは校外学習に参加する愛子さまを見送り。
早朝から、バスが見えなくなるまで手を振っていた。
雅子さまも別の車でバスを追いかけ、愛子さまの足跡をいちいちたどる。
“山ガール”のいでたちで別行動し、どちらが“付き添い”が必要なのかわからないほど。
(学習院初等科関係者の話)
通学問題が生じて以来、東宮側からご相談はほとんどない。
学校側は雅子さまが付き添うことを受け入れるしかない。
意思を一歩的に伝えられる。校外学習も例外ではない。
宮内庁も皇室記者もこうした現実を踏まえて、皇太子ご夫妻への“進言”をすべきときではないのか。

テーミス2011年11月号
学習院もお手上げ状態だが 皇太子ご夫妻「公務より愛子さま」の衝撃
皇太子ご夫妻は愛子さまの通学の付き添いで手一杯
園遊会
皇太子さまは午前中の1〜4時間目までしっかり授業参観
園遊会が始まる一時間前に東宮御所に戻った。平日の父親の授業参観は珍しい。
運動会では父兄に撮影に関する注意書きが配られた。
雅子さまの二泊三日校外学習付き添い。山中湖で行われた校外学習は雅子さまが愛子さまの後をなぞられた。
付き添いは愛子様のご要望。
学習院の東園常務理事の話。昨年のかまぼこ工場見学の時も「妃殿下が児童のバスに同乗するのは可能か」
と打診があった。その時も打診を断ったのに、今回の校外学習でも同様の打診があった。
警備のことや他の児童への影響を考えて、妃殿下の付き添いを止められなかった東宮職の対応に首を傾げる。
山下晋司氏
雅子さまは自分が外出すれば多くの人が動いたり、マスコミが騒いだりするのを十分わかっているはず。
何かに挑戦しているように見える。
園遊会や被災地を差し置いて愛子さまにつきっきりの皇太子ご夫妻の言動に国民はとまどいを隠せない。
これでは「本当に天皇皇后にふさわしいのか」との疑問も出てくる

女性セブン2011年12月8日号
緊迫の天皇家/もはやご名代ではすまされない―
皇太子さま求められる決意
11月18日。午後12時半を回った頃雅子さまが学習院初等科に到着。大きなマスク姿。
1時間ほど滞在後、一人で東宮御所へ。
どうやらお昼の時間だけでも愛子さまと過ごすために学校へ来た模様。
雅子さまのお昼登校はマスコミ各社は把握済み。
この日、皇太子さまが陛下に公務の報告に行く予定だったため、
愛子さまの付き添いが出来るのであればこの日は陛下のお見舞いにも行かれるはずとマスコミは注目。
東大龍岡門前には夕方5時過ぎ報道陣が集まり始め、その数30人ほど。
時間の経過とともに騒然となるも、病院に来たのは皇太子さまおひとり。
「まだ一度もお見舞いに行かれていない雅子さまが、
学校には行けて病院には行けないという事実には違和感を覚えずにはいられなかった」(皇室記者)
宮中からもこの日の皇太子ご夫妻の行動を巡って不満の声があがっているという。
「お見舞いに行かれないのであれば同じ日になぜ学校という私的な用事での外出をされたのか。
これでは雅子さまが陛下に会われたくないということを世に知らせているようなもの。
それを許されているとしたら皇太子さまに疑問を抱く人も少なくない」(宮内庁関係者)

雅子さまは国賓であるブータン国王夫妻を歓迎する行事全て欠席。
この事を知ってか、陛下は皇太子に「“雅子妃の体調には気をつけるように”という旨のことをおっしゃられたそうだ。
心配されての言葉なのか、自己管理をしっかりしなさいというニュアンスなのかは分かりませんが…。
これに対し、皇太子さまは頭を下げて陛下に申し訳ない気持ちを表されたそうです」(皇室関係者)
陛下が発病されてから皇太子さまが務めた公務は約2週間で20件(11/21現在)。
これに皇太子さま自身の公務もあるため、これまで経験したことのない多忙な日々。
とはいえ、このハードスケジュールはご高齢の両陛下が当然のように果たされてきたもので、
つまり天皇という立場にならえるかたはこのお役目を務めなければならない。
「陛下はご自身のお体が許す限り国民のために国民のために公務を務めたいという気持ちは
退院されてからもお変わりにならないだろうが、今回はしっかりとお休みになることが必要。
そのためには皇太子さまが“名代”や“代行”という気持ちではなく、
全て自分が果たすくらいの覚悟が求められているのかもしれない」(皇室ジャーナリスト・神田氏)
「11月10日に皇太子さまが一人で陛下を見舞われた際、
陛下は皇太子に“頼みましたよ”とその思いを託されたと言われています」(前出・皇室記者)

そんな中で一部では皇太子さまへの懸念の声があがっている。
きっかけはお召し列車の中から写真を撮りながらのお手振りだったと週刊文春も報じており、
「ご名代という立場でこのような行動を取られてしまうとこれまで両陛下が守られてきた
“国民とともに、国民のために”という思いが色褪せてしまう気がしてならない」(前出・宮内庁関係者)
皇太子さまには陛下の代わりとなる上でふたつの課題が突きつけられている。
まずは雅子さまと愛子さまの問題。もう一つは秋篠宮家との関係。

「これまで国民は天皇皇后のお二人は常にご一緒であると脳裏に焼きつけていた。
しかしこれだけ長い間回復を待っても雅子さま復帰のめどは立っていない。
そうなると否が応でも皇太子さまは今後一人ででもお役目を果たして行かなければならない。
外国へも地方へも一人で行かれて国民に“将来、天皇は一人でも大丈夫”と示すことも
必要な時期にきているのかも」(皇室ジャーナリスト・橋本氏)
そうなると、これまで雅子さまが愛子さまに同伴できない時は皇太子さまが付き添っていたが、
「陛下の代わりとなられる以上、私的行為の時間は諦めていただかなければならない」(神田氏)

悠仁さまの着袴の儀のお祝いの夕食会も、愛子さまが入院していたとはいえ皇太子ご一家は欠席。
しかしもともとこの日は葉山御用邸での静養が計画されており、
皇太子ご一家は最初から食事会に参加する予定がなかったことになる。
眞子さまの成人を祝う夕食会にも皇太子ご一家は参加しなかった。
両家の微妙な関係を露呈するかのような相次ぐ出来事に一部の宮内庁関係者からは嘆きの声が。
両家の溝を生んだ最大の原因は皇位継承問題といえる。
「皇位継承順位第3位の悠仁さまが、継承権を持たない愛子さまと金銭面、人員面、
あまりに待遇が違うことに秋篠宮家としては複雑な思いがおありなのでしょうか」(別の宮内庁関係者)
また秋篠宮家としては両陛下のお気持ちに沿われてご公務に邁進されてきたという思いが強いと思われる。
震災後、両陛下が那須御用邸のお風呂を被災者に開放されたとき、
紀子さま、眞子さま、佳子さまは宮内庁職員とともに被災者に配るタオルの袋詰めを手伝われ、
被災地訪問も両陛下が行かれていない地域にも足を運び被災者を励まされたのは秋篠宮ご夫妻。
「もちろん秋篠宮ご夫妻としては皇太子ご夫妻に将来の天皇皇后としてお役目を果たしてほしいという思いが
あるでしょう。しかし現状でそれは厳しい状況。そうなるとご自分たちが何とかしなければという思いを強くされ、
ますます両家の溝は深くなっていってしまう気がします」(前出・宮内庁関係者)
「いま皇太子さまを支えることが出来るのは秋篠宮ご一家だけ。だからこそ皇太子さまには
自分から歩み寄られて兄弟で力を合わせる覚悟をしていただければと思う」(神田氏)

宮中晩餐会では、名代を務めるはずだった雅子さまが前日になって欠席を発表すると、
美智子さまは急きょ 11月1日、18日の2回、ブータン国王夫妻と面会。
「美智子さまは雅子さまの欠席を知って、“それではブータン国に失礼になってしまう”と
考えられたのでしょう。歓迎行事とは別に面会の機会を作られました」(前出・宮内庁関係者)
つまり美智子さまは皇太子夫妻に対して、天皇皇后という立場は自己都合で休んではならない
とても重い責任がある立場なのだということに気づいてほしいという気持ちを込めて
あのような行動を取られたのはないだろうか。今こそ皇太子さまには未来の天皇としての自覚を明確に示し、
天皇皇后両陛下が築きあげてこられた国民とともに歩む皇室を継承する決意を
明らかにしていただくことが求められているのではないだろうか


週刊女性2011年12月13日号
■父のご不例、妻のご病気、娘のイジメ、弟との不和…
孤独/皇太子さまが「かわいそう」
「ある東宮職員のいうには、最近皇太子殿下はあまりの多忙とお疲れからか不機嫌な日もあったそうです。
人やモノにあたるようなことはないが、殿下の機嫌がよくないと
東宮全体が暗い感じになってしまう」(ある宮内庁関係者)
皇太子さまは連日眠りも浅かった様子。(宮内庁担当記者)
雅子さまは結局陛下のお見舞いには行かず、
「次代の皇后としてまず第一に陛下のお見舞いをしていただきたかった」(渡辺みどり)
皇太子さまにとって愛子さまの不規則登校も悩みの種となっているに違いない。
「当初は雅子妃が全て付き添っていたが、今夏ごろからは皇太子さまが部活動の朝練や
1時間目からの授業の付き添いをはじめ、後で雅子妃と交代されることもある」(初等科関係者)
9月の校外学習出発時
「皇太子さまが愛子さまを見送りにいらっしゃいましたが、ご自分からママたちの輪の中にお入りになり、
“よろしくお願いします”と挨拶されていたのには驚いた」(学習院関係者)
「今上陛下が皇太子時代にももちろん挨拶はされていたが、
威厳があったというか自ら進んで溶けこむようなことはされなかった。
特に愛子さまの不登校問題以降、周囲に迷惑をかけていると
申し訳なさそうに気を遣われているのは皇太子さまのようです」(同・前)
園遊会があった10月23日にも皇太子さまは朝のホームルームから4時間目まで全て授業参観してから園遊会へ。
雅子さまは授業参観にも園遊会にも欠席。
11月26日の初等科祭でも皇太子さまは午前中愛子さまに付き添い、昼前に雅子さまが合流。
「愛子さま問題以前は“夫婦で協力しあっている”
“皇太子さまは育児に積極的に参加”という声が保護者の間では大半だった。
しかし愛子さま問題から雅子妃の“気まま”と取れる行動が目立ち始め、
皇太子さまの行動が“雅子妃の『ご名代』ばかりされている”
“恐妻家なのでは”と一部で言われ始めた」(前出・学習院関係者)
皇太子さまなりに妻子のサポートに努めているはずなのに、周囲からは浮き立ち“孤独感”は募るばかり。
更に弟宮である秋篠宮家との距離も生まれ始めているという。
「もし雅子妃がお元気ならさまざまな場面で相談に乗られたり進言されたりしたのではないかと思う」
と宮内庁関係者が現在の皇太子さまには相談相手がいないと嘆く。
「人格否定発言前後から相談できる人を探していたそうだが最近はもう諦めてしまったのかも。
相談した内容が外部に漏れることを心配されたのだと思う。本来なら東宮大夫や東宮侍従長が
その役目を果たすべきだが、最近は数年で異動してしまう」(前出・宮内庁関係者)
皇太子さまと頻繁に連絡を取り、年の離れた相談相手として月刊誌に手記を発表したこともある人物に話しを聞いたが、
「最近は連絡をとっていないのでお話を出来ることはない」というのみ。